尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

日本の現実を知るための本

2015年11月14日 23時40分16秒 | 〃 (さまざまな本)
 読書の意味、あるいは楽しみというのは、「知らない世界を知る」ということが大きい。もちろん、自分の知ってる世界、趣味の世界や好きな作家の本などを「楽しんで読む」方が多いかもしれない。本だけでなく、映画や音楽なんかでも。でも、時には全然知らない新しい世界にチャレンジするのも大事だ。「知らない世界を知る」というのは、主に「いつもはあまり読まない分野の本を読んでみる」ということを指している。それとともに、「意識して、自分の足元の現実を知るために本を読んでみる」ことが必要だ。新聞や雑誌だけでは、あるいはネット上の情報だけではダメなのである。

 日本で生きていて、いろいろ不満や不安はあるにせよ、シリアやリビアのような「国家崩壊」状態ではない。何か大変な現実を抱えている人でも、その現実に圧倒されて毎日精いっぱい生きているものの、日々は決まりきった日常が続いている場合が多いだろう。そういう場合、なかなか自分が世界で占めている位置をつかめない。新聞やネットのニュースなんかでも、触れないよりはいいだろうけど、「点」の情報だから、その時々で終わってしまう。だから、そんなときのために本がある。そういう場合は本格的な専門書は大変だから、文庫や新書が中心になる。「新書の新刊本」は要注意である。

 さて、今回紹介する本は、今年の4月、5月頃に出た本で、いずれ書きたいと思ううちに時間が経ってしまった。小林美希「ルポ 母子家庭」(ちくま新書、820円)と「ルポ 保育崩壊」(岩波新書、800円)、そして保坂渉、池谷孝司「子どもの貧困連鎖」(新潮文庫、550円)という3冊の本である。
  
 小林美希(1975~)という人は知らなかった。ほぼ同時期に新書が2冊新刊で出たので、アレ、同じ人だと気付いたのである。茨城県出身で、神戸大卒業後、株式新聞社、毎日新聞社を経て、2007年からフリーのジャーナリストとして活動していると紹介されている。今まで出た本の名前を少し紹介すると、「ルポ 正社員になりたい」「ルポ “正社員”の若者たち」「ルポ 職場流産」「看護崩壊」「ルポ 産ませない社会」といった書名が並んでいる。名前を見るだけで、どういう分野を追いかけているかが判る。次が「保育崩壊」と「母子家庭」であることもよく判るというものだ。

 僕はこの分野のニュースを聞いたりして、保育や単親家庭の状況がすさまじいものであることは何となく知ってはいる。だけど、自分では詳しくはない。だから読んでみようと思ったわけである。読んで改めて、日本の現状に大変な思いを持ったけど、やはり自分の詳しい分野ではないから印象が薄れている。だけど、母子家庭の本を読めば、最後の方になると、支援する企業や求人サイトも出てくる。自ら動き出す人々の姿が描かれている。いま、「1億総活躍」とか「介護離職ゼロ」とか「希望出生率1.8」とか言い出している人たちは、この本を読んでいるだろうか。そして、この本を必要とする人は「岩波新書」や「ちくま新書」を手にする機会があるんだろうか。

 「子どもの貧困連鎖」は、共同通信の記者二人が取材して地方紙24紙に連載された記事がもとになっている。その後、本にまとめられ、今年文庫化された。新聞記事が元だから、この本が一番読みやすいと思う。中身の衝撃度も大きく、知らない人には「こんなことが今の日本であるのか」というような現実が書かれている。僕は知らない世界ではないけど、ここまでとはと絶句するような貧困や虐待などがルポされている。必読だと思う。「何か」が日本社会で壊れているのではないかと深刻な思いにとらわれる。そんな思いを誘われる本である。

 共著者の一人、池谷孝司さんには今までに3回会ったことがある。最初は都立中高一貫校の教科書採択に関して都教委への運動を始めたとき。次は六本木高校で「人権」という授業で、「死刑でいいです」という本をもとに講演してもらった時。三回目は「六本木少女地獄」が出版された時。そういう経緯は別にしても、今回の本はいつか紹介しなければと思っていた。特に第一章の定時制高校で学ぶ生徒を描く章だけでも読まないといけないと思う。「現代の貧困」とはどんなものかよく判るし、二度と忘れられないだろうと思う。ただ生きているだけでは、日本の現在は見えてこないということがよく判る。自覚的にそういう分野の本を読まないと判らない。自分の知ってる世界は小さくて、日本だけでも知らないことは山のようにあるのだ。
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