瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第85話―

2009年08月22日 19時54分43秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
今年は秋が訪れるのが早く、例年より冷たい物が売れなかったらしいね。
暑いのは勘弁して貰いたいが、夏に暑いのは経済的に歓迎されるらしい。
しかしまだまだクーラーや扇風機のお世話になっている人は多いだろう。
エコブームの折、自らの精神力で涼を得るのが望ましい。
そう考え、今夜も貴殿の肝を、ひんやり冷やす話をお届けしよう。

貴殿の周りでも聞いた事が有るかも知れないが、死は連鎖する。
1軒で葬式が出ると、ウイルスでも発生したかの様に、近場で葬式が続くのは少なくない。
昨今ウイルスを例えに出すのは不謹慎かもしれぬが、ウイルスと違って原因が判らない分余計にぞっとする。

これは東京築地で、明治から昭和にかけて繁盛した、「とんぼ」と言う料理屋に纏わる噂話だそうだ。



「とんぼ」の御贔屓客に、N津さんと言う人が居た。
そのN津さんには、極めて可愛がっていたM月さんと言う後輩が居て、N津さんは外国へ行く時にも彼を連れて行った位だが、N津さんが亡くなった際、まだ何処へも知らせない内に、偶然ひょっこりM月さんがN津家を訪れた。

きっと仏が呼んだのだろうと皆は悲しみに暮れる中でも悦んだそうだが、このM月さんが間も無くN津さんの後を追う様に亡くなった。
続いて出された葬式で、皆はN津さんがM月さん可愛さのあまり、あの世で呼び寄せたのだろうと囁いた。

ところでN津さんにはもう1人、やはり可愛がっていた骨董屋の後輩が居て、N津さんの葬儀の際にも手伝いに来ていたが、この人までもN津さんの後を追う様に亡くなった。

流石に2人も続いては、周囲の人達も不気味に思えて来る。
その為、生前N津さんが御贔屓にしていた「とんぼ」の女将が先立ちになって、盛大にお祓いの催しをした。
それが功を奏したのかは解らないが、N津さんを追って亡くなる者は、2人だけで済んだのだった。

ところがN津さんの祥月命日の1/4に、今度は「とんぼ」の女将が亡くなった。
しかも葬式までN津さんと同じ1/8に行う事に決まり、周囲の人間はまたもや慄いた。

「とんぼ」の女将には子供が居らず、衣装道楽だったが、出入りの呉服屋に言い付けて、前々から死装束の一切を作らせておいたらしい。
この呉服屋の番頭のN尾さんと言う人物が、正月の挨拶にやって来たのが、偶然にも女将の亡くなった日。
集まっていた皆は、「きっと女将さんは、貴方に死装束を見て貰いたかったんだろう」と言って、その来訪を喜んだ。

ところがこのN尾さんが、その直ぐ後に、ぽっくり亡くなってしまった。

それから、「とんぼ」の女将が色々と面倒を見ていたO野さんと言う人が当然来るべき筈なのに、女将が亡くなっても顔を見せない。
どうしたんだろうと皆が噂していると、葬式の日にO野さんの娘だと言う人がやって来て、「実は先日父が亡くなりまして…」との事だった。

生前、親交の厚かった2人が、年を隔てて同じ月の同じ日に亡くなり、同じ日に葬式が出た。
そして同じ様に2人をお供に連れて行ったというのだから、何とも不思議な話だ。



…全て「偶然」と言ってしまえばそれまでだが、そもそも「偶然」とは一体何なのだろう?
貴殿も葬式に出て、家に着いた際には、先ず塩をかけて身を浄める事だ。
でないと追って来た何かに捕まってしまうかもしれないからね。


…今夜の話は、これでお終い。
さあ…蝋燭を1本吹消して貰えるかな。

……有難う。

それでは気を付けて帰ってくれ給え。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
風呂に入ってる時に、足下を見ないように。
そして、夜に貴殿の名を呼ぶ声が聞えても、決して応えないように…。

御機嫌よう。
また次の晩に、お待ちしているからね…。




『日本の幽霊(池田彌三郎、著 中公文庫、刊)』より。
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