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瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第23話―

2006年08月29日 20時03分50秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。

今夜はあの有名な『グリム童話』から紹介しよう。


最近、『本当は残酷なグリム童話』等の書籍が刊行され、話の裏に潜む恐怖にスポットが当てられるようになったが、表に見える残酷さにばかり注目され話題にされるのは、著者の思惑に反するのではないかと自分は考えている。


グリム兄弟、特に兄の『ヤーコプ・グリム』が目指したのは、あくまでドイツに伝わる土俗話――後年、蒐集した中には、フランスの土俗話もかなり雑じってるとの指摘が有ったが――を、出来る限り伝承されているままに蒐集する事。

時に残酷な表現が目に付こうとも、氏は『有りの侭』に拘ったのだ。


正確に言うと『グリム童話』は、ただの『童話』ではない。


正しくは『ドイツの子供と家庭の為の童話』であり、ドイツの家庭で親と子供が話し合い伝えて行くようにと、兄弟が世に送り出したドイツ伝承話集だ。


しかし1812年初版が出た当時から、蒐集された話の中に残酷な物が雑じっていて怪しからんと、かなりの批判が有ったと聞く。

出版を世話した『アヒム・フォン・アルニム』は、読んだ親達から批判を受け、「どうして、こんな子供向けでない話を、『子供と家庭の為の童話集』と言うような本に入れたのか?」と、兄弟に意見したそうだ。

それに対してヤーコプ・グリムは、1813年1/28付の手紙で、こう述べたと伝わっている。


「子供は、昔から家庭の一員です。
 全体としての家庭から子供を切り離して、1つの部屋に閉じ込める様な事は、してはいけません。
 
 そもそもこれらの『子供の為のメルヘン』は、子供の為に考え出され、作り出された物でしょうか?
 
 私はそうは思いません。
 私達に啓示され、私達が受継いで来た教えや指図は、老いも若きも受容れる事が出来ます。」

「子供に酷い話を聞かせると、子供が真似て悪い事をする恐れが有ると言うなら、子供の目に目隠しをして、悪い真似をしそうな物は何も見えないように、1日中見張って居るより他無いでしょう。
 
 でも、そんな心配は要りません。
 子供の人間的なセンスが、そんな猿真似をさせる訳が有りません。」


現実世界には、暗く、辛く、恐い事が沢山転がっている。

創作世界でどんなに残酷な表現を見せても、現実有った凄惨な事件の前では色褪せてしまう。


目を覆う様な辛く恐ろしいものに、蓋をして見えないようにして…そんな育て方で、果して子供は現実の苦難に陥った時、乗り越える事が出来るだろうか?


今夜話す物語は、グリム兄弟のそんな思惑を心に置いて、聞いて頂ければ幸いに思う。



西フリースラントに在る、フラーネカーと言う町で、或る時子供達が遊んでいました。

5、6歳の男の子と女の子達でした。

その内、1人の男の子が肉屋になり、もう1人の男の子がコックになり、また別の男の子が豚になるという事になりました。

女の子は、1人がコックになり、もう1人がコックの手伝いをやる事になりました。

手伝いは、ソーセージが作れるように、豚の血を器に受ける事になりました。


さて肉屋は、打ち合せた通り、豚に寄って行き、その子を引き倒して、喉を切り開きました。

するとコックの手伝いが、血を器に受けました。


丁度その時通り掛った市の参事会員が、この酷い有様を見て、肉屋の子を、その場から市長の家へ連れて行きました。

市長は参事会員を直ぐに全員呼び集めました。


どうしたら良いか、皆で知恵を絞りましたが、良い考えは浮びませんでした。

というのは、子供が無邪気な気持ちでやった、という事が解っていたからです。


中に賢い年寄が居て、良い案を出しました。


「裁判長は、片方の手に真っ赤な林檎を持ち、もう一方の手に金貨を持ちなさい。

 それから子供を呼んで、両手を一緒に、その子の方に差し出して御覧。
 
 林檎を取ったら無罪とするが、金貨を取ったら死刑にするというのは、どうだろう。」


その通りやってみると、子供はニコニコしながら林檎を取ったので、無罪と認められ、何の罪も受けませんでした。



初版に載せられていた、この『子供達がごっこをした話』は、しかし世論に抗い切れなかったのか、第2版では残念ながら削られている。


近年議論されてる少年法にも生かせそうな、示唆に富んだ良い話だと思うのだがね。

子供は確かに純粋だが、純粋故の残酷さを持ち合わせてもいるのだから。


今夜の話はこれでお終い。


…それでは23本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…


……有難う……どうか気を付けて帰ってくれ給え。


いいかい?……くれぐれも……


……後ろは絶対に振り返らないようにね…。



『完訳 グリム童話集(ヤーコプ・グリム、ヴィルヘルム・グリム、編著 岩波文庫、刊)』より。
コメント
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