やあ、いらっしゃい。
毎日呪文の様に「暑い」と呟いていないかい?
そんな貴殿の背筋を涼しくさせる様な話を、今夜もお聞かせしよう。
イギリスで妙にリアリティの有る伝説として、残されているものが有る。
12世紀の初め頃、ウルフ・ピット近くで、妖精の子供達を発見したという話が、『中世年代記』の中に記されているそうだ。
付近に住む農家の人達が、或る洞窟の入口で、驚いた様子でおどおどしながら座っている2人を見付けた。
男の子と女の子で、普通の人間と同じ大きさと姿をしていたが、2人とも頭から爪先まですっかり薄い緑色をしていた。
誰にも子供達の話す言葉は解らなかったし、子供達にも人々が話し掛ける言葉は解らなかったようだ。
そこで人々は2人の子供を、ワイクスに城の在る、サー・リチャード・ド・カーンと言う騎士の所へ連れて行った。
2人はとてもお腹が空いている様子だったが、パンにも肉にも手を触れず、激しく泣くばかりだった。
そこへ偶然城の中に、そら豆が大量に運び込まれた。
それを目にした子供達が欲しがってる様に思えたので、皮を剥いて中の豆を見せてやると、夢中でそれを食べ出した。
2人の内男の子は、悲しそうで弱々しく…暫く経った後、やつれて死んでしまった。
だが女の子の方は、人間の食べ物を食べるようになり、現地のアングロ・ノーマン語で話す事を習い、段々と皮膚の緑色も薄くなって、普通の人と同様に見えるまでになった。
女の子は洗礼を受け、成人すると結婚して家庭に落ち着いた。
落ち着いた所で、人々はどうやって彼女がこちらの国にやって来たか尋ねた。
彼女も自分の国について、色々と話した。
その話によると、彼等の住んでいた国は、『聖マーチンの国』と呼ばれ、人々は皆キリスト教信者なのだという。
その国には太陽や月は無いが、何時も夜明け前の薄明かりの様な、仄明るい光に包まれていたという。
その国全体と、そこに住んでいる生物も人間も、皆緑色をしているという。
或る日、女の子と男の子が家畜の群れを追っていた時、洞窟の入口まで来ると、素晴しい鐘の音が遠くから聞えて来た。
2人は初めて聞くその音色に誘われて、洞窟内を歩いて行く内、角を曲った所で突然太陽の光をいっぱいに受けた。
その眩しい光と急に吹いて来た風にぼう…っとなり、気を失って地面に倒れてしまった。
その後、2人の元に大きな声が届き、驚いて目を覚ました。
2人は逃げようとしたが、眩しい光の為に道が見えず、うろうろしている間に捕まってしまったという事であった。
初めの内はとても恐がったが、女の子は直ぐに人間達が親切である事に気付き、終いには自分の奇妙なやり方で、人間の生活の中に落ち着いたと伝えられている。
…実に不思議な話と言えよう。
もしこの2人がキリスト教信者の国から来たとしたら、それはこちらで言う所の妖精には当らなく感じるのだが。
しかし女の子の話を聞くと…どうにも私達とは違う世界から来たとしか思えない。
果して『聖マーチンの国』なんて場所が実在するのか?
リアリティ有る記録として残されているのが、奇妙に感じられてならない。
貴殿はこの話を、真実有った事と思えるだろうか…?
今夜の話はこれでお終い。
…それでは17本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…
……有難う……どうか今夜も気を付けて帰ってくれ給え。
いいかい?……くれぐれも……
……後ろは絶対に振り返らないようにね…。
『妖精Who,s Who(キャサリン・ブリッグズ、著 井村君江、訳 筑摩書房、刊)』より。
毎日呪文の様に「暑い」と呟いていないかい?
そんな貴殿の背筋を涼しくさせる様な話を、今夜もお聞かせしよう。
イギリスで妙にリアリティの有る伝説として、残されているものが有る。
12世紀の初め頃、ウルフ・ピット近くで、妖精の子供達を発見したという話が、『中世年代記』の中に記されているそうだ。
付近に住む農家の人達が、或る洞窟の入口で、驚いた様子でおどおどしながら座っている2人を見付けた。
男の子と女の子で、普通の人間と同じ大きさと姿をしていたが、2人とも頭から爪先まですっかり薄い緑色をしていた。
誰にも子供達の話す言葉は解らなかったし、子供達にも人々が話し掛ける言葉は解らなかったようだ。
そこで人々は2人の子供を、ワイクスに城の在る、サー・リチャード・ド・カーンと言う騎士の所へ連れて行った。
2人はとてもお腹が空いている様子だったが、パンにも肉にも手を触れず、激しく泣くばかりだった。
そこへ偶然城の中に、そら豆が大量に運び込まれた。
それを目にした子供達が欲しがってる様に思えたので、皮を剥いて中の豆を見せてやると、夢中でそれを食べ出した。
2人の内男の子は、悲しそうで弱々しく…暫く経った後、やつれて死んでしまった。
だが女の子の方は、人間の食べ物を食べるようになり、現地のアングロ・ノーマン語で話す事を習い、段々と皮膚の緑色も薄くなって、普通の人と同様に見えるまでになった。
女の子は洗礼を受け、成人すると結婚して家庭に落ち着いた。
落ち着いた所で、人々はどうやって彼女がこちらの国にやって来たか尋ねた。
彼女も自分の国について、色々と話した。
その話によると、彼等の住んでいた国は、『聖マーチンの国』と呼ばれ、人々は皆キリスト教信者なのだという。
その国には太陽や月は無いが、何時も夜明け前の薄明かりの様な、仄明るい光に包まれていたという。
その国全体と、そこに住んでいる生物も人間も、皆緑色をしているという。
或る日、女の子と男の子が家畜の群れを追っていた時、洞窟の入口まで来ると、素晴しい鐘の音が遠くから聞えて来た。
2人は初めて聞くその音色に誘われて、洞窟内を歩いて行く内、角を曲った所で突然太陽の光をいっぱいに受けた。
その眩しい光と急に吹いて来た風にぼう…っとなり、気を失って地面に倒れてしまった。
その後、2人の元に大きな声が届き、驚いて目を覚ました。
2人は逃げようとしたが、眩しい光の為に道が見えず、うろうろしている間に捕まってしまったという事であった。
初めの内はとても恐がったが、女の子は直ぐに人間達が親切である事に気付き、終いには自分の奇妙なやり方で、人間の生活の中に落ち着いたと伝えられている。
…実に不思議な話と言えよう。
もしこの2人がキリスト教信者の国から来たとしたら、それはこちらで言う所の妖精には当らなく感じるのだが。
しかし女の子の話を聞くと…どうにも私達とは違う世界から来たとしか思えない。
果して『聖マーチンの国』なんて場所が実在するのか?
リアリティ有る記録として残されているのが、奇妙に感じられてならない。
貴殿はこの話を、真実有った事と思えるだろうか…?
今夜の話はこれでお終い。
…それでは17本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…
……有難う……どうか今夜も気を付けて帰ってくれ給え。
いいかい?……くれぐれも……
……後ろは絶対に振り返らないようにね…。
『妖精Who,s Who(キャサリン・ブリッグズ、著 井村君江、訳 筑摩書房、刊)』より。