尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『パスト・ライブス/再会』、24年目の再会を繊細に描く

2024年04月17日 22時19分41秒 |  〃  (新作外国映画)
 映画『パスト・ライブス/再会』(Past Lives)は、米アカデミー賞の作品賞にノミネートされた作品だ。アカデミー賞の作品賞は10本の候補作が選定される。10本になったのは2009年からで、それまでは毎年5本だった(昔の1930年代にも10本があったが)。世界で最も有名な映画賞だけに、候補になっただけでも商業的に有利になる。10本に拡大されたことで、海外作品も毎年のように入ってくるようになった。2024年の候補作では、明らかに『オッペンハイマー』『哀れなるものたち』が抜きん出ていた。5本だったらこの映画のノミネートは難しかったのではないか。

 この映画は先の両作のような、エネルギーに満ちて見る側も疲れてしまう渾身の大作と違い、見ていて切なくなるような「あるある感」満載の恋愛映画である。韓国系アメリカ人のセリーヌ・ソン(1988~)の初監督映画で、自分の実人生を反映しているらしい。若い頃を思い出すと、つらい別れをしたまま再会もままならないような「思い出の人」がいるものじゃないだろうか。そこまで行かなくても、片思いしていた相手が急に転校して二度と会えなかったとか、誰にでも切ない思い出の幾つかががあるものだろう。
(12歳のナヨンとヘソン)
 韓国に住む12歳の少女ナヨンと少年ヘソンもそんな二人だった。成績優秀な二人だが、いつもナヨンがトップなのにあるときヘソンが1位になった。そんな時ナヨンの一家がカナダに移住することになった。その前に親同士が二人を公園に連れて行って思い出作りをさせた。お互い幼いながら好き合っていたのである。移住したのは2000年頃。昔の韓国映画には経済的に外国へ移民するとか、軍事政権に抵抗して亡命するとかいう設定もある。しかし、もうそんな時代ではない。ナヨンの父は映画監督で活躍の場を求めて国を離れただけで、政治的な事情はないのである。

 12歳のナヨンは韓国にいてはノーベル文学賞が取れないと言った。作家を目指していたからである。海外移住を期に英語風の名前に変えることになり、「ノラ」と名乗ることにした。12年後、ノラの母が昔幼なじみがいたよねと言ったのをきっかけにヘソンを探してみる。すると父親のFacebookにナヨンを探しているとメッセージが来ていたのを見つけた。21世紀になった頃からインターネットが普及し、久しぶりに同窓会を開いたなどと言われた。2010年代になると、FacebookTwitter(現X)などのSNSが普及してきて、直接昔の知り合いを探せるようになった。「友だち申請」はしないまでも、検索してみた人は多いんじゃないだろうか。
(セリーヌ・ソン監督)
 そして二人は毎日のように時差を越えてオンラインで話すようになる。ヘソンは兵役についていたときに、昔のナヨンを思い出したのである。しかし、名前を変えていたノラを見つけられなかった。その時ヘソンは工学の勉強をしていた。ノラはニューヨークに移って、若き劇作家として認められつつあった。今はノーベル賞じゃなくて、ピュリッツァー賞が取りたいという。二人は互いに、ソウルに来て、ニューヨークにいつ来るのと会話するが、お互い予定があってなかなか現実の再会は難しい。そこで行き詰まった二人は、一端毎日のような通話を止めようとなった。
(24年目にニューヨークで再会)
 そしてさらに12年経って、ヘソンがニューヨークにやって来る。なんのために? その時ノラはもう結婚していた。24歳のノラが作家のために用意されたリゾートでアーサーと知り合ったのである。そして今はトニー賞が一番欲しい。大人になってからは、ほぼこの3人しか出て来ない。ノラはグレタ・リー、ヘソンはユ・テオという二人で、幼なじみが再会してみれば美男美女だから心が揺れる。アーサーはジョン・マガロ(『ファースト・カウ』の主役)で、これがまた善人を絵に書いたような人物で、久しぶりに幼なじみに再会する妻を温かく見守る。だけど…。

 日本映画には片方が難病になったり、虐待されていたり、災害に襲われたり…という展開が多い。もちろんドラマチックだったり、社会問題を提起するのも大切だ。しかし、この映画は才能ある美男美女がすれ違うだけの物語である。それで十分心に沁みるのは、語り口がうまいのである。ニューヨークが美しく描かれているのも見逃せない。ただし、あまりにも淡彩の映画かなと『オッペンハイマー』を見たばかりでは感じてしまうのも事実。だけど捨てがたいのは、SNSなど現代のツールで再会する設定などに「あるある感」を感じてしまうからだ。でもこの二人はソウルにずっといても、きっと別れていたのではないかとも思った。

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