瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第10話―

2006年08月16日 21時21分35秒 | 百物語
やぁ、いらっしゃい。

そろそろ来る頃だと思って、紅茶を用意してお待ちしていたよ。

アールグレイだが、好みかい?

砂糖は幾つ入れようか?

ミルクは如何するかな?


…今夜は送り盆だったね。

迎え盆に訪れた近しい立場の霊を、あの世に送り返してあげる日さ。

13日からこっち…暫く人の気配を多く感じたりはしなかったかい?


さて、今夜も英国での話を聞かせよう。



英国、イニス・サークと言う所に、『カサリーン』と言う若い娘が居た。

カサリーンは、つい最近、最愛の恋人を亡くしてしまい、酷く悲しんでいた。


或る夜、道端に座って嘆いていると、何処からともなく、美しい貴婦人が現れた。

そしてカサリーンに、何をそんなに嘆いているのか聞いて来た。

カサリーンは、恋人と死に別れた事情を、その貴婦人に話した。

それを聞いた貴婦人は、カサリーンに薬草で編んだ輪を与え、「この輪から覗いて御覧」と言った。


カサリーンが輪を覗くと……そこには、死んだ筈の恋人の姿が在った。

恋人は蒼褪めていたが、黄金の冠を被り、高貴な人達と楽し気に踊り戯れていた。


貴婦人はカサリーンにもっと大きな薬草の輪を与え、輪から葉を1枚取って燃やせば、毎晩恋人の元を訪れる事が出来るだろうと話した。


「だけどね、お嬢さん。
 注意しておきますよ。
 
 煙が立ち昇っている間、祈りを唱えても、十字を切ってもいけない。

 …さもないと、貴女の恋人は永遠に姿を消してしまうでしょう。」


そうカサリーンに警告すると…貴婦人の姿は、何処にも見えなくなってしまった。


それからというもの、カサリーンは妖精の国を訪れる事にしか、興味が持てなくなった。

毎晩、部屋に閉籠り、薬草の葉を燃やした。

それが煙っている間、カサリーンは夢現の中、明るい丘の上で、恋人と楽しく踊るのだった。


そんなカサリーンを、母親は酷く心配した。

教会にも行かず、懺悔もせず、以前とは様子がすっかり変ってしまったからだ。


或る夜、母親はこっそり2階に上り、ドアの割れ目から、カサリーンの部屋を覗いた。


――カサリーンが、葉に火を点け、恍惚状態でベッドに横たわっているのが見えた。


驚いた母親は、どうか娘の魂をお救い下さいと、跪き聖母マリアに祈った。

それから、いきなりドアを開けると、胸の上で十字を切った。


するとカサリーンが、ベッドから飛び起き叫んだ。


「お母さん!お母さん!死人が私を捕まえに来る!ほら…此処に!!」


そう言うと、発作を起したかの様に、のたうち回った。


直ぐに司祭が呼ばれて、カサリーンの体の上、祈りを唱えた。

そして、薬草の輪に呪いの言葉を吐いた。

司祭が祈っている間に、薬草はみるみる灰になった。


すると漸く、カサリーンの様子が静まった。


……だが、力尽きた様に、遂に夜中になる前、息を引き取ってしまった。



死者を悼み過ぎる行為は危険であると警告してる話らしいが…。


現代に置き換えて、ネットジャンキーへの警告話とも読める様だというのは…少々穿った見方過ぎるだろうか?

あんまり楽しいからといって、行きっ放しは宜しくないって事だね…。


…今夜の話はこれでお終い。


さぁ…それでは10本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…


……有難う……また次の御訪問を、お待ちしているよ。


ああ、待ってくれ給え…

…また、お茶を残しているじゃないか…。


……確かに飲み干したって?

…本当におかしいねえ……。



…それでは、どうか道中気を付けて帰ってくれ給え。


ああ、帰ったら、家に入る前に必ず塩を撒く事をお忘れなく。


でないと貴殿の左肩に覆い被さった………いや…何でもないよ。


そして、いいかい?


くれぐれも……


……帰る途中で、後ろを振り返らないようにね…。



『イギリスの妖精 ―フォークロアと文学― (キャサリン・ブリッグズ、著 石井美樹子・山内玲子、訳 筑摩書房、刊)』より。
コメント
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