尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「アクトレス 女たちの舞台」

2015年11月25日 21時33分35秒 |  〃  (新作外国映画)
 「アクトレス 女たちの舞台」を続けて見た。僕には「ヒトラー暗殺、13分の誤算」と同じくらい、というかそれ以上に面白い映画だった。オリヴィエ・アサイヤス監督、ジュリエット・ビノシュ主演で、女優たちの演技や自然の美しさとともに、年月を重ねることの意味が心に沁みる。

 冒頭はパリからチューリヒに向かう特急列車の中。有名女優のマリア・エンダースジュリエット・ビノシュ)は、今は隠遁生活をしている劇作家ヴィルヘルム・メルヒオールに代わって、彼の功績をたたえる賞を受け取りに行くところ。マリアは無名女優だった18歳の時に、ウィルヘルムの劇「マローヤのヘビ」に抜てきされ、それをきっかけにして世界的に知られる女優となった。ハリウッド映画にも出ていて、ヒーロー映画で悪役ネメシスを演じた。列車の中ではマネージャーのヴァレンティンクリステン・スチュワート)がスマホに殺到するオファーをさばいている。

 ジュリエット・ビノシュはまさに彼女そのものでもあるような有名女優を貫禄で演じている。マリアは私生活では離婚請求中で、パリのアパートを売るつもり。40代になり、公私ともに転機を迎えている。一方、マネージャー役のクリステン・スチュワートは「トワイライト」シリーズで有名になった人だが、この映画では演技派ぶりを発揮してセザール賞(フランスのアカデミー賞にあたる)で助演女優賞を受けた。米国人がセザール賞を受けるのは初めて。この二人の演技が次第にヒートアップしていくところが実に見事に描かれている。

 ところが、列車の中にウィルヘルムの訃報が届く。授賞式の後のパーティには、新進演出家として知られるクラウスがやってきて、「マローヤのヘビ」を再演したいので出て欲しいと頼む。「マローヤのヘビ」という芝居は、父を継いで社長をしているヘレンが、インターンにやってきた20歳のシグリットに惹かれてしまい、翻弄されていくさまを描いているという。そのシグリットを演じて評判になったマリアだが、今度のオファーはヘレンの方をやって欲しいというのである。

 自分では今もシグリットのつもりなのだが、こういうオファーが来るようになったかと複雑な思いである。シグリットの方はハリウッドで人気のジョアン・エリスという女優の初舞台にするという。この役はクロエ・グロース・モレッツで、「キック・アス」シリーズのスーパーヒロイン少女だったあの子。実に生き生きと演じている。
(左からスチュワート、ビノシュ、モレッツ)
 日本で言えば、例えば「Wの悲劇」をリメイクする企画があって、かつて三田佳子が演じた役を薬師丸ひろ子に演じて欲しいというような設定とでも言えばいいか。昔は何も知らない10代だったから怖い物知らずで演じられたが、今度は40歳で若い世代に翻弄される役である。マリアは亡くなったウィルヘルムの家があったシルスマリアというスイスの山の別荘地に行き、故人の家を借りることになる。ここでマネージャーのヴァレンタインを相手に、ヘレンのセリフを練習する。このシーンはこの映画の圧巻で、ロンドン公演ということで英語のセリフ(もとはドイツ語の芝居だと思うが)を丁々発止とやりあう。

 「マローヤのヘビ」という劇の名前は何なのか。スイスのその地方ではイタリアから来る風が入ってくると、雲となってマローヤ峠を流れるように下ってくる。まるでヘビが忍び寄るような気象現象を、その地方では「マローヤのヘビ」と言う。その後雨となるということで「悲劇の予兆」という意味合いで付けた題名だという。この「マローヤのヘビ」は現実の話で、途中で山岳映画が映しだされる。山岳映画の名手、アーノルド・ファンクの映画だという。それはモノクロだが、映画のウェブサイトを見ると、カラーでこのヘビ現象が見られる。演技の練習を続けながら、時々二人はハイキングに出かけるが、アルプス山脈の雄大な自然に目を奪われる。
(マローヤのヘビを見に行く)
 一方、そこにジョアンがついに登場。宣伝旅行の途中と言いつつ、実は有名新進作家クリストファーとの不倫旅行中。まだ18歳ながらお騒がせでお盛んな若さを振りまき、マリアも呆気にとられながら、けっこう気に入ってしまう。こうして「マローヤのヘビ」ロンドン公演の企画が進行していくのだが…。細かな人間模様を描き分けながら、マリアを通して「人生の行く末」を観客も考えてしまうことになる。実に巧みな脚本だと思う。美しい自然を見せてくれるとともに、映画や演劇界のバックステージを描く。ほぼ英語だが、マリアの母語はフランス語、スイスはドイツ語が一番多いからチューリヒではドイツ語。言語の違いぐらいは聞き取れると思う。

 監督のオリヴィエ・アサイヤス(1955~)は、「クリーン」でマギー・チャンにカンヌ映画祭女優賞をもたらした監督で、一時期マギー・チャンと結婚していた。伝説のテロリストを描く「カルロス」や東京も出てくるアクション「デーモンラヴァー」など多彩な作風。中では「夏時間の庭」がある家族の移り変わりを描いて一番いいと思う。その映画もジュリエット・ビノシュが主演だった。人生は過ぎてゆき、かつては若き女優と知られた身も、だんだん人生の孤独を見つめる時期になっていく。が、まだまだ若いつもりでいるんだけど…という人生の微妙な時期をさすがにジュリエット・ビノシュは感銘深く演じた。
コメント (1)
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