香港映画として2021年の米国アカデミー賞国際長編映画賞(旧外国語映画賞)にノミネートされた「少年の君」という映画が公開されている。香港映画のノミネートって以前にあったのかと調べてみたら、チェン・カイコー「さらば、わが愛/覇王別姫」やチャン・イーモウ「紅夢」なども香港映画に分類されていた。この「少年の君」は監督は香港のデレク・ツァンが務めているが、舞台や出演者などは純然たる中国映画である。映画内で地名は出て来ないが、ロケは重慶で行われている。大都市を背景に苛酷な青春ドラマが展開される傑作だ。
この映画の背景にあるのは中国の厳しい大学入試制度である。それは「高考」(ガオカオ、普通高等学校招生全国統一考試)というもので、中国の受験はすごいという話は知っていたが実情の凄まじさに改めて驚いた。何しろ二次試験とか推薦入試とかはなく、6月7日、8日に行われる「高考」の得点ですべて決まってしまうというのだから大変だ。この映画を見ると、教室の生徒数が非常に多く、生徒が机に参考書を何冊も並べて猛勉強している。
冒頭で英語教師が教室で教えている。“was"と“used to be"は何が違うかと生徒に問いかけている。教室の中には一人うつむいて発音に付いてこない生徒がいる。そんな様子を見せながら、話は過去にさかのぼる。高校3年生のチェン・ニェン(チョウ・ドンユイ)は進学校に転校してきた。入試を控え殺伐とする校内で、ひたすら参考書と向き合い卒業までの日々をやり過ごしていた。そんな中、同級生の女子生徒がクラスのイジメを苦に自殺。飛び降りた少女の死体をスマホで映像を撮る生徒たち。チェンは一人で近づいていって、遺体に自分の上着をかけてやる。しかし、そのことがきっかけで激しいイジメの矛先はチェンへと向かう。
(学校のチェン・ニェン)
チェンの母親は学費を稼ぐためインチキ化粧品の販売に従事して借金を抱えている。そのことをイジメ生徒に知られ、さらにイジメがエスカレートする。チェンは嵐が過ぎ去るのを待ちながら、受験を迎える日々を過ごしていた。そんな中である日、下校途中にリンチされている少年シャオベイ (イー・ヤンチェンシー)を見て、とっさに警察に通報しようとして逆に捕まってしまう。こうして相まみえることのないはずの、優等生の女子高生と街のチンピラ少年が出会うことになるのである。
このような設定はルーティンのようにも思える。「美女と野獣」ものというか、日本では「泥だらけの純情」などが典型。かつての石原裕次郎とかジェームス・ディーンなど、男はちょっと不良っぽいのがパターンである。しかし、この映画はそのような大衆文化的文脈で作られているというよりは、現実に起こった事件を基にしたオンライン小説が原作になっているらしい。親が出稼ぎしているチェン・ニェンと親に捨てられたシャオペイ。大学受験と街の犯罪少年、生きる場は全然違うけれども、それそれを通して見えてくる中国の格差と闇の深さに驚く。
(チェン・ニェンとシャオペイ)
イジメと借金取りから逃れて、やがてチェンはシャオペイのぼろ家で勉強するようになる。次第に心通わせていくかと思わせて、事態は高考直前に大きな変転を見せる。壮絶なイジメを受けチェンの心身はボロボロになる。そして二人の決意、イジメ事件を調べてきた若手刑事の捜査はどうなるのか。チェンの入試はうまく行くのか。一瞬も気の抜けないドラマが、ほとんど太陽が見えない夜のシーンばかりの中で展開される。
冒頭で「世界中でイジメが大きな問題になっている」と出る。ラストには「この事件をきっかけにして、いじめ防止法が出来て、各省が連携して事態に対処している」というような字幕が出る。そのように「イジメは中国だけじゃないし、ちゃんと防止策を講じている」と言うところに、中国での映画製作の難しさ、検閲への対応を僕は感じた。確かに世界中でイジメは起きるけれど、この受験地獄や家庭崩壊、ストリート・キッズなどの状況は明らかに中国独特のものだと思う。単に自国の暗部をえぐる社会派問題作を作れないのが今の実情なのか。
主演のチョウ・ドンユィ(周冬雨)は1992年生まれだが、受験生役で全く違和感がない。チャン・イーモウ監督「サンザシの樹の下で」でデビューして、「13億人の妹」と呼ばれたという。その後も安定して活躍していて、ずいぶん人気があるらしい。チンピラ役のイー・ヤンチェンシー(易烊千璽)は2000年生まれで、漢字3字の名前は珍しいが「千年紀を祝う」という意味だという。ミレニアムの年生まれで付けられた名前である。13歳でアイドルグループ「TFBOYS」を結成し、以来歌やダンス、テレビ、映画などで活躍しているという。つまり、この映画は社会派ではあるがアイドル映画としても見られるわけだ。
監督のデレク・ツァンは香港の名優エリック・ツァンの息子で、俳優として活躍の後「ソウルメイト/七月と安生」など数作を作っている。この映画も大変な力作と言うべき映画だ。ちょっと長いかなと思うけど、もう終わりかと思ってクレジット前に立ってはいけない。冒頭シーンの続きがあるから。こういう中国の現代青春映画は見たことがないから、注目である。
この映画の背景にあるのは中国の厳しい大学入試制度である。それは「高考」(ガオカオ、普通高等学校招生全国統一考試)というもので、中国の受験はすごいという話は知っていたが実情の凄まじさに改めて驚いた。何しろ二次試験とか推薦入試とかはなく、6月7日、8日に行われる「高考」の得点ですべて決まってしまうというのだから大変だ。この映画を見ると、教室の生徒数が非常に多く、生徒が机に参考書を何冊も並べて猛勉強している。
冒頭で英語教師が教室で教えている。“was"と“used to be"は何が違うかと生徒に問いかけている。教室の中には一人うつむいて発音に付いてこない生徒がいる。そんな様子を見せながら、話は過去にさかのぼる。高校3年生のチェン・ニェン(チョウ・ドンユイ)は進学校に転校してきた。入試を控え殺伐とする校内で、ひたすら参考書と向き合い卒業までの日々をやり過ごしていた。そんな中、同級生の女子生徒がクラスのイジメを苦に自殺。飛び降りた少女の死体をスマホで映像を撮る生徒たち。チェンは一人で近づいていって、遺体に自分の上着をかけてやる。しかし、そのことがきっかけで激しいイジメの矛先はチェンへと向かう。
(学校のチェン・ニェン)
チェンの母親は学費を稼ぐためインチキ化粧品の販売に従事して借金を抱えている。そのことをイジメ生徒に知られ、さらにイジメがエスカレートする。チェンは嵐が過ぎ去るのを待ちながら、受験を迎える日々を過ごしていた。そんな中である日、下校途中にリンチされている少年シャオベイ (イー・ヤンチェンシー)を見て、とっさに警察に通報しようとして逆に捕まってしまう。こうして相まみえることのないはずの、優等生の女子高生と街のチンピラ少年が出会うことになるのである。
このような設定はルーティンのようにも思える。「美女と野獣」ものというか、日本では「泥だらけの純情」などが典型。かつての石原裕次郎とかジェームス・ディーンなど、男はちょっと不良っぽいのがパターンである。しかし、この映画はそのような大衆文化的文脈で作られているというよりは、現実に起こった事件を基にしたオンライン小説が原作になっているらしい。親が出稼ぎしているチェン・ニェンと親に捨てられたシャオペイ。大学受験と街の犯罪少年、生きる場は全然違うけれども、それそれを通して見えてくる中国の格差と闇の深さに驚く。
(チェン・ニェンとシャオペイ)
イジメと借金取りから逃れて、やがてチェンはシャオペイのぼろ家で勉強するようになる。次第に心通わせていくかと思わせて、事態は高考直前に大きな変転を見せる。壮絶なイジメを受けチェンの心身はボロボロになる。そして二人の決意、イジメ事件を調べてきた若手刑事の捜査はどうなるのか。チェンの入試はうまく行くのか。一瞬も気の抜けないドラマが、ほとんど太陽が見えない夜のシーンばかりの中で展開される。
冒頭で「世界中でイジメが大きな問題になっている」と出る。ラストには「この事件をきっかけにして、いじめ防止法が出来て、各省が連携して事態に対処している」というような字幕が出る。そのように「イジメは中国だけじゃないし、ちゃんと防止策を講じている」と言うところに、中国での映画製作の難しさ、検閲への対応を僕は感じた。確かに世界中でイジメは起きるけれど、この受験地獄や家庭崩壊、ストリート・キッズなどの状況は明らかに中国独特のものだと思う。単に自国の暗部をえぐる社会派問題作を作れないのが今の実情なのか。
主演のチョウ・ドンユィ(周冬雨)は1992年生まれだが、受験生役で全く違和感がない。チャン・イーモウ監督「サンザシの樹の下で」でデビューして、「13億人の妹」と呼ばれたという。その後も安定して活躍していて、ずいぶん人気があるらしい。チンピラ役のイー・ヤンチェンシー(易烊千璽)は2000年生まれで、漢字3字の名前は珍しいが「千年紀を祝う」という意味だという。ミレニアムの年生まれで付けられた名前である。13歳でアイドルグループ「TFBOYS」を結成し、以来歌やダンス、テレビ、映画などで活躍しているという。つまり、この映画は社会派ではあるがアイドル映画としても見られるわけだ。
監督のデレク・ツァンは香港の名優エリック・ツァンの息子で、俳優として活躍の後「ソウルメイト/七月と安生」など数作を作っている。この映画も大変な力作と言うべき映画だ。ちょっと長いかなと思うけど、もう終わりかと思ってクレジット前に立ってはいけない。冒頭シーンの続きがあるから。こういう中国の現代青春映画は見たことがないから、注目である。