瀬戸際の暇人

只今、夏休み中

2011年、クリスマスには歌を歌おう♪その11

2011年12月31日 17時10分07秒 | クリスマス
はぁい♪ミス・メリーよ♪
地震に津波…ありとあらゆる災害に見舞われた年も、あと数時間で終ろうとしてるわね。
今年、1年を表す一文字に選ばれた漢字は「絆」、けれど伸ばした手が間に合わずに、全てを失くしたまま残されてる人達が大勢居るわ。
今夜紹介するのはアンデルセン物語の中の有名な1編――「マッチ売りの少女」。
新年を目出度く迎えられる人が居る一方で、迎えられない人が居るのを、忘れてはならないと思うのよ…。


「それは酷く寒い大晦日の夜の事、辺りは真っ暗で、こんこんと雪が降っていました。
 寒い夜の中、みすぼらしい1人の少女が歩いていました。
 何処へ行くという当ても無く、帽子も被っておらず、裸足です。
 家を出る時に履いていた木靴は、元はお母さんの物だった為ブカブカで、道路を突進する2台の馬車を避けた時、脱げて失くしてしまったのです。
 裸の足は寒さで腫れて、青じんですらいます。
 少女の古びたエプロンの中には沢山のマッチが入っていて、手の中にも1箱持っていました。
 1日中売り歩いても、買ってくれる人は1人も現れませんでした。
 少女の肩でカールしている長い金色の髪の毛に、雪の欠片がぴゅうぴゅうと降りかかります。
 どの家の窓も灯りが明々と点いていて、お腹がグゥとなりそうなガチョウの丸焼きの匂いがしました。
 そっか、今日は大晦日なんだ、と少女は思いました。
 1つの家が隣の家よりも通りに出ていて、影になっている場所が有りました。
 地べたに少女はぐったりと座りこみ、身を縮めて丸くなりました。
 少女には、家に帰る勇気が有りません。
 何故なら、マッチが1箱も売れない内に帰ると、お父さんがほっぺを打つのです。
 小さな少女の手は今にも凍えそうでした。

 そうです!マッチの火が役に立つかもしれません。
 マッチを箱から取り出して、壁で擦れば手が温まると、少女は考えました。
 マッチを1本取り出し――「シュッ!」と擦ると、マッチがメラメラ燃え出しました!
 まるで大きな鉄のだるまストーブの前に居るみたいでした、いえ、本当に居たのです。
 目の前にはピカピカの金属の足と蓋の付いた、だるまストーブが有るのです。
 少女はもっと温まろうと、だるまストーブの方へ足を伸ばしました。
 すると、マッチの火は消えて、だるまストーブもパッと無くなってしまい、手の中にはマッチの燃えかすだけが残っていました。

 少女は2本目のマッチを壁で擦りました。
 すると火は勢い良く燃え出し、眩しい光に照らされた壁が、ヴェールの様に透き通ったかと思うと、いつのまにか部屋の中に居ました。
 テーブルには雪の様に白いテーブルクロスがかかっていて、豪華な銀食器とガチョウの丸焼きが載っていました。
 ガチョウの丸焼きには林檎と乾燥桃の詰め物がしてあって、湯気が立っておりとても美味しそうです。
 不思議な事に、ガチョウが胸にナイフとフォークが刺さったまま、お皿から飛びおりて床をよちよち歩き出し、少女の方へ向かって来ました。
 その時、またマッチが消えてしまい、少女の前の壁は元の通りの、冷たく湿ったぶ厚い壁に変っていました。

 3本目のマッチを擦ると、少女は綺麗なクリスマスツリーの下に座っていました。
 ショーウィンドウの中にある鮮やかな絵みたいに、ツリーの周りの何千本もの細長い蝋燭が、少女の頭の上でキラキラ輝いています。
 少女が手を伸ばそうとすると、マッチはふっと消えてしまいました。
 沢山有ったクリスマスの蝋燭は皆、ぐんぐん空に昇っていって、夜空に鏤めた星達と見分けがつかなくなってしまいました。
 一筋の流れ星が――すぅっと黄色い線を描くのを見付けた少女は、「誰かが死ぬんだ……」と呟きました。
 唯一少女を愛してくれたお婆さんが、「人が死ぬと、流れ星が落ちて命が神様の所へ行く」と、生前話していたからです。

 少女は4本目のマッチを擦りました。
 少女を包み込む温かい光の中、優しかったお婆さんが立っていました。
 お婆さんは生きていた頃と変らないまま、穏やかに優しく笑っていました。
 『お婆ちゃん!』と、少女は大声を上げました。
 『ねぇ、私を一緒に連れてってくれるの?でも……マッチが燃え尽きたら、お婆ちゃんも何処かへ行っちゃうんでしょ!?温かいストーブやガチョウの丸焼き、大きくて綺麗なクリスマスツリーみたいに、パッと消えちゃうんでしょ……!』
 少女はお婆さんが消えてしまわないよう、マッチの束に残らず火を灯しました。
 まるで昼間の様に明るい光の中、お婆さんは昔みたいに少女を腕の中に抱き締め、ふわっと浮び上がった2人は、空の向こうの、ずっと遠い所に在る光の方へ、高く高く昇っていきました。

 朝になると、みすぼらしい服を着た少女が壁に寄り掛かって、動かなくなっていました。
 頬は蒼褪めていましたが、口元は笑っていました。
 大晦日に少女は寒さの為死んでしまったのです。
 1年の1番初めの太陽が、1体の小さな亡骸を照らしていました。
 少女は座ったまま、死んで硬くなっていて、その手の中にはマッチの燃えかすの束が握り締められていました。
 『この子は自分を温めようとしたんだ……」と、人々は言いました。
 でも、少女が不思議なマッチで、綺麗な物を見た事も、お婆さんと一緒に新しい年をお祝いしに行ったのも、誰も知らないのです。
 誰も……

 また、新しい1年が始まりました。」


クリスマスでも正月でも、目出度い日だって普段と変らず、悲しい目に遭う人は居るわ。
作者のハンス・アンデルセン・クリスチャンは、自身も貧しい家庭に生まれ、この物語は母親の思い出話を元に、書いたと云われてるの。
少女の死は勿論だけど、誰も少女に目を向けない事が、何より切ないわ。
サンタクロースが性善説の上に成り立ってるとしたら、この物語は反対に性悪説の上に成り立ってるのね。
可哀想な少女を見逃せない良心を、メリー忘れずに持って居たいわ。

それじゃあ最後にクリスマスソングの紹介――賛美歌第2編128番、「God Rest You Merry, Gentlemen(世の人忘るな)」!
イギリス人のウィリアム・サンズが蒐集した、古くからイギリスで歌われてるクリスマス・キャロルの内の1つよ。
かつてはクリスマス・シーズンになると、家を廻ってクリスマス・キャロルを歌い、お金を貰う習慣が有ったのだけど、この歌はその際頻繁に選ばれてたそうなの。

歌い終わったところで今夜はお終い、今年のクリスマスもお付き合い有難う♪
まだ明日が残ってるけど、来年のクリスマスも宜しくね♪




             【世の人忘るな ― God Rest You Merry, Gentlemen ―】




英語バージョン

God rest you merry, gentlemen♪
Let nothing you dismay♪
Remember Christ our Savior♪
Was born on Christmas day♪
To save us all from Satan's pow'r♪
When we were gone astray♪

O tidings of comfort and joy♪
Comfort and joy♪
O tidings of comfort and joy♪

From God our heavenly Father♪
A blessed angel came♪
And unto certain shepherds♪
Brought tidings of the same♪
How that in Bethlehem was born♪
The Son of God by name♪

O tidings of comfort and joy♪
Comfort and joy♪
O tidings of comfort and joy ♪

The shepherds at those tidings♪
Rejoiced much in mind♪
And left their flocks a-feeding♪
In tempest, storm, and wind♪
And went to Bethlehem straightway♪
This blessed babe to find♪

O tidings of comfort and joy♪
Comfort and joy♪
O tidings of comfort and joy♪

But when to Bethlehem they came♪
Whereat this infant lay♪
They found him in a manger♪
Where oxen feed on hay♪
His mother Mary kneeling♪
Unto the Lord did pray♪

O tidings of comfort and joy♪
Comfort and joy♪
O tidings of comfort and joy♪

Now to the Lord sing praises♪
All you within this place♪
And with true love and brotherhood♪
Each other now embrace♪
This holy tide of Christmas♪
All others doth deface♪

O tidings of comfort and joy♪
Comfort and joy♪
O tidings of comfort and joy♪


日本語バージョン

世の人忘るな クリスマスは♪
神の御子イェスの 人となりて♪
御救い賜える 良き日なるを♪

喜びと慰めの♪
訪れ♪ 
今日ここに来たりぬ♪

野に群れを守る 牧人らに♪
御使いは告げぬ 恐るな、聞け♪
この良き知らせを 世の民らよ♪

喜びと慰めの♪
訪れ♪ 
今日ここに来たりぬ♪

※よううつべの前半はアメイジング・グレース、歌う際は後半にマウスで持ってってください。


(↓から、びょり記)
…文中にクリスマスツリーが出て来るんで、クリスマスの出来事と思われがちだけど、読んで解る通り大晦日の話です。
しかし元のクリスマスは聖クリスマス~エピファニー迄の十二夜を指してる事を考えると、これもクリスマスの話に含められるんではと。
しかし辛い、読んでてマジ泣きしてしまった…。
新年を目出度く迎えようって日に、なんてものを紹介するんだミス・メリー!
個人的に蛍の墓と並ぶトラウマ話です。
グリムは雰囲気的暗さだが、アンデルセンは感情的暗さが漂ってると思う。
「パンを踏んだ娘」なんかも、あんまりだ!と言いたくなる。(汗)
つか赤い靴といい、パンを踏んだ娘といい、人魚姫といい…アンデルセン童話でハッピーエンドを迎えたヒロインは殆ど居ない。
「白鳥の王子」のヒロインが珍しく幸せになってるぐらい?

今回の写真は…今回紹介された話の後だと挙げ難いんすが(汗)…恵比寿に在るウェスティンホテル東京のクリスマスです。

    

ロビーに豪華なクリスマスツリーが何本も立ってて圧倒された。
階段の手摺にもオーナメントが煌き繋がり、アーチと共に2階へと続いてた。

    

    

特に人目を惹いてたのが、雪山鉄道のジオラマ。
トンネルをミニ汽車が走り抜けてくのです♪
中央には一際大きいクリスマスツリーが3本(だったか?)、周りには可愛い縫ぐるみが堆く積まれてた。
御伽の世界に包まれたロビーを、大勢の人がカメラに収めてた。
ただ、花があまり飾られてなかったのは意外だった。

    

ロビーのティーラウンジでアフタヌーンティー楽しんで来ました。
硝子のティーカップとは珍しい。
フィンガーサンドウィッチは定番のトマトとキュウリとサーモン。
ピクルスが美味しかったですv
白い小さな器に詰めてあるのは、スコーン用のクロテッドクリームとジャム。

    

右はスコーンとシュトーレン。
左はケーキやゼリー等、サンタ人形が刺さったショートケーキから時計回りに、ナタデココ入りオレンジゼリー、紅茶のパウンドケーキ、イタリアのクリスマスパンであるパネットーネ、キャラメルムース。
どれも甘さ控え目で美味しかったvしかし高い、3千500円以上すんだよ。(汗)
人手が少ないらしく、お水を頼んでもなかなか来なかったし、スコーンも冷たかったし。
スコーンを温めて出してくれるホテル・ヨーロッパは、やっぱり別格のサービスなんだなと再認識してしまった。
なんて毎度比較するのは失礼だが。(汗)

                     

                       重厚なロビーは高級ホテルの証っすな。
           泊まるのは一生無理だが、また恵比寿へ遊びに行く機会が有れば、お茶を楽しみたいです。
           でも高いから今度は分相応に普通のケーキセットを注文しよう。(汗)

そんなこんなで今年1年お世話になりました。
来年もまた(こんな訳解らんブログですが)遊んでやって下さい、宜しくお願い致しまする。(礼)


参考「マッチ売りの少女(ハンス・アンデルセン・クリスチャン、作 大久保ゆう、訳 電子図書館:青空文庫)」
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2011年、クリスマスには歌を歌おう♪その10

2011年12月30日 21時08分17秒 | クリスマス
はぁい♪ミス・メリーよ♪
大晦日のイブに紹介するクリスマス文学は「若草物語」――と言ったら貴方は首を傾げるかしら?
白い手が自慢の美しい長女メグ、男勝りな作家志望の次女ジョオ、優しいけど引っ込み思案な三女ベス、見栄っ張りで芸術家肌の末娘エイミー…貧しくとも明るく仲が良いマーチ家の4姉妹は、理想的な家族として世界中から愛されてるわ。
映画や劇やアニメ等にも採り上げられてるから、観た事1度も無い人は少ないでしょうね。
アメリカの女流作家、ルイーザ・メイ・オルコットは、自身の家族をモデルに、この作品を書いたと云われてるの。

物語の始まりはクリスマス――

「『プレゼントの無いクリスマスなんて意味無いな。』炉辺の敷物の上に寝そべっていたジョオが、不平らしく言った。
 『貧乏は辛いものね。』とメグは自分の着古した服を見回して溜息を吐いた。
 『ある人は良い物を沢山持っていて、ある人は何も持っていないなんて不公平ですわ。』
 小さいエミイも姉達の不平に参加した。
 『でも私達にはお父様とお母様と、それから姉妹がありますわ。』ベスは隅の方から満足そうに言った。
 ストーブの火影を受けた少女達の顔は、ベスの楽しい言葉に輝いたが、ジョオが急に、
 『私達父さんを持ってないも同然よ、しかも長い間お会いできないんだ。』と言ったので再び暗くなった。
 ジョオは永久にとまでは言わなかったが、戦地に居る父の事を考えて心の中でその言葉を付け加えたのであった。
 暫く誰も口をきかなかったが、メグが前とは調子を変えて妹達を見渡しながら言った。
 『あなた方解っているでしょう、お母様がクリスマスのプレゼントを止めると言いなすったのは、今年は兵隊さん達が戦地で苦労し、世の中の人が皆辛い思いをしている時に、私達が楽しみの為にお金を使っては申し訳無いと考えていなさるからなのよ。私達はお国の為に何もできないんですもの、僅かでも犠牲的精神を発揮する事ができたら、喜んでしなければならないのよ…そうは思うものの私には難しいわ。』
 彼女は欲しいと思っている美しい品々を心に浮かべて首を振るのであった。」

貧しい生活に不平を鳴らしてた姉妹達、けれど母より戦地に居る父からの手紙を読み聞かされ、彼女達は善良な貴婦人となって大好きな父を迎えようと誓ったの。
姉妹は最初、自身に贈ろうと考えていたクリスマスプレゼントを、母親に日頃の感謝を篭めて贈る事にしたわ。
そして普段から貧しい者への慈愛を説いてる母から提案を受け、クリスマスの朝のご馳走を近所の貧しい家庭に分け与えたの。
この善行は4姉妹に思い掛けないクリスマスプレゼントをもたらした。
召使の口伝えで話を聞いた隣の富豪、ローレンス老人は心を揺さぶられ、マーチ家の晩にクリスマスのご馳走を届けさせたのよ。

「アイスクリームが有った、しかもピンクと白のと。
 それからケーキと果物に、気が遠くなる様な素晴しいフランス・ボンボン。
 その上温室咲きの花束が4つ!
 実に息の根が止る程の驚きであった。
 姉妹達は先ず食卓を見詰め、次に母の顔を見守った。
 母はその光景を大層楽しんでる様であった。
 『妖精が持って来たんでしょうか?』とエミイが言った。
 『サンタクロースよ。』とベスが言った。
 『お母様ですわ!』メグはまだ(劇に出演したままの)白髭に白い眉毛を付けた姿で、この上も無い優しい表情で微笑した。
 『(親戚で金持ちの)マーチ伯母が善良な発作を起してこんなにご馳走を届けたのかな!?』とジョオが叫んだ。
 『皆違います。ローレンス様が贈って下すったのです。』と母が答えた。
 『きっとあの男の子が入れ知恵したのよ!あの子実に好漢だわ!私、友達になりたいなあ!あの子私達と友達になりたがっているんだけれど、とてもはにかみやで、それにメグ姉さんときたら気取っていてあの家の前を通りかかっても、私にあの子と口をきかせてくれないのよ。』とジョオが言った。」

プレゼントを切っ掛けに、ジョオはローレンス老人の孫、ローリイと親友になるの。
そうして――長いからはしょっちゃうけど――1年の長い間に家族間で様々な事件が起った。
引っ込み思案のベスが、風貌からして厳しいローレンス老人と親しくなったり、
エミイが学校で罰せられたり、
ジョオとエミイが血も凍る大喧嘩をしたり、
メグがローリイの家庭教師ブルックと恋仲になったり、
季節が冬に近付く頃、4姉妹の愛する父親が、戦地で重態という悲報が飛び込んで来たの。
困難を乗り越えようとマーチ一家は益々団結し、ジョオは自慢の髪を売って金を拵えた。
最大のピンチはベスがしょう紅熱に罹った事。
一時は命を失いかけた彼女が回復し、マーチ家に再びのクリスマスが巡って来た。
待ち望んでいた父の帰宅――戦地から帰ったマーチ氏は、愛する家族から涙と共に抱擁を受け、久し振りに家族揃ってのクリスマスを満喫したの。

「その日のクリスマス程のご馳走は全く前例に無かった。
 (奉公人の)ハンナが、肥った七面鳥の腹に詰め物をして、外面をこんがりと褐色に焦がし、様々な装飾を施して食卓へ上せたところは実に壮観であった。
 乾しブドウ入りのプディングも素敵な出来栄えで、皆の口の中で溶ける様であった。
 ジェリイの出来栄えも同様で、エミイは蜜壷の中へ入り込んだ蝿の様に思う存分に食べた。
 何もかもが調子良く運んだのは何よりであった。
 ハンナは、
 『私ゃ(嬉しさに)気が転倒してしまっていたですからね。プディングを焼いてしまって、七面鳥に乾しブドウを入れて煮てしまったりしないで、本当に良うごぜえましたよ、奥様。』と言った。」

食後、客人のローレンス老人とローリイが帰ってから、マーチ氏は4姉妹を暖炉の側に集めて座り、各々の1年間を労う言葉をかけたの。

『メグ、私はこの手が真っ白で滑らかで、おまえの第一の心配はその手を汚さない事だった時を知っている。その頃この手は非常に美しかったが、私の目には今の方がもっと美しく見える。それはこれらの表面の傷の内に、私は可憐な物語を読むからだ――私はこの好い勤勉な手を握る事を誇りとする。』

『頭こそ短く刈り上げてしまっているが、私が1年前に残していった息子ジョオは居なくなってしまったね――昔のお転婆娘が居なくなったのを私は幾分寂しく思うが、その代りにしっかりした頼もしい心根の優しい婦人が現れたのだから、それで充分に満足する――ワシントンには私の可愛い娘が送ってくれた25ドルで買う価値の有るほど美しい物は見当たらなかったよ。』

「父はふともやしたら、彼女を掌中から失ったかもしれなかった事を思い出し、彼女を胸に抱き締め、その頬に自分の頬を押し付けながら、
『ベスや、私はおまえを安全に手元に取り戻す事ができた。どうか何時までも手元に置きたいよ。』」

『エミイは自分よりも、他人を余計に慮る事を学び、小さな粘土細工の人形を拵える時の様に、丹念に自分の人格を築き上げる決心をした事を私は認めた――エミイの製作する美しい彫像を私は誇りに思うが、それよりも更に、自分の生涯をも、また他人の生涯をも美しくする才能を持った愛すべき娘の方を誇らしく思うのだからね。』

…どう?若草の4姉妹の物語は、クリスマスから始まり、クリスマスで終る事を解って頂けたかしら?
「若草物語」のテーマは家族の絆と慈愛、それはクリスマスの精神に合致するよう思うわ。
アメリカの家庭のクリスマスの習慣が、文中に色々登場する事も、気分を高めてくれるでしょうね。
来年のクリスマスは貴方も久し振りに読み直してみない?

さてそれじゃあ今夜のクリスマスソングを紹介するわ――賛美歌114番「It came upon the midnight clear(天なる神には)」!
1850年にアメリカの音楽家リチャード・S・ウィリスが作曲したバージョンが有名だけど、イギリスの作曲家アーサー・S・サリヴァンが、1871年にイギリスで古くから伝わるキャロルを編曲して出来たバージョンも在るの。
作詞者はマサチューセッツ州ウェーランドのユニテリアン派教会の牧師エドマンド・H.シアーズ。
天女の歌声と称される、ジュリー・アンドリュースが歌った事で広く知れ渡ったわ。

歌い終えたところで今夜はお別れよ!――大晦日も一緒に楽しく歌えるよう待ってるわ♪




              【天なる神には ― It came upon the midnight clear ―】




英語バージョン

It came upon the midnight clear♪
That glorious song of old♪
From angels bending near the earth♪
To touch their harps of gold♪

"Peace on the earth, good will to men♪
From heaven's all gracious King♪
The world in solemn stillness lay♪
To hear the angels sing♪

To hear the angels sing…♪

Still through the cloven skies they come♪
With peaceful wings unfurled♪
And still their heavenly music floats♪
O'er all the weary world♪

When peace shall over all the earth♪
Its ancient splendors fling♪
And all the world give back the song♪
Which now the angels sing♪

The blessed angels sing…♪


日本語バージョン

天なる神には♪ 御栄えあれ♪
地に住む人には♪ 安きあれと♪
御使いこぞりて♪ ほむる歌は♪
静かに更けゆく♪ 世に響けり♪

重荷を負いつつ♪ 世の旅路に♪
悩める人々♪ 頭(かしら)を上げ♪
栄えあるこの日を♪ 讃え歌う♪
楽しき歌声♪ 聞きて憩え♪

御使いの歌う♪ 安き来たり♪
久しく聖徒の♪ 待ちし国に♪
主イェスを平和の♪ 君と崇め♪
あまねく世の民♪ 高く歌わん♪

高く歌わん…♪


(↓から、びょり記)
…実際の「若草物語」のラストは、クリスマスを過ぎて、メグの婚約が決まるとこなのだが…でもまー、文中から察するに、新年を前に、その問題も決着ついたんではないかなと。(汗)
個人的にクリスマスのご馳走の描写が美味そうで好きだ。(笑)
ちなみに原題は「Little Women(小婦人)」…「若草物語」と和題を付けた、日本の訳者のセンスに、心から拍手を贈りたい。

んでマーチ家のご馳走には完敗するけど、今回の写真は池袋プリンスホテルの、クリスマスケーキバイキング。

    

ここのケーキバイキングは味は二の次、安さと種類の多さが魅力。(失礼)
ケーキの上の「Merry Xmas」が、客から見て逆になってるんだが…。(笑)

    

正直1番美味しく感じたのは、その場で焼いてくれるホットケーキだった。
冷たいアイスクリームを上に載せてくれたです♪

                   

                      ↑は今年の家のクリスマスケーキ。
             3種のベリーとチョコで彩られた、甘酸っぱいムースケーキだったv


参考「若草物語(ルイーザ・メイ・オルコット、著 松本恵子、訳 ポプラ社、刊)」
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2011年、クリスマスには歌を歌おう♪その9

2011年12月29日 17時02分32秒 | クリスマス
はぁい♪ミス・メリーよ♪
今年のクリスマスを貴方は誰と過したかしら?
恋人?家族?友人?同僚?――まあ!貴方は家で独りで過したの?
きっぱりそう答える貴方の漢気に、メリー惚れちゃいそうだけど、クリスマス寒波に独りで立向かうなんて、あまりに無茶だわ。
来年のイブも休日みたいだし…来年のクリスマスこそ誰かとハッピーに過す為に、今からアクティブにいかなきゃ!
今日紹介するのは正にそんな、脱・ロンリークリスマスを果たした男に纏わるお話――ロシア人のニコライ・セミョノヴィッチ・レスコフ作「真珠の首飾り」よ。

物語の語り手は、裁判所勤めの、と或る紳士。
彼は友人達から「ちょっとファンタスティクで、何らかの迷信の打破にも役立ち、おまけにめそめそしてないハッピーエンドなクリスマス物語」をリクエストされて、自分の弟が主人公である実話を披露したの。
3年前のクリスマス休暇中、彼の弟は紳士の家に泊りに来た際、「是が非でも女房を持たせてくれ」と、そりゃもう切実に訴えたんですって。

「女房を世話してください、後生です!このやりきれない孤独地獄から、僕を救ってください!独身生活はもうつくづく厭になりました。田舎の連中の小煩い陰口や根も葉も無い取沙汰には、もう懲り懲りです。自分の家庭というものが欲しいんです。夜の一時を自分のランプのほとりで、可愛い女房と差し向いになりたいんです。女房を世話してくださいよ!」

いきなりそんな風にせがまれた紳士の兄は困ってしまった。
先ず彼が気に入るような相手の娘を探さなきゃいけない、次にはその娘の方でも弟さんを気に入ってくれなきゃいけない、「一朝一夕にはいかないよ」と紳士の兄は宥めたけど、弟さんは「クリスマス明けの洗礼祭の晩には結婚式を挙げたい」なんて、無茶を譲らない。
紳士の兄は付き合ってられないと、奥さん置いて裁判所へ出勤してしまったの。
ところが夕飯時に帰宅してみたら、それこそ一朝一夕に片が付きそうなスピードで、事がとんとん拍子に進んでると、奥さんから報告を受けた。

「あのね、マーシェンカ・ヴァシーリエヴナさんが見えましてね、晴着の寸法を取るんだから一緒について行ってくれと仰しゃるんですの。そこで私が着替えをしていますと、その暇に2人はお茶のテーブルで差向いになっていましたの。その後で弟さんは、『そら、あんな素晴らしい娘さんが居るじゃありませんか!この上何のかんのと選り好みをすることがあるもんですか、あの人を貰ってください!』って、そりゃもう大騒ぎなんですの。」

弟さんが一方的に思いを寄せてるんじゃなく、娘さんの方でも弟さんを気に入り、妻に納まる積りで居ると、奥さんは言うのね。
すっかりノリノリで縁談を進ませる奥さんに、紳士は絶句してしまった。

「いやはや君達女というものは、皆実に卑劣極まる仲人だなあ。誰かを一緒にしさえすりゃそれでいいんだ。その先がどうなろうと、後は野となれ山となれなんだ。自分の軽はずみからどんな結果になるか、ちっとは空恐ろしく思うがいいぜ。」

紳士としては自分抜きで話がハッピーに進むのが面白くなかったのかしら?
「そう上手くは行くまい」と、つい意地悪口を叩いたの。
紳士曰く「娘の父親は世間に名の知れた金持ちだが、同時にごうつくケチ野郎だからして、持参金なぞびた一文付けてくれないだろう」と、「現に上の娘達2人が結婚する際も持参金付けず、結果娘の婿達とは今でも敬遠の仲だ」とね。
それを聞いて奥さんは「持参金がなんぼの価値よ!」と怒ったわ。
「貴方は私と結婚する時も、持参金が目当てだったの!?」と詰め寄られ、紳士としては薮から蛇を突いて出した気持ち。
そんな紳士側のゴタゴタも、急速に燃上った2人の縁談に水差すものじゃなく、紳士の奥さんの計らいで滞り無く娘の父親からも婚約を取り付け、弟が要求した通りその年のクリスマスには結納を交わしたの。

「交わした」とは言ったものの、件の父親は相変わらず持参金についてそ知らぬ顔、その代り自分の娘には真珠の首飾りをプレゼントしたのよ。

「その真珠は大粒で、ふっくらと円みがあって、ひどく冴え冴えした色気の物だった。首飾りの作りは如何にも昔風の好みで、背後の所は、小粒ながら1番満円なカーフィム真珠でもって始まって、段々大粒になるブルミート真珠がそれに続き、やがて下へ垂れる辺りになると大豆程の粒が連なって、最後の真ん中の部分には3粒のびっくりする程大きな黒真珠が、群を抜いて美しい輝きを放っている、という仕組みなのだった。」

非常に素晴しい贈答品なれど、紳士の奥さんはカンカンに怒ってしまった。
曰く「真珠は涙の象徴で不吉な前兆、決して新年の贈り物にしない決まりなのに、何を考えているのだ!?」と。
ところが娘の父親は「奥さん、それはただの迷信ですよ」と余裕で看破し、自分の娘には「私が何故これをおまえに贈ったか、婚礼済ました翌日に、その秘密を明かそう」と話したの。

あっという間に日が過ぎて、婚礼後の翌日――紳士とその奥様は若夫婦のご機嫌伺いに出かけたの。
そしたら弟はやけに上機嫌で居るから訳を尋ねると、彼は封の切ってある1通の手紙を差し出したの。
それは娘の父親からの物で、そこには「真珠に絡む迷信等にびくつくこと一切無用也。あの真珠は偽物なれば。」と書かれていたのね。
紳士は驚き呆れ、奥さんにいたっては娘の父親に悪態吐く始末、けれど弟は愉快そうに笑うのよ。
「自分が欲しかったのは嫁であって真珠の首飾りではない。だから偽物だろうが本物だろうがどうでもいい事だ」と、ただ贈られた真珠の首飾りが偽物だと娘に伝えるべきか悩んでたそこへ、件の父親が訪ねて来た。
彼にとっての義父になった老紳士から、偽真珠だと知りどう思ったか訊かれ、弟は「真珠についてはどうでもいいが、贈られた妻(娘)の事を考えると内緒にして欲しい」と答えたの。

「あれにがっかりさせたくないとお言いなのかい?」
「ええ、まあ、それも有るんですけど。」
「まだその他に何か有るのかい?」
「あれの胸の底に、何かお父さんに対する反感のようなものが、芽ばえては困ると思うんです――もし幸福な良人になりたければ、自分の妻を尊敬できるようでなくちゃなりません。それができる為には、妻の心から生みの両親に対する愛や尊敬を失くさせてはならないと思います。」

新郎の言い分に娘の父親はいたく感心、偽真珠を贈った件について、本当の思惑を話してくれたの。

「わしは裸一貫で今の身上を築き上げた男で、今迄決して清い生き方をして来なかった。他人というものを大して信用もしておらず、正直の話わしはいつも人間は皆お銭を欲しがるものだと考えていた。上の娘をやった2人の婿さん達に、わしは持参金を付けてやらなかったが、果せるかな、あの2人はわしを恨みに思って、いつかな細君をわしの所へ寄越したがらない。どんなもんだろうな、あの婿さん達とこのわしと、一体どっちが真人間らしいかな?わしは成る程、奴さん達に銭こそやらなかったが、奴さん達と来た日にや、親子の情合いに水を差そうというのだ。ところでわしは、あの2人にゃ一文だってやる事じゃないけれど、お前さんにゃ、財布の紐を緩めて、一奮発させて貰おうわい!」

要するに娘の父親は弟さんを試したのね、そして老紳士の試験に見事合格した彼に、5万ルーブリの手形を3枚手渡したの。
ところが弟は「それはいけない」と丁重にお断りした。
「そんな事をしたら、お姉さん達2人が羨み、姉妹の仲に亀裂が入る元になる」と。
この言葉を聞いて娘の父親は益々感心し、ならば娘の手で、2人の姉娘達に1枚ずつ渡させようと約束した。
3枚-2枚=残りの1枚は、勿論弟夫婦の分で、目出度くも大団円。

「『僕の話というのは、これでお終いだよ』と、語り手は物語を結んだ――『如何です?お聞きの通りの現代の出来事ではあり、嘘偽りの無い実話でもあるんだが、それでいて昔ながらのクリスマス物語の註文にも適い、作法にも嵌っていると、憚りながら僕は思うんだがね。』」


…まったく、大岡裁きにでも在りそうな、気持ちの良い話ね。
かなり割愛したけれど、この物語は会話のテンポが良くて、特に紳士と奥さんとのそれは、読んでて吹き出してしまうわ。
仲良き事は美しき哉――ねv
まだ寄り添う人が居ないと言う人、来年のクリスマスには、貴方も脱・ロンリークリスマスを目指して頑張って!
それじゃあクリスマスソングを紹介して、今夜はお終いにしましょ。
賛美歌第二編217番――「The Holly And Ivy(柊と蔦は)」!
イギリスに古くから伝わってるけど、キリスト教伝来以前から、ケルトの祭礼で歌われてきたと云われてるわ。
ケルトで柊は男性、蔦は女性を象徴するもの、だとすれば歌詞は夫婦を暗示してる…かもしれないわね。

じゃあ皆、明日も一緒に楽しく歌いましょ♪





                 【柊と蔦は ― The Holly And Ivy ―】




歌詞

The holly and the ivy♪
When they are both full grown♪
Of all the trees that are in the wood♪
The holly bears the crown♪

O the rising of the sun♪
And the running of the deer♪
The playing of the merry organ♪
Sweet singing in the choir♪

The holly bears a blossom♪
As white as lily flower♪
And Mary bore sweet Jesus Christ♪
To be our sweet Savior♪

O the rising of the sun♪
And the running of the deer♪
The playing of the merry organ♪
Sweet singing in the choir♪

The holly bears a prickle♪
As sharp as any thorn♪
And Mary bore sweet Jesus Christ♪
On Christmas day in the morn♪

O the rising of the sun♪
And the running of the deer♪
The playing of the merry organ♪
Sweet singing in the choir♪

The holly bears a berry♪
As red as any blood♪
Any Mary bore sweet Jesus Christ♪
To do poor sinners good♪

The holly bears a bark♪
As bitter as any gall♪
And Mary bore sweet Jesus Christ♪
For to redeem us all♪

O the rising of the sun♪
And the running of the deer♪
The playing of the merry organ♪
Sweet singing in the choir♪

The holly and the ivy♪
When they are both full grown♪
Of all the trees that are in the wood♪
The holly bears the crown♪

O the rising of the sun♪
And the running of the deer♪
The playing of the merry organ♪
Sweet singing in the choir♪


(訳)

柊と蔦は 生い茂りて
共々に主を崇め 冠作る

(コーラス)
朝日は昇り 小鹿は走り
オルガンは鳴り響き 歌声楽し

柊の花は 白く清し
マリヤより生まれたる 嬰児に似て

(コーラス)
朝日は昇り 小鹿は走り
オルガンは鳴り響き 歌声楽し

柊の結ぶ 赤きその実
マリヤの子イェス君の 御(み)救い示す

(コーラス)
朝日は昇り 小鹿は走り
オルガンは鳴り響き 歌声楽し

柊の棘は 青く光り
マリヤより生まれたる 嬰児守る

(コーラス)
朝日は昇り 小鹿は走り
オルガンは鳴り響き 歌声楽し

柊の樹皮は 苦い良薬
救い主の身を 回復せし為に

(コーラス)
朝日は昇り 小鹿は走り
オルガンは鳴り響き 歌声楽し

柊と蔦は 生い茂りて
共々に主を崇め 冠作る

(コーラス)
朝日は昇り 小鹿は走り
オルガンは鳴り響き 歌声楽し


(↓から、びょり記)
歌詞の翻訳、自分が適当にした部分も有るので、あてにしないでください。(汗)
つか歌詞読むと、柊ばかり讃えてて、蔦が可哀想になるくらい、影薄いんだが…。
写真は柊と蔦でもなく、真珠の首飾りでもなく、そうしたかったんだけど、見付からなかったんで、真珠っぽく見えなくもない、ツリーのオーナメントを代用に。(汗)

                       

                   池袋メトロポリタンホテルのクリスマスツリー。

    

池袋東武デパート側は毎年クリスマスディスプレイが凝ってて楽しい♪
窓硝子に白いボカシが入ってるおかげで、良い写真が撮れましたv(↑)

    

この近くに「皇琲亭」という、オールドスタイルの珈琲専門喫茶店が有る。
2階には喫茶経営者を目指す人の為の学校が有るらしく、珈琲好きには結構有名な店かもしれない。
店の佇まいやアンティークなインテリアが、とっても素敵なのです。
何より珈琲が本格的で美味しい。(紅茶は普通、つかここで頼むなら珈琲一択だろって雰囲気)

                   

           そしてパンナコッタを頼むと、季節に合せた絵をシナモンで描いて、出してくださるのだv


参考「真珠の首飾り――クリスマスの物語――(ニコライ・セミョノヴィッチ・レスコフ、作 神西清、訳 電子図書館:青空文庫)」
コメント

2011年、クリスマスには歌を歌おう♪その8

2011年12月28日 22時14分57秒 | クリスマス
はぁい♪ミス・メリーよ♪
今年のテーマは「クリスマスの文学」、ここまで紹介して来た中で、何となく共通する特徴とか見えて来ない?
「クリスマス・キャロル」しかり、「青い鳥」しかり…全てではないけど、「夢」の体裁を取ってる物語が多いのね。
クリスマスに見る夢は不思議がいっぱい、何故かというとクリスマスの夜は、過去・現在・未来や現実・幻想が入交じるからよ。
今回紹介する物語も「クリスマスに見た夢」を素材にしてるわ。
「くるみ割り人形」といえば、バレエをやってる人にはお馴染みね。
バレエや音楽に興味無くても、バレエ組曲「くるみ割り人形」を、全く聴いた事が無いと言う人は、少ないんじゃないかしら?
チャイコフスキー作曲の紛れも無い名曲、「行進曲」と「金平糖の精の踊り」と「花のワルツ」は特に有名でしょうね。

「ドイツのシュタールバウム家の大広間で行われるクリスマス・イブ・パーティーで、少女クララはドロッセルマイヤー老人からくるみ割り人形をプレゼントされる。ところが兄のフリッツと取り合いになって壊してしまい、ドロッセルマイヤー老人はそれを修理する。
 パーティーも終り皆が寝静まった夜、(人形の)ベッドに寝かせたくるみ割り人形をクララが見に来ると、時計の針が零時を打ったのを合図にクララの体は人形の大きさに縮んでしまった。驚くクララ、そこへはつかねずみの大群が押し寄せ、クララのくるみ割り人形が指揮する人形兵達と戦いを始める。目の前でピンチに見舞われるくるみ割り人形を、クララはスリッパでもって加勢、はつかねずみ達は退散する。クララに助けられたくるみ割り人形が身を起こすと、その姿は凛々しい王子に変っていた。王子はお礼にクララをお菓子の国に招待する。魔法の城でクララはお菓子の精達により歓待を受けるが、翌朝クリスマスツリーの下で目覚める。全ては夢だったのか?――がっかりするクララの前に、凛々しい王子そっくりの少年が現れて…」というのがよく知られてる粗筋。
ただこれは原作をアレンジした大デュマ版が元になっていて、原作者エルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマンが書いた内容とは違ってるの。

原題は「くるみ割り人形とねずみの王様」――

クリスマスの日にシュタールバウム家の3人兄妹の末っ子マリーは、名付け親のドロッセルマイヤーおじさんからプレゼントを貰ったの。
中でも気に入ったのが不恰好な容姿ながら、どこか人柄(人形柄?)に惹かれるくるみ割り人形。
ところが兄のフリッツが、大きくて固いくるみを無理矢理割らした為、早々に壊してしまったの。
人形を気の毒に思ったマリーは、自分のドレスの白いリボンを外して包帯代わりに巻いてやり、優しくあやしながら看病してあげたの。

その夜の事、マリーはくるみ割り人形の怪我が心配で、1人遅くまで広間に残ってた。
するとカサコソと鼠の気配がし始め、柱時計が零時の合図にフクロウが止まったかと思うと、7つの頭を持つ鼠の王様が鼠の大群を率いて現れ、隊列を組んでくるみ割り人形やその他の人形達を仕舞ってある硝子戸棚に近づいて来た。
びっくりしたマリーは硝子の戸棚で肘を切ってしまったの。
更に信じられない事に、硝子戸棚の中の人形達が動き始め、あの負傷したくるみ割り人形が指揮をとって人形軍を編成し、王様率いる鼠軍と戦争を始めた。
くるみ割り人形はマリーが巻いた白いリボンを大切そうに肩にかけて勇敢に戦ったけど、人形軍は次第に劣勢となり、くるみ割り人形がピンチを迎えたところで、マリーはとっさに鼠の王様目がけ、自分の上履きを投げつけてやった。
くるみ割り人形達の危機を救ったマリーは気を失い、怪我が原因で熱を出してしまった。
病床でマリーは、お母さんや皆にくるみ割り人形と鼠軍の戦いの話をしたけど、誰も信じてくれず、熱に魘されて幻覚を見たのだと笑われる始末。
そこへドロッセルマイヤーおじさんが、修理して元通りになったくるみ割り人形を持ってやって来たの。
マリーはおじさんにも夜に有った出来事を話したわ、そしたらおじさんは笑わずに神妙な顔付きで、「堅いくるみの話」をし始めた…。
 
「…ニュルンベルグの或る王様に美しい王女様が生まれた。
 そのピルリパート姫は鼠の魔女マウゼリングス夫人の呪いで醜いくるみ割り人形に姿を変えられてしまった。
 何故そんな呪いをかけられたかと言うと、マウゼリンクス夫人を女王に戴く鼠共が王様の大好物の脂身を食べてしまった事に腹を立てた王様が鼠討伐をし、マウゼリングス夫人の7匹の息子や一族郎党を殺してしまったからだ。
 それなのに王様は命令通り鼠捕り機を作っただけの時計師ドロッセルマイヤーに八つ当たりし、姫を元通りの姿に戻せなければ処刑すると言い渡した。
 時計師のドロッセルマイヤーは難を逃れようと必死で調べてやっと呪いを解く方法を見つけた。
 世界一固いクラカーツクのくるみを割ってその実を姫に食べさせれば良い、そしてクラカーツクのくるみを割る事ができるのは、今迄一度も髭を剃った事が無く、長靴を履いた事も無い若者だけ。
 それから15年間、時計師ドロッセルマイヤーは世界中を巡り、その様な若者を探し続けた。
 そしてやっとの事で従兄弟である人形細工師がクラカーツクのくるみを持っており、その息子がくるみを割るのを得意とする上、探していた条件に合う若者であるのをを突き止めた。
 時計師ドロッセルマイヤーは、王様にクラカーツクのくるみが見つかった事のみ報告し、その固いくるみを割る事ができた者を姫の婿にして王国の跡継ぎにする、という約束を王様から取り付けた。
 そして国中から今迄一度も髭を剃った事が無く、長靴を履いた事も無い若者が集まり、クラカーツクのくるみ割りに挑戦した。しかし皆失敗し、歯医者の所へ担ぎ込まれてしまった。
 いよいよ人形細工師の息子の番が来た。若者は見事にクラカーツクのくるみを割り、その実を食べたピルリパート姫は呪いが解けて世にも美しいお姫様となった。ところがそこへ現れたマウゼリングス夫人の呪いにより、代わりに若者が醜いくるみ割り人形となってしまった。ピルリパート姫は泣いて醜いくるみ割り人形との結婚を嫌がり、理不尽にも王様は時計師と人形細工師をお城への出入り禁止にしてしまった。
 占いによれば、若者の呪いを解いて元の姿に戻し、王国を継げるようにする方法が有るにはある。
 それには先ずくるみ割り人形にされてしまった若者が、自らの手でマウゼリングス夫人の7匹の息子の生れ変りである7つの頭を持つ鼠の王様を討ち取らなければならない。
 更に醜い姿にも関らず愛してくれる貴婦人を見つけなければならない。
 いずれも一筋縄ではいかない難問、だから未だに呪いは解けず、若者はくるみ割り人形の姿のままなのだ…。」

おじさんのお話を聴き、マリーは時計師のドロッセルマイヤーはおじさん自身、気の毒な若者とは自分のくるみ割り人形であると考えた。
そんなマリーを皆は空想癖がついたと言って笑ったけど、ドロッセルマイヤーおじさんだけは、マリーの覚悟を知って応援してくれた。
くるみ割り人形を救う決心をしたマリーの枕元には、夜毎鼠の王様が現れ、彼女にお菓子やお人形を差し出せと要求し、呑まなければくるみ割り人形を齧って殺してしまうと脅したの。
マリーはくるみ割り人形こと呪われた少年を助ける為に、自分のお気に入りのお菓子やお人形を差し出したわ。
しかし鼠の王様の要求は留まる事を知らず、マリーは途方に暮れて、くるみ割り人形の前で泣き出してしまったの。
するとその時、くるみ割り人形が「サーベルを授けてください!そうすれば私が自分で鼠の王様を討ち取ります!」と、彼女に向かって叫んだの。
マリーは兄のフリッツに頼んで玩具の兵隊のサーベルを貰い、くるみ割り人形に着けてやった。
その夜くるみ割り人形は無事に鼠の王様を討ち取り、その7つの金の王冠をマリーに捧げたの。
そして戦いによって取り戻した自分の領土である人形の国へマリーを招待してくれた。
甘いお菓子や花の香りがする森や村を通り抜け、人形の国の都へ辿り着くと、そこではありとあらゆる人形達が賑やかに暮らしてたわ。
マリーはくるみ割り人形にマジパン城へ案内され、楽しい時を過ごしていたのだけど、不思議な光の波に攫われたと思ったら、直後に落っこちて気を失ってしまったの。
気が付くととマリーはベッドの上に居た――目覚めてからのマリーは夢中で皆に人形の国の話をしたけど誰も信じてはくれない。
何故かドロッセルマイヤーおじさんまでがおかしそうに笑うだけ、マリーが空想に入り浸るのを心配したお父さんは、遂に彼女が人形の国の話をする事を禁止してしまった。
それでもマリーは心の中にずっと、くるみ割り人形と人形の国の夢を忘れずに抱いてたの。

或る日、ドロッセルマイヤーおじさんが時計の修理をしている側で、マリーはくるみ割り人形にこう囁いたの。

「私がピルリパート姫だったら、貴方が醜いからって蔑んだりしないわ。だって貴方は私の為に醜くなってしまったんだもの。」

その途端にマリーは椅子から落っこちて気を失ってしまい、再び目覚めた彼女の前にはニュルンベルグから来たという、ドロッセルマイヤーおじさんの従兄弟の息子の少年が立っていた。
そして広間でマリーと2人きりになった時、少年は跪いて言ったの。

「私はシュタールバウムのお嬢様の優しい言葉で、やっと呪いを解く事ができました。どうか私と結婚してください。」

マリーは少年と結婚し、人形の国の王妃として、憧れのマジパン城の主となった。
マリーの夢は叶ったのよ。

…如何?双方読んでみて違いが解ったかしら?
先ずヒロインの名前が違うわね。
それと原作では夢と現実が完全に混在してるわ。
原作に登場するドロッセルマイヤーおじさんは、とても普通の人間に思えないわ。

クリスマスは幻想と現実が入交じる不思議な日。
貴方が今年のクリスマスに見たのは、どんな夢だったかしら?
それじゃあ最後にクリスマスソングを紹介して、今夜はこれでお別れ――19世紀頃からオーストリアで歌われていた、ドイツ語のクリスマスキャロル、「Still, Still, Still」!
幼子イエスの為の子守歌、聴けば一夜だけの不思議な夢が見られるかも♪

じゃあ皆、明日も一緒に楽しく歌いましょ♪




             【Still, Still, Still(静かに、静かに、静かに)】




【歌詞】

Still♪ Still♪ Still♪
Weil's Kindlein schlafen will♪
Die Engel tun schön jubilieren♪
Bei dem Kripplein musizieren♪
Still♪ Still♪ Still♪
Weil's Kindlein schlafen will♪


Schlaf♪ Schlaf♪ Schlaf♪
Mein liebes Kindlein, schlaf♪
Maria tut dich [es] niedersingen♪
Und ihr treues Herz darbringen♪
Schlaf♪ Schlaf♪ Schlaf♪
Mein liebes Kindlein schlaf♪
 

【和訳】

静かに、静かに、静かに
幼な子が眠れるように
天使達は祝福し
厩の傍で音楽を奏でる
静かに、静かに、静かに
幼な子が眠れるように

眠れ、眠れ、眠れ
愛しい幼な子よ眠れ
聖母マリアは子守歌を歌い
真の愛で包み込む
眠れ、眠れ、眠れ
愛しい幼な子よ眠れ



(↓から、びょり記)
…原作者のエルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマンは、夢か現か定まらない幻想怪奇小説を得意にしてる人。
原作の「くるみ割り人形」に童話らしからぬ、おどろどろしさが漂ってるのも頷ける。
原作通りのオチを考えるに、「ヒロインは夢の世界に連れてかれてしまった」とも解釈でき、ハッピーエンドと捉えて良いものか悩んでしまうのでした。

    

今回紹介する写真は、21日と25日に紹介したのと同様、恵比寿ガーデンプレイスで撮影した物。(記事一番上のスノーマンも同じく…ステッキ折れ曲ってるね)

                   

            クリスマスツリーが立ってる広場から、坂道を下ると、バカラ250灯シャンデリアの煌き。

            

日が暮れるとシャンデリアはより燦然と輝き美しい、硝子の囲いに反射して上手く撮影できないのは残念だが…。

    

更に奥へ進むと煉瓦造りの建物が現れる、いや~益々ハウステンボスを思い出してしまいます。(笑)

    

夕刻を迎える頃、シャンデリアとツリーに明りが点され…

    

煉瓦造りの建物もライトアップされたのでした。

    

広場のクリスマスツリーの周りには人だかり、この日は通り雨が降ったりして、天気あんまよくなかったんすが、大勢の人がイルミネーションを観に来てました。
ちなみに自分らは全く降られずに終わった、建物に入ってる間に止んだらしい、晴れ運万歳♪
左の写真はセレブなマダムの為のスーパー前に飾られたクリスマスツリー。

                   

                   雨に濡れた広場に反射する光も幻想的だった。

    

こちらエビスビール記念館、恵比寿ガーデンプレイスが有る所には、元々エビスのビール工場が在ったんですよ~、と紹介している。
エビスビール――ちょっと贅沢なビールです。

    

全てエビスビール缶で出来てる、エビスビールのオブジェが面白いと思った。
恵比寿ガーデンプレイスのシャンデリア・イルミネーションは来年の1/9迄やってるそうな。
綺麗だから1度行ってみそ、但し物価高いから弁当持参をお勧め。


参考「くるみ割り人形とねずみの王様(エルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマン、著 種村季弘、訳 河出書房新社、刊)」
コメント

2011年、クリスマスには歌を歌おう♪その7

2011年12月27日 22時30分39秒 | クリスマス
はぁい♪ミス・メリーよ♪
日本では12/25過ぎたら、クリスマスツリーは片付けられて、正月の門松に早変わり。
でもドイツ等では過ぎてもお役御免にならないの。
ロシアでは年が明けてからがクリスマスの本番よ。
日本でも、例えばハウステンボスでは、春まで大きなツリーが飾られてるというわ。
流石は中世のヨーロッパの町を忠実に再現した所ね!
クリスマスツリーを今年中に観られなかった人は、ハウステンボスへ出かける事をお勧めするわ♪

今日紹介するのは正にそのツリー(木)が主役のお話なの。
アンデルセン童話の中の一編、「もみの木」――


町の外の森に、1本の、まだ若くて背の低いモミの木が在ったの。
そのモミの木は、日当りも風通しも充分な良い所に立ってたけど、いつも不満を感じてた。
周りには仲間の木が植わってて、動物達が遊びに来てくれたけど、そんな環境当り前だと思ってたのね。

次の年は新芽を1つ伸ばし、その次の年にはまた大きくなり、次第にモミの木は歳を取って行った。
それでも若くて小さなモミの木は溜息を吐いて言ったわ。

「私も他の木の様に大きかったら、さぞ良いだろうなあ。そうすれば枝をうんと伸ばして、高い梢の上から広い世の中を見渡すんだけど。そうなれば、鳥は私の枝に巣をかけるだろうし、風が吹けば他の木の様に、こっくりこっくりしてみせてやるのだがなあ。」

森の中で暮す毎日は、変り映えのしない退屈なもの。
でも冬になり春になり夏になり秋になり、また冬が訪れる頃、モミの木の背は大分高くなった。
以前は野兎に頭の上をピョンピョン飛越えられたけど、背が高くなった後は周りを跳ね回っているだけ。
モミの木はそれを大層喜んだわ。

「ああ嬉しい。段々育って行って、今に大きな歳を取った木になるんだ。世の中にこんなに素晴しい事は無い。」

毎年秋になると、いつも木こりがやって来て、1番大きい木を2、3本伐り出してたの。
見あげるほど高い木が、大きな音を立てて地面の上に倒され、枝を切り落され、太い幹の皮を剥がれ、丸裸の細い何だか解らない物にされる様子を、若いモミの木は恐ろしがって見てたわ。
けれども、それが荷車に積まれて森を出て行くのを見て、モミの木はこう独り言を呟き不思議がったの。

「皆、何処へ行くんだろう?一体どうなるんだろう?」

好奇心が擽られたモミの木は、春になるとコウノトリに尋ねたの。

「エジプトから飛んで来る途中、新しい船に沢山私は出合ったのだが、どの船にも立派な帆柱が立っていた。私はきっと、この帆柱が、おまえさんの言うモミの木だと思うのだよ。だって、それからはモミの木の匂いがしていたもの。」
「まあ、私も遠い海を超えて行けるくらいな大きい木だったら、さぞ良いだろうなあ。けれどコウノトリさん、一体海ってどんなもの?それはどんな風に見えるでしょう?」
「そうさな、ちょっと一口には、とても言えないよ。」

そう言いコウノトリが飛んでった後、空の上のお日様の光が、優しくモミの木を諭したの。

「若い間が何よりも良いのだよ。ずんずん伸びて、育って行く若い時ほど、楽しい事は無いのだよ。」

けれどもモミの木には、それかどういう訳か解らなかった。

クリスマスが近付くと若い木が何本も伐り倒された。
それを見て、モミの木は自分も、早くよその世界へ出られる事を願ったわ。

「皆、何処へ行くんだろう?中には私よりずっと小さいのも在る。それに何で彼らは枝を伐り落されないんだろう?一体何処へ連れて行かれるんだろう?」

傍で聞いてた雀達は、モミの木に囀って教えたの。

「僕達、窓から覗いて知ってるよ。皆そりゃあ素晴しく立派になるんだよ。暖かいお部屋の真ん中に、小さなモミの木は立ってたよ。金色の林檎だの、蜜のお菓子だの、玩具だの、何百とも知れない蝋燭だので、それはそれは綺麗に飾られていたっけ。」
「ああ、どうかして、そんな華々しい運が巡って来ないかなあ。帆をかけて遠い海を超えて行くよりも、ずっと良さそうだ。早くクリスマスが来れば良いなあ。私はもう、去年連れて行かれた木と同じ位に背が高く育ったのに――暖かい部屋の中で綺麗に飾られた後はどうなるのだろう?多分それからも、もっと良い、面白い事にぶつかるんだ!」

枝を揺すぶって羨ましがるモミの木に、またもや風とお日様の光とが、優しく声をかけたの。

「私達の中に居る方が気楽だよ。この広々とした中で、元気の良い若い時を充分に楽しむのが良いのだよ。」

けれどもモミの木は、そんな事を聞いても、ちっとも嬉しくなかった。
冬が去り夏も過ぎてモミの木はずんずん育ち、とても立派な美しい木になった。
そうしてその年のクリスマスが近付くと、モミの木はとうとう真っ先に伐られてしまった。
斧で伐られた瞬間、痛みに気絶してしまい、やっと正気付いて見ると、他の木と一緒に藁に包まれて、何処かの家の庭の中に置かれてた。
それから、祝い着を纏った2人の男に立派に飾られ、大きな部屋に飾られたの。
部屋の壁には色々な額がかかってて、タイル貼りの大きな暖炉の側には、獅子の蓋の付いた青磁の瓶が置いてあった。
他には揺り椅子だの絹張りのソファだの、絵本や玩具が載ってる大きなテーブルが有った。
モミの木は砂がいっぱい入ってる大きな美しい桶の中に入れられたの。
すると召使達の後から女の子達が出て来て、モミの木に色紙で作った網を飾り始めたの。
網の中にはキャラメル等の、お菓子が入れられてた。
更に金紙を被せた林檎や胡桃が、本当に生っているように吊るされた。
青や赤や白の蝋燭を百本あまり、どの枝にもしっかりと挿した後、天辺にはピカピカ光る金紙の星が付けられた。
色んな物で飾り立てられたモミの木は、見違える様に立派になったの。

「さあ、これで今晩、明りが点きます。」

家の人が言うのを聞き、モミの木は心がワクワクと踊ったわ。

「早く晩になって明りが点かないかな。それからどんな事が起るのだろう?森から色々な木が会いに来る?それとも雀達が窓硝子の所へ飛んで来る?もしかしたら、このままここで根が生えて、冬も夏もこうやって飾られたまま、立っているのかもしれない。」

晩になるとモミの木に明りが灯されたの。
何百の光で自分が美しく輝く様を、モミの木は嬉しがって枝を震わせ喜んだ。
その為蝋燭が青い葉に燃え移り、かなり焦げてしまったわ。
家の人達は慌てて火を消してくれたけど、モミの木は恐いから、もう枝を震わすのを止め、じっと立ってたの。
やがて部屋の扉が開いて、大勢の子供達が飛び込んで来た、大人達も後から静かにやって来た。
子供達ははしゃいで木の周りを踊り回り、枝にぶら下がったクリスマスの贈り物を、1つ1つ浚って行った。
蝋燭も短くなり消されてしまうと、子供達はもうモミの木を振り返らず、お婆さんが語るお話に耳を澄ましたの。
聞き耳を立てるモミの木は、少し寂しく思ったわ。

「私には相談してくれないのかしら?私は、このお仲間ではないのかしら?」

お仲間には違いないけど、モミの木のお役目は済んでいたのね。
それでもモミの木は、明日もまた明りを点けて貰って、玩具だの金の果物だので飾られると信じてた。

翌朝召使達がやって来て、モミの木を部屋の外へ引き摺って行き、屋根裏の物置の薄暗い隅へ放り上げたの。
お日様の光が射さない所で、モミの木はそれでもこう考えたわ。

「今は外は冬なのだ。地面は凍って雪が被さっている。だからあの人達は私を植える事が出来ない。それで私は春が来るまで、ここで囲われているのだ――ただ、ここがこんなに薄暗い寂しい所でなければなぁ。」

するとそこへ子鼠が鳴きながら這い出して来て、モミの木に何処からやって来たのか尋ねたの。
モミの木は自分が若い頃育った森の事を話したわ。

「まあ随分色々な物を沢山見たんですねえ。随分幸せだったんですねえ。」
「私がかい?――成る程そういえば幸せだった、あの時分の私が1番幸せだったなぁ。」

それからモミの木は美味しいお菓子や蝋燭の明りで飾られた、クリスマスの晩の話を聞かせたわ。
子鼠達は最初モミの木の話を面白がったけど、その内飽きて仲間の所へ帰ってしまい、モミの木はまた独りきりになってしまった。

幾日も経ってから、モミの木は漸く外に出されたの。
眩しい日の光を浴びたモミの木は、「これでまた楽しい珍しい毎日が始まる」と、期待を膨らませたわ。
物置での日陰暮しが長かった為に、枝の先は乾涸びて黄色くなってしまってた。
金紙の星はまだ天辺に付いていて、キラキラ輝いていたのを見つけた小さな子供が、それを乱暴にもぎ取ってしまった。

「御覧よ。汚い古いモミの木にくっ付いていたんだよ!」

その子はそう叫ぶと、枝を踏ん付け、ぽきぽき音を立てたの。
モミの木はみすぼらしい自分の姿を見回し、これならいっそ物置の暗い片隅に放り出されてた方が良かったと嘆いたわ。
彼は森の中の若い自分の姿や、楽しかったクリスマスの前の晩の事を思い出し、溜息を吐いたの。

「楽しめる時に、楽しんでおけば良かった。」

やがて下男が来てモミの木を小さく折り、一束の薪にしてしまった。
それから大きな湯沸し釜の下へ突っ込まれたモミの木は、かっかと赤く燃えたの。
モミの木は深い溜息の代りにパチパチ言いながら、森の中の、夏の真昼の事や、星が輝いている冬の夜半の事を思っていたわ。
それにクリスマスの前の晩の事や、お婆さんの話の事を考えている内――木は燃えきってしまったの。
残ったのは小さな子供が胸に付けてる金紙の星だけ、それはモミの木が1番輝いてた頃の物だった。


…何だかとっても切なくなる物語ね。
昔話には某かの教訓が含まれているというけど、貴方はこれから何を読み取ったかしら?
メーテルリンクの「青い鳥」のように、幸福はすぐ傍に有る内は気付かないものとか、若いのは良い事だとか、時間を無駄にせず生きるべきとか、己の境遇に満足する心が大事だとか、色々思い付けるでしょうね。
クリスマスは毎年やって来るけれど、1人が生涯の内で楽しめるクリスマスは、数が限られてるもの。
メリーも今有るクリスマスの時間を、目いっぱい楽しんでおこうと思うわ。

それじゃあ今夜のクリスマスソングを紹介――7曲目はお話のタイトルに因んで「もみの木」!
ドイツで古くから歌われてるクリスマスキャロルと言われ、イギリスでは「オークリスマスツリー」の名で親しまれてるの。
クリスマスの陰に潜む樹木信仰を歌ったものなのね。
今夜の話はこれでお終い、明日もまた一緒に楽しく歌いましょう♪




                【もみの木 ― O Tannenbaum ―】




(日本語バージョン)

モミの木♪ モミの木♪
変らぬその葉♪
モミの木♪ モミの木♪
変らぬその葉♪

夏にも冬にも♪ 変らず繁るよ♪
モミの木♪ モミの木♪
変らぬその葉♪


ドイツ語バージョン

O Tannenbaum♪ o Tannenbaum♪
Wie treu sind deine Blätter♪
Du grünst nicht nur zur Sommerzeit♪
Nein, auch im Winter, wenn es schneit♪
O Tannenbaum♪ o Tannenbaum♪
Wie treu sind deine Blätter♪


(↓から、びょり記)
…様々な歌詞バージョンが存在するけど、自分の知ってる日本語バージョンのは見付からんかった。
んで折角だからドイツ語バージョンをご紹介。(すぐ終るが)

写真はモミの木じゃないけど、後楽園東京ドームシティのクリスマスツリー。

    

今年は震災を意識してか、去年より慎ましいものでした。

    

左の写真は後楽園、東京ドームシティ内ムーミンカフェ(→http://www.laqua.jp/tenpo/moomin_bakery_cafe)の、ニョロニョロパン2種類、焼き上がり時間と個数は限定だそうな。
右は東京ドームホテルのクリスマスツリーです。


参考:ハンス・クリスティアン・アンデルセン作「モミの木(楠山正雄、訳 電子図書館:青空文庫)」
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2011年、クリスマスには歌を歌おう♪その6

2011年12月26日 21時43分44秒 | クリスマス
はぁい♪ミス・メリーよ♪
12/25を過ぎてもクリスマスは終らない!
本当のクリスマスは12/25~十二夜続くものよ!
だから今夜もメリー、貴方に言うわ――メリー・クリスマス!!
貴方が見る今夜の夢も安らかでありますように!

さて今夜紹介するのはクリスマス文学の王様と呼んでも過言じゃないでしょうね。
イギリスの文豪チャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」よ!

「先ず第一に、マアレイは死んだ。
 それについては少しも疑いがない。
 彼の埋葬の登録簿には、僧侶も、書記も、葬儀屋も、また喪主も署名した。
 スクルージがそれに署名した。
 そして、スクルージの名は、取引所においては、彼の署名しようとするいかなる物に対しても十分有効であった。
 老マアレイは戸の鋲のように死に果てていた。」

物語の主人公は「スクルージ」と言う金持ちな商売人の老人。
彼にはマアレイと言う、共同の商売人にして、唯一の友人が居たんだけど、7年前に亡くなってしまった。
この件についてディケンズも念を押してるけど充分に確かな事よ。

「マアレイが死んでいたことには、毛頭疑いが無い。
 この事は明瞭に了解して置いて貰わなければならない。
 そうでないと、これから述べようとしている物語から何の不思議な事も出て来る訳に行かない。
 あの芝居の始まる前に、ハムレットの阿父さんは死んだのだという事を充分に呑み込んでいなければ、阿父さんが夜毎に、東風に乗じて、自分の城壁の上をふらふら彷徨い歩いたのは、誰か他の中年の紳士が文字通りにその弱い子息の心を脅かしてやる為に、日が暮れてから微風の吹く所へ――まあ例えばセント・パウル寺院の墓場へでも――闇雲に出掛けるよりも、別段変った事は1つも無い。」

スクルージは友人のマアレイが亡くなった後も、商会名から彼の名前を消さずに置いたし、看板名も変えずにいたの。
こんな風に紹介すると、スクルージは大層情の厚い人物に思えるでしょうね。
ところがどっこい彼は超を切り無く付けずにはいられないくらい、ケチで冷酷で極悪非道なおよそ主人公に相応しからぬ男!

「このスクルージは! 絞り取る、捩じ取る、掴む、引っ掻く、噛り付く、貪欲な我利々々爺であった!
 どんな鋼でもそれからしてとんと豊富な火を打ち出したことのない火燧石のように硬く、鋭くて、秘密を好む、人づき合いの嫌いな、牡蠣のように孤独な男であった。
 彼の心の中の冷気は彼の老いたる顔つきを凍らせ、その尖った鼻を痺れさせ、その頬を皺くちゃにして、歩きつきをぎごちなくした。
 また目を血走らせ、薄い唇をどす蒼くした。
 その上彼の耳触りの悪いしわがれ声にも冷酷に現れていた。
 凍った白霜は頭の上にも、眉毛にも、また針金の様な顎にも降り積っていた。
 彼は始終自分の低い温度を身に附けて持ち廻っていた。
 土用中にも彼の事務所を冷くした、聖降誕祭にも一度といえどもそれを打ち解けさせなかった。
 外部の暑さも寒さもスクルージには殆ど何の影響も与えなかった。
 いかな暖気も彼を暖める事は出来ず、いかな寒空も彼を冷えさせる事は出来なかった。
 どんなに吹く風も彼よりは厳しいものはなく、降る雪も彼ほどその目的に対して一心不乱なものはなく、どんなに土砂降りの雨も彼ほど懇願を受け容れないものは無かった。
 険悪な天候もどの点で彼を凌駕すべきかを知らなかった。」

容赦の無い描写で迫力を感じるわ。
彼の事務所には書記が1人働いていたけど、彼を暖める為の石炭は一片しか無く、とろ火程度だったもんだから、可哀想に彼は部屋の中なのに、襟巻きを外せなかったの。
そしてスクルージは独り身だったけど、彼の亡くなった妹の息子――つまりは彼にとっての甥ね――その甥は母親に似て朗らかな気持ちの良い男で、毎年クリスマス・パーティーに誘うのだけど、彼は「クリスマスなんて馬鹿々々しい!!」と毎年追っ払っていたのよ。
独り身で使うあても無いくせに、せっせと金を貯めるばかり、彼の辞書に「慈愛」の言葉は載ってなかった。
寄付を求めに訪れた人達にも、「怠け者を救う義理は無い」と、呪いの言葉を吐く勢い。

「『監獄は無いのですかね』と、スクルージは訊ねた。
 『監獄は幾らも有りますよ』と、紳士は再びペンを下に置きながら云った。
 『そして共立救貧院は?』とスクルージは畳みかけて訊いた、『あれは今でもやっていますか。』
 『やって居ります、今でも』と、紳士は返答した、『やっていないと申上げられると好う御座いますがね。』
 『おお!私はまた貴方が最初に云われた言葉から見て、何かそう云う物の有益な運転を阻害するような事が起こったのではないかと心配しましたよ』と、スクルージは云った、『それを伺ってすっかり安心しました。』
 『多くの人がそこへ行こうと思っても行かれません。また多くの人はそんな所へ行く位ならいっそ死んだ方がましだと思って居りましょう。』
 『いっそ死んだ方がよけりゃ』と、スクルージは云った、「そうした方が可い、そして、過剰の人口を減らす方が可う御座んすよ。それに――失礼ですが――そう云う事実は知りませんね。』
 『でも、御存知の筈ですが』と、紳士は云った。
 『いや、そりゃ私の知った事じゃない』と、スクルージは答えた、『人間は自分の仕事さえ好く心得てりゃ、それで沢山のものです。他人の仕事に干渉するには及ばない。私なぞは自分の仕事で年中暇無しですよ。左様なら、お二人さん!』」

自分の他の貧乏人が死のうが飢えようが知ったこっちゃない。
非情なごうつく爺の元に死んだ筈の友人マアレイが尋ねて来た。
それはクリスマス・イブの晩の事、マアレイは生前慈善を働かず私利私欲に走った罰に、重い鎖で身を何重も巻いた姿で現れたの。
マアレイの幽霊はスクルージに、死後自分と同じ罪を背負いたくなければ、3人のクリスマスの精霊(幽霊)の訪問を受けよと告げたわ。
聖クリスマスから3日3晩、スクルージは己の過去と現在と未来のクリスマスを、精霊の導きにより覗き見る事になった。

自分の家に帰る事ができず、孤独だった幼い頃のクリスマス…
働き盛りの青年になった頃、クリスマスを精一杯祝ってた主人宅での、楽しかったクリスマス…
愛よりお金を選んだ結果、恋人が離れて行ったクリスマス…
振り向けば直ぐそこに幸福が在ったのに、自らの心に鍵を閉め頑なで居た事に、スクルージは遅かりながら気付いたの。

現在のクリスマスでは、書記のボブやスクルージの甥が、家族や友人達と楽しくクリスマスを祝ってる情景を覗いたわ。
書記のボブの末っ子は足が悪くて杖をついていた、それでも末っ子のティムは神様に感謝の祈りを捧げる優しい子だった。
そんなティムを家族の皆は心から愛してる事が解り、スクルージは現在の精霊に尋ねたわ。

「『精霊殿!』と、スクルージは今迄に覚えの無い興味を感じながら云った。
 『ちびのティムは生きて行かれるでしょうか。』
 『私にはあの貧しい炉辺に空いた席と、主の無い撞木杖が大切に保存されてあるのが見えるよ。これ等の幻影が未来の手で一変されないで、このまま残っているものとすれば、あの子は死ぬだろうね。』
 『いえ、いいえ』と、スクルージは云った、『おお、いえ、親切な精霊殿よ、あの子は助かると云って下さい。』
 『ああ云う幻影が未来の手で変えられないで、そのまま残っているとすれば、俺の種族の者達はこれから先誰も』と、精霊は答えた、『あの子をここに見出さないだろうよ。で、それがどうしたと云うのだい?あの児が死にそうなら、いっそ死んだ方がいい。そして、過剰な人口を減らした方が好い。』
 スクルージは精霊が自分の言葉を引用したのを聞いて、頭を垂れた。
 そして、後悔と悲嘆の情に圧倒された。
 『人間よ』と、精霊は云った、『お前の心が石なら仕方ないが、少しでも人間らしい心を持っているなら、過剰とは何か、またどこにその過剰が有るかを自分で見極めない内は、あんな好くない口癖は慎んだが可いぞ。どんな人間が生くべきで、どんな人間が死ぬべきか、それをお前が決定しようと云うのかい。天の眼から見れば、この貧しい男の伜の様な子供が何百万人在っても、それよりもまだお前の方が一層下らない、一層生きる値打ちの無い者かも知れないのだぞ!」

現在のクリスマスでスクルージは、自分以外の誰も彼もが、己の生活に合った祝い方で、過している事を知った。
独りよがりな自分は持っていない、「絆」をそこに見て羨んだの。
彼にはお金しか無かった。

最後に、3人目のクリスマスの精霊が、彼に未来のクリスマスを見せた。
けれどスクルージはそこに居なかった。
書記のボブの愛する末っ子、ティムも亡くなってしまっていた。
そしてスクルージは――身包み一切剥がされて、無残に打っ棄られた己を見たの。
生前「絆」を持とうとしなかった彼の死を、悼む者は誰1人居なかったのね…。


原作者チャールズ・ディケンズは、作家になる前は新聞記者だったそうよ。
そのせいか氏の書く小説は風刺と皮肉に富んでるわ。
彼がこの作品で訴えたかった事は、慈愛の素晴しさと孤独の末路じゃないかしら?
ロンドンでは12/16になると、教会で『クリスマス・キャロル』が演じられるそうよ。
ディケンズ自身も存命中は自作の朗読を行ってたとか。
彼はクリスマスという日を「善い時、即ち、優しい気持ちになり、人を許し、慈善を行う楽しい時。長い1年の間で、私の知る限り、唯一、男も女も皆閉じた心を自由に開く時期」と表現するくらい愛してたの。
クリスマスを素材に幾つも文を書いたけど、中でも1番評判を呼んだのは、やはり「クリスマス・キャロル」だった。

ちなみに今日12/26はイギリスでボクシング・デーと呼ばれ、貧しい人達の為に寄付を集めて回る習慣が有るんですって。

メリーが挙げる印象的な点は、スクルージが全くの悪人に描写されてないのと、未来(運命)は変えられるんだって事。
これから読もうという人に、こっそり教えちゃうけど、ハッピーエンドだから安心して!
それじゃあ第6曲目のクリスマスソングを歌って今夜はお別れ――賛美歌98番「天にはさかえ」!
フェリックス・メンデルスゾーンが作曲、作詞は18世紀イギリスの宗教家、チャールズ・ウェズレーだと言われてるわ。
賛美歌の中でもクリスマスになると町で頻繁にかかるから、御存知な人は多いでしょうね。

また明日、楽しく一緒に歌いましょう♪




          【天にはさかえ ― Hark! the Herald Angels Sing ―】



(日本語バージョン)

天には栄え♪ 御神にあれや♪
地(つち)には安き♪ 人にあれやと♪
御使い達のぉ♪ 讃うる歌を♪
聞きて諸人♪ 共に喜び♪
今ぞ生まれし♪ 君を讃えよ♪

定め給いし♪ 救いの時に♪
神のみくらを♪ 離れて降り♪
御霊によりて♪ 処女(おとめ)に宿り♪
世人の中に♪ 住むべき為に♪
今ぞ生まれし♪ 君を讃えよ♪

朝日の如く♪ 輝き昇り♪
御光をもて♪ 暗きを照らし♪
土より出でし♪ 人を生かしめ♪
尽きぬ命を♪ 与うる為に♪
今ぞ生まれし♪ 君を讃えよ♪


英語バージョン

Hark! the herald angels sing♪
Glory to the newborn King♪
Peace on earth, and mercy mild♪
God and sinners reconciled♪
Joyful, all ye nations, rise♪
Join the triumph of the skies♪
With th' angelic host proclaim♪
Christ is born in Bethlehem♪
Hark! the herald angels sing♪
Glory to the newborn King♪

Hail! the heav'n-born Prince of peace♪
Hail! the Son of Righteousness♪
Light and life to all he brings♪
Ris'n with healing in his wings♪
Mild he lays his glory by♪
Born that man no more may die♪
Born to raise the sone of earth♪
Born to give them second birth♪
Hark! the herald angels sing♪
Glory to the newborn King♪


(↓から、びょり記)
…ようつべで良い日本語版が見付からんかった。
クリスマスを題材にした物語の中で、私はこの作品が最も好きだなぁ。
幽霊が出現するおどろどろしさが先ず好み。(笑)
クリスマスに死霊は付き物(憑き物)、だけでなくディケンズは、元から怪談が好きだったらしい。
幾つか怪談も書いてるんすよ。
もし現代まで御存命でいらっしゃって、お話できる機会が有ったなら、きっと気が合っただろうなぁ。(笑)

写真はお台場ヴィーナスフォートの冬季イルミネーション。

    

    

    

冬季はさながら天から雪が降る様なイルミネーションを灯して好評。
女神広場で見上げれば尚神々しい。

    

人工の空が常時明けて暮れるのですよ。
スーパーカーが展示されてますが、これは今度側の東京ビッグサイトで、モーターショーを開催する宣伝の為だったもよう。

    

飲食テナントが軒並み高いのがね~、チーズケーキ美味しかったけど。
「チーズケーキファクトリー」で注文したのはキャラメルチーズケーキ。
水曜はレディースデーって事で、チョコアイスをサービスしてくれた♪

            

内装はローマの遺跡をイメージして造ったのだとか。
内装に負けず劣らず外観も凝って造って欲しかったぜ。

    

隣は観覧車で有名なパレットタウン
ここにも大きなクリスマスツリーが飾ってあった。

                   

                  お台場の冬のイルミネーションも綺麗、是非お越しやす♪


参考「クリスマス・キャロル(チャールズ・ディケンズ作 森田草平、訳 電子図書館:青空文庫)」
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2011年、クリスマスには歌を歌おう♪その5

2011年12月25日 18時01分33秒 | クリスマス
メリーークリスマーーース♪♪
待ちに待ってた聖なる日♪
こんばんは!ミス・メリーよ♪
さて祝福すべき今夜に紹介する文学は――モーリス・メーテルリンク作の「青い鳥」よ!
5幕10場(6幕12場の場合も有るわ)まである長い劇だけど、多分貴方もオチは御存知じゃないかしら?
ひょっとしてオチだけしか知らない、と言う人も居るかしらね?

貧しい木こりの家の2人兄妹、チルチルとミチルは、クリスマス前夜に夢を見たの。
いいえ、それは夢じゃなかったかもしれない、けど現実で起きたと考えるには、とても不思議な出来事だった。
2人が向いの金持ちの家のクリスマス・パーティーを覗いていた所に、隣のベルランゴーおばさんにそっくりな、妖女ベリリウンヌが訪ねて来たの。
ベリリウンヌは2人に青い鳥を探すように言い、大きなダイヤモンドの付いた、不思議な青い帽子を渡したの。
それを被ってダイヤを回すと、人間が知らない物の秘密を、忽ちに明らかにしてしまうんですって。
帽子の力を使い、人化して見えるようになった、パンや火や水や牛乳や犬や猫や砂糖を仲間に、美しい「光」を導きにして、チルチルと妹のミチルは、長い夜の旅に出たの。

妖女の家で仕度を整え、最初に辿り着いたのは、2人の亡くなったお爺さんお婆さん、7人の弟妹達が暮してる「思い出の国」。
チルチルとミチルは生きた時そのままに、活き活きして居る皆を見てとても驚いたわ。

「私達の事を思い出してくれるだけでいいのだよ。そうすれば、いつでも私達は目が覚めて、お前達に逢う事ができるのだよ」

そう言って2人の訪問を喜んだお婆さんとお爺さんは、2人を食事に招待してテーブルを一緒に囲んだの。
「クリスマスの夜には死者と食卓に着く」という古くからの習慣を、メーテルリンクは意識して書いたのでしょうね。
思い出の国に別れを告げる時、チルチルとミチルは青い鳥を見つけた、でもそれはすぐに黒くなってしまった、探してる本当の青い鳥ではなかったの。

次に2人と仲間の精霊達は、「夜の御殿」を訪れた。
そこで番人の「夜」が護っている、色んな秘密の扉を開けて見たわ。
閉じ込められてる秘密はどれも恐ろしいものばかり、幽霊や病気や戦争や陰や恐れや沈黙や…

夜「人間は何を目論んでいるんだろうねえ?何もかも全部知り尽くさないと気が済まないのだろうか?人間はあたしの秘密の3分の1は知ってしまった。『恐れ』達は恐がってもう出て行こうとしないし、『幽霊』達は逃げてしまったし、おまけに『病気』達は大方患ってるし」

そして扉の中には青い鳥が夜の花園の上を幾羽も舞っていたの、でも捕まえてすぐに死んでしまった。
日の光の中で生きていられる、本当の青い鳥じゃなかったのね。

次の次の「森」では樹達や動物達から人間を批難され、襲われた。
次の次の次の「墓」でも青い鳥は見つからなかった。

次の次の次の次の「幸福の花園」では、人間のあらゆる幸福の姿を見たの。
お金持ちである幸福、乾かないのに飲む幸福、ひもじくないのに食べる幸福、何も知らない幸福、ものの解らない幸福、何もしない幸福、眠り過ぎる幸福…彼らは肥って愉快そうに宴を催してたけど、チルチルがダイヤを回すと不幸の洞穴に逃げてしまった。
花園に残って光り輝いたのは、小さな子供の幸福達、家の中の幸福達、大きな喜び達…
母の愛の喜びは、チルチルとミチルの母親そっくりの姿をしていたわ。
けれども青い鳥はそこにも居なかった。

お終いに「未来の王国」へやって来た、そこはまだ生れない子供達の王国。
生れる子供は時が近付くと、「時」が扉を開けて外へと旅立たせるの。
地上へ持って行く何かを、必ず手にしてね。
チルチルとミチルは未来の発明品を手に持ってる子供に会ったわ。
未来で犯す筈の罪を入れといた箱を持ってる子供にも会ったわ。
恋人同士と呼ばれてる2人の子供達にも会ったわ。

「『時』のお爺さん、僕をあの子と一緒に行かせてください」
「『時』のお爺さん、あの子と一緒に残れるようにしてくださいな」
「あの子が生れて来る時には僕はもう居ないだろう」
「あたし、もうあの人に会えないんだわ」
「僕達、独りぼっちになってしまう」

「そんなの、わしの知った事じゃない。そんな事は『生』の所へ行って頼むんだな。わしはただ命じられた通りに、一緒にしたり分けたりするだけなんだ。さあ、行くんだ」

「印を残していって。たった1つでいいから、どうやってあんたを見つけたら良いのか教えて」
「僕はいつだって君を愛してるよ」
「あたしは1番悲しいものになるでしょう。それで、あんたはあたしが解る筈よ」

チルチルとミチルは生れて来る自分達の弟にも会ったけど、この子の手に持つ袋の中には、しょう紅熱と百日咳とはしかが入ってたの。

「それで全部なの?それからどうするの?」
「それから?死んでしまうのさ」
「じゃ、生れる甲斐が無いじゃないか」
「だって、どうにもならないでしょう?」

この王国でやっと見つけた青い鳥は、何時の間にか赤く変ってて、結局手に入れる事ができないまま、皆と別れて家に帰って来た。
不思議な事に、家は全然変らないようでいて、前よりずっと新しく綺麗に見えたし、旅立ち前夜の次の朝だったの。
夢を見たのだと言う両親達、そこへ妖女ベリリウンヌそっくりの隣家のおばさんが、病気で煩ってる娘の為に、チルチルとミチルが飼ってる青い鳥を譲ってくれと頼みに来たの。
今迄気が付かなかったけど、青い鳥はチルチルとミチルのすぐ傍に居たのね。

「ほら、あの鳥青いよ。だけど僕のキジバトだ。でも、出かける前よりずっと青くなってるよ。なんだ、これが僕達さんざん探し回っていた青い鳥なんだ。僕達、随分遠くまで行ったけど、青い鳥ここに居たんだな。――さあ、これ、ベルランゴーのおばさん、まだ本当に青くはないけれど、今にきっと青くなりますよ」

チルチル達から譲って貰った青い鳥を、お婆さんは急いで娘に持って行った。
そしたらまぁ忽ち元気になった娘は、青い鳥を腕に抱いて、チルチル達にお礼を言いに来たの。
娘は、2人を導いた「光」を、そっくり少女にしたようだった。

「このぐらい青ければいいの?」
「ええ、これでいいのよ」
「僕もっと青いのも見たんだよ。でも本当に青いのはね、どんなにしても捕まらないんだよ」

このままハッピーエンドかと思いきや、あら大変!青い鳥は少女の手から、逃げ出してしまったの。
声を上げて泣く少女に、チルチルは言ったわ。

「いいよ、泣くんじゃないよ。僕また捕まえてあげるからね。――何方かあの鳥を見つけた方は、どうぞ僕達に返してください。僕達、幸福に暮らす為に、いつかきっとあの鳥が入用になるでしょうから」

…何だかとっても難しい話ね、色々考えさせられるわ。
メリーには、未来の王国の子供達が、地上に降りて為す事を、予め手に持ってるのが印象的だったわ。
メーテルリンクは「運命は生れる前から決まっている」と考えてたようね。
それに青い鳥…実はチルチルとミチルの傍に居たってオチは有名だけど、最初からそうではなくて、次第に青くなって行ったのね。
しかも逃げてしまうなんて…。
青い鳥を「幸福」の象徴と言うなら、「幸福」は身近に在るものだけど、最初から「幸福」として在るんじゃない、手に入れたと思ったら逃げて行ってしまう、儚いものという事かしら?
本当に解らないわぁ。
きっと貴方の目で読んだら、また違う物語になる筈だから、いつかのクリスマスにでも、読んでみてちょうだいね!

それじゃあ第5曲目のクリスマスソングを紹介するわ!
ヨーゼフ・モール作詞、フランツ・グルーバー作曲の、オーストリアが誇る名クリスマスソング――「きよしこの夜」!
歌って今夜はこれでお別れ、また明日一緒に楽しく歌いましょう♪




                 【きよしこの夜― Silent Night ―】





日本語バージョン

聖し♪ この夜♪
星は♪ 光り♪

救いの御子は♪
馬槽の中に♪

眠り給う♪
いとやすく♪


聖し♪ この夜♪
御告げ♪ 受けし♪

牧人達は♪
御子の御前に♪

額づきぬ♪
畏みて♪


聖し♪ この夜♪
御子の♪ 笑みに♪

恵みの御世の♪
朝(あした)の光♪

輝けり♪
朗らかに♪


英語バージョン

Silent night, holy night♪
All is calm, all is bright♪
Round yon Virgin, Mother and Child♪
Holy infant so tender and mild♪
Sleep in heavenly peace♪
Sleep in heavenly peace♪

Silent night, holy night♪
Shepherds quakeat at the sight♪
Glories stream from heaven afar♪
Heavenly hosts sing Alleluia♪
Christ the Savior is born♪
Christ the Savior is born♪



(↓から、びょり記)
…午前零時に更新しようと思ってたけど間に合わなかった。
クリスマス・イブの物語な事は知ってても、実は初めて読んだ「青い鳥」。
台本形式で書いてあるわ、登場人物に全く感情移入できないわで、正直最後まで読むのが辛かった。(汗)
「未来の王国」の場面だけ妙に引っかかったけど。
そして苦労して手に入れた青い鳥が、あっさり逃げ出してしまうとは唖然呆然。
何故オチだけが有名になったか理解できました。
オチ以外、他に何を語れると言うんだ。(汗)

本名メーテルリンク伯爵モーリス・ポリドール・マリ・ベルナールは、ベルギーの詩人であり劇作家であり随筆家。
詩人が書いた物語だから、こんなに難解なんですね。
フロイトの夢論を読む気持ちで挑むと良いかもしんない。

写真は恵比寿ガーデンプレイス今年の冬の呼び物、バカラ250灯シャンデリア。
ハウステンボスのギヤマン・ミュージアムに有る、同じくバカラ社製シャンデリアを思い出させた。
今年のクリスマスは行けなかったからね…似た物を観て気を紛らわせて来たのさ。(涙)
が、実は1月にハウステンボスに行く事になった!
クリスマスは無理だったが、イルミネーション観に行くぞ~!


参考書籍「青い鳥(メーテルリンク著 堀口大學、訳 新潮文庫、刊)」
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2011年、クリスマスには歌を歌おう♪その4

2011年12月24日 20時40分15秒 | クリスマス
はぁい♪ミス・メリーよ♪
いよいよ今夜はクリスマス・イブ!
御馳走食べて、後はプレゼントを貰うだけ?
貴方は今夜、誰から贈り物を貰うのかしら?

今夜紹介するのはクリスマス文学の中で1、2を争う名作と言われる、オー・ヘンリーの「賢者の贈り物」!
読んだ事が無くても、その筋はご存知の人も多いでしょうね。



明日のクリスマスに、愛する夫へプレゼントを贈りたいデラには、1ドル87セントの持ち合せのみ。
日々の買い物で値切って値切って、たったのこれっぽっち。
彼女と、彼女の夫の家庭、ジェームズ・ディリンガム・ヤング家は、哀しいかな貧乏だったの。

「支出はデラが計算した以上に有りました。
 支出というものはいつだってそういうものでした。
 ジムへの贈り物を買うのに1ドル87セントしかないなんて。
 大切なジムなのに。
 デラは、ジムの為に何か素晴しいものをあげようと、長い間計画していたのです。
 何か、素敵で、滅多に無いもの――ジムの所有物となる栄誉を受けるに少しでも値する何かを。」

「さて、ジェームズ・ディリンガム・ヤング家には、誇るべき2つのものが有りました。
 1つはジムの金時計です。
 かつてはジムの父、そしてその前にはジムの祖父が持っていたという金時計。
 もう1つはデラの髪でした。
 シバの女王が通風縦孔の向こう側のアパートに住んでいたとしましょう。
 或る日、デラが窓の外に濡れた髪を垂らして乾かそうとしたら、それだけで、女王様の宝石や宝物は色褪せてしまったことでしょう。
 また、ソロモン王がビルの管理人をやっていて、宝物は地下室に山積みしていたとしましょう。
 ジムが通りがかりに時計を出す度、王様は羨ましさのあまり、髭を掻き毟ったことでしょう。」

デラは貧乏だったけど、夫への愛は溢れるほど持ってたの。
だから彼女は自分の宝物だった長い髪を売る事にも躊躇しなかった。
彼女にとって自分の髪よりも、夫のジムの方がずっとずっと、大事な宝物だったからよ。
彼女の褐色の波打つ美しい髪は、20ドルにもなった。
そして彼女はと或る店で、ジムの為だけに有るような、素敵なプレゼントを見つけたの。

「それはプラチナの時計鎖で、デザインはシンプルで上品でした。
 ごてごてした飾りではなく、素材のみがその価値を主張していたのです――全ての良きものがそうあるべきなのですが。
 その鎖は彼の時計につけるのに相応しいとまで言えるものでした。
 その鎖を見たとたん、これはジムのものだ、とデラには解りました。
 この鎖はジムに似ていました。
 寡黙だが、価値が有る――この表現は鎖とジムの両者に当てはまりました。
 その鎖には21ドルかかり、デラは87セントを持って家に急いで帰りました。
 この鎖を時計につければ、どんな人の前でもちゃんと時間を気にする事ができるようになるでしょう。
 時計は素晴しかったのですが、鎖の代わりに古い皮紐をつけていた為、ジムはこそこそと見る時も有ったのです。」

家に帰ってデラは興奮がやや醒めると、愛する人ジムが、短く切った自分の髪を見て、大層落胆するだろうなと思ったの。
だからヘアアイロンでカールさせ、無残になった髪を修繕する作業に努めた。
きっと嫌いにはならない、でも心から彼は残念がるだろう、馬鹿な事をしたと怒るかしら?――でもこうするより仕方なかった、だって1ドル87セントしか無かったのよ。

不安を押し隠して珈琲と夕飯の仕度を整え終えた頃、ジムは遅刻する事無く帰って来た。

「デラは一瞬顔が蒼褪めました。
 デラは毎日のちょっとした事でも小さな祈りを静かに唱える習慣が有りましたが、この時は『神様。どうかジムが私のことを今でも可愛いと思ってくれますように』と囁きました。」

ドアを開けて入って来たジムは、彼女を見詰めたきり、暫く突っ立ったままで居た。
デラは堪らず、彼の傍へ歩み寄ったの。
こっからの会話は良いところだから、そのままの文で紹介するわね。

「『ジム、ねえ、あなた』デラは声をあげました。
 『そんな顔して見ないで。髪の毛は切って、売っちゃったの。だって、あなたにプレゼント1つあげずにクリスマスを過ごすなんて絶対できないんだもの。髪はまた伸びるわ――気にしない、でしょ? こうしなきゃ駄目だったの。ほら、私の髪ってすごく早く伸びるし。『メリー・クリスマス』って言ってよ、ジム。そして楽しく過ごしましょ。どんなに素敵な――綺麗で素敵なプレゼントをあなたに用意したか、当てられないわよ』

 『髪を切ったって?』とジムは苦労しつつ尋ねました。
 まるで、懸命に頭を働かせても明白な事実に辿り着けないような有様でした。

 『切って、売っちゃったの』とデラは言いました。
 『それでも、私のこと、変わらずに好きでいてくれるわよね。髪がなくても、私は私、よね?』

 ジムは部屋を捜し物でもするかのように見回しました。

 『髪がなくなっちゃったって?』ジムは何だか馬鹿になったように言いました。

 『探さなくてもいいのよ』とデラは言いました。
 『売っちゃったの。だから、――売っちゃったからなくなったのよ。ねえ、クリスマスイブでしょ。優しくして。髪がなくなったのは、あなたの為なのよ。多分、私の髪の毛の1本1本まで神様には数えられているでしょうね』
 デラは急に真面目になり、優しく続けました。
 『でも、私があなたをどれだけ愛しているかは、誰にも量る事はできないわ。――ジム?』

デラから声をかけられ、ジムははっと我に返ったの、そしてデラを抱き締めた。
ジムはオーバーのポケットから包みを取り出して見せた。

 『ねえデラ、僕のことを勘違いしないで。髪型とか肌剃とかシャンプーとか、そんな物で僕の可愛い女の子を嫌いになったりするもんか。でも、その包みを開けたら、始めの内暫く、どうして僕があんな風だったか解ると思うよ』

 白い指が素早く紐を千切り紙を破りました。
 そして歓喜の叫びが上がり、それから、ああ、ヒステリックな涙と嘆きへと女性らしくすぐさま変わっていったのです。
 急いで、そのアパートの主人が必死になって慰めなければなりませんでした。

 包みの中には櫛が入っていたのです――セットになった櫛で、横と後ろに刺すようになっているものでした。
 その櫛のセットは、デラがブロードウェイのお店の窓で、長い間崇めんばかりに思っていたものでした。
 美しい櫛、ピュアな亀甲でできていて、宝石で縁取りがしてあって――売ってなくなった美しい髪にぴったりでした。
 その櫛が高価だという事をデラは知っていました。
 ですから、心の内では、その櫛がただもう欲しくて欲しくて堪らなかったのですけれど、実際に手に入るなんていう望みはちっとも抱いていなかったのです。
 そして、今、この櫛が自分のものになったのです。
 けれども、この髪飾りによって飾られるべき髪の方が既になくなっていたのでした。

 しかし、デラは櫛を胸に抱きました。
 そしてやっとの思いで涙で濡れた目を上げ、微笑んでこう言うことができました。
 『私の髪はね、とっても早く伸びるのよ、ジム!』」

今度はデラが手の平に贈り物を乗せてジムに見せたの。
それはプラチナの時計鎖、彼女自身の宝物を失って手に入れたもの。

 『ねえ素敵じゃない?町中を探して見つけたのよ。あなたの時計にこの鎖をつけたら、1日に百回でも時間を調べたくなるわよ。時計、貸してよ。この鎖をつけたらどんな風になるか見たいの』

 デラのこの言葉には従わず、ジムは椅子にどさりと腰を下ろし、両手を首の後ろに組んでにっこりと微笑みました。

 『ねえデラ。僕達のクリスマスプレゼントは、暫くの間、どこかに仕舞っておくことにしようよ。
 今すぐ使うには上等すぎるよ。櫛を買うお金を作る為に、僕は時計を売っちゃったのさ。』

この2人の若夫婦の物語をオー・ヘンリーはこう締め括ってるわ。

「東方の賢者は、ご存知のように、賢い人達でした――素晴しく賢い人達だったんです――飼葉桶の中に居る御子に贈り物を運んできたのです。
 東方の賢者がクリスマスプレゼントを贈る、という習慣を考え出したのですね。
 彼らは賢明な人達でしたから、勿論贈り物も賢明なものでした。
 多分贈り物がだぶったりした時には、別の品と交換をすることができる特典も有ったでしょうね。
 さて、私はこれまで、拙いながらも、アパートに住む2人の愚かな子供達に起こった、平凡な物語をお話してまいりました。
 2人は愚かなことに、家の最も素晴しい宝物を互いの為に台無しにしてしまったのです。
 しかしながら、今日の賢者達への最後の言葉として、こう言わせて頂きましょう。
 贈り物をする全ての人の中で、この2人が最も賢明だったのです。
 贈り物をやりとりする全ての人の中で、この2人のような人達こそ、最も賢い人達なのです。
 世界中の何処であっても、このような人達が最高の賢者なのです。
 彼らこそ、本当の、東方の賢者なのです。」

人によってはこの2人ほど気の合わない夫婦は居ないって解釈になるかもしれないわね。
けれどオー・ヘンリーは2人ほど賢い者は居ないと言うわ。
何故って2人は何が本当の宝か理解してるからじゃないかしら?
そして本当の宝を手に入れる為に、何が必要かを理解してるからじゃないかしら?

メリー、2人がとっても羨ましいわ。
お互い、相手の事をいつでも自分より大切に想って居るんだもの。
きっと2人はこの年のクリスマス・イブ以降も、ずっとずっと相手の為に1番の宝物を贈ろうとするでしょう。
ずっとずっと、死が2人を別つまで、いえ例え死んだとしても。
その「絆」こそが、人が持てるこの世で最も尊い財産なんだわ。

それじゃあ今夜も最後にクリスマスソングを紹介――4曲目のクリスマスソングは、クリスマス・イブにプレゼントを贈るもの達、「赤鼻のトナカイ」!
コピーライターのR・L・メイが創作した赤鼻のトナカイの物語を、ジョニー・マークスが詞と曲を付けて歌にしたの。
歌いながら今夜はお別れするけど、明日もまた一緒に楽しく歌いましょう♪




     【赤鼻のトナカイ― Rudolph The Red-nosed Reindeer ―】




日本語バージョン

真っ赤なお鼻の♪
トナカイさんは♪
何時も皆の♪
笑いもの♪

でもその年の♪
クリスマスの日♪
サンタのお爺さん♪
言いました♪

暗い夜道は♪
ピッカピッカの♪
お前の鼻が♪
役に立つのさ♪

何時も泣いてた♪
トナカイさんは♪
今宵こそはと♪
喜びました♪

英語バージョン

Rudolph the red-nosed reindeer♪
Had a very shiny nose♪
And if you ever saw it♪
You would even say it glows♪
All of the other reindeer♪
Used to laugh and call him names♪
They would never let poor Rudolph♪
Join in any reindeer games♪

Then one foggy Christmas Eve♪
Santa came to say♪
Rudolph with your nose so bright♪
Won't you guide my sleigh tonight♪

Then how the reindeers loved him♪
And they shouted out with glee♪
"Rudolph the red-nosed reindeer♪
You'll go down in history♪



(↓から、びょり記)
…読んでて奥さんのデラに萌えてしまった。
オー・ヘンリーは(名前で解るだろうが)アメリカの作家、短編小説の名手で381編もの多作でいらっしゃる。
日本で言えば星新一氏みたいな?

写真は池袋西武デパート前のディスプレイ、良く出来てて目を引かれた。
トナカイ等、発泡スチロールで出来てるんだそうな。(凄い~)



↑プレゼントを積んだソリまで、ちゃんと有る。

参考「賢者の贈り物(オー・ヘンリー、作 結城浩、訳 電子図書館:青空文庫)」

そうそう、忘れちゃいけない大事なこと!
チョッパー誕生日おめでとー♪♪
麦わらの一味の間では、クリスマスケーキじゃなく、誕生日ケーキを、毎年クリスマス・イブの度に用意してるんだろうな、考えてみれば。
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2011年、クリスマスには歌を歌おう♪その3

2011年12月23日 17時25分52秒 | クリスマス
はぁい♪ミス・メリーよ♪
明日は聖クリスマスよりも楽しみな――なんて言ったらキリスト様に失礼だけど――クリスマス・イブね♪
聖なる日を前に飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ、クリームとフルーツが載ったクリスマス・ケーキ、それからプレゼントも貰えるわ!
「そんな物、貰った事も無い」なんて言わないで。
ひょっとしたら、貴方が気付いてないだけで、いつかどこかで見えない宝物を貰っているかもしれないでしょ?
だってプレゼントを持って来るサンタクロースも、ソリを牽くトナカイ達も、人の目には見えやしないのだから。
「目に見えない存在は信じない」?…そうね、むやみやたらに信じない事は、自分の身を守る為に、時には大事だわ。
でも、もし貴方が大人で、貴方に子供が居て、貴方の子供に「サンタは居るの?」と尋ねられたら、貴方はどう答える?

「サンタクロースは本当に居るの?」

ニューヨークの或る所にヴァージニアという、8歳の少女が居ました。
或る日彼女は学校で、サンタクロースが居るか居ないかを巡り、クラスの友達と喧嘩になったの。
ヴァージニアは断固サンタクロースは居るんだって主張したわ、でも友達は断固居ないって否定したの。
ヴァージニアは腹立ちそのまま家に帰って、パパにサンタクロースは本当に居るのかを尋ねたの。
パパは言ったわ、「ザ・サン(新聞)に投書して訊いてみなさい」って、「新聞社の人が『居る』って答えるなら居るんだろ」って。
信頼の置ける大人に訊きなさいって事なのね。
そして1897年9/21、ニューヨークの大新聞「ザ・サン」の社説には、後に本にされて世界中の人に読まれる名回答が載ったのよ。


「へんしゅうしゃさま、わたしは8さいです。

 わたしのなんにんかの友だちはサンタクロースはいないと言います。
 パパは『サン新聞が言うことならそのとおりだ』と言います。
 どうかわたしにほんとうのことを教えてください、サンタクロースはいるのでしょうか?
                 
                            ヴァージニア・オハンロン
                                 115 西95番街」

「ヴァージニア、それは友だちの方がまちがっているよ。
 きっと、何でもうたがいたがる年ごろで、見たことがないと、信じられないんだね。
 自分のわかることだけが、ぜんぶだと思ってるんだろう。
 でもね、ヴァージニア、大人でも子どもでも、何もかもわかるわけじゃない。
 この広いうちゅうでは、にんげんって小さな小さなものなんだ。
 ぼくたちには、この世界のほんの少しのことしかわからないし、ほんとのことをぜんぶわかろうとするには、まだまだなんだ。

 じつはね、ヴァージニア、サンタクロースはいるんだ。
 愛とか思いやりとかいたわりとかがちゃんとあるように、サンタクロースもちゃんといるし、そういうものがあふれているおかげで、ひとのまいにちは、いやされたりうるおったりする。
 もしサンタクロースがいなかったら、ものすごくさみしい世の中になってしまう。
 ヴァージニアみたいな子がこの世にいなくなるくらい、ものすごくさみしいことなんだ。
 サンタクロースがいないってことは、子どものすなおな心も、つくりごとをたのしむ心も、ひとを好きって思う心も、みんなないってことになる。
 見たり聞いたりさわったりすることでしかたのしめなくなるし、世界をいつもあたたかくしてくれる子どもたちのかがやきも、きえてなくなってしまうだろう。

 サンタクロースがいないだなんていうのなら、ようせいもいないっていうんだろうね。
 だったら、パパにたのんで、クリスマスイブの日、えんとつというえんとつぜんぶを見はらせて、サンタクロースをまちぶせしてごらん。
 サンタクロースが入ってくるのが見られずにおわっても、なんにもかわらない。
 そもそもサンタクロースはひとの目に見えないものだし、それでサンタクロースがいないってことにもならない。
 ほんとのほんとうっていうのは、子どもにも大人にも、だれの目にも見えないものなんだよ。
 ようせいが原っぱであそんでいるところ、だれか見たひとっているかな?
 うん、いないよね、でもそれで、ないってきまるわけじゃない。
 世界でだれも見たことがない、見ることができないふしぎなことって、だれにもはっきりとはつかめないんだ。
 あのガラガラっておもちゃ、中をあければ、玉が音をならしてるってことがわかるよね。
 でも、目に見えない世界には、どんなに力があっても、どれだけたばになってかかっても、こじあけることのできないカーテンみたいなものがかかってるんだ。
 すなおな心とか、あれこれたくましくすること、したもの、それから、よりそう気もちや、だれかを好きになる心だけが、そのカーテンをあけることができて、そのむこうのすごくきれいですてきなものを、見たりえがいたりすることができる。
 うそじゃないかって? ヴァージニア、いつでもどこでも、これだけはほんとうのことなんだよ。

 サンタクロースはいない?
 いいや、今このときも、これからもずっといる。
 ヴァージニア、何ぜん年、いやあと十万年たっても、サンタクロースはいつまでも、子どもたちの心を、わくわくさせてくれると思うよ。」


まるで歌のお兄さんが子供達に言聞かせるような優しい調子ね。
でも社説を書いたフランシス・ファーセルス・チャーチという記者は、南北戦争時に戦争特派員として従軍した等、およそメルヘンに似つかわしくない経歴を持つ人で、同僚の話によるとリアリストで有名だったらしいわ。
そんな彼が何故サンタクロースの存在を肯定する意見を載せたのかしら?

メリーこう思うの――サンタクロースの存在を信じるのは、人(大人)の良心を信じる事に繋がるんだって。
以前にも書いたけど、キリスト教に染められる以前のサンタ像は、善悪両方を併せ持っていたわ。
自然の化身として人々に、恵みだけでなく、災厄も与える存在だったのよ。
姿形も最初は秋田のなまはげの様な恐ろしげな物だった。
恵みだけを与える全くの善人なサンタは、大人達の暮らしが豊かになった証拠。
現代のサンタは父性の象徴だわ。
父親として子供達に善人に見られたい、大人の良心を信じて欲しい。
サンタクロースは子供達の憧れだけじゃなく、大人達にとっても「(子供達の前で)そうありたい存在」、憧れであるんじゃないかしら?

そして子供達もいつかは大人になる。
今居る大人達は願うのよ、子供達が大人になっても素直な心で、サンタクロースを信じたように、この世の人の良心を信じられる事を。
新聞記者の彼の意見に感銘したかは解らないけど、大人になったヴァージニアは、入院生活を送る子供達の学校の副校長になったそうよ。

それじゃあ今日の終りに3曲目のクリスマスソングを紹介――「サンタが町にやってくる(Santa Claus Is Coming To Town)」!
1934年頃、ヘヴン・ギレスピーが作詞し、フレッド・クーツが作曲して生れたと言われてるわ。
また明日!一緒に楽しく歌いましょう♪




     【サンタが町にやってくる― Santa Claus Is Coming To Town ―】



日本語バージョン

さぁ♪ 貴方から♪
メリークリスマス♪
私から♪ メリークリスマス♪
サンタクロース・イズ・カミィン・トゥ・タウン♪

ねぇ♪ 聞えて♪
来るでしょ♪
鈴の音が♪ 直ぐそこに♪
サンタクロース・イズ・カミィン・トゥ・タウン♪

待ち切れないで♪
お休みした子に♪
きっと素晴しい♪ プレゼント持って♪

さぁ♪ 貴方から♪
メリークリスマス♪
私から♪ メリークリスマス♪
サンタクロース・イズ・カミィン・トゥ・タウン♪


さぁ♪ 貴方から♪
メリークリスマス♪
私から♪ メリークリスマス♪
サンタクロース・イズ・カミィン・トゥ・タウン♪

ねぇ♪ 聞えて♪
来るでしょ♪
鈴の音が♪ 直ぐそこに♪
サンタクロース・イズ・カミィン・トゥ・タウン♪

クリスマスイブを♪
指折り数えた♪
幼い思い出も♪ 今宵懐かし♪

さぁ♪ 貴方から♪
メリークリスマス♪
私から♪ メリークリスマス♪
サンタクロース・イズ・カミィン・トゥ・タウン♪

サンタクロース・イズ・カミィン・トゥ・タウン♪

英語バージョン

You better watch out♪
You better not cry♪
Better not pout, I'm telling you why♪
Santa Claus is coming to town♪

He's making a list♪
And checking it twice♪
Gonna find out Who's naughty and nice♪
Santa Claus is coming to town♪

He sees you when you're sleeping♪
He knows when you're awake♪
He knows if you've been bad or good♪
So be good for goodness sake♪

You better watch out♪
You better not cry♪
Better not pout, I'm telling you why♪
Santa Claus is coming to town♪

Santa Claus is coming to town♪




(↓から、びょり記)
…面と向って「サンタは居るの?」なんて質問されたら戸惑うわな、「子供相談室に訊けぃ!」とばかりに逃げたパパ素敵。(笑)
写真はお台場アクアシティ内ディズニーストアで撮った物、自分の琴線に何か触れました。


参考「サンタクロースはいるんだ(ニューヨーク・サン紙社説担当フランシス・ファーセラス・チャーチ、大久保ゆう訳、電子図書館:青空文庫)」
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2011年、クリスマスには歌を歌おう♪その2

2011年12月22日 22時40分29秒 | クリスマス
はぁい♪ミス・メリーよ♪
今日は冬至、吐く息が真っ白なのにも頷けるわ。
ところで今年のクリスマスは3日連休ね。
何処かへ出かけて祝おうって人も多いんじゃないかしら?
最近はイルミネーションの綺麗なスポットも増えた事だし…例えばハウステンボスなんかはどーお?うふふv
勿論家でクリスマスケーキを用意し、過すクリスマスも素敵だわ♪

第2回目に紹介するクリスマス文学は「ヘンゼルとグレーテル」!
兄のヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール・グリム、弟のヴィルヘルム・カール・グリム、ドイツ出身の2人の兄弟が蒐集した伝承話は、世界中で色んな文学の題材にされているわ。
この「ヘンゼルとグレーテル」も然り、魔女の家(ヘクセンハウス)として登場するお菓子の家を、知らない人は少ないでしょう。
ドイツ・オペラにはこの原作を元にしたクリスマス劇が有って、後にヨーロッパを飛び出しニューヨークでまで上演されたのよ。

でも待って!「ヘンゼルとグレーテル」って、クリスマスの物語だったかしら?
この件については以前お話したわね。
19世紀末にドイツのケルンに住んでいたアーデルハイト・ヴェッテという女性が、子供達の為に「ヘンゼルとグレーテル」をクリスマス劇に仕立て、音楽家の兄エンゲルベルト・フンペルディンクに作曲を頼んだのが切っ掛け。
フンペルディンクはその後、全3幕のオペラを作曲、遂にはドイツでクリスマスならではの代表作になったというわけ。
このオペラの影響有ってか、クリスマスが近付くとドイツのケーキ屋さんでは、「ヘクセンハウス」というお菓子造りの家が並んで、さながら小さなモデルハウスショースペースに大変身♪
デパートでは実際に人が暮らせるくらい、大きなお菓子の家を建てて飾ったりするの。
日本でも最近ではケーキ屋やホテルのロビーに飾られてるのを見かけるようになったわね。

それにしてもお菓子で出来た家なんて、夢に描くだけでも素敵♪
でも最初はお菓子の家じゃなくパンの家だったの。
お菓子の家は原作には出て来ない、アーデルハイト・ヴェッテのオリジナルアイディアなのよ。

「2人が小屋のすぐ側まで行ってみますと、まあこの可愛い小屋は、パンで出来ていて、屋根はお菓子で葺いてありました。おまけに、窓はピカピカするお砂糖でした。」

グリム兄弟が書いた文を読むと、お菓子でなく、建材は主にパンなのが解るでしょう?
屋根のパンというのも、原文から訳すと、パンケーキの様な物らしいわ。
中世のドイツは極めて貧乏だったから、お菓子なんて夢にも描けなかった、19世紀末になって国の経済が安定した事を、「お菓子の家」登場は表してる気がするの。

「ヘンゼルとグレーテル」がクリスマスの定番になった理由を更に推測するなら、クリスマス菓子「ヘクセンハウス」の影響も有るんじゃないかしら?
お菓子の家のイメージは、雪降る森の中に建つ家。
真っ白な粉砂糖を雪に見立てて降らすでしょう?
オペラ「ヘンゼルとグレーテル」によって、クリスマスシーズン定番の出し物と覚えられ、オペラに因み「ヘクセンハウス」と言うお菓子の家が生れ、今度はそのお菓子の外観イメージから、雪深いクリスマスを想像するという…つまりドイツ国民にとっては冬=雪=クリスマスの三段連想なのよ。

「気が付けば、目の前に、赤く、青く、キラキラと、目が眩む様な、綺麗な家が建っています。近付いて、よくよく見れば、お菓子の家です。門は、四角なビスケット。柱は大きな飴ん棒。屋根の瓦はチョコレート。窓の手摺は金平糖。2人は、暫く、ポカンと口を開けたまま、見蕩れていました。」

原作のおどろおどろしい描写は消えて、現代ではアーデルハイト・ヴェッテ改変バージョンの方がメジャーね。
クリスマスが本来合せ持ってた闇の性格を消し、明るく楽しいイベントに変身したのと同様に、ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家も、明るく甘い夢の家に変ってったんだわ。

じゃあそろそろ2曲目のクリスマスソングを紹介!
1857年、J・S・ピアポントが元はボストンの日曜学校の式典の為に作曲した歌よ。
これもソリ=雪=クリスマスと連想され、現代ではクリスマスソングの定番になってるわ。
歌を歌って今夜はこれでおしまい、また明日ここで会いましょう♪


               【ジングルベル―Jingle Bells―】


英語バージョン

Dashing through the snow♪
In a one-horse open sleigh♪
Over the fields we go♪
Laughing all the way♪
Bells on bob-tail ring♪
making spirits bright♪
What fun it is to ride and sing♪
A sleighing song tonight♪

(Jingle bells♪ jingle bells♪ jingle all the way♪
O what fun it is to ride In a one-horse open sleigh♪
Jingle bells♪ jingle bells♪ jingle all the way♪
O what fun it is to ride In a one-horse open sleigh♪)


A day or two ago♪
I thought I'd take a ride♪
And soon Miss Fanny Bright♪
Was seated by my side♪
The horse was lean and lank♪
Misfortune seemed his lot♪
He got into a drifted bank♪
And we, we got upsot♪

※()部分繰り返し


Now the ground is white♪
So go it while you're young♪
Take the girls tonight♪
And sing this sleighing song♪
Just get a bobtailed nag♪
Two forty for his speed♪
Then hitch him to an open sleigh♪
And crack! you'll take the lead♪

Oh~♪

※()部分繰り返し


日本語バージョン

走れソリよ♪ 雪の中を♪ 雪の中を♪ 軽く早く♪
笑い声を♪ 雪に撒けば♪ 明るい光の花になるよ♪

ジングルベール♪ ジングルベール♪ 鈴がー鳴るー♪
鈴のーリズムに光の輪が舞うー♪

ジングルベール♪ ジングルベール♪ 鈴がー鳴るー♪
森にー林に響きながら♪


ジングルベール♪ ジングルベール♪ ルンルンルールルー♪
ジングルベール♪ ジングルベール♪ ルンルンルールルー♪


走れソリよ♪ 丘の上は♪ 雪も白く♪ 風も白く♪
歌う声は♪ 飛んで行くよ♪ 輝き始めた星の空へ♪

ジングルベール♪ ジングルベール♪ 鈴がー鳴るー♪
鈴のーリズムに光の輪が舞うー♪

ジングルベール♪ ジングルベール♪ 鈴がー鳴るー♪
森にー林に響きながら♪


ジングルベール♪ ジングルベール♪ 鈴がー鳴るー♪
鈴のーリズムに光の輪が舞うー♪

ジングルベール♪ ジングルベール♪ 鈴がー鳴るー♪
森にー林に響きながら♪


(↓から、びょり記)

…昔話は残酷なものが多いと言われる。
この「ヘンゼルとグレーテル」も然りで、元は実の母親に捨てられる子供達の話なのです。
残酷でも良い、元の姿に昔話を戻して、子供達に真実を伝えようという活動が見られる昨今ですが、この「ヘンゼルとグレーテル」については、戻さず置きそうな気がする。
それは多分「お菓子の家」という夢の存在が大きいのではと。
「お菓子の家」が出て来ない「ヘンゼルとグレーテル」なんて、本当はスポンジじゃない英米式ショートケーキだものなぁ。

写真は恵比寿のウェスティンホテル東京に飾ってあったヘクセンハウス。
ケースに反射して上手く撮れなかった…。

参考書籍:グリム童話(土家由岐雄、訳 偕成出版、刊)、他ウィキ等。
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