(審判書での強制執行に執行文は不要)
民事訴訟の判決で強制執行を申し立てる場合、「執行文の付与」という手続きが必要となります。
しかし、婚姻費用の審判書や養育費の審判書での強制執行には、この「執行文の付与」の手続きは不要です。
審判が確定していることの証明書(確定証明書)を添付すれば、強制執行はできます。
(なぜそうなのか)
以上が結論的なもので、これらは裁判所のホームページを見れば書いてあることです。
しかし、なぜ判決は執行文が必要で、婚姻費用の審判は執行文が不要なのかについてまで、裁判所のホームページでは説明をしてくれていません。
理屈がわからなくても、書面を揃えれば手続きは進められるのですが、なぜそうなのかが気になってしまうのが、法律家というものでして、私もその法律家の癖がなかなか抜けない一人です。
以下、理屈に興味がある方だけご覧いただければよいことを書いていきます。
(判決も婚姻費用の審判も、両方とも「債務名義」)
「執行文の付与」の手続きについては、民事執行法という法律に書いてあります。
「執行文の付与は、債権者が債務者に対しその債務名義により強制執行をすることができる場合に、その旨を債務名義の正本の末尾に付記する方法により行う。」(民事執行法26条2項)。
この条文からわかることは、執行文というのは、「債務名義」というものの正本の末尾に付記するものだということです。
では、「債務名義」とは何か。
これも民事執行法に規定があります(22条)。
「(債務名義)
強制執行は、次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。
一 確定判決
二 仮執行の宣言を付した判決
三 抗告によらなければ不服を申し立てることができない裁判(確定しなければその効力を生じない裁判にあつては、確定したものに限る。)
(以下略)」
1号と2号が判決についてです。「確定判決」というものと「仮執行の宣言を付した判決」というものがあることがわかりますね。
婚姻費用の審判や養育費の審判は、3号の「抗告によらなければ不服を申し立てることができない裁判」にあたります。
わかりにくいですね!
婚姻費用の審判や養育費の審判が、なぜ3号にあたるかを説明するには、不服申し立て方法、特に抗告について説明しなければならないのですが、脇道にそれてしまうので、省略します。
ここでは、結論だけ覚えておいてください。
以上から、判決も婚姻費用の審判も、両方とも「債務名義」だということがお分かりいただけたかと思います。
(婚姻費用審判に「執行文の付与」が不要なわけ
ここまでの説明だと、債権者が債務者に対しその債務名義により強制執行をすることができる場合は執行文の付与手続きが必要なんだから、婚姻費用の審判も判決と同じく「執行文の付与」が必要になりそうな気がします。
しかし、婚姻費用の審判は、「執行文の付与」は不要なのです。
それは、別の法律にこんな規定があるからです。
家事事件手続法75条
(審判の執行力)
「金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命ずる審判は、執行力のある債務名義と同一の効力を有する。」
婚姻費用も養育費も、金○○円を支払えという内容の審判です。
つまり、「金銭の支払いを命ずる審判」になります。
ですから、この条文は、婚姻費用の審判は、執行力のある債務名義になります=執行文は不要、という意味になるのです。
これで婚姻費用審判に執行文が不要であることがわかりました!
「家事事件手続法に規定があるから」が正解になります。
しかし、いきなりこの家事事件手続法75条を見ても、おそらくほとんどの方は意味がさっぱりわからないと思います。
「執行力」だとか「債務名義」だとか、このような言葉を一つずつ覚えていかないと、条文の意味が取れないのです。
法律を学ぶということは、そういうことで、一つ一つの言葉の概念は個々の積み木みたいなものですが、それを使って、いろんな物を作っていくような感じです。
(法律の理屈を法律家が学ぶ理由)
以上長々と書いてきたのは、法律の理屈です。
最初に書きましたが、実際の案件にあたっている方は、理屈の部分まで知っておく必要はありません。
冒頭の結論部分だけわかれば、手続きは進められます。
理屈の部分は法律家に任せておけばよいのです。
法律家が理屈を覚えるのは、他にも応用をきかせるためです。
算数とか数学で、「応用問題」ってありましたよね。
計算はできるのに、応用問題はできないな、とか。あれは、問題文からその奥に潜む理屈を読み解かねばならないからです。
法律家がやっているのは、そんなようなことです。