実戦教師塾・琴寄政人の〈場所〉

震災と原発で大揺れの日本、私たちにとって不動の場所とは何か

「東北ココから」 実戦教師塾通信六百十一号

2018-08-03 11:55:33 | 福島からの報告
 「東北ココから」
     ~見えないゴール~


 1 牛の餌(えさ)
 福島の楢葉でも、激しい雨が降って上がってを繰り返していた。ひと月ぶりの渡部さんの畑の様子が違う。

「(牧)草を植えたんだ」
一カ月前の玉ねぎは跡形もなく、鬱蒼(うっそう)とした緑の群れは、一度足を入れたら抜けられないような姿を見せ、強い風にうねっていた。刈り取ってから二三日干して、その後発酵(はっこう)させるんだそうだ。乳酸で発酵した牧草は食べられないという。
「それは牛が自分でよけちゃうから、大丈夫なんだ」

美味しそうだ。確かに白っぽく変色した牧草は、素人(しろうと)の私でも分かる。他はいいにおい。

   8月1日に出荷すると言ってた牛さん。ここで大きくなった。

 渡部さんは、暑いな、と言いながら炬燵(こたつ)に入っている。一体なんで炬燵があるのという、私のもっともな疑問だ。
 ここの離れは狭い?ので、一家が四人(全員揃うと五人)となったいま、自分は寝るところがない。仕方がないのでリビングで寝ると、暑くてかなわないのでクーラーをつける。
「すると今度は寒くてたまらなくてよ」
「だから炬燵で寝てんだ」
窓を開けて寝ればいいんだよ、私は言うが、おばあちゃんと一緒に笑っているだけである。

  2「東北ココから」
 そこに奥さんもやって来て、前日夜、NHKの「東北ココから」の話になった。読者の皆さんは見ただろうか。いや、首都圏では放送されたのかな。
 原発事故が地域/世代を分断した、という報道番組だ。福島県田村市の地域(都路)が警戒区域になった話。道一本の向こうは補償金が出る、こっちは出ないということから話は始まっている。
「一体、あいつらどれだけもらってんだ」
「リフォームだと? 新築だとよ」
 また、私がいわきで耳をふさぎたくなるぐらい聞かされた、
「おれ達ゃ津波で全壊しようが、全然もらえねえ」
「スーパーに行きゃあ、どこの人間かすぐに分かんだ」
「高いもんたくさん買ってよ」
「あいつら住民税も払わねえ。でもゴミ捨ててんだ」
「オレ達の税金使ってよ」
番組はこれらの言葉を反復した。少なくとも最後の言葉は事実とは違う。

そんな中、渡部さんの母屋(おもや)は、いよいよ完成間近だ。
「いろいろあって、遅れるんですよ」
お盆には間に合わないみたいと言って笑う奥さんは、その原因を自分の顔に書いてるのだった。立派で広いお風呂も姿を見せた。私は良かったと思うばかりだ。

「お金なんかいらねえ。もとの生活返してくれたら、それでいい」
番組の中でそう語ったのは高齢の女の人だった。
「女の人ははっきり言うわ」
「あのおばあちゃんの言うことが一番良かったわ」
そう評するのも、おばあちゃんだった。
「どっちも大変だわ」
おばあちゃんの言葉はいつも分かりやすい。そして力がある。
 おばあちゃんも避難を続けたんですよね、私は思う。
 そして、ここからが渡部さんの真骨頂なのだ。
「確かに金に溺(おぼ)れた人も多かった」
「補償金をあてに、仕事を探そうともしないのはまずいよ」

 雨風のひどくならないうちにと、私はとれたての野菜の天ぷらも食べず、

この日再開のJビレッジに寄ることもなく、楢葉をあとにしたのだった。

     7月27日の『福島民報』



 ☆後記☆
と言ってもこの天ぷら、大葉とナスをつまんで、その後、お土産にしこたま詰めてもらった私です。ご馳走様でした。

 ☆柏祭☆
一日だけの開催となった柏祭です。いっぱいの人で、急いで歩いてもせいぜい時速20m。

これは、西口のねぶた。本場ものと比べてはいけません。その上、雨対策でビニールを被ってます。

祭の華は神輿(みこし)です。



柏神会の頭(かしら)「テツ」です。よろしく!

そして、明日は手賀沼花火大会です。 たまや~!

 ☆ ☆
以前、ドラマ『99,9 刑事専門弁護士』の時にも触れましたが、2005年の今市事件の高裁判決、今日ですね。ニュースでは自白の信用性ばかりが強調されてますが、その後明らかになった証拠、そしてその報道直後の「訴因変更」と、逮捕と裁判にまつわるおかしなことが続きました。
どうなるのでしょう。

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2 コメント

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18年前 (鈴木直子)
2018-08-03 15:01:30
このブログ、楽しく一気に読ませて頂きました。また明日残りの投稿を読むのを楽しみにしています。今日家の整理をしていたら琴寄先生に頂いたお手紙が出てき、そこにあるアドバイスを何度も読み返しました。2000年、先生のクラスに教育実習に行かせて頂いた際のものです。あの二週間は本当に貴重かつ辛い二週間でした。当時の私は教員になるどころか人生で何をしたいなど全くわからず、そのまま好きなように流れに流れて、今アメリカ·シアトルにある子供が作る子供のための幼稚園で働いています。頂いたお手紙にあった「自分に正直に生きて下さい」のアドバイスはしっかり実践しております。他にに連絡先が見当たらないので、ここに個人的なメッセージを残す事にしました。
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もしかして (琴寄)
2018-08-04 11:55:49
英語の先生? なわけないですね。同姓同名の生徒がこの時クラスにいたと思ったら、一文字違ってますね。何せ認知症に熱中症が加わってるもので、失礼お許しください。
とにかく元気そうでなによりです。連絡先は、ブログ600号のチラシにも掲載してありますように、アドレスは、kotoyori.masato@lilac.plala.or.jp
です。皆さん、大体これを使って連絡いただきます。良かったら利用してください。
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