瀬戸際の暇人

只今、夏休み中

歌え!!アニソン!!~Dr.スランプ アラレちゃん~

2007年04月30日 23時27分41秒 | アニソン
――天才、現る。





――ポポポンポポポンポポンポポポポン♪

チャチャッチャチャ♪チャチャッチャチャッチャチャチャ♪チャチャッチャチャ♪チャチャッチャチャッチャチャチャ♪

――キキィッ!!――ドシン!!!!

チャチャッ♪チャチャッ♪チャチャッ♪チャチャッ♪チャチャッ♪チャチャッ♪チャチャッ♪チャチャッチャ♪

――グォォォ…ア!!!――ポン!――ガシーン!!!!

ヂャヂャッヂャヂャ~ヂャッヂャ♪――ポポポン♪

ヂャヂャッヂャヂャ~ヂャッヂャッヂャッヂャッヂャ♪

来ったぞぉ~♪ 来・た・ぞ♪ ア~ラレちゃ・ん~♪

――パララッ♪

キーンキンキンキンキンキン♪

テケテケテッテンテーン♪

――パララッ♪

ピ~ピピッピプッペッポ~♪ ガッ・ちゃん・も♪

――シュルルルルルゥ~~♪

ゆぅめの爆弾♪ 打上げろぉ~♪

お~日様ニッカニカ♪

ブタさん…? 「あ…!えと…!え~とぉ…!」

――チャチャッチャチャッチャ♪

みぃ~んな集ぅ~まれ♪ ペンギンむぅらぁにぃ~♪

どぉ~んな・コ・ト・がぁ~♪ 起るかなぁ~♪

それ行けイッシッシッシ♪ お・た・の・し・み♪

――ッチャチャチャン♪


みぃ~んな集ぅ~まれ♪ ペンギンむぅらぁにぃ~♪

どぉ~んな・コ・ト・がぁ~♪ 起るかなぁ~♪

それ行けイッシッシッシ♪ お・た・の・し・み♪

――ッチャチャチャン♪

ピッピッピィ~ピピッピィ~~♪

ピィ~ピピッピピッピィ~~♪

ピィ~ピピッピピッピッピィ~~♪

ピピッピピッピッピィ~~~♪

パァ~パパァ~パパッパァ~~~♪

パァ~パパァ~パパッパァ~~~♪

パァ~パァ~パ♪パッパッパッパッパァ~~~~~♪

――チャン♪

「んちゃー!!!」





1981年4/8~1986年2/19日迄、フジ系で放送されたTVアニメ。
制作は東映動画(現、東映アニメーション)。

OPタイトルは『ワイワイワールド』、作詞は河岸亜砂氏、作曲は菊池俊輔氏、編曲はたかしまあきひこ氏、歌ってるのは水森亜土氏&こおろぎ’73の皆様。

放送当初、ブタさんの台詞は「ホーホケキョ!」だったと記憶してるのですが、自分が持ってるビデオではこの台詞パターンだったもんで、そっちを書かせて戴いた。


原作は鳥山明氏が『週刊少年ジャンプ』で1980年5・6合併号~1984年39号迄連載した少年漫画。
氏にとっての連載デビュー作でも在ります。
原作の正式タイトルは『Dr.スランプ』で、これは当初作者が決めてた主役は「則巻千兵衛」博士だった事から。
が、その後担当に就いてた鳥嶋氏(←千兵衛博士のライバル、「Dr.マシリト」のモデルにもされた御方)から、「こっちの女の子を主役にした方が良い」と言われて変更、「アラレちゃん」が主役になったそうな。
アニメではその辺り更に強調が入って、タイトルに「アラレちゃん」が付けられたのでしょう。


紹介する必要も無い程有名な漫画ですが、一応粗筋説明すると――


ペンギン村に住む「則巻千兵衛」と言う天才発明博士が、或る日超高性能アンドロイドの女の子を創り出した。

博士はその子に「則巻アラレ」と言う名前を付け、自分の妹として皆に紹介する。

アンドロイドらしくスーパーパワーを秘めたアラレちゃんは、毎日村の皆を巻込みハチャメチャな騒動を繰広げる。

でも「アラレちゃん」の正体については内緒。

皆の前では普通の元気で可愛い眼鏡っ子という事に――


――していた筈だが、後半はバレてたっつうか、はっきり言ってどーでも良く思われてたんじゃと。(人外キャラばっかになっちまってたし)(笑)


この作品が漫画&アニメ界に及ぼした影響は大きかったでしょうね~。
それはこの作品以降に発表された漫画絵&アニメ絵の傾向を見れば解る。

それ迄少年漫画界の主流は劇画だったのですよ。
しかし『Dr.スランプ』登場後は、劇画離れが急速に進んで、コロコロした絵の作風が流行り出してるんです。
これは同じ頃絶頂期を迎えた「高橋留美子」氏の作品からの影響も強いでしょうが。

多分両氏の作風は、少女漫画界にも影響を及ぼした…今みたく男女問わず少年漫画が人気有る状況を作ったのは、『うる星』や『Dr.スランプ』じゃないでしょうかね~?(2作が発表される以前より、潜在的な少年漫画の女性ファンは居ましたが、より裾野を広げた元じゃねーかと)
両氏とも男女両方から受ける画風ですから。

この辺り、『うる星』の回で改めて語りたい所存。


兎も角アニメ化する以前より、『Dr.スランプ』は物凄い反響を呼んでたんですよ。
自分も単行本の表紙を一目見た瞬間、手に取って買っちゃいましたもん。
んで帰って母親に見せた訳ですよ。
「面白い漫画が出てたから買って来た!」っつって。
したら母から「私も面白い漫画買って来たのよ」なんて言って見せられた漫画は、見事同じ『Dr.スランプ』1巻だったという。
…結局1冊本屋迄返品しに行きました。(笑)


アニメ化に際しては多数の製作会社&TV局が名乗りを上げ、権利を勝ち取ったのが東映動画(現、東映アニメーション)&フジTVだったそうな。

ウィキペディアに載ってた記事によると、最初ジャンプ編集部側としては、「アニメ化しちゃったら、ファンはアニメばっか観るようなっちゃって、漫画売れなくなるんじゃ?」と懸念してたらしいんすが、いざアニメ化してみたら物凄く漫画もジャンプもバカ売れのウハウハ儲けで笑い止らず。
以降味を占めた編集部は、自雑誌の連載作を率先してアニメ製作会社に売り込むようなったと…云わば諸悪の根源である訳だ。(笑)

そうして始まったアニメは、空前の大ヒットを飛ばしましてな。
人気絶頂だった頃には、あの『サザエさん』の平均視聴率でさえ、楽々超えてた位ですもん。
最高視聴率36.9%ですよ!!…今じゃ容易に超えられない数字ですな。

んでまぁ、前述した通り、漫画界だけでなく、アニメ界にも絶大な影響を及ぼした。
『Dr.スランプ』、そして同じく1981年~放送されたアニメ『うる星やつら』以降は、2作以前に放送されてたアニメの画風とは明らかに違う。

「芦田豊雄」氏等、アニメーターさんの中でも、鳥山氏の画風に影響受けたと思われる方は多い。
『Dr.スランプ』は『うる星やつら』と共に、アニメの転換点でも在った作品だったんではないかな~と自分は考えるのです。


余談ですが…このアニメ作品、背景班はすっげー楽だったらしい。
舞台殆ど動かないから。(だとして『サザエさん』も楽でしょうがないだろうな~)(笑)




参考)…フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』&東映公式サイト。
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おまけのおためし。

2007年04月29日 23時26分16秒 | ただいまおかえり(雑記)
…さぁ…ちゃんと出るか!?(ドキドキ)



BLOG鑑定書BLOG鑑定結果



――駄目だ…御免、ウロウロさん、やっぱり出ない!!(何故!?)


ちゃんと「goo」選んだんだけどな~。(汗)
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歌え!!アニソン!!~ヤットデタマン~

2007年04月29日 23時03分55秒 | アニソン
――「ロボットアニメに非ずばアニメに非ず」な時代。






ピロロォ~~~~~♪

ピロロリロォ~~~~…ピロロォ~~~~~~♪

――ズチャラッ♪ズチャラッ♪ズチャラッ♪ズチャラッ♪――チャ~~~ン♪

と・お・くぅ…♪ 耳を・澄ませ・ばぁ~♪

聞え~…♪ るあの笛の音ぇ~~♪

ジンとぉ…♪ ゆ・う・き・が・せ・ま・るぅ~♪

正義のメロー・ディーー♪

――パッ♪パッ♪パッ♪――パラララ♪

見参~♪

流れると…きを♪ 渡ぁってぇ♪ 登場~~~♪

見参~♪

煌くとぉ~りジュ・ジャ・ク~~は何処の空ぁ~~~♪

追え♪ 追え♪ ヒ~ストリ~♪

歴♪ 史の♪ あ~と先ぃ~♪

コヨミとぉ~♪ 2人♪ 心♪ 合せぇ~~♪

ん呼べばぁ~~~♪

来たぞぉ~~♪ 来たぞぉ~~♪

だぁ~い~ぃ巨・神~~~♪

走れぇ~~♪ はぁしれぇ~~♪

だぁ~い~~♪ て・ん~ばぁ~~~♪

――ダダダダダン♪

タイム♪ 街道♪ タイム♪ カーゴで♪ 

ヤァット♪ ヤァット♪

ヤァットデ~タ~マ~~~ン♪

デタマ~~~ン♪

――ズチャラッ♪ズチャラッ♪ズチャラッ♪ズチャラッ♪――チャ~~~~~~……チャチャン♪

「何時までもそーゆうカッコさせないからなあ!!!」――プギュウ!!!






1981年2/7~1982年2/6迄、フジ系で放映された『タイムボカンシリーズ』第5作目。
制作はタツノコプロ。


OPは『ヤットデタマンの歌』、作詞&作曲は山本正之氏、編曲は乾裕樹氏、歌ってるのはトッシュ。

大抵の場合、タイムボカンシリーズ主題歌は、歌も山本正之氏自身が歌う場合が多いのですが、この作品の場合、何故かOP&ED共に氏じゃない方々が歌ってる。
同様にシリーズ最終作『イタダキマン(1983年放映)』の主題歌も氏は歌ってないですが…こちらの方は色々ゴタゴタが有ったらしく。
『ヤットデタマン』の場合、作詞&作曲は手懸けてるので、まぁ偶々なのかも知れない…。
あ、氏が歌ってなくとも、OP&EDとも非常に巧い方が歌っていて名曲。

付けられてる映像も素晴しく巧い。
OPの作画担当者、高橋資祐氏って方なのですが…アニメ『うる星』ファンにはかなり馴染みの深い方で御座いまして。
流れる様な映像を描く事で有名になった、当時を代表するスーパーアニメーターさんのお1人なのです。
この方については『うる星』の時に詳しく。

実は丁度ヤフー動画で『ヤットデタマン』配信されてるんですよ。(2008年1/31迄→http://streaming.yahoo.co.jp/p/t/00012/v01071/)
薔薇の散り方とか、ヒロインのコヨミちゃんのアクションシーンとか、動きが実に滑らかで要注目。
『うる星』前半、この方が担当した回は、ラムちゃんの飛び方が実にスムーズで素晴しいと評判を呼んだのです。(人呼んで『どうたく飛び』…「どうたく」っつうのは、多分氏が在籍してたスタジオ名からかと)

金田 伊功氏といい、この時代、何人もの伝説的なアニメーターさんが登場してるんですね~。(勿論今だって沢山いらっしゃいますけど…「動かし方」の独特なアニメーターさんは、70~80年代のが多い様な気がするんですよ。これはフルCG化に問題が有るかも知れない…)


作品に話戻して…。(汗)


――主人公は私立探偵事務所で助手として働くワタルとコヨミ。

或る日千年後の未来から、2人の遠い子孫である『カレン姫』が、タイムマシンに乗ってやって来る。

彼女の居る『ナンダーラ王国(←未来の地球で成立した国家らしい)』では、先代王が亡くなった事で、次期王を巡って王位継承権争いが勃発していた。

ナンダーラ王位に就く為には、王位継承の証である『ジュジャク(←手塚治虫氏の描く火の鳥に似た姿)』を捕まえる必要が有った。

しかしその『ジュジャク』は時空を越え、あらゆる姿に変化出来る力を持つ鳥…容易に捕まえられる生物ではなかったのだ。

その為、子孫である2人に、『ジュジャク』探しの助力を申し入れに来たのであった。

それを阻止して自分達こそナンダーラ王位に就こうと狙う一味が、スカプラ王朝の末裔であるミレンジョ姫と弟『コマロ王子』、そしてその配下『ジュリー・コケマツ』&『アラン・スカドン』。(2話~『ミレンジョ姫』を恋い慕う謎の色男『ドンファンファン伯爵』も加わる。声を担当したのは主題歌の作詞&作曲者である山本正之氏…シリーズ前作『オタスケマン』に出て来た『ゲキガスキー』的キャラですな。)

行く先々で彼等の妨害に遭い、ワタルとコヨミ、カレン姫は苦戦する。

そんな時、必ず何処からより、笛を吹きながら現れる謎のヒーロー、『ヤットデタマン』。

その正体は普段頼りない弱虫少年『ワタル』なのだが、コヨミは知らずに恋い慕うのだった――


…『タイムボカンシリーズ』と冠していながら、この作品は他作品と比較して、かなり異なった点が多いです。


1点目はキャラデザ…これ迄はどちらかと言うと劇画(アメコミ?)調デザインだったのが、この作品の場合は「ポップい」感じ。
全体的にコロコロした顔付に見える。
はっきりした理由は解りませんが…実はこの頃、アニメ&漫画界全体で「劇画離れ」の傾向が見えるんですよね…この件については次回で語る予定。
…キャラデザは同じ天野喜孝氏が担当してるんですがね~。

2点目は「男女ペアで戦う正義の味方」から、「男キャラ1人で戦う」様に変った。

3点目は「『大巨神』と言う名の巨大ロボットが登場 」する。

ガンダム』が空前のヒットを飛ばして以来、TVアニメ界は巨大ロボット物に占拠された様な状態となったのです。
ビデオの有る今と違い、玩具を売るしかない時代でしたから…スポンサー会社から「巨大ロボット出せ。出さなきゃ製作費出さん」との命令が下されたんではないかなと。


余談ではありますが、TV巨大ロボットアニメの歴史を振り返って――


1963年…『鉄人28号』…計1作。
1972年…『アストロガンガー』、『マジンガーZ』…計2作。
1974年…『ゲッターロボ』、『グレートマジンガー』…計2作。
1975年…『鋼鉄ジーグ』、『ゲッターロボG』、『グレンダイザー』、『ライディーン』…計4作。
1976年…『グロイザーX』、『ゴーダム』、『ダイアポロン』、『マシーンブラスター』、『ガ・キーン』、『ガイキング』、『コン・バトラーⅤ』…計7作。
1977年…『メカンダーロボ』、『ギンガイザー』、『バラタック』、『ダンガードA』、『ボルテスⅤ』、『ザンボット3』…計6作。
1978年…『ダイケンゴー』、『ダイターン3』、『ダイモス』…計3作。
1979年…『ゴーディアン』、『ダルタニアス』、『ガンダム』…計3作。
1980年…『太陽の使者 鉄人28号』、『ゴッドシグマ』、『トライダーG7』、『イデオン』…計4作。
1981年…『バルディオス』、『ヤットデタマン』、『ゴールドライタン』、『ゴッドマーズ』、『ブライガー』、『ゴーショーグン』、『ダグラム 』…計7作。
1982年…『レインボーマン』、『ゴライオン』、『ダイオージャ』、『イッパツマン』、『マクロス』、『バクシンガー』、『アクロバンチ』、『ダイラガーXV』、『ザブングル』…計9作。
1983年…『ドルバック』、『ゴーバリアン』、『モスピーダ』、『オーガス』、『スラングル』、『サスライガー』、『アルベガス』、『ダンバイン』、『ボトムズ』、『バイファム』…計10作。
1984年…『サザンクロス』、『ゴッドマジンガー』、『ビスマルク』、『ガルビオン』、『レザリオン』、『ゴーグ』、『エルガイム』、『ガリアン』、『ガラット』…計9作。
1985年…『飛影』、『ダンクーガ』、『Zガンダム』、『レイズナー』…計4作。


――と、こんだけの作品が、ブームに乗って制作された訳ですよ。


見ての通り、先ず76~77年に『マジンガーZ』が火付け役となって、第1次巨大ロボットアニメブームが到来。

その後暫し沈静化…しかし『ガンダム』がヒットしたのを期に、再び本数が増加してる。(『マクロス』のヒットも拍車をかけた)
81~84年が第2次巨大ロボットアニメブーム期。
83年なんて計10作…単純に考えるなら、1週間何処かしらの局で巨大ロボットアニメを放送していた事になる。(調べてみたら、月・木は放送して居らず)

…今を考えると、ちょっと信じられない傾向ですね。


こんだけヒットしてた巨大ロボットアニメですが、85年以降、急速に衰退してく……何故か?

これは個人的な推理なのですが…1985年、期待された『Zガンダム』が、今一ヒットしなかったからじゃないかと…。
後年『スパロボ』ゲームで人気出ましたが、当時は旧ガンダムファンにソッポ向かれちゃうわ、あまりの暗さに新ファンも寄り付かないわで、どないもこないもあきまへんがなな様相だったのですよ。(苦笑)

『ガンダム』から起ったブームが、『ガンダム』により終焉を迎えたというのも皮肉な話ですがねぇ。


更にもう1つ理由が考えられる――


1986年、『聖闘士星矢』を切っ掛けに、アーマードスーツものブームが到来。
1984年『北斗の拳』、1986年『ドラゴンボール』…この2作品のヒットにより、格闘ブームも到来。


――と、巨大ロボットアニメに取って替って、新たなブームが起きた事が原因ではないかなと。


衰退したといっても完全に消滅した訳でなく、その後も巨大ロボットアニメはしぶとく生き残っています。

1988年『魔神英雄伝ワタル』が子供達にヒットした事により、ブームが再燃したりもしました。

けどかつての勢いは最早取戻せず…このまま「兵どもが夢の跡」で終るか否かは、これから次第。


……いいかげん話を元に戻して。(汗)


タイムボカンシリーズ初の巨大ロボット『大巨神』は、結構人気を呼んだそうな。

ロボットで在りながら、感動話を聞いて涙を流す等、妙に人間染みた奴でした。
「罪を憎んで人を憎まず」と毎回慈悲深い説唱えつつ、自分の悪口は盗聴器を使ってでも聞き逃さないという、物凄く陰湿な性格のロボットでしたが(笑)、玩具の売行きは良かったそうな。
あまりの陰湿さに、「作品内容は忘れてても、こいつは覚えてる」と言うアニメファンが結構居たり。(笑)






――チャチャチャチャチャチャチャチャチャチャチャチャ♪

ば~んのおかずにハン・バーグ♪

――パッ♪

ヤットデタデタデタマ~~~ン♪

――パララパッパッ♪

横綱得意の小手投げ♪

――パッ♪

ヤットデタデタデタマ~~~ン♪

――パララァ~~~♪

屋ぁ根の上からUFO♪

――パッ♪

ヤットデタデタデタマ~~~~ン♪

――チャチャッチャ~~♪

能あるブゥタは鼻隠す♪

ヤットデタデタデタマ~~~~~ン♪

――ポヨヨヨヨン♪

今月の♪ お小遣い♪

テストの山勘ヤットデタ♪

箪笥の後ろの5円玉♪

ヤットデタデタデタマ~~~~~ン♪

ヤットデタァ♪ ヤットデタァ♪

待ちに待ぁってたヤットデタ♪

ヤットデタマン♪ ブギウギレディ♪

――パンッ♪





EDタイトルは『ヤットデタマン・ブギウギ・レディ』、作詞&作曲は山本正之氏、編曲は乾裕樹氏、歌ってるのは鈴木ヒロミツ氏。

ED映像も歌詞に合せて作られてる点が細かい。
5円玉でも諦めない、その根性が素敵だと思う。


タイムボカンシリーズと言ってますが、この作品、むしろ『破裏拳ポリマー(1974年放映)』のパロディーだったり。

古い作品ですが、再放送を観た記憶が有る。
普段は頼りにならない青年が、ヘルメット被って無敵のヒーローに変るという筋だった。
ヒロインは変身したヒーローに憧れるが、その正体がまさか普段こき使ってる「頼りにならない青年」だとは露知らずっつう。

同じタツノコプロが制作した作品でして、つまりは自作品パロなのですよ。
キャラの声も同じ(故)曽我部和恭氏が演じてらっしゃる。

『タイムボカン』と言うより、『ポリマー』に悪玉トリオが出演してる…そんな感じの作品だったなと。


ちなみに「普段は頼りにならない奴が、変身して強いヒーローとなり戦う」っつう、アニメや特撮でよく見られる設定の元祖は、恐らくジョンストン・マッカレー作の『快傑ゾロ』じゃねーかと思うのだが。





参考)…フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』&月刊『OUT』&タツノコプロ公式サイト。
コメント

なぜ?なに?ハウステンボスその8

2007年04月27日 20時45分24秒 | ハウステンボス雑感
「はい!テンボス博士!
 更に質問が有ります!」

「何かね?ハウス君!」

 
「ハウステンボスでは、昼間あれだけ昆虫を見掛けるのに、夜、街灯の周りに集る光景を見た事が有りません。
 これは何故でしょーか?」

「ふうむ、またもや良い質問じゃな!
 秘密は場内あちこちに在る、オレンジ色したナトリウム灯に有るのじゃよ。」

 
「あのオレンジ色した街灯に?
 一体どんな仕掛けが有るんですか?」
 
「虫は光の波長によって行動パターンを変える性質が有る。
 ナトリウム灯は虫が最も忌避反応を示す事が、研究によって判明しておるんじゃ。
 この街では計527基を設置して、外部からの虫の侵入をガードしているのじゃよ。」

 
「その為にあの街灯は設置されていたんだー!
 僕はただ、暖か味を演出する為なだけかと思ってたよ。」
 
「逆に、虫が好む波長の色で誘って退治するのが、白色の街灯と電撃殺虫器のコンビじゃ。
 電撃殺虫器は、高圧電流を通した棒を柵状に組み、虫が触れたら忽ち電流が流れる仕組みとなっておる。
 殺虫性が高い白色の街灯とワンセットにして、緑が多い別荘地のワッセナーやフォレストヴィラ等で効果を上げているそうじゃよ。」

「ふーん、フォレストパークで蚊をあまり見掛けないのは、そういった工夫をしているお陰でも有るんだね。」

 
「ハウステンボスには沢山の虫が棲んでおる。
 オオシオカラトンボ・トノサマバッタ・アブラゼミ・コクワガタ・モンキチョウ・ツマグロヒョウモン・シルビアシジミ・ツバメシジミ・ミツバチ・ムラサキツバメ・そして絶滅危惧種のコムラサキ等、種々雑多じゃ。
 これらの虫のテリトリーを守りつつ、かつ人間のテリトリーをも守る。
 その為には殺虫剤を散布して廻るのではなく、出来るだけ虫の習性を考慮して遠避ける方法を取る。
 これこそがエコノミーとエコロジーの両立を目指している『ハウステンボス』の流儀なのじゃ!」

「人間のテリトリーと同様に、虫の、鳥の、魚の、植物の、他生き物達のテリトリーも守って行く。
 …そうだね、皆同じ『ハウステンボスの住人達』なんだもんね!」

 
「さて、これにてわしの講義は終了じゃ!
 しかしまだまだハウステンボスの街造りの秘密は尽きておらぬぞ!
 此処から先はニュースタッド『Kirara』館1F『テーマリウム』でもって、特別講義と行こうかの?
 あそこはハウステンボスの街造りの工夫に付いて、タッチパネルや模型等を使い、解り易く教えてくれる施設なのじゃよ。
 どうかね?ハウス君?」
 
「勿論行くよ!
 楽しみだなー♪」



写真はオレンジ広場に設置されてる街灯を撮影した物。
背景の建物は深夜近く迄営業する飲み屋街『アムステルフェーン』。
右側イルミネーション灯してるのはビネンスタッド~スパーケンブルグに架る『スワン橋』。
跳ね橋になってて、日に数回跳ね上ります。
ちなみに小さくぼんやり写ってる白い点は満月です。

自分が聞いたので1番感心した話は今回のものだったり。
照明で虫除けが出来るんだなぁって…此処だけでなく、他の街でも設置して欲しいものです。



GW(4/28日~5/6)、ハウステンボスでは最早恒例、『米村でんじろう科学博2007』なる、サイエンスショーが開催されます。
楽しびっくりな実験が繰広げられ、親子連れにぴったりのイベントでないかと。
米村でんじろう氏は書籍で知ってる…「割れないシャボン玉実験」なんか、以前実際やってみたけど楽しかった。
要は洗剤液に砂糖混ぜれば割れ難くなるのですが、その分量が多ければ多い程強度が増す。(洗剤液の半分近くまで増やせる)
実験時は外でやった方が良いですよ…あちこちベタベタなっちゃうから。(笑)



【ハウステンボスと私の馴れ初め話その8】

前回の続きです。

2度目のハウステンボス旅行は、一転して印象深いものとなりました。

降り立った佐賀空港は長崎空港以上に小さいものでした。
開港したばかりとは言え、土産屋なんて殆ど無し。

その後電車で行こうかと駅迄来たのですが、どうにも連絡が悪いんで、仕方なくタクシー使って行く事に。
乗ったタクシーの運ちゃんに、「今日初めて乗せたお客さんですよ」と言われてしまったり。
開港して客増えたかっつうとさに非ず、毎日3~4組も乗せれば良いトコだそうで…空港造った意味無ぇ~。(泣笑)
地方の運ちゃんらしく、実にのんびりした良い方でした。
行く間中、色々観光案内してくれたし、こちらの質問に答えて下さった。
「佐賀駅の付近に電柱が建ってないのは何故か?」っつうのも、この時訊き、教えて戴いたもの。

ハウステンボスに到着したのは正午頃。
着いて直ぐ全日空ホテルに荷物お願いして、1Fのカフェテリアで昼食にしました。
此処のカフェテリア、フロアが小さいですが、メニューが思ったより幅広い。
子供好きのするメニューが多いし、比較的リーズナブルなんで、家族連れには案外お勧め。
8:30~22:00迄営業してくれてるのも便利。
隣に土産コーナーやゲームコーナー、コンビニ迄在るし、場内ホテル宿泊してても、毎回時間待ちに利用してます。

食べ終っていざ入国。
前回アミューズメント施設は制覇しちまったんで(笑)、今回はもういいかと美術館中心で廻りました。
先ずは『テディベアキングダム』寄って、次は『エッシャーマジックライド』に乗った。

『エッシャーマジックライド』は、現在『フィッツ』が店開いてる所に、期間限定で公開してたんですよ。
特設らしく安っぽい造りではありましたが、中々面白かった。
エッシャー画の世界にライド乗って入って行く様な感じでね~、正直動きが感じられる分、『ミステリアスエッシャー』よりも面白く感じてしまった…。(好きな方御免なさい。いや本当、嫌いじゃないんですよ、『ミステリアスエッシャー』も)(汗)
実際人気高かったらしく、99年10月末迄の公開予定だったのが期間延長になってた。
お陰で自分も楽しめた訳で、運が良かったなと思う。

その後キンデルダイクで花愛でて、入国口迄戻って2階建てバスに乗りました。
この時代、2階建てバスなる乗物が場内を走ってまして、パスポート利用してブルーケレン~スパーケンブルグ迄ノンストップで乗って行けたのです。
幌の掛かる2階から観ると見晴しが頗る良かったですよ。
オープン席だから風も心地良かったしね~、環境に気を遣い、運行しなくなったのは残念。
まだクラシックバスは現金のみの利用に限られてたんで、有効な足として重宝してましたです。

パレス美術館ではオランダ絵画展やってました。
薔薇はもう散っていたと記憶している。(12月上旬だったし)
てゆーか薔薇園って、2000年頃迄のガイドには載ってないのですよね。
何時頃から造られた物なのか…。

そんでこの頃はクラシックバスの停留所が、パレス前門側にも立てられてた。
現在駐輪所の置かれてる付近です。
あそこにおじさんが立ってて案内してたのだ。

前回ひたすら廻って足に来た事を反省し、現金払ってでも交通機関を利用する事にする。(200円位なら安いもんだって…)
待ってる間、おじさんが人懐っこい笑顔で話し掛けて来なさった…九州弁で。(笑)
カッチョ良く洋風のコート着込んでたんで、妙なギャップを感じ笑ってしまった。(無論、心の中でですよ)

「もう光の宮殿は観たか?」と訊かれたんで、「今日来たばかりで未だ観てない。それは何ですか?」と訊き返す。
「このパレス全部を照明で光らせるんですよ。今年のクリスマスから始めた企画です。是非御覧になって下さいよ」と。

…それは良い事伺った。(いやハウステンボスニュースに載ってたのだけど、きちんと読んでなかったもので知らんかったのだ)
是非後で観に行きますと力強く答える。
バスが来て乗る際に、おじさんが瞳輝かして仰ったのですね~。

「此処は新しか街なんったい!」

ああそうかと…この一言で、漸くハウステンボスの正体が掴めた気がしたのです。(笑)
成る程、それならテーマパークと言うより遊園地として今一な理由も解る。
てゆーか既存のテーマパークと同じ目で見ちゃいけないんだと、初めて理解出来た。

バスに乗ってビネンスタッドで降ろして貰う。
ちなみに当時はバス停の数が今より多かったです。
確かワールドバザール前にも停まったと記憶している。

降りたら丁度広場でクリスマスソングメドレーをやってました。
折角だからと、じっと観賞。
この時歌って踊ってた方々が非常に巧く、またフォークロア調の衣装が素敵でね~。
最後はサンタクロース(聖ニコラスと呼ばれてた)が登場して、観ていた子供達にプレゼントを配るというショーで御座いました。

観終って『ギヤマンミュージアム』に入館。
此処は硝子の美術館でして、目玉は吹き抜けのホールに吊るされたバカラ社製のシャンデリア。(ふくちゃんのブログにも、下から横から観た写真が載ってますです)
入ると案内のお姉さんから、「もう直シャンデリアに明りが点りますよ。是非御覧になって下さい。」と薦められる。
またもや良い事伺ったと、館内巡った後でじっと待つ。
17時にキラリラリンと美々しく点されました。

前回と違い余裕持って廻ってたから、色々と声かけて貰い易かったようで。(笑)
色々気付かされる事多かったです。

ニュースに「17:30~アレキサンダー広場で『光のセレモニー』が行われる」と書いてあったんで、美術館出た後も広場付近で待ってました。
母は喉が渇いたっつって紅茶を買いに。
自分の分も頼み、野外席温めてました。
したら中々戻って来ない。
ショー開始して数分経ってから戻って来たんで、何処まで行ってたのか訊いたら、「直ぐそこの『グーテンアペティート』って店だけど…そこの店員さんがやたら親切で、ティクアウトの紅茶頼んだら、『茶葉が開くまでお待ち下さい』って言われちゃって…!」とのたまった。
……紙コップに淹れて出す紅茶で、「茶葉が開くまで待つ」とは、あまりにも丁寧過ぎる対応な気もするけど感動しました。(笑)
この時食べたマフィンが美味しかった…今は無くなっちゃったけど、あの味は恐らく忘れられん。

ショーはとても感動的なものでした。
光の精に扮した歌手&ダンサーが、サンタと共にクリスマスソング歌って、ラストで広場の明りをいっぺんに点すだけなんですけどね。
『牧人羊を』だったかな?
出演されてたソプラノ歌手の方、とても歌が巧かったです。
皆雪の様に真っ白な衣装纏ってて、蝋燭を掲げた瞬間、広場が眩い光に包まれる。
インパクトでかかったですよ~。
未だドムトールンは現在クリスマスに観られる物よりピカピカ光ってなかったけど、話も何も無くただ歌だけだったけど…解り易かったし、未だに印象深く残ってるなぁ。

ショーに感動した自分は、引続き18時~の『光の宮殿セレモニー』も観に行きました。
おじさんが是非にって薦めてくれたショーだもの。

広場の点灯式も素敵だったけど、パレスの点灯式は更に素敵でした。
点灯式は後庭で行われましてな。
広場同様、光の精とサンタが庭に降り立ち、「聖しこの夜」を歌った後でいっぺんに明りを点すのです。
光輝く幻の庭園を初めて観た時は、そりゃあもう感動に胸が震えましたですよ。

その後庭園をぐるりと散策して、夕食は『楼蘭』にてとりました。
案内されたのは運河を見下ろす窓際席。
食べてる途中でパッと店内の照明が落とされましてな。
「何だろう?と」思ったら…運河で何かやってる。
『カナルファンタジア』っつって、屋根に照明点したカナルクルーザーが、音楽に合せて運河をダンスするっつうショー。
操舵技術相当必要だと思うんですが、実に軽やかに、クルクル回って踊るんですな~。
昔の車のCMで、車が音楽に合せて躍るっつうのが有りましたが(「街の遊撃手」なんてキャッチコピーで)、それの船バージョンと想像して下されば。
最後は水上スキーや花火も加わって、非常にハウステンボスらしい、優雅で華麗なショーでした。
願わくば復活して欲しいけど…難しいかな。
店内に居るお客さん全員、窓際に集まって拍手送ってましたよ。(笑)
食べた蟹炒飯の味にも感動した。
あんだけ美味い炒飯は、そうそう食べた事無いです…今の楼蘭の炒飯も美味しいとは思いますが。(値段考えると充分満足出来る味かと)

夕食終って外出たら…なんと雪が降って来た。
「花火やるのかしら?」と不安に思ったけど、前回雨でもやったらしいしな~と信じて待ちました。
寒かったんでグランキャフェ前の露店バーでホットカルーア買って、海に面したオレンジ広場で呑んで待ちましたよ。
あの日は寒かった…店入って「長崎だから暖かいかと思ったんですが、雪降るの案外珍しくなかったりします?」と伺ったら、「いや~、珍しいですよ!」と笑って答えられました。
店員さんも「寒か~!!」って九州弁で震えてらしたもんな~。(微笑ましい)

時間になって花火は無事打上げられました。(その前座のレーザーショー『サウンドギャラクシー』も綺麗なショーでした)
この時の花火がまた美しかった!
晴れた日より、曇って雨や雪降ってる方が、花火やレーザーが反射し、綺麗に観えるんですよ。
落ちて来る雪と火の粉が混じり合って、まるで光の雪の様に観えました。
あの日観た感動が忘れられなくて、私は今でも花火だけは欠かさず観るようしてるのですよ。

泊ったホテルの部屋も、前回とは違ってパークに向う部屋。
高層から見下ろす、雪の中の光の街は、この上なく幻想的で御座いました。
広さも28㎡しかなかった前回と違い、38㎡も有りましたもん。
広々のんびりさせて戴きましたよ。(笑)
今は余程の混雑時期に当らない限り、最初からパークビュールーム設定してある旅行プランばかりですね~。
此処のホテルの最大的売りは、「ハウステンボスを窓から見晴らせる」事でしょう。
これは場内ホテルに宿泊して居ては味わえない点ですから(富士山の裾野からだと却って絶景が観えないように)、宿泊時はパークビュールームを是が非でも指定されて下さいまし。

雪は朝まで降り続きました。
朝、雪に煙る街が、実にメルヘンしてて、浪漫を感じましたです。
…帰りの飛行機が無事飛ぶか、不安には感じましたが。(笑)
これも幸運な事に、長崎空港は雪積ってたらしいんですが、佐賀は晴れてたんですよ。
なので無事時間通りフライト出来ましたです。

とまぁこんな感じに、2度目のハウステンボス旅行は、一転して記憶に残る旅となったのです。
そしてこの時訪れて以来、ハウステンボスにぞっこん惚れた私は、毎年行くようになったのでした。

ハウステンボスがハウステンボスらしい味を見せるようなったのは、開園してから数年後なんじゃないかと思うのですよ。
だからもし開園したばかりの頃訪れただけだと言う方は、願わくば再度訪れて下さればなぁと思う。
きっと当時は気が付かなかったものに気が付くから。

…所で今回昔の写真等引っ張り出して解った事ですが…私、今迄1度目2度目と年続けて訪れてた気で居たのですが…実際には97年、2000年と、3年離して訪れてたのですね~。
記憶っていいかげん…。(多分98、99年版のガイドブックを買って持ってたんで、その年にも行ってると誤解したんじゃないかと…散々と思いながらも、行く気は失ってなかったのね、自分…)

……いやでも調べてみたら、佐賀空港が就航したのは98年だ……だとして↑の記憶は2度目に行った時ではなく、3度目か4度目かに行った時のものかも…?

………段々不安になって来ましたが、まぁ兎も角↑で挙げた様な体験を重ねてく内に、嵌って行ったんだなって考えて下されば。(汗)

実は2000年~メモを付けるようなりましたが、それ以前はメモ付けてないんですよ。
この頃はデジカメ持ってなかったし、正直2000年以前の記憶は遠い彼方に飛んでます、御免なさい。(汗)


有耶無耶の内に【完】



そうそう、まったりさんのブログに可愛い写真がUPされてたんで、紹介させて貰います。
今年はベビーラッシュらしい…嬉しいな♪
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歌え!!アニソン!!~あしたのジョー2~

2007年04月23日 21時27分35秒 | アニソン
――2日続けてボクシングアニメ。





ベベンベベン…♪…ツッチャンツチャン…♪…ツッチャンツチャン…♪

ベベンベベン…♪…ツッチャンツチャン…♪…ツッチャンツチャン…♪

ベベンベベン…♪

お前のぉ…夢を見た…♪ベベンベベン…♪…ツッチャンツチャン…♪…ツッチャンツチャン…♪

思い出が・聴こえる…♪…ツッチャンツチャン…♪…ツッチャンツチャン…♪

俺の青…春だった…♪…ツッチャンツチャン…♪…ツッチャンツチャン…♪

お前の…♪…ツッチャンツチャン…♪ 歌…♪…ツチャン…♪ ミッナイッ…ブルース…♪…ツッチャンツチャンチャチャン♪

ヘイヘイヘイブルース…♪(ミィーッドナイッブルース…♪)

まるでジャンキーなブルー…ス♪(ミィーッドナイッブルース…♪)

お前の…シャウトはぁ…♪(フーー…ウーー…♪)

人の胸を揺すぅ…るぅ~♪(ウーッ♪ ウーッ♪ ウーッ♪)

きぃずついたあ~いつがぁ~♪(ミィーッドナイッブルース…♪)

クレイジークレイジなブルース…♪(クレーイジナイッブルース…♪)

ミィーーーッドナイッブルーーース♪

聴かせてやりな…♪(イエーイッ♪ イエーイッ♪)

ヘェイ…ヘイヘイブルース…♪(ミィーッドナイッブルース…♪)

今もローリンザブルー…ス♪(ミィーッドナイッブルース…♪)

お前のぅ…あ・さがぁ…♪(ウ~…トゥルルル~…♪)

わっ…すれられなぁ~…い♪(フゥーッ♪ フゥーッ♪ フゥーッ♪)


お前のぅ…あ・さがぁ…♪(ウ~…トゥルルル~…♪)

わっ…すれられなぁ~…い♪(イエーイッ♪ イエーイッ♪ フゥーーー…♪)





1980年10/13~1981年8/31迄、日本TV系で放映。
制作は東京ムービー新社。

OPタイトルは『MIDNIGHT BLUES』、作詞&作曲は荒木一郎氏、編曲はチト河内氏、歌ってるのは荒木一郎氏。
実はこれ、2番目のOPだったり…個人的好みでこっち採り上げました。(照笑)

渋いんですよ…歌が…それに付けられた映像も実に渋い!
夕陽に染まるゴミ集積場の中、ジョーが廃車乗って戯れるシーンが、自分的お気に入り。
一部1番目のOP映像を使い回してたりするんですが、作品の雰囲気により合ってるのは2番目の方だと感じる。
あましOPらしいOPじゃない…どっちかっつうとEDっぽいんですがね。

今、MX東京局で放送してる。
26話ホセ編から、このOPにチェンジ…それこそさっきまで丁度放送してた。


昨日紹介した『がんばれ元気』とは正反対に、こちらはやさぐれた少年『矢吹丈』ことジョーが、元ボクサーの『丹下段平』からボクシングのセンスを見込まれ、次第にボクサーとしての道を歩き出す青春ボクシングアニメで御座います。

原作者『梶原一騎(高森朝雄名義)』氏によると、スポ根もの狙いじゃなかったそうだ…が、これが「スポ根」に入らないと言うのなら、『エースをねらえ!』だって「スポ根」に入らないだろうよ。(笑)

漫画は当時からして巨匠扱いを受けてた『ちばてつや』氏。
原作をただ貰うだけでなく、自身も積極的に話作りしてたらしく、あの「真っ白に燃え尽きた」オチは、ウィキペディアによると『ちばてつや』氏の案だそうな。


ちなみにアニメ第1作目は1970年4/1~1971年9/29迄、フジ系で放映されていました。
放送中に話が原作に追付いてしまった事から、一旦TV放映打ち切り。(人気は滅茶苦茶高かったそうな)
その後映画(1980年3/8公開)を挟み、引続きTVでも第2作目が放映…但し、第1作目制作に当ってた『虫プロダクション』が1973年に倒産してしまってたので、制作会社は変更せざるを得なかったと。


監督(チーフ・ディレクター)は変らず『出統』氏が担ってるんですよ。
初代『エースをねらえ!(1973年放映)』・『ベルばら』・『ガンバ(1975年放映)』等、その類稀な演出センスでアニメファンの間では有名な方。


――人呼んで『止め絵の出』!


此処ぞの決め場面では、迫力の有る劇画で動きが止まる。
透過光で表現されたゲ○が光る。

氏の表現はあまりに独特なもんで、多数の業界人に真似されて居られる。(特に押井氏から)
素人目で観ても解る所が凄いかと。


所で今や伝説化してるあの「真っ白燃え尽きオチ」…あれは結局死んだのか?死んでないのか?
ア○になっちまったのか?なってないのか?

……未だもって謎なのですが。

ちば氏は死んだと名言して居られないようなので、ボクシングから身を引いただけなのかも知れない。


ひょっとしてその後、今TVで流れてるCMよろしく、サラリーマンに転職してたりして。

某体に良い系飲料水のCMなんですが――


仕事疲れで真っ白に燃え尽きたジョー。
そこへ段平のおっちゃんが、デスクの下から件の飲料水持って、「立つんだ!!ジョー!!」とこっそり現れる。
飲んで復活したジョーは、また元気に取引先(?)に電話するっつう。


――そんな何となく切ないCMです。(笑)


最近かつてのアニメヒーロー達が挙ってCM出て来るようなって、ヒーローも年取ると大変だなぁと、懐かしさと同時に切なさが胸に込上げたり。(笑)
しかも何故か後日談的なCMが多いから…逞しいママになってバーゲン会場にアタックする『鮎原こずえ』とか、呑み過ぎ食べ過ぎて胃腸液用いる『ピョン吉&ヒロシ』とか。


数十年後、ワンピースキャラも全員年取った姿で、CMに出されるかもねぇ。

皆して会社勤めでスーツ着て、ルフィは背広の上に変らず麦藁帽子被ってて、ゾロはボールペン三刀流持ちしてシャカリキで企画書仕上げてて。


「そんじゃ会社訪問行って来るぞ!!ナミ課長!!」
「ルフィ!!今回あんたが回る予定のトコは、我社にとって大口の取引先ばかり…粗相は許されないわよ!!」
「おう!!任せとけ!!」


ナミ敏腕課長が栄養ドリンクをバシッと投げ付ける。
キャッチして1口含んだルフィ新米社員はパワー全開、勢い良くゴムの反動付けて窓から飛び出した。

元気にビル街の上翔けて行くルフィの姿を、ロビン美人社長は「しっかりね、新米君v」と、社長室で優しく微笑み見送るのだった…。


――伸び盛りの新米君に、この1本!

『○○○○○D』――飲んで、勝て!!


…こんな感じのCM観た日にゃ、胸が切なさいっぱいに満たされちまうような気がする。(笑)

けど『コナン』と『ワンピ』は、将来的にも数本のCMに採り上げられそうだよな…どっちも長年に渡って連載・放送してる事で、幅広い年代に知られてる作品だから。


…考えてみれば、アニメキャラが年取って登場するのは、かつて観ていたファンが年を取った事に合わせてそうしてるのだろな~~と。

…感じる切なさは、年取ったアニメキャラに、年取った自分を重ねて観るからかもしれない…。(苦笑)



参考)…フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』&東京ムービー公式サイト。




【おまけのWJワンピ感想】

「何!?Wサンジ登場だと!?」
「おい!聞いてるのか!?」
「すいません、聞いてませんでした。」


――という訳で、サンジが2人に増えたようです。


「予想外だ。」(そうでもないけど…)


エロサロムVSサンジの可能性が濃くなったな~。

羽の生えたロビンちゃんに、劇場版エヴァの「綾波」を思い出してしまった。

…誰かイラスト描きません?(笑)
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歌え!!アニソン!!~がんばれ元気~

2007年04月22日 20時20分40秒 | アニソン
――日本人は下克上が好きだから…。





――トンッ…♪トンッ♪トン♪

――トンッ…♪トンッ♪トン♪――ルルルルル~~♪――パラララララ~ラララララ~~♪

――パッパパッパァ♪

ほっほっほっとぉ~~♪(ほほっ♪)――ペレ~ンレレレレレレ~~♪

声が・すぅるぅ~~♪――ペレ~ンレレレレレレ~~♪

シュッシュッシュッとぉ~~♪(シュシュッ♪)――ペレ~ンレレレレレレ~~♪

風がぁ鳴るぅ~~~~♪(ウゥッ♪ウゥッ♪ウゥッ♪ウゥッ♪ウゥ♪ウゥ♪ウゥ♪)

しんしんしぃろぃ~~~♪――パパパラパパァ~~♪
(ア~~~~~~~~~~~♪)

あ・さ・のぉ道ぃ~~~♪――パァーーーー♪
(ア~~~~~~~~~~~♪)

青春~~のゆぅめがぁ♪ 駆けて行くぅ~~~~♪――ペレレレレレレレレレ♪

「……ファイト!ファイト!ファイト!ファイト!ファイト!ファイト!ファイト!

――パラパパァ♪

燃・え~る・拳ぃに♪ 全てを懸ぁけたぁ~~~♪(フ~~~ウ~~~~♪)

ファイト!ファイト!ファイト!ファイト!ファイト!ファイト!ファイト!

ひぃとぉ~~りぼっちのぉ♪ 瞳が熱い~~~♪

ファイト!ファイト!………」

――タ~ラァ~ラァ~ラァ~~~♪

と~お~さぁんの道♪ キラキラのぉ道ぃ~~~♪(フ~~~ウ~~~~♪)

チャンピオーン目ぇ指しぃ~♪ 駆けのぉぼるぅ~~~~♪

――パラパパパッ♪

元~~気♪ 元~気ぃ♪

風ぇ~になぁ~れ♪ 元~気ぃ~♪

――パラパパパッ♪

元~~気♪ 元~気ぃ♪――シュルルル――パッ♪

雲にぃ~乗ぉれぇ~~~~~♪

――チャチャチャチャチャッ♪


元~~気♪ 元~気ぃ♪

風ぇ~になぁ~れ♪ 元~気ぃ~♪

――パラパパパッ♪

元~~気♪ 元~気ぃ♪――シュルルル――パッ♪

雲にぃ~乗ぉれぇ~~~~~♪

――パァ~~~~♪ラァ~~~~~~♪





1980年7/16~1981年4/1迄、フジTV系にて放映。
東映動画(現・東映アニメーション)が制作したボクシングアニメ。

原作は小山ゆう氏が『週刊少年サンデー』で1976年~1981年にかけて連載していた同名の漫画です。

OPタイトルは『風になれ!』、作詞は海野洋一氏、作曲は森田公一氏、歌ってるのは堀欣也氏とこおろぎ'73、ザ・チャープスの皆様。


――「万年6回戦」のプロボクサーと呼ばれていた父親『堀口秀樹』の影響を受け、5歳からボクシングを始めた『堀口元気』。

何時か父と共に世界チャンピオンになる事を夢見て、秀樹と共に朝から晩までトレーニングに汗を流していた。

しかし秀樹は、後に世界チャンピオンとなる天才ボクサー、『関拳児』との死闘の末、死亡してしまう。

母親『美奈子』を疾うに亡くしていた元気…独りになってしまったそこへ、美奈子の父母『田沼樹三郎』と『愛子』が、残された元気を田沼家の跡取りにしようとやって来る。

実は祖父樹三郎は大金持ちの資産家で、娘の美奈子が死去後、秀樹とボクシングを憎んでいた。

しかし元気は祖父母の反対を受けながらも、父が果たせなかった夢を叶える為、密かにボクシングの練習を続ける――


…え~最初にお断りを……実は私、このアニメ、1度も観た事有りません。(汗)
どころか原作の漫画も殆ど読んだ事が無いという。(汗々)

じゃ何故採り上げたかっつうと、OP映像がメチャクチャ綺麗だったから!!
歌ってる人は失礼ながら、そんな大した事無く感じるんですけどね。(好きな方済みません)
けど映像は実に素晴しい…この頃迄に放映されたアニメの中で、ピカイチかもしれないと個人的には思う。

未だ子供の元気が父親とランニングして道を行くシーン、移り変わってく景色の表現が巧いのです。(特に秋のシーン)


制作スタッフ見たら、チーフディレクター『りんたろう』氏、キャラ設定『小松原一男』氏、美術(背景)『椋尾篁』氏……映画『銀河鉄道999』・『キャプテンハーロック』で名を売った豪華スタッフ陣ですよ。
…言われて観れば、確かに背景の感じがそっくりだなぁと。(笑)

未だボクシングアニメ(漫画)ったら『あしたのジョー』が挙がる時代、敢えてその逆行って新機軸を打ち立てようとしたらしく。
昔のアニメ製作会社は、意欲的だったんだなぁと感心してしまいます。


ただ残念ながら視聴率あんま良くなかったらしく、全35話で打切りされちゃったみたいなんですよ。
漫画は5年間連載してる所見ると、人気は高かったんだろうと思うのですが…。

日本人は「下克上」が好きなんだろうなと。
ブルジョアよりビンボーな人間が成り上るドラマに魅せられる民族なんじゃなかろうかと。(笑)
日本人と言うより、日本の団塊世代が、そういう傾向強いのかも…文藝○○社が取ったアンケートによると、人気漫画1位は『あしたのジョー』だそうだし。


ただ「新機軸を打ち出したい」っつう熱意は、決して無駄にはならなかったんじゃないかな~と。
「屈託無いスポーツ漫画主人公」というのが、この後少年漫画雑誌で少しづつ台頭し始めましてな。

この『がんばれ元気』や『Go☆シュート(みや たけし氏作、1979~1980年迄、週刊少年ジャンプにて連載)』等を起点に…今では「屈託無い」主人公の方が、スポーツ漫画では幅利かせてるよう思えるのだ。

私の友人も、この漫画の影響でボクシングに興味持ったらしく。

そいや「ほっほっほ…!」と言うランニング時の掛け声は、この漫画からの表現かも知れない…。(違ったら御免)





――キラン…♪

キィン…♪ポロポロポロポロ…♪

街がぁ…♪ 静かに目覚めぇ…♪――キィン…♪コォン…♪

暖かなる夜明けの窓ぉ…♪――キィン…♪コォン…♪

白い…♪ 僕の部屋にぃ…♪――キィン…♪コォン…♪

思い出ぇ~~が駆け巡るぅ~…♪――チチチロリン♪

故郷ぉ♪ 懐かしい♪ 顔ぉ~~~…♪
(ウ~~♪  ウ~~~~♪  ウ~~~~~~♪)

――チャチャッチャッチャチャッ♪――チャーーー…♪

で・も・ぼ・く・はぁ~♪ ふりか・えら・ない~~~♪ ――ペッペレレンペ~~ン♪

父さ・んも・見た・ゆ・め・が・有るぅ~~~♪――ペッペレレンペ~~ン♪

まっしぃろなぁ~~♪ リングへ続くぅ道ぃ♪
(ウ~~~♪ウ~~~♪  ウ~~~♪ウ~~~~♪)

ひぃとりぃ♪ はぁしりぃ♪ 続けるぅだけぇ~~~♪
(アーーーーーーーーーーー…♪ アーーーーーーーーーー…♪)

今日もぉ~~♪ 明日もぉ~~~♪

今日もぉ~~…♪ 明日もぉ~~~~~…♪

――ペェン…♪ペェン…♪ペェーーー…ン♪





EDタイトルは『まっ白なリングへ』、作詞は海野洋一氏、作曲は森田公一氏、歌ってるのは堀欣也氏とこおろぎ'73、ザ・チャープスの皆様。

観てないのになしてエンディングまで採り上げるかっつうと、やっぱり映像が綺麗だったから。
普通エンディングって、殆ど動かないもんなんですよ。
1枚イラストをゆ~~~っくりズラしてって…みたいなもんが多いの。(今でもな)

なのにこの作品の場合、オープニング並に動くんだな。(凄ぇ)
雨宿りのシーンが特に素晴しい…滲んだ様なモノクロ調の景色が、雨の雰囲気醸してまする。


『ウィキペディア』によると、視聴率が芳しくなかった理由は、裏で放映してたのが当時人気博してたクイズ番組『霊感ヤマカン第六感』だったからだそうな…。

ああ…ああ!…観てたわ、それ!
そうか、だから自分、知らないんだ!(笑)


ウゥ♪ ウゥ♪ ウゥ♪ ウゥ♪ レ・イ…カン♪
ウゥ♪ ウゥ♪ ウゥ♪ ウゥ♪ レ・イ…カン♪

ウゥ♪ ウゥ♪ ウゥ♪ ウゥ♪ ヤ・マ…カン♪
ウゥ♪ ウゥ♪ ウゥ♪ ウゥ♪ ヤ・マ…カン♪

ウゥ♪ ウゥ♪ ウゥ♪ ウゥ♪ ウ~ウ~~♪ ダイロッカ~~~ン…♪

ウ~~ウ~~ウ~~ウ~~♪ レ~~~イカ~~~ン♪
ウ~~ウ~~ウ~~ウ~~♪ ヤ~~~マカン~~~♪

パヤッパ♪ パヤッパ♪ パヤッパァ♪

ダイロッカ~~~~ン♪


…テーマソング、未だ歌えますよ。(笑)

タイトル通り、勘で答え当てると言う、中々カルトチックなクイズ番組でした。
明石家さんま氏が有名になる足掛り(その後『ひょうきん族』で国民的人気を獲得)となった番組でないかと…今思えば。




参考)…フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』&東映公式サイト。





…3たてされたと思ったら、3たてしたり…今年の鷹の調子は今一解らんな~。(汗)
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なぜ?なに?ハウステンボスその7

2007年04月21日 21時00分03秒 | ハウステンボス雑感
「はい!テンボス博士、質問が有ります!」

「いきなり何かね?ハウス君!」

 
「ハウステンボスには電柱・電線が1本も無いけど、電気はどうやって送ってるんですかー?」
 
「良い所に気が付いてくれたのう!
 ハウステンボスでは『共同溝』と言うトンネルを地下に埋設しておって、この中に上水・中水・下水配管・電話・防災・情報システム等の配線・冷暖房の為の蒸気や冷水配管・そして高圧から低圧電線まで全て張り巡らしておるのじゃよ。
 共同溝の総延長は約3.2㎞、その幹に当る部分の断面は縦2.5m、横6mと巨大で、大人が立って歩ける程の物なのじゃ。」


「ふうん、地下に全て集めると、何か良い事有るのかなぁ?」
 
「先ず景観が良くなるじゃろ?
 そしてメンテナンス時の効率を良くもするんじゃ。
 ハウステンボス内の全システムはコンピューターで管理しておるのじゃが、万一何か有ったとしても、メンテナンス担当の人間は、この全システムを纏めた1ヵ所のみを歩いて検査して廻る事が出来るのじゃ。
 電柱を一々登る苦労も無いし、配線の取替え工事や増設等の場合も、1ヵ所に纏めてある分だけスピーディーかつ安全に行える訳じゃよ。」

 
「此処の地下にそんな秘密が隠されていたなんて、知らなかったなぁ。」

「阪神大震災勃発時、酷い火災に見舞われたが、出火原因の多くは『電柱が倒れて切れた電線がショートした為』であったらしい。
 電力会社としては、震災直後の住民の不安を取り除く為電気を直ぐに復旧させた事が、仇となってしまったという事じゃな。
 この件以来震災に見舞われた時は、電力会社は一時電力の供給をストップさせる事にしたのじゃよ。」


「縦に立ってる物は、何時か倒れるものだしねぇ。」

「安全を守る大事なシステムは、あちこち散らさず懐深く1ヵ所に纏める。
 これがハウステンボスのポリシーなのじゃ。」




佐賀の駅前にも電柱が無いのですよ。
佐賀でタクシーの運ちゃんに聞いた所、市にて実験的な意味を込めて導入したらしいです。
そして現在、東京もオリンピック誘致を目指して、後十年以内に街から電柱を無くそうと計画立ててるらしく。

地震の多い日本は安全面を考えるなら、電柱を無くす方向へ行った方が良いだろうなと思います。

ちなみに阪神大震災時の出火原因の中で「へ~!」と思ったのが、「マッチ箱を1つに纏めて箪笥の中に入れて置いた為、地震の揺れでマッチ箱が擦れ合って着火」というもの。
という訳でマッチは纏めて保管しないようにしましょう。



写真は同じくニュースタッド地区『Kirara』館テーマリウムに展示されてる『エネルギープラント』の説明モデル。
『エネルギープラント』とは、名前通り場内にエネルギーを供給してるプラントです。
ハウステンボスのエネルギープラントは、1種類のエネルギーから2種類以上のエネルギーを取出す『コ・ジェネレーション・システム』を導入しているそうで…いや言葉だけじゃどんな仕組なのか解らんのですが。(汗)
サイトで読んだ説明によると、ガスタービン発電機を回して自家使用電力を得ると同時に、発生した排出熱で蒸気を作って冷暖房に利用する…そんな仕組だそうです。(御免、私、文系だから…)(汗)

…しかしこのシリーズ…地味な写真ばっかだね…。(苦笑)



【ハウステンボスと私の馴れ初め話その7】

昨日の続きです。

2度目に行ったのは…『光の宮殿』が誕生した年だったと記憶してるんで、多分2000年頃…だったかなぁ?
佐賀空港が開港した頃だったかと…そのキャンペーンで、「ハウステンボス全日空ホテル1泊2日で3万幾ら(しかもパーク側のハーバービュールーム)」なんてのが出てたんですよ。
当時全日空ホテルの部屋をパーク側にグレードアップするのには、5,000円余計に払わねばならなかった。
その割増料金無で3万幾ら、こいつは安い!
即決定、またもや家族で行く事になりました。(友人達は2度ケチが付いた事で、行くのを渋った)

但し利用するのは往復とも佐賀空港…開港記念キャンペーン商品だった故、当り前で御座いますがな。
後で佐賀のタクシー運ちゃんに聞いたら、お客を呼ぶ為に佐賀県民の皆様から徴収したお金を、部屋のグレードアップ料金に充ててたそうな…県民の皆様の血と汗と涙の結晶で贅沢させて戴き済みません。(汗)

旅行前に前回の失敗の理由を考えてみる…。
加えて参考になるかと、自分の周りに居る「詰らない」と言った方からも、どんな風に廻ったかを詳しく訊ねたのでした。

したら興味深いデータが得られましてな。

5人が5人とも「アミューズメント施設中心に廻ってた」のだ。
しかも5人とも、長くて1泊2日…長崎ツアーの中で数時間なんて方も居った。
宿泊は場外、パスポート分元取ろうと、必死になって色々巡ったっつうのも同じ。

「ディ○ニーの様に、サービスが徹底されてない」っつう意見からも伺えるように、要は「ディ○ニーを求めていた」訳ですよ。(笑)

ディ○ニーの様なパークだと思って行ったら、ディ○ニーの様にファンシーに迎えてくれない。
ファンシーなキャラも全然闊歩してない。
施設も土産もメニューもホテルもサービスも何もかもファンシーじゃない。

だから「テーマパークとして徹底されてない」と怒ってた訳ですね~。
翻って当時の自分も…そんな風な事を残念がってた様な記憶が無くもない…。(苦笑)

逆に「ハウステンボス?行ったけど結構良かったよ!」と仰る方を、1人だけ見付けた。
詳しく訊いたら、行った季節はチューリップ祭の最中で、宿泊したのは場内。
同じく1泊2日ではあったけど、この方、刺激の強い施設は苦手で、他パークでも行った事無いそうな。
それでパレス美術館等中心で廻ってたんだと。

そんでまぁ…これはひょっとしてディ○ニーノリで行っちゃ拙いんじゃないだろかと。
前回の旅行でアミューズメントは粗方廻ったのだし、今度は未だ廻ってない美術館中心で行こうと計画立てた。

行く日取りは12月の上旬、クリスマスシーズン真っ只中。
こうして私のハウステンボス・プレイバック・プロジェクトは始まったのでした。


【続】
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なぜ?なに?ハウステンボスその6

2007年04月20日 20時56分54秒 | ハウステンボス雑感
記事の前にブクマ変更した事の御報告~。
さやさんが源義経最愛サイト『96組』を開設したという事で、新たにブクマに入れさせて戴きました。

義経最愛ブログ『判官びいきな僕たち』も、サイト内コンテンツの1つです。

優しく可愛いイラストも素敵ですが(個人的には『平泉の青春』が良いなとv背景の桜と若かりし頃の義経が絶妙にマッチしておられる)、小説・漫画・ゲーム等から義経探してレビューを書く企画、その名も『義経生活』が面白く!(主人公ではないが、高橋克彦氏作『炎立つ』の義経もお薦めだぞ、さやさん)

他に義経を巡る旅の紀行文等々、義経大好きな方には楽しい企画いっぱい♪
是非御訪問下さいませ!

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…それでは以下よりハウステンボスの話です。




「今回はハウステンボスに有る、海水を真水に変える『海水淡水化装置』についての話じゃよ、ハウス君!」

「海水を真水に変える装置?
 そんな凄い装置がハウステンボスに有るの?
 どうやって海水を真水に変えるの?
 テンボス博士?」

 
「海水を淡水化するには、『蒸発法』と『膜法』、2つの方法が有る。
 この街が採用しているのは『膜法』じゃ。
 半透膜を境に、濃度の低い溶液から濃度の高い溶液に溶媒が移動するよう働く圧力…これを『浸透圧』と呼ぶじゃろう?
 この逆の作用を機械的に作り出し、海水から真水だけを取り出す仕組を、此処では採用しておる。
 濃度の濃い海水に浸透圧以上の強い圧力をかけて、水分子を浸透膜から滲み出させる…通常の浸透膜の動きとは逆向きの作用を起させるのじゃ。
 言わば『逆浸透法』じゃよ。」

「ふーん…『逆浸透法』かぁ。
 それって『蒸発法』と較べて、どんなメリットが有るんだろう?」


「『逆浸透法』は『蒸発法』と較べると、構造がシンプルでメンテナンスに手間が掛らない上に、サイズもコンパクトなのじゃ。
 エネルギーも電気だけを使い、他に余分なエネルギーの必要が無いんじゃな。
 大村湾の海水から、この街の『逆浸透膜装置』を通し、飲料水として使用出来る真水の可能造水量は、最大1日1,000tにも上るんじゃぞ。
 『逆浸透膜法』の飲料水用プラントとしては、国内最大の規模なのじゃよ。

「凄い!
 それなら何時渇水の為給水制限が行われたとしても、此処では安心して過す事が出来るね!」


「ハウステンボスの在る長崎県は、丁度すり鉢状の地形になっていてのう。
 その為雨が降っても直ぐに下へと流れて行ってしまい、元来水資源が余り豊かでは無い所なのじゃよ。
 これは全くの余談じゃが、この地形の為か、長崎県の住民の半分近くの人は、自転車に乗れないそうなのじゃ。
 長崎のあの急な坂道では、自転車は頗る不向きじゃろうからなぁ。」

「そうか…山と海に囲まれた長崎県にとって、『水の確保』は重要なんだね。」


「水は人が生きて行く上で、欠かせない要素の1つじゃ。
 水が満足に手に入らないのでは、社会全体に不安が生まれてしまう。
 ハウステンボスの在る佐世保市では、海水を真水に変える『海水淡水化プラント』がフル稼働し、水の完全自給体制を続けておるのじゃよ。」




逆浸透膜法で作った真水は無臭で、しかも砒素や硝酸といった有害物質をほぼ除去する事が可能だそうな。

ちなみに「長崎県の人の半分近くが自転車に乗れない」という話は、長崎市街観光ツアー時に、ガイドのお姉さんに聞いた話で御座います。


写真は話に出した海水淡水化装置ではなく(汗)、『フレキシブルマウンド』と言う名の防波堤を、ミニモデル使って説明するコーナー。
これもニュースタッド地区『Kirara』館のテーマリウム内に展示されてます。
ボタンを押すと波動装置がONになる。(偶には水を替えた方が良いと思うのだが…)

見た目ゴム製の氷枕、大村湾にはこれを巨大にした物が2個沈められてるそうな。
台風等で海が荒れた際には大きく膨らみ、波の高さを1m以下に押え込む事が可能だそう。
津波避けは海に囲まれた県には必須品…国内での導入はハウステンボスが初めてだとか。




【ハウステンボスと私の馴れ初め話その6】

前回の続きです。

皆から「行かない方が良い」と言われると却って行きたくなるもので。(笑)
オープンから5年位経った頃でしたか…その頃にはハウステンボス旅行パックも段々お安いものが売られるようなって来ましてな。

何となくJ○Bから送られたパンフ観てたら、「全日空ホテル1泊2日で3万円台」なんてのが出ていた。
これは当時としてかなりお安かったのだ。
早速友人誘って予約…しかしその友人が直前に行けなくなってしまった。

仕方なく(と言っちゃアレだが)家族で行く事に。
行った季節は1月下旬…そう、寒くてイベントも何もやってない時期に行ったんですな~。(1番安かったから)

ちなみに泊った部屋は全日空ホテルの駐車場側。(安かったから…)
ドア開けるじゃないですか、したら直ぐベッド。
玄関開けたら2秒でベッド、いや考えようによっちゃ楽だけど。(笑)
窓から観えるのは山と駐車場、それとJRハウステンボス駅を通過する列車。

…実に鄙びた景色が広がっていました。(笑)

しかしテーマパークに来た訳だし~、どうせ場内遊んでばっかだろうから、別に部屋なんてどうだって構わないよね~と考えた訳ですよ。
到着して直ぐにアミューズメント施設中心に廻りました。
1泊2日しか居ないのだから、急いで廻らんと元が取れんじゃないかとばかりに、廻って廻って廻って廻~る~うう~♪

景色観る間も勿体無いと、パスポート片手に、ひたすら駆け足で遊び捲ったのです。
勿論御飯なんかも安くて直ぐに食べられる軽食中心。
その甲斐有って、1日目には殆どアミューズメント制覇しちゃいました。

んで結論――テーマパークとしちゃ刺激が少なく詰らん。(汗)

最も楽しみにしていたエッシャー館も、過剰な期待が仇となったか今一に感じた。(この辺り、あくまで個人的見解です。好きだ~って方も多い事を御了承下さいませ。ちなみに自分、プレショールームの展示物はかなり好みです…)(汗)

夜になって…あまりに広大なパークを駆け回った事で足に来た。(汗)
雨も降って来たし…何かもう帰りたくなって来たり。
どうせこの雨じゃ、花火は中止だろうと、家族揃ってホテルに帰ってしまったのでした。

実はこの日、花火を行った事を、後で知った訳ですが。

ハウステンボスの花火はそうそう中止にならない…実にタフなイベントなのです。
しかしそんな事、初めて行った人間に解る訳ないじゃないかっつう。

真冬の寒い日に雨に当った事で風邪を引き、はっきり言って泣きっ面に蜂。
ホテルスタッフにかけ布団の追加お願いしたら、何だか物凄く渋られたし…寒いんだって、悪寒がしたんだって。(汗)
「かけ布団の追加を頼む事はそんなにも迷惑な事なのか~~~!?」と、何かもう泣きたくなった…。(拝み倒した末、一応貸して貰えたが)

この件かなり根に持った自分は(苦笑)、全日空ホテルに対し、あまし良いイメージ持てなかったのですが…それは自分だけじゃなかったらしく、旅雑誌にまで「サービス悪し」と書かれる始末だったし。
しかしだからこそ、後年サービスが上ったんじゃないかな~と。
今は場外ホテルで最も人気が高く、むしろ「場内ホテルよりこっちのが良いと思う」っつう方も居られる。
何でも悪いままっつうのは有得ない(と思う)、自分も何時かまた久し振りに泊りに行こうかなと考えてます。
何よりあそこのホテルの朝食ブッフェは品数豊富で楽しいのだ。

閑話休題、話をハウステンボスに戻して。

2日目、自分が具合を悪くした事で、予定より早く帰る事に。
不幸は重なるもので、この時往復とも福岡空港利用だったのですが…渋滞に巻込まれて到着時間1時間以上もオーバーしたのでした。
その間具合がどんどん悪くなって…いやぁ、あの時は本当にきつかった。(汗)

結果としてアミューズメントは全館廻ったが、美術館については観ないで終った所も結構多く。
思い切り心残りに感じられた。

帰って来て直ぐに、皆から「ハウステンボスどうだった?詰んなかったでしょう?」なぞと訊かれる。
しかし私は……答えられなかった。
だって全部観た訳じゃなかったし。

…とこれが自分の初ハウステンボス旅行の思い出。
はっきり言って散々、良い思い出殆ど無し。(汗)
しかしだからこそ、「もう1度やり直したい」気持ちが残ったのでした。


【続】
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歌え!!アニソン!!~伝説巨神イデオン~

2007年04月16日 21時40分40秒 | アニソン
――イデオン→「皆星になってしまえばいいのよ!」、エヴァ→「だから皆死ねばいいのよ」。





ペンペンペレレン…♪ ペンペンペレレン…♪

ペンペンペレレン…♪ ペンペンペレレン…♪

聞えるかぁ…♪ 聞えるだろう…♪

遥かなぁ…♪

とぉどぉろきぃ~~~~~♪

――チャチャチャチャチャチャチャチャチャッチャー♪

闇のぉ~中♪ 心揺さ振るぅ♪

目覚めぇ~♪ 始ぃ~まぁ~るぅ~~♪

――ッパッパッパァー♪

大地割りぃ♪ そそりたつ姿♪

正義のあかぁしかぁ~~~♪

――タラ~ラタラ~ララァ~~~ラァ~~~…♪

伝説のぉ♪ 巨神の力ぁ♪

銀河ぁ~♪ 切りぃ裂ぁくぅ~~♪

――パパッパァー♪

雄叫ぇ~びがぁ~♪ 電光石火の♪

いちげぇ~…きを~呼ぉぶぅ~~♪

震え~るぅな♪ 瞳凝らせよ♪

ふっかぁ(ジャン♪)つぅ(ジャン♪)のぉ~~~~♪(ジャジャジャジャン♪) とぉきぃ~~~~~♪

――パパパパパパパパァ♪――パァーパパァー♪

ひぃとぉよ♪ 命よぉ~♪ 始まぁ~りを見ぃるぅ~~♪

――フォンフォンフォーン…♪

スペースランナウェイ・イデ・オーン♪

イ・デ・オ・ン~~~♪

スペースランナウェイ・イデ・オーン♪

――パパパッ♪

イ・デ・オ・ン~~~♪

――パパパパパッ♪――ルルルル♪

――パパパパパッ♪――ルルルル♪

――パパパパパッ♪――ルルルル♪

――パパパパパッ♪――ルルルル♪

――ジャジャジャジャジャンッ♪――ジャジャジャジャジャンッ♪

――ジャジャジャジャジャッジャッジャッジャッジャッジャッジャッ♪

――パンッ♪――パンッ♪――パンッ…♪





…「ムーの白鯨」に続いて、これを採り上げるのも、何かの導きか…?


1980年5/8~1981年1/30迄、東京12チャンをキー局として放映されたアニメ。
制作は日本サンライズ(現サンライズ)。


OPタイトルは『復活のイデオン』、作詞は井荻麟氏(←実は監督である富野由悠季氏の別名)、作曲&編曲はすぎやまこういち氏(←主にドラゴンクエストの音楽を手懸けた事で有名な方)、歌ってるのはたいらいさお氏。


人類が宇宙に移民を開始してから約50年後とされる未来――

地球人(←特に断定されては居らず)は2年前から移民を行っていたアンドロメダ星雲の植民星『A-7・ソロ星』で、第6文明人(←かつて地球人と接触した第6番目の異星人の意)の遺跡である巨大人型メカ『イデオン』を発掘する。

時を同じくして、伝説の無限エネルギー『イデ』の探索に訪れていた異星人種『バッフ・クラン』と接触。

勝手に本隊から離れたバッフ・クラン族宇宙軍総司令の次女『カララ・アジバ』を捜索に来た下級兵士の発砲を機に、2つの種族間で武力衝突が勃発する。

遺跡調査団長ユウキ・ロウル博士の息子である主人公『ユウキ・コスモ』等は、争いを避けようと「戦意は無い」事を示す白旗を揚げるが、不幸にもバッフ・クラン種族社会でそれは「お前等を地上から抹殺する」という逆の意味だった為、事態は更なる悪化の方向へ。

主人公達は発掘したイデオンで応戦しつつ、同じく発掘された宇宙船『ソロ・シップ』に乗り込み宇宙へ逃れる。

だが発掘したそれにこそ、バッフ・クラン族が探し求めていた無限力『イデ』が秘められて居たのだ。

そしてソロシップのクルーがバッフ・クラン族総司令の次女カララを乗せて脱出してしまった件も加わり事態は泥沼化の一途、遂には星間戦争にまで発展してしまう。

安息の地を求めソロ・シップは、地球人側の移民星に次々逃げ込むが、バッフ・クランは執拗な追跡の手を休めず、また各移民星の側も戦いに巻込まれる事を恐れて彼等を追い払うだけ。

ひたすら宇宙を迷走するソロ・シップクルー達…そんな彼等の周囲で、次第に奇妙な異変が起り始める――


…と、これも相当複雑な作品背景だったもんで、ウィキペディアの粗筋よりほぼ転載してしまってます。(御免なさい)(汗)

粗筋読んでも解る通り、原作監督の富野由悠季氏(←本名は富野喜幸氏)が過去に制作した『無敵超人ザンボット3(1977年放映)』・『起動戦士ガンダム』の設定を更に煮詰めて出来た様な作品です。
そして『ザンボット3』のあのラスト以上に重く凄惨なラストでも有名。


――惑星滅亡、全員死亡しちまいますから。


TVシリーズではそこまで描いてないんですよ…あまりに複雑難解悲惨なストーリーだった故、子供に観て貰えず玩具の売行き不振から打ち切り食らっちゃったもんで。
TV最終回ではイデの導きにより2つの種族が和平交渉に臨むも(ってか、カララとその父親が)、話し合いは決裂し戦いは終らず…みたいな所で終っちゃったから。(TV観ていた時子供だったんで、あまし記憶に残ってないんですが…)


ただファンの人気が非常に根強かった。
そこから『初代ガンダム』の様に映画化して「真の最終回を!」っつう気運が高まりまして、『接触篇』&『発動篇』と呼ばれる映画が1982年に同時公開されたんですよ。(上映時間全部で3時間と少々…凄ぇ)

『接触篇』はTVシリーズのダイジェスト、つまり纏め。
『発動篇』が主にTVでは描けなかった最終4話…これが未だにアニメファンの間では語り草になっている。

兎に角死ぬ、人が死ぬ。
それも凄惨に…首が飛ぶ、腕が千切れる、銃弾で蜂の巣にされる等々。(女子供の死に様が特に酷かったような)
当時にして最高水準の作画でそれやるもんだから、衝撃は少なくなかったです…。
星は滅び、全ては無と還り、そして輪廻転生――無垢となった魂は、新たな世界を目指すのだった。

TVシリーズ観ずに映画目にしたら、何とコメントしていいか悩むと思いますよ。
TVシリーズ観てた人でも、この映画ラストには恐れ入ったもの。(笑)

で、結局話の核だった(筈の)無限エネルギー、『イデ』の秘密は明かされず終いだったし。


大人になって内容反芻してみるに…確かにあれ程リアルに『戦争』を描いた作品は無かったなと考えたり。

何で2つの種族が戦い合ったかっつうと、お互いが「恐かった」から、「解らなかった」から。

疑心暗鬼の心が強大な兵器を求め、そして自分達の安息の為に互いを消そうとした。

途中手にした兵器の力の恐ろしさから、手放そうと破壊を目論むも叶わない。

しかもその間敵側から攻撃され、止む無くまた兵器を使って薙ぎ払う。

和解の機を設けられたりもした…しかし互いの人類は解り合おうとしなかった。

そうして『イデ』は、遂に発動してしまう――争いの根源は「人間のエゴや恐怖」に在るとの結論を導き出した末に。

全てを無に還し、争いの無い世界を創造する為に。(こうして第7番目の人類文明も終りを告げたっつう事か…)


……日本アニメにおける「天地創造譚」とも読めなくもない(かな?)。


2つの種族間の争いが、如何にも現在まで争ってる某国と某国の描写に重なってて、ブラックな笑いを連れて来たりもする。(笑)
いややはりこれは某国や某国の問題だけでなく、人類の争いの根そのものを語ってますね。

深読みすれば確かに傑作なのですが………まぁ…ぶっちゃけイカレテル。(ファンの方済みません)

関った者(物)全てを破滅に追いやる悪魔(神)の巨大ロボット『イデオン』…例えるならそう、『死神ベンツ』の様に。(1914年にボスニア州サラエボで起きたオーストリアの皇太子フランツ・フェルディナンド暗殺事件の折、乗ってたと言われる赤いベンツの俗称。この事件が第一次世界大戦の火種となったのは有名。その後ベンツは人から人へと渡り、乗った者全てを死に追いやったそうな…乗った人は死んでも車体は多少損傷しただけで無事っつうのは確かに不気味。その後第二次世界大戦中連合軍の爆撃によって破壊…されたらしい)

監督の富野由悠季氏はかなりのオカルトマニアなんだろうなと感じられる。
『海のトリトン(1972年放映)』『ライディーン(1975年放映、前半のみ監督)』等、オカルトチックな匂いを持つ作品が多い。(笑)
現代は地球人と異星人が接触して第7番目に創られた文明である…この説、実際にオカルト界では実しやかに語られてまする。(今は第6番目だったか?)


時にファンから「皆殺しのトミノ」と揶揄されてた氏ですが、宮崎駿氏以上に日本のTVアニメの屋台骨を築いた方じゃないかと自分は考えてる。
早い段階で有名になり、TVより映画制作を中心に動いて来た宮崎氏と違い、富野氏はかなり後年になっても、多くのTVアニメ制作に関って来られた。
人よりズバ抜けて絵コンテ(←脚本を絵にし直す作業。これを元にアニメは作画等の作業に移れる。言わば第2の脚本)描くのが早かった為に、『アトム』から数年、氏の関ってない作品を探す方が難しい…それ位多数のTVアニメ制作に関ってる方なのだ。

『バイファム(1983年放映)』の原案も氏だという事だし(考えてみれば『イデオン』は「暗いバイファム」と取れない事もない…)、『ママは小学4年生(1992年放映)』のあの素晴しいオープニングは、氏が制作したストーリーボードを元に描いたそうな。
ライト作品もヘビー作品もこなしてみせる、プロだなぁと感心してしまう。

「戦争は必ずしも悪ではない(悪い種を滅ぼせるから)」等、発言をまんま受取るとキ○○イ極まりないですが(失礼)、本心は非常に奥が深い。
厳しく口喧しく独善的な禿親父で在りながら(←再度失礼)、制作スタッフに愛されていたりと中々面白い方でありまする。

最近は以前の様に「キャラを殺さなくなった」と評判。(笑)


『イデオン』に話を戻して――


この作品が後のアニメ&漫画に与えた影響は少なくないです。

『アクロバンチ(1982年放映)』等、これに倣った様な世界滅亡・輪廻転生的最終回が80年頃に流行った。(以前にも言いましたが…世界終末オチが流行ったのには、あの「1999年7の月、人類は滅ぶ」なんて予言のせいでも有るかと…皆が何処かで未来に対して恐怖を抱えていた気がするのだ。)

そして80年以降でも『エヴァンゲリオン(1995年放映)』が――粗筋読んでて感じた方もいらっしゃるでしょうが、はっきり言って似ている。
ラスト、有耶無耶の内に人類(エヴァの場合ほぼ)滅亡な点も、映画化への道程、そして映画の構成までよく似ている。

劇場版『イデオン』と劇場版『エヴァ』、併せて観るとよりその思いが深まるかも知れん。
てゆーか劇場版エヴァが可愛く思えるかも知れん。
てゆーか観終った後、思っ切し鬱になっちまうかも知れん。(笑)



参考)…フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』&月刊『OUT』ロボットアニメ特集号。




…突然ですが、明日から去年みたく火・水・木は、ブログお休みさせて頂きます。
更に5/13~7/2迄は、金・土のハウステンボス記事以外、更新しませんよと先に断っておく。
5/13~7/2迄、半落ち…いや5/7落ちか??…兎に角全くネットに出て来ない積り。

…7/3~のナミ誕準備の為に。(照笑)

5/13~7/2迄の金土以外の曜日は、私は死んだと考えて下さい。

…それは性質の悪い冗談だとしても(苦笑)、反応無くなります事をどぞ御了承下さいませ。

全てはナミ誕作品を完成させる為、

そう――全ては、完成の為に!!(←プロ野球ファンにしか解らん洒落だな…)
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歌え!!アニソン!!~ムーの白鯨~

2007年04月15日 22時23分02秒 | アニソン
――フラ~イ・ミー・トゥ~・ザ・ム~♪





――パラララン♪パラララン♪パラララン♪パラララン♪
                         ――ジャジャン…♪

パァ~ラァ~ラァ~ラァ~~~~~…♪――ピロポロピロポロピロポロピロポロロン…♪

タラララタラララタラララタラララランーーーーー♪――パララァ~~~~~~♪
                                  ポロポロポロポロポロ…♪

そん…なに寂しい顔でぇ~♪――ポンポ~ン…ポポン♪

きぃみぃはなぁにを待ってるぅ~♪――ポンポォ…ポポポン…♪

しっ…かり抱いてたゆぅめはぁ~♪――ポン・ポン・ポン・ポン…♪

何ぉ~~処へ落としたぁ~~~♪――ポンポンポンポンポンポンポン~♪

い~~ちどで負けちゃいけない~♪(ピッピィ~ピ♪)
(アーーーーーーーーーーーーーーーー…♪)

と~~ぉい空を見ぃ~…ろよぉ~♪(ポポポポポポポ♪)
(アーーーーー…♪アーーーーーーー…♪)

くぅ~~るしみの雲ぉ~~♪ から♪
(アーーーーーーーーーーーーーーーー…♪)

覗く陽のきらぁ~♪ めきぃ~~~…♪
(アーーーーーーー…♪ アーーーーーーー…♪)

フラーーイ・トゥーー・ザ・ムーーーー♪――パラッ♪

憧れへ・飛びぃ~♪ 立てぇ~~~~♪

フラーーイ・トゥーー・ザ・ムーーーーー♪

君ぃはぁ…♪ 飛べぇ~るんだぁ~~~~~♪

――チャーーーーン…♪





1980年4/5~1980年9/27迄、日本TV系で放映されたTVアニメ。
東京ムービー初の完全オリジナルアニメだったそうな。

OPタイトルは『ムーへ飛べ』、作詞は山川啓介氏、作曲は浜圭介氏、編曲は羽田健太郎氏。
歌ってるのは前世ムー大陸のアニソン歌手だった(かも知れない)兄貴、水木一郎氏。


…これまたマイナー、観た記憶があまり無い。(汗)
最終回近くから観出したんで、白鯨と古代ギリシャの剣闘士風コスチューム纏った少年少女戦士と古代ギリシャ風の姫君が、言っちゃ何だが木製のショボイ戦闘機乗って敵と戦う~みたいなイメージしか残ってなかったり。(汗々)


なので、これまた情けないがウィキペディアの粗筋よりほぼ抜粋。(すいません…)


――1982年3月、惑星直列が起こった。

この時、地球への影響は全く無いとされてたにも関らず、世界各地で異常現象が相次いだ。

実は、太陽系某所に3万年の時を超え、『アトランティス大陸』が出現した事が、この事態の原因であった。

一方、時を同じくして、太平洋の深海に巨大なモノが目覚めた…。


アトランティスと並ぶ、かつての超大国――『ムー』。


今から3万年の昔、地球には文明の発達した2つの大陸が在った。

アトランティス大陸とムー大陸である。

ムーは平和を愛する海の民であり、白鯨をシンボルとした。

太陽は燦々と降り注ぎ、人々は平和に暮らしていた。

もう一方のアトランティスは、コンドルをシンボルとする山の民であり、戦いを好んだ。(←山の民…?)

科学を高度に発達させる超金属『オリハルコン』を持ったアトランティスの帝王ザルゴンは、その力を持って一段と強力な軍事国家を造り上げて行った。

ムーの指導者『ラ・ムー』は、アトランティスとムーの力の対決が地球を滅ぼす事を案じ、自らの力と引き換えに、アトランティスを異次元へと飛ばした。

その時、ムーも海面下に没した。

現代に蘇ったアトランティスは、失われた力の源『オリハルコン』を求めて、地球へ侵攻を開始する。

一方、予めこの事を予期していたラ・ムーは自らの脳を白鯨に移し、3万年の時を超えて蘇った。

イースター島に集められたムー戦士の生まれ変わりの少年少女達は、白鯨の元、ラ・ムーの娘『マドーラ』と共に、アトランティス帝国に立ち向かう――


………いや~~何つうか……粗筋書き写しながら、吹いてしまったんですが…。


オカルト界に於いてベタな話題全部採り入れ作ってみました~な粗筋であるなっつうのが率直な感想。(大笑)


簡単に言っちゃえば「ムーVSアトランティス、3万年の時を超えてのリベンジ合戦」っつか。
『アトランティス』のが悪役、主人公達はムー側で善役。

しかし主人公達の衣装デザイン見る限り、むしろアトランティスっぽいな~と。(笑)

それと「予めこの事を予期していた」なら異次元飛ばすなよと。
あんたらが当時戦うの嫌で飛ばしちゃった事で、現代人が戦う破目になったんじゃないかと。
つまり「嫌な事は後回し」的考えは悲劇を生むっつう教訓話ですな。(笑)


以前も書きましたが、ロボットアニメブームが吹荒れてたこの頃、こういうファンタジー(SFか??)ものは稀にしか作られなかったのです。
故に異色作として、マイナーな割には存在知られてるようで…私より上の年代のアニメファンに聞くと「ああ、そんなアニメ有ったね~」と仰る。
自分自身特に好きで観てた訳じゃないけど(失礼)、こういう作品が在った事は記憶している。


前世ムーの戦士だった主人公が、記憶を失ったまま、2つの古代大国の争いに巻込まれる。
そして彼の前に現れる前世での仲間、恋仲だった姫君『マドーラ』。

主人公への思いを胸に秘めたまま、彼女は3万年の時を超え、アンドロイドとして生を繋いで来た。
しかし主人公は、彼女の事を何も覚えていなかったのだ…。

悲劇は重なり、彼女の生き別れの双子の姉『ラ・メール』は、敵側『アトランティス』の戦闘員として、主人公達に戦いを挑んで来る。


何となく現代でリメイクしたら、受けそうに思えるんですが。(笑)
戦闘より生れ変りロマンスの方に重点置いたら、女性に受けそうだよなぁと。


OP歌詞と映像がまるで新興宗教…例えるなら『幸○○○学』が作ったアニメみたいだな、なんて……ファンだった方、散々茶化して済みません。(苦笑)

しかし敢えてブームに逆らって作ったスタッフは偉いなと思う。
歌が非常に素晴しい、はっきり言って名曲です。(流石ハネケン)
採り上げた理由は、ズバリそれ。


ちなみに「1982年3月、惑星直列が起る」と、当時巷で本当に話題になった。(でも直列って言える程、実際には重ならなかったらしく)
んでオカルト界ではマジに「その際天変地異が起きて、地球は滅びる」との怪し気な噂が流れてましてな。(笑)

そいった噂を元にして、このアニメは作られたのでしょう。(よく放送出来たもんだ)




参考)… フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』&東京ムービー公式サイト。
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