瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第94話―

2009年08月31日 21時00分43秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
来る道雨が酷かったろう?
風邪を引いては大変だ、用意したタオルで頭等を拭くと良いよ。

さて…今年は東京でも秋の休日が長い影響で、夏休みが通常の年より短く設定されているらしいが、高校生以下の学生さんの多くは今日が夏休み最終だろう。
日常に戻るというのは、水から上がる時に似て、体が重たく感じるものだ。
早いところリズムを取り戻せるように、この会でも少しずつ日常的な怪談をするとしよう。

昨夜約束した通り、今夜もトイレの怪談だ。
場所は京都の桜の名所と名高い、円山公園内に在ると言う公衆トイレで、噂では自殺した男の幽霊が出るのだとか。
噂の出所を調べた人曰く、女優の左時枝さんの御主人の友人のお爺さんが、怪異に出くわした当事者らしい。




或る夜中に、そのお爺さんが酔っ払って、円山公園のベンチに横になっていた。
その内に便意を催し、近くの公衆トイレに入った。

しゃがみ込んで、じっくり孤独を味わおうとした所、「止せ、止せ」と声がして、何かが背中を突っつく。

「今大事な所だから止せよ」と声がして、また背中を突っつかれた。

酒が入って気が強くなっていたお爺さんは、「邪魔するのは何処のどいつだ!?」と怒鳴って振り返った。

すると目に入ったのは、だらりと垂れた2本の足……

その爪先が、さっきからお爺さんの背中を突っついていたのである。




…大抵の怪談は人から人へと伝えられながら形成されるもので、昨夜の話もそうだが、最初に話が出た時は「自殺した男の幽霊が…」云々は付かなかったのではないだろうか?
怪談としての落ちを着けたがる者の仕業だろうが…正直無い方が恐ろしかったのにと残念に思わずに居られない。

それは兎も角、公衆トイレという物は不気味な迫力を纏っている。
特に公園内にぽつんと建つ型は最恐だ。
気軽に用を足せるように設置された筈が、行くのに躊躇うというのもおかしな話だがね。


今夜の話は、これでお終い。
さあ…蝋燭を1本吹消して貰えるかな。

……有難う。

それでは気を付けて帰ってくれ給え。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
風呂に入ってる時に、足下を見ないように。
そして、夜に貴殿の名を呼ぶ声が聞えても、決して応えないように…。

御機嫌よう。
また次の晩に、お待ちしているからね…。




『ワールドミステリーツアー13(第8巻)―京都編― (小池壮彦、著 同朋舎、刊)』より。
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異界百物語 ―第93話―

2009年08月30日 20時04分07秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
台風が近付く最中、今夜もお訪ね頂き有難う。
貴殿が足繁く通ってくれたお陰で、4年に渡り会を催す事が出来た。
心から感謝しているよ。
蝋燭の火が全て消えるまでのカウントダウンに入った事だし、此処から先は貴殿が恐怖をより身近に感じられるような話をしようじゃないか。

ところで貴殿はどんな場所に居る時、怖気を感じるだろう?
それは独りで…閉め切った…例えばトイレなんかは如何かな?
今夜と明日の夜は、トイレを舞台にした怪談を語ろう。




1988年頃、日本で面積第一位の湖として有名な琵琶湖までドライブしに行ったMさんが体験した話だ。

Mさんが長命寺港に車を停めて休憩していた時、公衆トイレに若い男女が3人、入って行くのが見えた。
すると暫くしてその3人が、叫び声を上げながら飛び出して来た。

そのままMさんと友人が居る車まで走り寄り、窓を叩いた顔を見れば蒼白である。
呆気に取られているMさん達を前に、3人の内の1人はこう言って頼んだ。

「あのトイレ、変なんです!
 一緒に来て見てくれませんか!?」

尋常ではない様子に、Mさんが3人に訳を話すよう求めると、彼らは震える声で自分達がたった今体験した事を話して聞かせた。

「外からドアを開けようと引っ張ったら、中から引っ張り返されたんです!
 それで誰か入ってんだなと思って、隣のトイレに入ろうとしたんですが…
 隣も、その隣も、そのまた隣も、6つ有るトイレ全て、ドアを引っ張ってみたんですが、その度にぐいっと引っ張り返されるんです…!」

「ノックはしたんですけど返事は無いので、開けようとして引っ張ると、ぐいっと引っ張り返されるんです…!」

ひょっとしたら中に変質者でも居るのかもしれない。
そこで弟と友人は車から出ると、3人と一緒に公衆トイレに入って、試しにドアを1つ引っ張ってみた。
と、10cmほど開いた所で、ぐっと強い力で引っ張り返された。

「うわーっ…!!」

全員、一目散にトイレを飛び出したと言う。

しかし気を取り直した弟の友人が、もう1度トイレに戻ると、今度はお経を唱え、合掌してからドアを引いた。
するとドアは簡単に、すうっと開き、中には誰も居なかったと言う。

「ドアを開けた時、確かに人の手でぐいっと引っ張り返された様な、そういう感触が有ったんだ。
 心臓が止りそうな位、恐かったよ」

後でMさんは家族にそう話したと言う。

噂では以前そのトイレで焼身自殺が有ったとの事らしい。




…家のトイレは使い慣れてる分、未だ恐怖は薄いだろうが、出先のトイレは結構入るのに勇気が要るものだ。
特に鄙びた土地の、電燈がチカチカと瞬いているトイレなど、独りで入るには恐ろしい。
そういえば以前、箱根の宿でのトイレの怪を話したね。
鍵を掛けて丸腰になるという、逃げるに逃げられない状況が、トイレに圧倒的な数の怪談を集める理由だろう。


今夜の話は、これでお終い。
さあ…蝋燭を1本吹消して貰えるかな。

……有難う。

大分雨風が激しくなっている。
どうか気を付けて帰ってくれ給え。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
風呂に入ってる時に、足下を見ないように。
そして、夜に貴殿の名を呼ぶ声が聞えても、決して応えないように…。

御機嫌よう。
また次の晩に、お待ちしているからね…。




『現代民話考3巻―偽汽車・船・自動車の笑いと怪談―(松谷みよ子、編著 ちくま文庫、刊)』より。
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異界百物語 ―第92話―

2009年08月29日 20時40分28秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
9月が直ぐそこに迫っているのに、未だミンミンゼミの大合唱が鳴り止まないね。
そうは言っても山に行けば、蜩が鳴いている。
街の喧騒に張り合って響く蝉時雨も、後数日経てば秋の虫の音に替るだろう。

さて二夜続けて海の怪談を話したが、危険なのは海ばかりじゃない。
今夜は山に伝わる怪談を紹介しよう。




白馬岳の山中に建つ旅館での話だ。

或る吹雪の夜中に――ドンドン!ドンドン!と、戸を叩く人が居る。
奥さんが出てみると1人の男が立って居て、「夜分に突然済まないが、道に迷ったので泊めて貰いたい」と言って来た。

それは災難でしたねと同情し、中へ通そうとした時だ。
子供がひょっこり顔を出し、男の顔を見るや、激しく泣き出した。
子供の泣き声を聞いて、お婆さんも奥から出て来た。

男の顔と、泣きじゃくる子供の様子を見比べていたお婆さんは、薄気味悪い心地がしたのであろう。
奥さんに「泊めるのはお止しよ」と小声で忠告した。

その顔があまりに真剣だった為、また子供の泣き方が異常だったもので、奥さんも少し怖くなり、「今日は駄目なんです」と謝って男に帰って貰った。

夜が明けると今度は刑事がやって来て、顔写真を1枚見せられ、「この男を知りませんか?」と尋ねられた。

写っていたのは、昨夜旅館を訪れた男だった。

驚いた奥さんが捜している理由を尋ねると、刑事は「麓の方で女性を殺害した容疑で追っている」と説明したそうだ。

刑事が帰った後、奥さんは子供を呼び、「昨日どうしてあのおじさんを怖がったの?」と尋ねた。
すると子供は「おじさんの肩に血だらけの女の人がおぶさって笑っているから怖くなった」と言ったらしい。




…いくら子供が泣いたからと言って、吹雪の夜に門前払いを喰らわすのは、人道的にどうかと思わなくもない。
しかし、これは恐らく「山」という舞台を考えての、行き過ぎた演出だろう。
怪談の型としては定番で、よく耳にするが、かなり歴史が有るらしく、岡本綺堂が似た筋の作品を発表している。
「木曾の旅人」と言う題で、綺堂曰く「木曾のきこりから聞いた話」を元にしたそうだ。
どうやら長野付近で発生した、山岳地ならではの怪談らしい。

通信手段の無い山荘に、殺人者と共に閉じ込められるのは、ミステリーの常套手段。
だが現実に出遭うのは、勘弁したいものだ。


今夜の話は、これでお終い。
さあ…蝋燭を1本吹消して貰えるかな。

……有難う。

それでは気を付けて帰ってくれ給え。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
風呂に入ってる時に、足下を見ないように。
そして、夜に貴殿の名を呼ぶ声が聞えても、決して応えないように…。

御機嫌よう。
また次の晩に、お待ちしているからね…。




『現代民話考5巻―死の知らせ・あの世へ行った話―(松谷みよ子、編著 ちくま文庫、刊)』より。
※岡本綺堂の「木曾の旅人」(→http://www.aozora.gr.jp/cards/000082/card43574.html)
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異界百物語 ―第91話―

2009年08月28日 20時30分56秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
夏休みも間も無く終わるが、今夜も昨夜に引き続き、海を舞台にした怪談を話そう。

これは三重県津市の海岸で、実際に起った怪奇な事件だと云う。




海岸には海の守りの女神の像が立っている。
これは昭和30年7/28に、市立橋北中学1年生の女子36人が水死した事件を切っ掛けに建てられたそうだが、当時の生き残りの1人であるU川さんは、週刊誌「女性自身(昭和38年)」に、その時の恐ろしい体験を手記に纏め、サインと写真入りで寄せている。


一緒に泳いでいた同級生が、突然「Hちゃん、あれを見て!」としがみ付いて来た。
20~30m沖を見ると、その辺りで泳いでいた同級生が、次々波間に姿を消して行く所だった。
その時、私は水面をひたひたと揺すりながら、黒い塊がこちらに向って泳いで来るのを見た。
黒い塊は何十人もの女の姿で、ぐっしょり水を吸い込んだ防空頭巾を被り、もんぺを履いていた。
私は急いで逃げようとしたが、物凄い力で足を掴まれ、水中に引き擦り込まれてしまい、次第に意識が遠退いて行くのを感じた。
それでもあの足に纏わり付いて離れない、防空頭巾を被った女の無表情な白い顔は、助かった今でも忘れる事が出来ない……


救助されたU川さんは、その後肺炎を併発し、20日間も入院したが、その間「亡霊が来る、亡霊が来る」と、頻繁にうわ言を言っていたそうだ。

「防空頭巾にもんぺ姿の集団亡霊」というのには因縁話が有って、津市郊外の高宮の郵便局長を務めていたY氏によると、この海岸では集団溺死事件の起った丁度十年前の7/28、米軍大編隊の焼打ちで市民250人余りが虐殺されており、火葬し切れなかった死体は、この海岸に穴を掘って埋めたと云う。

Y氏からこの話を聞かされたU川さんは、手記の中で「ああ、やっぱり私の見たのは幻影でも夢でもなかった。あれは空襲で死んだ人達の悲しい姿だったんだわ」と納得している。

尚、Y氏が訊いて回ったところによると、この亡霊はU川さんを含めて助かった9人の内5人が見ているばかりか、その時浜辺に居た生徒達の内にも、何人かが見ていると、U川さんは手記で付け加えている。




…週刊誌に掲載された事で、この事件はかなり有名になり、数多くの心霊関連書籍に取上げられた。
平和な現代に於いて、戦争の記憶は遥か彼方に霞の如し。
だが未だに掘れば骨がじゃくじゃく出て来る土地も在ると聞いて、かつて戦火に呑まれた国日本を思い知る。
海の近くなら、夥しい死体の多くは海岸に集められ、纏めて葬られたのだ。
遊びに行く際は、ゆめゆめ用心忘れぬように。


今夜の話は、これでお終い。
さあ…蝋燭を1本吹消して貰えるかな。

……有難う……遂に残り10本を切ってしまったね……。

それでは気を付けて帰ってくれ給え。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
風呂に入ってる時に、足下を見ないように。
そして、夜に貴殿の名を呼ぶ声が聞えても、決して応えないように…。

御機嫌よう。
また次の晩に、お待ちしているからね…。




『現代民話考7巻 学校―笑いと怪談・学童疎開―(松谷みよ子、編著 ちくま文庫、刊)』より。
※同シリーズ5巻にも関連した話が載っている。
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異界百物語 ―第90話―

2009年08月27日 21時18分52秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
夜は涼しくても、昼はまだまだ暑いね。
歩いていると汗が背中にじんわり溜まって気持ち悪い。
近くに海が在れば、頭から飛び込んでる所だよ。
貴殿は今年の夏、海へ出掛けただろうか?
今夜と明日の夜は、海に纏わる怪談をお届けしよう。

これは鹿児島の漁師の間で囁かれている話だ。




この地の漁船が沖へ出て行く時、或る瀬の傍で流れ人(水死体)に出会った。
それは長い間波に揉まれていたらしく、すっかり腐乱し切って酷い有様だった。

漁師は出漁の途中であったのと、気味が悪いのとで、死人に此処で待って居れと言い沖へ出たものの、いざ漁が終わると、流れ人をすっぽかしてしまおうと大迂回して戻って来た。

しかし流れ人はこれを見抜いたのか、その途中で待っていたので大いに驚き、謝って連れ戻った事が有ったと言う。

漁師達が話すには、兎に角流れ人と言うものは、根性が有るらしい。

例えば到底人の力では取り出す事の出来ないような、荒磯の岩の間に挟まれている流れ人が在る時は、「とても取り出す事は出来ぬから、こっちへ来てくれ」と死体に言えば、直ぐにすうすうと此方へ流れて来るものだと、この土地の人は言う。




…鹿児島の漁師の間での話と紹介したが、福岡や長崎の漁師の間でも同様な噂が流れている。
常識で考えるなら、死んだ身体に魂は無く、残っているのは抜け殻の筈である。

だが人はそうは考えない。

悲運な事故や、思い詰めての入水なら、生への執着は元の身から易々と離れはしないだろうと考えるのだ。
「柄杓をくれ」と口々に喚いて生者を引き擦り込もうとする船幽霊しかり、海に棲む魔物が恐ろしいのも道理だろう。


今夜の話は、これでお終い。
さあ…蝋燭を1本吹消して貰えるかな。

……有難う。

それでは気を付けて帰ってくれ給え。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
風呂に入ってる時に、足下を見ないように。
そして、夜に貴殿の名を呼ぶ声が聞えても、決して応えないように…。

御機嫌よう。
また次の晩に、お待ちしているからね…。




『現代民話考3巻―偽汽車・船・自動車の笑いと怪談―(松谷みよ子、編著 ちくま文庫、刊)』より。
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異界百物語 ―第89話―

2009年08月26日 20時33分56秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
夏休みも残る所後数日、名残を惜しもうと今から観光に出掛ける人も多いだろうね。
私も明日は那須に日帰りで出掛ける予定だ。
今夜はそんな瀬戸際レジャー組に贈る、レンタカーに纏わる怪談だ。




或る出版社の女性編集者が、友達と4人でレンタカーを借り、ドライブをする計画を立てた。

それで或るレンタカー会社に借りに行き、車を選んだ訳だが、それは助手席のドアがどうしても開かないという「ハズレ」だった。
不便を感じたものの、借りた後に気付いたのでは遅い。
助手席側からの乗り降りは諦める事にし、気を取り直して目的地を目指した。

「ハズレ」の車でも、ドライブ中特に故障する事も無く、4人は無事にレンタカー会社へ戻ってこれた。
ところが、その車を返す時になって、後部座席に乗っていた男性が、こう話した。

「最初に言うと皆が気にすると思って言わなかったけど、この車が走っている間、ずっと助手席側の窓の外に、髪の長い女性が張り付いて居て、じっと自分達を見ていたんだ……」

それを聞いた他の3人は、何故もっと早く言わなかったのかと非難したが、彼としては下手な事を言って事故でも起きてはいけないと考えたらしい。
しかし彼の言い分を聞いた3人は、そんな変なものが憑いている車に乗っていただけで、充分に事故を起こす可能性が有ったではないかと、尚も非難した。

車を返却後、4人は店員に「この車、ひょっとして事故車じゃないですか?」と尋ねてみた。
すると驚いた事に店員はあっさりと認め、レンタル料金を大幅にまけてくれた。

これに勇を得た4人は、思い切って「この車に、何か変なものが憑いていませんか?」と尋ねてみた。
すると店員は「車じゃないんです。うちのガレージに憑いていて、従業員も時々見るんですよ」と言ったそうだ。




タクシーも恐いが、レンタカーも恐い。
今迄その車をどんな人間が借りたか、見ただけじゃ判断がつかないからねえ。
これから車を借りる予定が有る人は、充分に吟味して選ぶ事だ。
もっともこの話のように、ガレージ自体が憑かれていては、どの車を選んでも変らないだろうがね……。


…今夜の話は、これでお終い。
さあ…蝋燭を1本吹消して貰えるかな。

……有難う。

それでは気を付けて帰ってくれ給え。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
風呂に入ってる時に、足下を見ないように。
そして、夜に貴殿の名を呼ぶ声が聞えても、決して応えないように…。

御機嫌よう。
また次の晩に、お待ちしているからね…。




『ワールドミステリーツアー13(第12巻)―ワールド編― 第13章 (編集部、著 同朋舎、刊)』より。
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異界百物語 ―第88話―

2009年08月25日 20時20分03秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
今夜は昨夜約束した通り、バスに纏わる怪談をしよう。
バス通学をしている人には、存分に肝を冷やして貰いたい。




兵庫県淡路西浦街道での話だそうだ。

この地には厄年に厄神さんに参り、祝宴を張る風習が有ると言う。
或る年Hさんと言う男性が61歳になった折、淡路より島外の厄神さんに参拝した。

その帰り、親類宅で祝宴の相談をして1泊、翌日淡路に帰り、そこの親類宅に立ち寄った後、日暮れ時に帰途に着いた。

ところが一向に家に戻って来ない。

心配になった家族が捜しに行こうと話していた矢先、富島川の橋のたもとで死んでいるという知らせが入った。
轢逃げ事件と判ったが、結局犯人は捕まらなかったらしい。

事件から半年が経過した頃、男性が死んでいた側を通る最終便のバスの1番後ろの座席に、Hさんと思しき男が俯いて乗るようになった。
その為運転手は怯え、乗客も後ろの座席には絶対に乗らなくなったと言う。

男はバス停を2つ3つ過ぎた辺りで居なくなると言い、淡路ではミステリーとしてマスコミも取上げたそうだ。




怪談を聞く度に思うのは、死者は永遠であるなあという事だ。
命は不滅でなくとも、不幸にして亡くなった者の魂は、怪談の中で生き続ける。
恐れられるだけなら、長く語り継がれはしないだろう。


…今夜の話は、これでお終い。
さあ…蝋燭を1本吹消して貰えるかな。

……有難う。

それでは気を付けて帰ってくれ給え。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
風呂に入ってる時に、足下を見ないように。
そして、夜に貴殿の名を呼ぶ声が聞えても、決して応えないように…。

御機嫌よう。
また次の晩に、お待ちしているからね…。




『現代民話考3巻―偽汽車・船・自動車の笑いと怪談―(松谷みよ子、編著 ちくま文庫、刊)』より。
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異界百物語 ―第87話―

2009年08月24日 20時01分29秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
8月もそろそろ終わりに近付き、この会も後半に入る事を思うと、寂しいかぎりだね。
特に今年は最終、残る蝋燭は後14本だ。
始めたばかりの頃は、貴殿の顔がはっきり見えたものだが、今ではぼんやり暗闇に浮んで見えるだけ、時折妖ではないかと疑ってしまうよ。

失礼だが、貴殿は間違い無く貴殿だろうか?

4年越しで顔をつき合わせて居た筈なのに、私には貴殿の存在が不確かに感じられて仕方ないのだ。

不安を煽る様な事を言って済まない。
今夜はタクシーに纏わる怪談を紹介しよう。

これは或る年の11月、沖縄の新聞に掲載された事で広まったらしい。



北部の名護で観光タクシーの運転手を勤めていたHさんが、11/17午前1時頃名護~久志村の辺野古(べのこ)へ客を送った帰り、許田へ通じる122号線横断道路に入り、最初のカーブに差し掛かった所で、若い女に呼び止められて乗せた。

「名護までお願いします」

女ははっきりした口調で告げ、車内に乗り込んだが、東江入口まで来た所でHさんが振り返って見ると、影も形も無くなっていた。
無我夢中で名護給油所に駆け込んだHさんは、身体の震えが止まるまで1時間も掛かったと言う。

これで終われば新聞に載るまではいかなかったろうが、事件は再び起きた。

11/18の午前3時頃、今度は同タクシー会社に勤めるYさんが、バーの女給さんを乗せて辺野古へ向った。
そして昨夜同僚が遭ったと言う場所まで来た時、乗っていた女給さんがキャッと悲鳴を上げた。
聞けば道端に立って居る幽霊の姿を見たのだと言う。
そこで女給さんを送り届けた後、引き返してみれば、女が1人、確かにその場所に立って居た。
気丈なYさんは「幽霊なら真っ当な姿で15分も立って居る筈が無い」と考え、彼女を乗せたが、ものの3分も経たない内にメーターが不規則に鳴り出したのに驚き、後ろを振り返ると女の姿が無い。
ぴったり閉めていた筈の窓硝子も、何故か開いていた。

これでも事件は終わらず、三度起きた。

11/19、同じくタクシー運転手を勤めるGさんが、午前零時過ぎにバー帰りの米兵を乗せて辺野古へ帰る途中、明治山の例の場所で、電柱に凭れて手を挙げて立つ女を見た。
同僚達から散々恐い噂を聞いていた彼は、慄いて走り抜けようとしたが、乗客である米兵が彼女を拾って乗せろと言う。
渋々乗せて走り出し、バックミラーで後部を見ると、米兵の横に座っている筈の女の姿が見えない。
だが米兵には見えるのか、騒ぐ様子も無かった。
米兵から「彼女が降りるから」と命じられるままに、辺野古橋で自動車を停めると、そこで漸く彼も女が消えている事に気が付いたらしい。
魂消た米兵は胸に何度も十字を切りながら、部隊の入口まで走り続けたという。



怪談としては有り勝ちな型だが、3日連続で3人の運転手が、それぞれ目撃したという展開に、リアリティを感じられる。

古来より幽霊は乗り物が好きらしく、平安や江戸の時代に書かれた怪談によると、篭に乗って移動するものも居たらしい。
成る程マニアックな拘りを持っている者こそ、死んだ後その執念から幽霊になるのかもしれぬ。
というのは冗談だが…見知らぬ他人と顔を合せる恐怖が、幽霊を形作ると考えられないだろうか?


明日はバスに乗る幽霊を紹介しようと予告した所で、今夜の話は、これでお終い。
さあ…蝋燭を1本吹消して貰えるかな。

……有難う。

それでは気を付けて帰ってくれ給え。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
風呂に入ってる時に、足下を見ないように。
そして、夜に貴殿の名を呼ぶ声が聞えても、決して応えないように…。

御機嫌よう。
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異界百物語 ―第86話―

2009年08月23日 20時15分31秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
唐突で済まないが、貴殿は「正夢」を見た事が有るだろうか?
夢で見た内容が、実際その身に降り掛かった例は有るかい?

一説に夢を見るのは、脳が記憶の整理をしているからだと言う。
だから過去に体験した出来事が、ごちゃ混ぜになって映像化される訳だが、それだけでは判断のつかない不思議な夢も在る。

これは昭和56年5/7付の中部読売新聞に掲載された記事だそうだ。



昭和55年12/2、愛知県で女性が1人電話で呼び出され、殺されて木曽川に投込まれるという、惨い事件が発生した。

翌年の1/20犯人が逮捕され、自供を元に木曾川で大掛かりな捜索を行ったが、遺体を発見する事は出来なかった。

その頃女性の父親は、よく知人に「娘が水底から助けを求めている夢を見る」と洩らしていたらしい。
知人にだけでなく、父親は捜索の段階で、「東名阪自動車道の上流をもっと捜して欲しい。娘があの鉄橋の上を歩いて来たり、橋の下に居る夢を何度か見たんです」と頼んでいたそうだ。
だが警察は取り合わず、「伊勢湾へ流れ出てしまったのだろう」との見解を出して、捜索は無情にも打ち切られてしまった。

時が経ち、5/5の事だ。
川へ釣りをしに来た人が、女性の遺体を発見した。
そこは父親が夢で見た通りの、東名阪自動車道木曽川橋の上流1キロの地点であったと言う。



…父親の執念と娘の魂が呼び合って起きた不思議か。
とも、これもただの「偶然」と呼ぶべきものか。
貴殿はどっちに考えるだろうか?


…今夜の話は、これでお終い。
さあ…蝋燭を1本吹消して貰えるかな。

……有難う。

それでは気を付けて帰ってくれ給え。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
風呂に入ってる時に、足下を見ないように。
そして、夜に貴殿の名を呼ぶ声が聞えても、決して応えないように…。

御機嫌よう。
また次の晩に、お待ちしているからね…。




『現代民話考4巻―夢の知らせ・火の玉・ぬけ出した魂―(松谷みよ子、編著 ちくま文庫、刊)』より。
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異界百物語 ―第85話―

2009年08月22日 19時54分43秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
今年は秋が訪れるのが早く、例年より冷たい物が売れなかったらしいね。
暑いのは勘弁して貰いたいが、夏に暑いのは経済的に歓迎されるらしい。
しかしまだまだクーラーや扇風機のお世話になっている人は多いだろう。
エコブームの折、自らの精神力で涼を得るのが望ましい。
そう考え、今夜も貴殿の肝を、ひんやり冷やす話をお届けしよう。

貴殿の周りでも聞いた事が有るかも知れないが、死は連鎖する。
1軒で葬式が出ると、ウイルスでも発生したかの様に、近場で葬式が続くのは少なくない。
昨今ウイルスを例えに出すのは不謹慎かもしれぬが、ウイルスと違って原因が判らない分余計にぞっとする。

これは東京築地で、明治から昭和にかけて繁盛した、「とんぼ」と言う料理屋に纏わる噂話だそうだ。



「とんぼ」の御贔屓客に、N津さんと言う人が居た。
そのN津さんには、極めて可愛がっていたM月さんと言う後輩が居て、N津さんは外国へ行く時にも彼を連れて行った位だが、N津さんが亡くなった際、まだ何処へも知らせない内に、偶然ひょっこりM月さんがN津家を訪れた。

きっと仏が呼んだのだろうと皆は悲しみに暮れる中でも悦んだそうだが、このM月さんが間も無くN津さんの後を追う様に亡くなった。
続いて出された葬式で、皆はN津さんがM月さん可愛さのあまり、あの世で呼び寄せたのだろうと囁いた。

ところでN津さんにはもう1人、やはり可愛がっていた骨董屋の後輩が居て、N津さんの葬儀の際にも手伝いに来ていたが、この人までもN津さんの後を追う様に亡くなった。

流石に2人も続いては、周囲の人達も不気味に思えて来る。
その為、生前N津さんが御贔屓にしていた「とんぼ」の女将が先立ちになって、盛大にお祓いの催しをした。
それが功を奏したのかは解らないが、N津さんを追って亡くなる者は、2人だけで済んだのだった。

ところがN津さんの祥月命日の1/4に、今度は「とんぼ」の女将が亡くなった。
しかも葬式までN津さんと同じ1/8に行う事に決まり、周囲の人間はまたもや慄いた。

「とんぼ」の女将には子供が居らず、衣装道楽だったが、出入りの呉服屋に言い付けて、前々から死装束の一切を作らせておいたらしい。
この呉服屋の番頭のN尾さんと言う人物が、正月の挨拶にやって来たのが、偶然にも女将の亡くなった日。
集まっていた皆は、「きっと女将さんは、貴方に死装束を見て貰いたかったんだろう」と言って、その来訪を喜んだ。

ところがこのN尾さんが、その直ぐ後に、ぽっくり亡くなってしまった。

それから、「とんぼ」の女将が色々と面倒を見ていたO野さんと言う人が当然来るべき筈なのに、女将が亡くなっても顔を見せない。
どうしたんだろうと皆が噂していると、葬式の日にO野さんの娘だと言う人がやって来て、「実は先日父が亡くなりまして…」との事だった。

生前、親交の厚かった2人が、年を隔てて同じ月の同じ日に亡くなり、同じ日に葬式が出た。
そして同じ様に2人をお供に連れて行ったというのだから、何とも不思議な話だ。



…全て「偶然」と言ってしまえばそれまでだが、そもそも「偶然」とは一体何なのだろう?
貴殿も葬式に出て、家に着いた際には、先ず塩をかけて身を浄める事だ。
でないと追って来た何かに捕まってしまうかもしれないからね。


…今夜の話は、これでお終い。
さあ…蝋燭を1本吹消して貰えるかな。

……有難う。

それでは気を付けて帰ってくれ給え。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
風呂に入ってる時に、足下を見ないように。
そして、夜に貴殿の名を呼ぶ声が聞えても、決して応えないように…。

御機嫌よう。
また次の晩に、お待ちしているからね…。




『日本の幽霊(池田彌三郎、著 中公文庫、刊)』より。
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