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尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『黒い瞳』37年ぶり、マルチェロ・マストロヤンニの名演を見る

2025年06月10日 22時04分05秒 |  〃  (旧作外国映画)

 ニキータ・ミハルコフ監督の『黒い瞳』がデジタル修復されて上映されている。1987年製作、1988年日本公開(キネマ旬報ベストテン6位)だから、37年ぶりに見たことになる。ニキータ・ミハルコフと言えば、70年代後半から革新的なソ連映画の担い手として、清新な輝きに満ちた映画を作り続けた監督だ。しかし、いつの間にかロシア映画の巨匠となって、今やプーチン政権を支える体制派文化人の巨頭になってしまった。しかし、まあ『黒い瞳』はマルチェロ・マストロヤンニ(1924~1996)の生誕百年とチェーホフ(1860~1904)の没後120年記念であって、別にミハルコフを顕彰する意図があるわけじゃない。

 『黒い瞳』は主演のマルチェロ・マストロヤンニカンヌ映画祭男優賞受賞、米アカデミー賞主演男優賞ノミネート(3回目)、イタリアのダヴィッド・デ・ドナテッロ賞主演男優賞など多くの栄誉を獲得した作品である。マルチェロ・マストロヤンニと言えば、フェデリコ・フェリーニ監督作品(『甘い生活』『8 1/2』など)や数多くのイタリア映画で活躍した名優だし、70年代初め頃はカトリーヌ・ドヌーヴとの恋愛(女優キアラ・マストロヤンニが産まれた)もあり、一般的知名度も高かったと思う。しかし、今では変換予測に出て来ないだけでなく、一発変換も出来ないので驚いてしまった。

 それにしても見事な演技である。最後の最後まで目が離せない。ギリシャからイタリアに向かう船の中で、暑いから飲み物が欲しいと老人客がやって来る。彼はロシア人だということで、窓際に座っていたロマーノ(マストロヤンニ)が相手になる。彼にはかつてロシアとの関わりがあったからである。そして見知らぬ相手に向かって自分の人生を語り始める。貧しい生まれながら大学で学び、そこで大銀行家の一人娘エリザシルヴァーナ・マンガーノ)と知り合って結婚した。その結果一人娘(イザベラ・ロッセリーニ)と豊かな暮らしを手に入れたものの、いつのまにか知的な野心を失い夫婦仲も冷たくなってしまったのである。

(エリザとロマーノ一族)

 ロマーノは現実の仕事に背を向け、健康にも問題があり時々温泉リゾートに出かけることが息抜きとなっていた。そして、あるとき銀行危機をよそに出かけた先でロシア人の「犬を連れた奥さんアンナエレナ・サフォーノヴァ)と出会って恋をしたのである。しかし、アンナはロシア語の(ロマーノには読めない)手紙を残して去って行ったのだった。つまり、この映画の基本はチェーホフの名短編『犬を連れた奥さん』だが、あの作品はクリミア半島のヤルタを舞台にしていたのと違って、イタリアの温泉地に変えられている。『8 1/2』やタルコフスキー監督の『ノスタルジア』のようにイタリアにも温泉リゾートは幾つもある。

(アンナとロマーノ)

 諦めきれないロマーノは久しぶりに出身大学を訪ねてロシア語の手紙を読んで貰う。ますます恋慕が募った彼は、ロシアに強化ガラス工場を作る実業家という触れ込みでロシアを訪れる。そしてサンクトペテルブルクの無責任な官僚を訪ね歩き、ようやく旅行の許可証を得てシソーエフという町へ行くのだが…。そこでは彼を大実業家と思った大歓迎の波と環境悪化を恐れる反対派が彼を待っていた。そして市長の歓迎宴に出かけると、そこでアンナと再会出来たのだった。お互いの心を確かめて、将来を約束した2人だったけれど、帰国したら妻の銀行は破綻していたのだった。そして…は映画の楽しみに。

(ニキータ・ミハルコフ監督)

 今回のヴァージョンは未公開部分25分ほどを加えた143分となる「最長版」である。確かにロシアのシーンなど初めて見たようなところが多い。長すぎるかもしれないが、ラストこそ見どころなのである。チェーホフの4つの短編をもとにしたというが、イタリアに移したことこそ成功の鍵だろう。(他の作品は『名前の日』『妻』『首の上のアンナ』という作品だという。)音楽をフランシス・レイが担当しているのも聞き逃せない。撮影のフランコ・ディ・ジャコモは『イル・ポスティーノ』などを手掛けた人で、ロシアの美しい大自然を見事にとらえている。

 ニキータ・ミハルコフ(1945~)はチェーホフの原作をもとにした『機械じかけのピアノのための未完成の戯曲』(1977)が世界中で大評判となった。90年代には『ウルガ』(1991)でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞、『太陽に灼かれて』(1994)でカンヌ映画祭グランプリなどソ連崩壊前後には大活躍していた。兄は『貴族の巣』『ワーニャ伯父さん』などのアンドレイ・コンチャロフスキー、父はソ連、ロシア国歌の作詞家セルゲイ・ミハルコフ。(ソ連、ロシアの国歌は同じメロディで、歌詞を変えた。)そうした生い立ちが高齢になって国家主義者にしたのかもしれない。だけど、この時代の演出力は確かな力量を示している。


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