瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第19話―

2006年08月25日 20時55分39秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。

8月も後1週間程で終るねえ。

今になって、宿題を片付けるのに必死な学生さんも多いだろう。

それとも開き直って、9月から勝負する人も居るだろうか?


今夜お話しするのは、私が幼い頃に読んだ記憶の有る怪談話だ。

…ただ、生憎正式なタイトルすら思い出せない。
何処の話かも覚えていない。
覚えているのは幽霊の名前が『トーレエッペ』と言う事だけ。

したがって今回は記憶だけを頼りに話す為、地名や人名等、細部はどうしても違ったものになる。
もしもオリジナルを御存知の人が居れば、どうかこちらに正しい筋を教えて頂きたい。




3人の仕立屋が、遠くの市まで連れ立って布を買いに行った時の話だ。

朝早くから行ったお陰で、上等な布を仕入れられたのは良かったが、帰る途中で日が暮れてしまい、止むを得ず通り掛った町で、宿を取る事にした。
1階の食堂で暖かい暖炉に当り夕飯を食べ終ると、漸く寛げた心地から、誰からともなく怪談でも話そうじゃないかという事になった。

所が十も話さぬ内に、話が尽きてしまった。

場が白けるのを嫌った1人が、食器を片付けに宿の娘が来たのを幸いに、何か恐い話を知っていないかと振ってみた。
聞かれた娘は、「最近この町の教会に、幽霊が出るって噂が有るわ」と話した。
それを聞いた3人は興味を持ち、娘にもっと詳しく話すようせがんだ。

「もう何年か前からだけど、町の古い教会に、幽霊が棲み付いてしまったんだって。
 幽霊は朝から晩まで、礼拝堂の隅っこに、じーーっと座ってるらしいの。
 町の人は皆怖がって、お祈りにも行かなくなっちゃって、教会はすっかり寂れてしまったわ。」

「へぇ、それは恐い」と、1人が相槌を打った。

しかし娘は「あら、私はちっとも恐くないわ!」と、強気に言い返した。

「そんな事言って…本当は恐いんだろう?」と、もう1人がからかう。

それでも娘は「恐くない」と言い張った。

十やそこらの娘が全く幽霊に怯えず平然と澄ましてる様は、何処か3人の癇に障った。
3人は、「1つ、この娘を恐がらせてやろう」と考えた。

そこで1人が、「所で幽霊とはどんな様子だろう?1回くらい会ってみたいものだ。」と言った。

もう1人が、「どうだい君?今からその教会に行って、此処に連れて来てくれないか?」と頼んだ。

更にもう1人が、「連れて来てくれたなら、俺達3人で1着づつ、君に上等な服を仕立ててあげるよ」と持掛けた。

てっきり怯えて泣くだろうと思ったのに、娘は気丈にも微笑んでこう言った。

「良いわ!
 今から行って、連れて来たげる!
 その代り、約束ちゃんと守ってね!」

さて、宿を出て真っ暗夜道を歩いて行くと、程無く古い教会の前に着いた。
幽霊が出るという噂のお陰で、辺りに人影は無く、不気味に静まり返っていた。

古びた石の扉を開けて、奥へと進んで行く。
礼拝堂の柱の陰…幽霊はそこに確かに、独り蹲っていた。

ボロ布を纏った骨だけの体。
目玉を失い落ち窪んだ眼孔。

一目見て身の毛のよだつ姿だったが、娘はまったく恐がらずに歩み寄ると、幽霊に向いこう言った。

「あんたに会いたがってる人達が居るの。
 今から一緒に来て頂戴!」

娘の言う事を理解してるのかいないのか、幽霊はただぼんやりと蹲ってるだけだったが、娘は頓着せずに彼をおぶって外へ連れ出した。


幽霊をおぶって戻った娘を見た3人は、恐怖のあまり絶叫した。
しかし娘は気に懸けず、おぶった幽霊を椅子に降ろすと、3人に向き合うよう座らせた。

「約束通り連れて来てあげたわ。
 今お茶を淹れるから、待っててね。」

全員にお茶を淹れようと、娘が台所の奥に引込む。
残された幽霊は無言で、じーーーっと3人を見詰た。

怯えた3人が、椅子を引いて後退る。
しかし何を考えてか、幽霊が腰掛けたまま前に出る。

にじり寄って来て、また、じーーーっと3人を見詰る。
窪んだ眼孔に、真っ暗な闇が広がっていた…。

ガタガタ震えながら、また3人が後退る。
また幽霊がにじり寄って来る。

そして、じーーーっと見詰る。

更に必死で3人が後退り、離れようとする。
しかし、それでも幽霊は追って来る。

離れても、離れても、じりじりと、じりじりと…

食堂を1周し終えた頃、堪りかねた3人が、娘に叫んだ。

「もう結構!充分、幽霊と親睦を交わした!」
「後生だから早く教会に連れて帰ってくれ!」
「連れ帰ってくれたなら、また3人で1着づつ、上等な服を仕立ててやるから!」


3人の哀願を承知した娘は、再び幽霊を背中におぶり、夜道を歩いて教会に連れて帰った。
そして元居た礼拝堂の隅に降ろそうとしたが……何故か幽霊は、娘の背中から降りようとしない。
骨が露になった腕を、首にぎゅっと巻き付けて来る。

「ちょっと……早く降りてよ。
 でないと私、家に帰れないわ。」

困惑する娘の耳元で、幽霊のしわがれ声が囁いた。

「……俺に降りて欲しければ……今から言う通りにしろ。
 
 町の外れに沼が在るだろう。
 今からそこへ行って、こう、3度叫ぶんだ。

 『ペールの娘、アンナ
  トーレエッペを許すかい』

 …約束しなければ、俺は絶対に降りない。」

「……解ったわ。
 あんたの言う通りにする。
 だから早く降りて頂戴。」

娘の言葉を聞いて、幽霊は漸く背中から降りた。

「約束を果すまで、俺はこの堂に座って待っている。
 果したら此処に戻って来て、どうなったか教えろ。
 …そうしたら、お礼に、お前に良い物をやろう。」

幽霊と約束を交わした娘は、直ぐ様、言われた通りに沼へ向った。


町から外れて暫くして…暗く鬱蒼とした繁みの中、小さな沼が見付った。
真っ黒な水面には、月が半分だけ浮んで、揺れている。

水面に向い、娘は大声で、3度叫んだ。

「ペールの娘、アンナ!
 トーレエッペを許すかい!

 ペールの娘、アンナ!
 トーレエッペを許すかい!

 ペールの娘、アンナ!
 トーレエッペを許すかい!」

3度目が言い終ると同時に、水面がユラユラと波打った。
白い煙がフワフワ立ち昇り……娘の前に、美しい女の像が、姿を現した。

金色の髪が、月と星の明りに反射して、濡れ光っている。

「…トーレエッペが本当に済まないと思っているのなら、彼を許すわ。」

女は娘にそう言うと、忽ち漆黒の闇の中、溶けて行った。


教会に戻った娘は、沼で起きた一部始終を、幽霊に伝えた。
幽霊はしわがれ声を響かせ、娘にこう話した。

「…俺はあいつと、結婚の約束をしていた。
 けど、約束を破って、他の女と結婚してしまった。
 それを悲しんだあいつは、沼に身を沈めて死んじまった…」

話しながら幽霊の体が、ぐずぐずと崩れて行った。

「約束を果してくれて有難う。
 お礼に、こちらも約束通り、良い物をやるから受取ってくれ。」

崩れて溶けて行く幽霊の体が、少しづつ金色に変化して行った。

そうして幽霊が消えた跡には――沢山の金貨が山になって積まれていた。


幽霊から貰った沢山の金貨と、仕立屋から貰った6着の上等な服のお陰で、娘は一生楽しく暮したそうだ。




…話を聞いた当時、「どうしてこの幽霊は、自分で謝りに行こうとしないのか?」と考えたものだ。
「謝罪は面と向ってするものだろう」とね。

もう1つの疑問は、「娘の親は一体何処で何をしているのか?」という事だ。
幼い娘が独りで宿を切り盛りしてるというのは、少し不自然さを感じなくもない。

とは言え、この恐い物知らずな女の子には好感が持てる。
持ち前の勇敢さで富を手に入れる筋は痛快で、気に入ったからこそ覚えていたのだろう。

 
今夜の話はこれでお終い。


…それでは19本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…


……有難う……どうか気を付けて帰ってくれ給え。


いいかい?……くれぐれも……


……後ろは絶対に振り返らないようにね…。




※09年11/22追記…或る方から情報を寄せて頂き、原典発見。
スウェーデンの昔話でタイトルは「幽霊を背負う娘」、幽霊の名前は正しくは「トーレ・イエッテ」。
筋は大体同じでも、多く違う箇所が有る事が判明しましたが、折角書いたので娘の名前を修正した以外は、このままにさせて頂きます。(汗)

(原典はこちら→http://hukumusume.com/douwa/betu/world/01/10.htm)
コメント (7)
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