「年頭所感」なんて言う程のものではないけど、年が変わって思うこと。もう10年位僕は「年賀状」というものを作ってない。一番の理由は「明けても、おめでたくない」からである。最近は毎年そう思うんだけど、今年は特にそうである。昔よく歌われた労働歌に「ワルシャワ労働歌」というのがあるが、その冒頭「暴虐の雲光を覆い、敵の嵐は荒れ狂う」という感じである。原発は再稼働するだけでなく新設も認めるらしく、「従軍慰安婦」に関する「河野談話」も見直し検討がされるらしい。教科書検定の「近隣諸国条項」も見直しが公約となっている。こういうことが続出するかと思うだけで、もう疲れてしまう。まあ「ワルシャワ労働歌」では「ひるまず進め我らが友よ、敵の鉄鎖をうち砕け」と続いてるが、そういう元気が残ってるかなあ。
お正月の風景というのも、ずいぶん昔と違ってきた。今は元旦から「初売り」をやってしまうところまである。それでは「家族団らん」はどうなるのか。そういう大型商業施設に対して、「保守派」は「日本の伝統を守れ」と言わないのだろうか。それにしてもスーパーもコンビニも暮れも正月もなく開いていると言うのに、相変わらず「お節料理」をもてはやすのは何故だろう。正月は店も開いてないし、主婦も家事をやらなくて済むようにということで、ことさら塩辛く、または甘く似たようなものを作ったわけだろう。そういう「佃煮」みたいなものをなんで有難がるかなあ。塩分、糖分取り過ぎでしょう。新鮮なものが手に入らないなら仕方ないけど、店は開いてるし冷凍で何でもある。
年賀状も同じで、大体会ってみたいなんて思う人は、今はほぼ電子メールで連絡できるし、Facebookでお友達になってる人も多い。だから家族(子供が大部分)の写真を見せたい人が作るのが年賀状という感じが強い。(そうじゃないのもあるけど。)僕だって勤め始めてかなりの時期までは、職場の人に年賀状を出すようにしていた。本当は松の内の間に会う人には年賀状は出さなくてもいいという話を聞いたけど。本来なら正月に会って挨拶をすべきところ、会う機会も取れないので書面をもって失礼するというのが年賀状だということらしい。だから仕事始めで会うはずの人に年賀状を出す必要はないらしい。そういう話だったけど、その頃は学校の職員・生徒の住所録というものがあったので、生徒からも来たし同僚にも出していた。義理堅く世間を渡って何かいいことがあったかと言えば、自分の仕事を増やしただけだったかもしれないが、それもその頃はそれで良かったわけである。
今もメールでは連絡できない人がいる。だから年賀状の代わりのハガキ通信を一年に一度は出すようにしてきたんだけど、それも3年出してないと思う。自分が何を言えばいいか判らない。いや毎日のようにブログを書いてるではないかという感じだけど、書くべきテーマは絶えないのだけど、自分の身辺に関しては何を伝えたらいいかがよく判らない。Facebook何かを見ると、若い人は一年のまとめとか今年の決意なんかをよく書いてる。まあ僕もそうだった。若い時は何でも新しいことが起こるのである、実際に。もう僕の年になれば、まあ世の中の大体は同じようなことが起きると判っている。数年にいっぺんは「いじめ」が問題化するし、エジプトで革命が起こってもそれだけでは解決しない問題の方が多い。
しかし「一度何かが起こればもう元には戻れない」ということだって多い。自分の人生にもあるし、世の中にもそういうことは多い。「原発事故」なんかはそういうものであると僕は思うけど、忘れてしまいたい人もいるのかもしれない。民主党が政権を持っていた間の政策が、ドミノ返しのようにどんどん引っくり返っているけど、それが「政権交代」というもではあるけれど、何が問題で変わっていくのかはじっくり検証していくことが必要だろう。自民党は確か「民主党の間違った政治主導で混乱した政治に終止符を打つ」というようなことを言っていた。この意味は何だろうか。「民主党が未熟で政治主導がうまく行かなかった」ということか。それとも「政治主導」という手法自体が間違っているということなのか。
民主党内閣では凍結されていた「経済財政諮問会議」がさっそく始動したことを見ても、民主党政権が未熟だったということではなくて、「政治主導」という考え方自体を否定しているのではないか。「経済財政諮問会議」は森内閣時代に設置され、小泉内閣で大きな力を発揮した。経済財政担当大臣として竹中平蔵氏が主に担当し、財界メンバーに奥田碩、牛尾次郎、学界から本間正明、吉川洋の各氏が参加していた。法的な設置根拠があるが、民主党政権時代は「国家戦略室」を中心に「政治主導」することになり実働していなかった。
佐々木則夫というから、なでしこ監督かと思えば、原発メーカーの東芝社長。小林喜光(三菱ケミカル)と並んで財界代表として選ばれた。今までは経団連会長が外れることはなかったけど、今回米倉会長が外されたのは、選挙戦最中のアベノミックス批判発言が尾を引いているというのがもっぱらの定評だろう。学界は伊藤元重東大教授、高橋進日本総合研究所理事長。僕が思うに、国会同意を必要としないメンバーを選んで経済政策の大綱を議論するより、財界からは要望を受け、学者は顧問などに登用して直接政策立案にタッチしてもらえばいいのではないか。要するに、内容もだけど手法も「古い政治」に戻したいと言う考えなんだろうと思い、今後も大変なことがいろいろ起きてくるんだろうなあとユウウツな新年。
お正月の風景というのも、ずいぶん昔と違ってきた。今は元旦から「初売り」をやってしまうところまである。それでは「家族団らん」はどうなるのか。そういう大型商業施設に対して、「保守派」は「日本の伝統を守れ」と言わないのだろうか。それにしてもスーパーもコンビニも暮れも正月もなく開いていると言うのに、相変わらず「お節料理」をもてはやすのは何故だろう。正月は店も開いてないし、主婦も家事をやらなくて済むようにということで、ことさら塩辛く、または甘く似たようなものを作ったわけだろう。そういう「佃煮」みたいなものをなんで有難がるかなあ。塩分、糖分取り過ぎでしょう。新鮮なものが手に入らないなら仕方ないけど、店は開いてるし冷凍で何でもある。
年賀状も同じで、大体会ってみたいなんて思う人は、今はほぼ電子メールで連絡できるし、Facebookでお友達になってる人も多い。だから家族(子供が大部分)の写真を見せたい人が作るのが年賀状という感じが強い。(そうじゃないのもあるけど。)僕だって勤め始めてかなりの時期までは、職場の人に年賀状を出すようにしていた。本当は松の内の間に会う人には年賀状は出さなくてもいいという話を聞いたけど。本来なら正月に会って挨拶をすべきところ、会う機会も取れないので書面をもって失礼するというのが年賀状だということらしい。だから仕事始めで会うはずの人に年賀状を出す必要はないらしい。そういう話だったけど、その頃は学校の職員・生徒の住所録というものがあったので、生徒からも来たし同僚にも出していた。義理堅く世間を渡って何かいいことがあったかと言えば、自分の仕事を増やしただけだったかもしれないが、それもその頃はそれで良かったわけである。
今もメールでは連絡できない人がいる。だから年賀状の代わりのハガキ通信を一年に一度は出すようにしてきたんだけど、それも3年出してないと思う。自分が何を言えばいいか判らない。いや毎日のようにブログを書いてるではないかという感じだけど、書くべきテーマは絶えないのだけど、自分の身辺に関しては何を伝えたらいいかがよく判らない。Facebook何かを見ると、若い人は一年のまとめとか今年の決意なんかをよく書いてる。まあ僕もそうだった。若い時は何でも新しいことが起こるのである、実際に。もう僕の年になれば、まあ世の中の大体は同じようなことが起きると判っている。数年にいっぺんは「いじめ」が問題化するし、エジプトで革命が起こってもそれだけでは解決しない問題の方が多い。
しかし「一度何かが起こればもう元には戻れない」ということだって多い。自分の人生にもあるし、世の中にもそういうことは多い。「原発事故」なんかはそういうものであると僕は思うけど、忘れてしまいたい人もいるのかもしれない。民主党が政権を持っていた間の政策が、ドミノ返しのようにどんどん引っくり返っているけど、それが「政権交代」というもではあるけれど、何が問題で変わっていくのかはじっくり検証していくことが必要だろう。自民党は確か「民主党の間違った政治主導で混乱した政治に終止符を打つ」というようなことを言っていた。この意味は何だろうか。「民主党が未熟で政治主導がうまく行かなかった」ということか。それとも「政治主導」という手法自体が間違っているということなのか。
民主党内閣では凍結されていた「経済財政諮問会議」がさっそく始動したことを見ても、民主党政権が未熟だったということではなくて、「政治主導」という考え方自体を否定しているのではないか。「経済財政諮問会議」は森内閣時代に設置され、小泉内閣で大きな力を発揮した。経済財政担当大臣として竹中平蔵氏が主に担当し、財界メンバーに奥田碩、牛尾次郎、学界から本間正明、吉川洋の各氏が参加していた。法的な設置根拠があるが、民主党政権時代は「国家戦略室」を中心に「政治主導」することになり実働していなかった。
佐々木則夫というから、なでしこ監督かと思えば、原発メーカーの東芝社長。小林喜光(三菱ケミカル)と並んで財界代表として選ばれた。今までは経団連会長が外れることはなかったけど、今回米倉会長が外されたのは、選挙戦最中のアベノミックス批判発言が尾を引いているというのがもっぱらの定評だろう。学界は伊藤元重東大教授、高橋進日本総合研究所理事長。僕が思うに、国会同意を必要としないメンバーを選んで経済政策の大綱を議論するより、財界からは要望を受け、学者は顧問などに登用して直接政策立案にタッチしてもらえばいいのではないか。要するに、内容もだけど手法も「古い政治」に戻したいと言う考えなんだろうと思い、今後も大変なことがいろいろ起きてくるんだろうなあとユウウツな新年。