瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第94話―

2009年08月31日 21時00分43秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
来る道雨が酷かったろう?
風邪を引いては大変だ、用意したタオルで頭等を拭くと良いよ。

さて…今年は東京でも秋の休日が長い影響で、夏休みが通常の年より短く設定されているらしいが、高校生以下の学生さんの多くは今日が夏休み最終だろう。
日常に戻るというのは、水から上がる時に似て、体が重たく感じるものだ。
早いところリズムを取り戻せるように、この会でも少しずつ日常的な怪談をするとしよう。

昨夜約束した通り、今夜もトイレの怪談だ。
場所は京都の桜の名所と名高い、円山公園内に在ると言う公衆トイレで、噂では自殺した男の幽霊が出るのだとか。
噂の出所を調べた人曰く、女優の左時枝さんの御主人の友人のお爺さんが、怪異に出くわした当事者らしい。




或る夜中に、そのお爺さんが酔っ払って、円山公園のベンチに横になっていた。
その内に便意を催し、近くの公衆トイレに入った。

しゃがみ込んで、じっくり孤独を味わおうとした所、「止せ、止せ」と声がして、何かが背中を突っつく。

「今大事な所だから止せよ」と声がして、また背中を突っつかれた。

酒が入って気が強くなっていたお爺さんは、「邪魔するのは何処のどいつだ!?」と怒鳴って振り返った。

すると目に入ったのは、だらりと垂れた2本の足……

その爪先が、さっきからお爺さんの背中を突っついていたのである。




…大抵の怪談は人から人へと伝えられながら形成されるもので、昨夜の話もそうだが、最初に話が出た時は「自殺した男の幽霊が…」云々は付かなかったのではないだろうか?
怪談としての落ちを着けたがる者の仕業だろうが…正直無い方が恐ろしかったのにと残念に思わずに居られない。

それは兎も角、公衆トイレという物は不気味な迫力を纏っている。
特に公園内にぽつんと建つ型は最恐だ。
気軽に用を足せるように設置された筈が、行くのに躊躇うというのもおかしな話だがね。


今夜の話は、これでお終い。
さあ…蝋燭を1本吹消して貰えるかな。

……有難う。

それでは気を付けて帰ってくれ給え。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
風呂に入ってる時に、足下を見ないように。
そして、夜に貴殿の名を呼ぶ声が聞えても、決して応えないように…。

御機嫌よう。
また次の晩に、お待ちしているからね…。




『ワールドミステリーツアー13(第8巻)―京都編― (小池壮彦、著 同朋舎、刊)』より。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする