尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「私の男」と「蜩ノ記」-直木賞作品の映画史①

2015年01月10日 00時42分47秒 |  〃  (旧作日本映画)
 2014年のキネマ旬報ベストテンの映画が発表された。ベストワンは邦画が「そこにみにて光り輝く」、洋画が「ジャージー・ボーイズ」で、自分とは違うけど、まあ下馬評通りで意外感はない選出かと思う。さて、日本映画では直木賞受賞作品の映画化である「小さいおうち」が6位、「私の男」が7位、「蜩ノ記」(ひぐらしのき)が10位とそれぞれ入選している。そこでこれらの作品を中心に、今までの直木賞受賞作品の映画史を振り返ってみようという企画。

 直木賞は「大衆文学」の新人作家に与えられる登竜門的な賞である。芥川賞と違って、長編も対象にしている。また、ある程度これからも活躍して行けるかどうかを見極め、「作家」に与えられる性格が強い。だから、宮部みゆき「理由」、佐々木譲「廃墟に乞う」など明らかに遅すぎる授賞が結構ある。芥川賞の名前は芥川龍之介だと誰でも知ってるけど、直木賞の直木三十五は今ではほとんど読まれていない時代小説家である。初期のころから、時代小説や風俗小説が受賞しやすく、ミステリーは受賞しにくい印象が強い。SFに至ってはまず無理で、だから小松左京や筒井康隆さえ受賞できなかった。

 直木賞の性格上、完成された「大衆文学」の長編が選ばれるので、映画化に向いている。受賞作はベストセラーになるので宣伝上も有利だし、ストーリイは面白いに決まってる。芥川賞も最近の例では「苦役列車」(西村賢太原作、山下敦弘監督)や「共喰い」(田中慎弥原作、青山真治監督)のような傑作もあるが、あまり映画化はされていない。直木賞受賞作の映画化では、近年は「まほろ駅前多田便利軒」(三浦しをん原作)、「利休を見よ」(山本兼一原作)や「容疑者Xの献身」(東野圭吾原作)などがあり、また今年も「悼む人」(天童荒太原作)の公開が控えている。それにしてもベストテンに一度に3作も直木賞作品の映画化が入った年はないだろう。

 直木賞受賞作の映画はずいぶん見ているが、評価が難しい場合が多い。事前に物語が知られていて、その絵解きで終わるような映画も多い。また原作が長編の場合が多いので、映画化するには話を簡単にしたり、登場人物をカットしたりすることが多く、原作が好きな場合それだけで幻滅したりする。映画そのものの評価が難しいのである。原作も凄くて、映画もまた圧倒的に凄いというのは「復讐するは我にあり」ぐらいではないか。今回の3作品の場合、僕は当然のこととして原作は読んでいた。「小さいおうち」も「私の男」も「蜩ノ記」も、ストーリイに謎が秘められているが、その真相は判っていたし、展開も事前に知っていた通りだった。

 さて簡単に各作品を見ておくが、「小さいおうち」は見てから時間が経ってしまい、少し細部を忘れかけている。中島京子の原作そのものが、少し世界が小さい感じを免れない。「小さいおうち」は小説だけではよくイメージできなかったところがあり、映画になって家の構造がよく判った。昭和初期の東京の新興ブルジョワ階級の都市生活を可視化した功績は大きい。でも、現在の倍賞千恵子と妻夫木聡のシーンが興ざめなほど現実感がない。ベルリンで女優賞の黒木華(女中)と松たか子の奥さまとの関係シーンは素晴らしいが。原作はかなり忘れているが、調べてみると映画化に当たり少し簡素化されているようだ。山田洋次監督の演出は手堅いが、山田作品やはり藤沢周平三部作が最後の輝きなのか。
 
 映画的には熊切和嘉監督「私の男」が一番すぐれている。桜庭一樹の原作は、けっこう長くて複雑で、時間をさかのぼる書き方になっている。それを時間通りに配列し直したシナリオ(それでも時間が結構前後するが)は、映画化には不可欠だ。このインモラルな物語を描くのに多少の無理もある気もしないではないが。モスクワ映画祭作品賞主演男優賞(浅野忠信)を得たが、僕は浅野以上に、花を演じた二階堂ふみの驚くべき存在感こそがこの映画を成立させていると思う。

 でも、冒頭のシーンをどう思うか。原作を読んでいれば、それが1993年の奥尻島大津波であり、登場人物の人間関係をすでに知っているわけである。知らないで映画を見ると、どうなんだろうか。僕はこの映画を2回見て、やはり単なる絵解きではないと思った。主演の2人の存在感が生きている、また奇跡のような流氷のシーンを見るだけで、映画にした意味があったのだと思った。原作をどうとらえるべきか難しい面もあるが、この背徳と転落の物語はよく映像化されていると思う。見てない、読んでない人のためにこれ以上のストーリイ説明は避けておく。

 「蜩ノ記」は葉室麟の傑作時代小説で、原作の感動は3作中一番。その物語を映像で見られるのはうれしいが、どうも絵解き感がしなくもない。「雨あがる」「阿弥陀堂だより」「博士の愛した数式」といった「感動作」を作ってきた小泉尭史監督の演出は、例によって安定とも言えるし、手堅く不安なく見られる代わり、先が読めて驚くシーンがないような映像である。そこが難しいところで、原作の感動が映像化されると、今度は字で読めば良かったような気がしてしまう面もある。

 原作は九州が舞台だが、映画は東北で撮影された。風景は非常に美しい。原作が好きなら感動するけど、原作だけでも感動する。そこが難しい。ただし、この映画は多くの人に見て欲しい。役所広司の演技も当たり前に凄くて特に驚くほどのものはないんだけど、知らないのは損だと思う演技ではある。感じるところの多い原作の設定であり、それを見事に映画化した。それが大手柄だと言うだけで、まあそれもいいのではないか。
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