シネマヴェーラ渋谷で「新東宝のもっとディープな世界」という特集。「玉石混交!?秘宝発掘!」と自ら銘打っていて、この機会を逃せば二度と見れそうもない映画ばかり。「もっと」というのは今年3月にも特集があったから。その時は「地獄」「地平線がぎらぎらっ」「明治天皇と日露大戦争」など、映画ファンには有名な作品があったが、今回は存在も知らなかった映画ばかり。
中でも三輪彰監督「闘争の広場」(1959)はぜひ見たかった。当時まさに渦中にあった「勤評闘争」を扱った映画なのである。勤評のことは後にして、まず映画の情報。三輪彰監督はウィキペディアに載っていた。1923年生まれで、まだ存命である。「煙突の見える場所」(五所平之助)や「たそがれ酒場」(内田吐夢)の助監督を務め、1958年に監督に昇進した。「胎動期 私たちは天使じゃない」(1961)を最後に新東宝を辞めて、ピンク映画やテレビ映画に転じたと出ている。
主演俳優の沼田曜一(1924~2006)は、「聞けわだつみの声」や「雲流るる果てに」「人間魚雷回天」なんかで弱そうな兵隊役をやってた。熊井啓「深い河」にも出ているが、インパール作戦に参加して生き残った老兵役だった。晩年にやってた民話の語り部活動で知られる。恋人の教師役で三ツ矢歌子、同僚教員で池内淳子などが出ている。どちらも新東宝のスター女優で、池内淳子は後にテレビで活躍した。僕には「花影」「けものみち」などの圧倒的な存在感が忘れがたい。
当時の新東宝と言えば大蔵貢時代。もともと東宝争議の時にできた会社だが、経営不振が続いて興行主の大蔵貢が1955年に社長に迎えられた。「明治天皇と日露大戦争」を大ヒットさせ、その後はエログロ路線で売った。歌手の近江俊郎の実兄で、近江の監督作品も多く作ったが、それ以上に「女優を妾にしたんじゃない、妾を女優にしたんだ」の歴史的「大暴言」で記憶されている。だから冒頭にまず大きく「製作 大蔵貢」と出ただけで心配になっちゃうわけである。
だけど、案外この映画はマトモな作りになっていた。(脚本は三輪彰と宮川一郎。)ある海辺の町の小学校。教室が雨漏りする劣悪な環境で、沼田演じる教師・浜中がバケツを取りに行くと、同僚の組合委員長が警察に連行されるところである。長らくもめてきた勤評問題も、ついに刑事弾圧の段階になった。そんな学校で、同僚や子どもたちの様子が描かれるとともに、現場教師と教育行政の間に立つ校長の苦悩、教育委員会の割れている状況、文部省からの圧力などもしっかりと描かれている。名作、傑作というほどでもないだろうが、問題は的確に描いている。
その後の「10割休暇闘争」「保守系保護者との対立」「教師に対する暴力」などの展開を見ると、明らかに高知県の勤評闘争をモデルにしている。高知では教組と親が協力した高校全入運動や教科書無償化運動が取り組まれていた。そんな中で起きた勤評問題は大いにもめ、県教組を中心に「勤評粉砕高知県委員会」も作られた。一日行動のスト突入率99%だった。一方、反対派の保護者は「同盟休校」を行い、山間部などでは教師をつるし上げる事件が起きていた。1958年12月に、激励オルグに訪れた小林武日教組委員長が襲撃されて重傷を負う事件まで起こった。
この映画では実在の地名は出てこない。当時は九州や四国が舞台でも伊豆や房総で撮影していた映画が多い。多分関東近県の海岸だろうが、海の近くを蒸気機関車が通り、トンネルがある(場所は不明。)学校や教師の家の環境が悪く、これが50年代のリアルかという感じがする。高度成長以前の、戦争に負けた貧しい日本なのである。教組の組織率はほぼ100%だったろう。「非組」など考えられない時代だし、日教組も分裂していない時代、管理職も組合に参加していた時代。
この映画の中で、苦しい思いをしているのは誰か。まず、主人公の浜中。組合が闘争至上主義で、子どもに寄り添うべきだと批判的である。職場会でも、10割休暇への疑問を述べる。(闘争には参加している。)闘争の中での「良心派」という位置づけか。家族の中でも妹が教育委員長の息子と恋仲で苦慮している。そういう主人公が保守派の「父兄同志会」の殴り込みを止めようとして大けがをする。その事件をきっかけに、教委と教組の間に妥協を探る動きが出てくるという筋書き。
もう一つは校長や教育委員長。戦後に作られた教育委員会はもともとは地域住民による選挙制だったが、1956年に施行された「地教行法」(地方教育行政の組織及び運営に関する法律)で任命制に変更された。当時「逆コース」と言われた戦後民主主義骨抜きの代表的政策だった。この法律で、教育行政の役割が定められ、そこから「勤務評定」実施という方針になる。(公務員一般の勤評はすでに実施されていたが、教員に関しては職務の特殊性から未実施だった。)
教育委員長は資産家で良識的な人物に描かれているが、委員の中には公然と保守系政治家と結びついて動く人が出てくる。文部官僚がやって来ると、芸者を揚げて料亭で接待する。そういう場で勤評実施へ圧力をかけるのだ。(官官接待だろう。)組合委員長の検束も、その教育委員が独断で警察に依頼していた。(そんなことができる町なのだ。)最後まで勤評を書かない校長は、料亭に缶詰めにされて無理やり書かされる。校長はこんな制度が出来たら、学校は教育の場ではなく工場になってしまうと訴えるが、政治の問題だからと押し切られ、ついには自殺未遂を図るが…。
「女性教師」も苦しんでいる。池内淳子演じる教師は嫁ぎ先が組合に無理解で、分会を代表して委員長に差し入れに行ったことが知られて困ってしまう。教員を続けたい池内は、夫と離婚したうえ異動願を出して学校を去っていく。(昔の映画には時々年度内で異動があるのだが、そういう制度だったのだろうか。)人望厚い女性教員が苦労を重ねる映画は多いけど、「二十四の瞳」の高峰秀子、「人間の壁」の香川京子、「はだかっ子」の有馬稲子、ちょっと中身は違うけど「日本列島」の芦川いづみ、「こころの山脈」の山岡久乃など「働く女性教師の苦悩」に連なっている。
映画内で勤務評定の中身が出ているが、明らかに組合教師の排除を狙ったものである。憲法9条改正を掲げる鳩山一郎内閣の下で、「教え子を再び戦場に送るな」の日教組を最大の敵とした時代。まさに勤評問題は政治的な問題だったのだ。この映画も、保守派の暗躍に批判的な作りになっていると思う。同時に今から見ると、法的な争議権がはく奪されている中で、登校する児童対策も取らずに全組合員でピケをするなど、やはり無防備にすぎるのではないか。
それはそれとして、当時の高知県では、組合に加入している校長たちが「私たち校長は、教師の良心にかけて勤評に絶対反対することを再度表明すると同時に、校長は管理職でなく、教師はもちろん、県民の皆様と共に民主的な教育を守り続けていくことを確信をもって再び声明いたします」と宣言していた時代だった。最後まで勤評を提出しなかった校長は、懲戒免職4名、分限免職10名、さらに教頭への降格など厳しい処分が待っていた。そういう犠牲が戦後教育史に起こったことを多くの人はもう覚えてもいないだろう。しかし、この映画のラストのように、多くの都道府県で「神奈川方式」など、法的に勤評はなくせないが、「実働化阻止」を事実上勝ち取ったところが多い。
文部省が本来考えていた、昇給や異動に連動する査定、本人に非開示というものではなく、本人開示、賃金との連動無しとなったところが多い。僕が教員になった時も、おおむねそういう感じだった。時々当たる特昇とともに、毎年基本的に全員が同様に昇給するという前提のもと、管理職を含めた「職場性」が成り立っていた。21世紀になって、特に東京都では完全に賃金と連動した勤評が実施されていった。それが教育現場の荒廃につながっている。労働時間は「ブラック企業」と呼ばれ、いじめ報告に追われるような職場になっていくわけである。
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ただ、当時はまだ新東宝の組合は穏健だったので、組合活動に大蔵は一応の理解があったのかもしれません。穿ってみれば、良心的な教育委員の高田稔の姿は、自分のことだと思っていたのかもしれませんね。
監督の三輪彰は、基本的には娯楽派ですが、五所平之助の『煙突の見える場所』や内田吐夢の『たそがれ酒場』にもついていて、まあ良心的な方だったと思います。
新東宝の後では、ピンク映画も作ったことがあるようですが、見たことはありません。