尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

後に続くものを信じて-井上ひさしの「組曲虐殺」

2012年12月14日 00時46分58秒 | 演劇
 井上ひさしの「生誕77周年フェスティバル」の最後を飾る遺作「組曲虐殺」を12日に見た。フェスティバルは珍しい作品をたくさん上演した企画だったけど、なかなか行けないで終わってしまった。2009年初演のこの作品は当時は見なかった。井上ひさしの新作は、最近はほとんど見ることにしていたのだけれど。値段の面もあるし、10月公演で学校が忙しい時である。(数か月前には劇団からハガキが来るが、10月の予定なんか決められない。こまつ座の場合、井上ひさしが遅筆のため、最初の頃を取るのは危ない。でも10月後半だと文化祭直前にぶつかるわけである。)また天王洲銀河劇場が行きにくいというのもあった。ここでは2007年に市村正親、藤原竜也、寺島しのぶなどが出た「ヴェニスの商人」しか見たことがない。東京の話になるが、東京モノレールか「りんかい鉄道線」というのに乗らないと行けない。
 

 あともう一つ、小林多喜二の評伝劇だというのが、大丈夫かなという感じもした。多喜二と言えば、まあ波乱万丈と言えば言えるけど、それは警察権力から拷問され虐殺されたということで、劇にしにくいのではないか。まっすぐに生きたプロレタリア作家という印象が強く、太宰や啄木、林芙美子みたいな怪しい部分が少ない。そう思ってしまった部分も確かにあった。もちろん「これが遺作になる」と判っていれば仕事は休暇を取っても見たけど、そんなことはもちろん判らない。

 しかし、この芝居は素晴らしい。当時も読売演劇大賞などで高く評価された。今回は初演のキャストそのままなんだけど、井上ひさしの「歌入り評伝劇」もこれが最後かと思うと、感激も大きい。長く宇野誠一郎音楽だったけど、宇野氏の健康状態の関係で小曽根真(おぞね・まこと)が音楽を担当し、演奏もしている。これが素晴らしい。本当に心に沁みるような素晴らしさ。大阪の取調室から始まり、そこで多喜二を取り調べた二人の刑事が東京に派遣されるという設定。この刑事二人が面白い。そして小樽から出てくる姉(高畑淳子)と「いいなずけと妻の間」の恋人・田口瀧子(石原さとみ)。東京で世話をする伊藤ふじ子(神野三鈴)らを通して、小林多喜二(井上芳雄)の生涯が描かれていく。

 井上ひさしの歌入り評伝劇はいくつも見てるけど、この作品が最高傑作というわけではないだろう。ある意味、似たような趣向の部分があるんだけど、でもこの作品の感動は大きい。それは「まっすぐに生きて、間違ったものと闘う」というメッセージが今を生きているということだと思う。多喜二が拠った共産主義というものが、当時としてソ連の世界戦略に利用されていたという側面はある。しかし小林多喜二という人生は、貧しいもの、不正なものと戦った人生で、貧困や不正は今もいっぱいあるわけだから、そういうものがなくなる世界が来ない限り、この劇の感動は消えない。そして、特高警察の中にも人間性を見、つながりあえる部分を見つけて行こうとするこの劇の精神は生き続ける。

 「後に続くものを信じて走れ」という絶唱が中にあり、井上ひさしの遺言になってしまったと思った。井上ひさしの作った多くの歌(「ひょっこりひょうたん島」から「組曲虐殺」まで)の中でも、もっとも感動的なものではないか。素晴らしい劇を残してくれてありがとうございます。30日までやってるので、何とかもう一回見てみたい。何度も上演されると思うけど、初演メンバーがそろうのは最後になるかもしれないので。
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