瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第91話―

2009年08月28日 20時30分56秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
夏休みも間も無く終わるが、今夜も昨夜に引き続き、海を舞台にした怪談を話そう。

これは三重県津市の海岸で、実際に起った怪奇な事件だと云う。




海岸には海の守りの女神の像が立っている。
これは昭和30年7/28に、市立橋北中学1年生の女子36人が水死した事件を切っ掛けに建てられたそうだが、当時の生き残りの1人であるU川さんは、週刊誌「女性自身(昭和38年)」に、その時の恐ろしい体験を手記に纏め、サインと写真入りで寄せている。


一緒に泳いでいた同級生が、突然「Hちゃん、あれを見て!」としがみ付いて来た。
20~30m沖を見ると、その辺りで泳いでいた同級生が、次々波間に姿を消して行く所だった。
その時、私は水面をひたひたと揺すりながら、黒い塊がこちらに向って泳いで来るのを見た。
黒い塊は何十人もの女の姿で、ぐっしょり水を吸い込んだ防空頭巾を被り、もんぺを履いていた。
私は急いで逃げようとしたが、物凄い力で足を掴まれ、水中に引き擦り込まれてしまい、次第に意識が遠退いて行くのを感じた。
それでもあの足に纏わり付いて離れない、防空頭巾を被った女の無表情な白い顔は、助かった今でも忘れる事が出来ない……


救助されたU川さんは、その後肺炎を併発し、20日間も入院したが、その間「亡霊が来る、亡霊が来る」と、頻繁にうわ言を言っていたそうだ。

「防空頭巾にもんぺ姿の集団亡霊」というのには因縁話が有って、津市郊外の高宮の郵便局長を務めていたY氏によると、この海岸では集団溺死事件の起った丁度十年前の7/28、米軍大編隊の焼打ちで市民250人余りが虐殺されており、火葬し切れなかった死体は、この海岸に穴を掘って埋めたと云う。

Y氏からこの話を聞かされたU川さんは、手記の中で「ああ、やっぱり私の見たのは幻影でも夢でもなかった。あれは空襲で死んだ人達の悲しい姿だったんだわ」と納得している。

尚、Y氏が訊いて回ったところによると、この亡霊はU川さんを含めて助かった9人の内5人が見ているばかりか、その時浜辺に居た生徒達の内にも、何人かが見ていると、U川さんは手記で付け加えている。




…週刊誌に掲載された事で、この事件はかなり有名になり、数多くの心霊関連書籍に取上げられた。
平和な現代に於いて、戦争の記憶は遥か彼方に霞の如し。
だが未だに掘れば骨がじゃくじゃく出て来る土地も在ると聞いて、かつて戦火に呑まれた国日本を思い知る。
海の近くなら、夥しい死体の多くは海岸に集められ、纏めて葬られたのだ。
遊びに行く際は、ゆめゆめ用心忘れぬように。


今夜の話は、これでお終い。
さあ…蝋燭を1本吹消して貰えるかな。

……有難う……遂に残り10本を切ってしまったね……。

それでは気を付けて帰ってくれ給え。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
風呂に入ってる時に、足下を見ないように。
そして、夜に貴殿の名を呼ぶ声が聞えても、決して応えないように…。

御機嫌よう。
また次の晩に、お待ちしているからね…。




『現代民話考7巻 学校―笑いと怪談・学童疎開―(松谷みよ子、編著 ちくま文庫、刊)』より。
※同シリーズ5巻にも関連した話が載っている。
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