瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第87話―

2009年08月24日 20時01分29秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
8月もそろそろ終わりに近付き、この会も後半に入る事を思うと、寂しいかぎりだね。
特に今年は最終、残る蝋燭は後14本だ。
始めたばかりの頃は、貴殿の顔がはっきり見えたものだが、今ではぼんやり暗闇に浮んで見えるだけ、時折妖ではないかと疑ってしまうよ。

失礼だが、貴殿は間違い無く貴殿だろうか?

4年越しで顔をつき合わせて居た筈なのに、私には貴殿の存在が不確かに感じられて仕方ないのだ。

不安を煽る様な事を言って済まない。
今夜はタクシーに纏わる怪談を紹介しよう。

これは或る年の11月、沖縄の新聞に掲載された事で広まったらしい。



北部の名護で観光タクシーの運転手を勤めていたHさんが、11/17午前1時頃名護~久志村の辺野古(べのこ)へ客を送った帰り、許田へ通じる122号線横断道路に入り、最初のカーブに差し掛かった所で、若い女に呼び止められて乗せた。

「名護までお願いします」

女ははっきりした口調で告げ、車内に乗り込んだが、東江入口まで来た所でHさんが振り返って見ると、影も形も無くなっていた。
無我夢中で名護給油所に駆け込んだHさんは、身体の震えが止まるまで1時間も掛かったと言う。

これで終われば新聞に載るまではいかなかったろうが、事件は再び起きた。

11/18の午前3時頃、今度は同タクシー会社に勤めるYさんが、バーの女給さんを乗せて辺野古へ向った。
そして昨夜同僚が遭ったと言う場所まで来た時、乗っていた女給さんがキャッと悲鳴を上げた。
聞けば道端に立って居る幽霊の姿を見たのだと言う。
そこで女給さんを送り届けた後、引き返してみれば、女が1人、確かにその場所に立って居た。
気丈なYさんは「幽霊なら真っ当な姿で15分も立って居る筈が無い」と考え、彼女を乗せたが、ものの3分も経たない内にメーターが不規則に鳴り出したのに驚き、後ろを振り返ると女の姿が無い。
ぴったり閉めていた筈の窓硝子も、何故か開いていた。

これでも事件は終わらず、三度起きた。

11/19、同じくタクシー運転手を勤めるGさんが、午前零時過ぎにバー帰りの米兵を乗せて辺野古へ帰る途中、明治山の例の場所で、電柱に凭れて手を挙げて立つ女を見た。
同僚達から散々恐い噂を聞いていた彼は、慄いて走り抜けようとしたが、乗客である米兵が彼女を拾って乗せろと言う。
渋々乗せて走り出し、バックミラーで後部を見ると、米兵の横に座っている筈の女の姿が見えない。
だが米兵には見えるのか、騒ぐ様子も無かった。
米兵から「彼女が降りるから」と命じられるままに、辺野古橋で自動車を停めると、そこで漸く彼も女が消えている事に気が付いたらしい。
魂消た米兵は胸に何度も十字を切りながら、部隊の入口まで走り続けたという。



怪談としては有り勝ちな型だが、3日連続で3人の運転手が、それぞれ目撃したという展開に、リアリティを感じられる。

古来より幽霊は乗り物が好きらしく、平安や江戸の時代に書かれた怪談によると、篭に乗って移動するものも居たらしい。
成る程マニアックな拘りを持っている者こそ、死んだ後その執念から幽霊になるのかもしれぬ。
というのは冗談だが…見知らぬ他人と顔を合せる恐怖が、幽霊を形作ると考えられないだろうか?


明日はバスに乗る幽霊を紹介しようと予告した所で、今夜の話は、これでお終い。
さあ…蝋燭を1本吹消して貰えるかな。

……有難う。

それでは気を付けて帰ってくれ給え。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
風呂に入ってる時に、足下を見ないように。
そして、夜に貴殿の名を呼ぶ声が聞えても、決して応えないように…。

御機嫌よう。
また次の晩に、お待ちしているからね…。




『現代民話考3巻―偽汽車・船・自動車の笑いと怪談―(松谷みよ子、編著 ちくま文庫、刊)』より。

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