瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第3話―

2006年08月09日 21時30分38秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。

今夜も来てくれたね。

さぁ何時もの席へどうぞ。


藪から棒で済まないが、貴殿は『呪怨』という映画を御存知だろうか?

悪霊に呪われた屋敷の話だよ。

その屋敷に関わった者は、次々と取殺されて行く。

勿論、映画はフィクションだが…


……実際に、そんな屋敷が在ると知ったら……どう思われるかい?


その屋敷が在るのはロンドン。

有名なミュージカル『マイフェア・レディ』の舞台となった、超高級住宅街『メイフェア』。

ちなみに『マイフェア』と言うのは、『メイフェア』をロンドンっ子訛りで発音した言葉だそうだ。


メイフェア地区のど真ん中、ブランド店がズラリと並ぶボンドストリートの直ぐ側に在る、呪われた幽霊屋敷。


人はそこを『バークリー・スクエア50番地』と呼ぶ。


今夜はその屋敷で起きたと云われる、世にも恐ろしい事件の数々をお話ししよう。



此処が幽霊屋敷として噂される様になったのは、1850年頃から…。

1859年、当時の首相ジョージ・カニングの持家だったと言う由緒有る建物を、メイヤー氏なる人物が借りた事から端を発するという。


氏は、地位も名誉も有る紳士で、近く結婚式を挙げ、新妻と共に此処に住む予定だった。

その為に、家具から調度品から全て屋敷に揃え、心待ちにしていた。

所が結婚直前になって、婚約者が気を変え、破談になってしまった。


愛を裏切られ、同時に名誉まで傷付けられた氏は、失意のどん底に沈んだ…。


以来、屋根裏部屋に独り閉籠ってしまった。

昼間は下男に食事を運ばせ、屋根裏で絶望を噛締め…夜中になるとこっそり部屋から忍び出し、新妻の為に揃えた家具調度の並べてある部屋を、蝋燭片手に歩き回っていたという。


メイヤー氏のこんな生活が何時まで続いたのか、氏がその後どうなったのか、正確に知る者は居ないらしい。

ただこれ以降、此処が幽霊屋敷だという評判が立ち始めている。


時代は定かでないが、こんな出来事が有った。


この屋敷に新しく来たメイドが、氏が閉籠っていたと伝えられる、屋根裏部屋で眠る事にした。

彼女が部屋に入って1時間程後の事、突如その部屋からとてつもない叫び声が響いた。

驚いて家人が駆け付けてみると、彼女は目を大きく見開き、部屋の真ん中に棒立ちになっていた。


……彼女は発狂していた。


何を聞いても、意味不明の言葉を口走るばかり。

結局、発狂した理由は、解らず終いだった。

以来、この部屋は『開かずの間』とされた。


その後暫くして、こんな事件も起きたそうだ。


或る日、この屋敷でパーティが開かれた。

パーティーの男性客の1人が、この『開かずの間』の話を聞いて笑い、それなら自分がこの部屋で眠ってみせようと申し出た。

その際、次のように取決めをしたのだ。


「部屋に入って一定の時間が経ったら、ベルを1回鳴らす。
 これは、此処が快適な部屋だという証拠で有る。
 もし何か怪しい事が起きたらベルを2回鳴らすから、皆で助けに来てくれ。」


そして、彼は『開かずの間』に入った。


所定の時間が過ぎて、ベルが1回鳴った。


……何も無い、という合図である。


人々は安堵すると同時に、いささか拍子抜けもした。


――と、突然、狂った様にベルが鳴り出した!


集まった人々がびっくりして、部屋に駆け付ける。


しかし彼は既に………ショック死していた。


一体この部屋で何が起きたのか?――死体は口を聞けない。


この事件を期に、すっかり此処は化物屋敷として定着してしまった。

しかしそれでも興味本位に近付く者や、知らずに借りて被害に遭う者が多数出たという。


例えばベントリー氏と言う人物が此処を買い、2人の娘と共に越して来た時も、同様の事件が起きたそうだ。

やはり先ず、メイドがこの屋根裏部屋で絶叫した。

人々が駆け付けてみると、「それを私にくっ付けないで!」と口走りつつ、直ぐに息を引き取ってしまった。


……一体、この言葉の意味は何なのか…?


これを知った姉娘の婚約者の大尉が、試しに同じ部屋で泊る事にした。


――が、30分と経たぬ内に凄まじい悲鳴を上げ、ピストルを連射した。


人々が部屋に来てみると、勇敢な大尉はピストルを握り締めたまま、息絶えていた。


確かにピストルの弾丸は発射されているのに、弾丸の跡は何処にも見当らなかった。


また事件が起きるに先立って、姉娘は動物園の檻の中を思わせる悪臭を嗅いだと言う。


この屋敷の名をロンドン中に轟かせた事件を紹介しよう。

1930年頃、ピカディリー・サーカス界隈で、夜中に遊んでいた水夫2人組の身に遭った話だ。


夜中まで呑んで騒いで遊んだのは良いが、ふと気付いたらもう泊る所が無い。

どうしたものかと2人千鳥足で彷徨う内に、程近いメイフェアの一角に紛れ込んでいた。

貴族の多く住む地域であり、およそ近寄り難いお屋敷が並んでる中、50番地に在る屋敷だけが空家然としていた。

見るからに荒れており、人が住んでそうはない。

これ幸いと、2人はこの屋敷で朝まで過す事にした。

最上階の1室…屋根裏部屋が比較的綺麗で、快適に眠れそうだと寝床に選んだ。


暫くすると、何やら騒がしい音が聞えて来た。

壁を叩いている様にも、物を壊している様にも聞える。

誰か居たのだろうか?

こんな荒れ果てた所に、一体どんな人間が……


………2人は、蒼くなって顔を見合わせた。


物音は階段を上って来、けたたましい足音に変った。


――ドアがいきなり開いた。


形の定かでない、何かがそこに居た。


水夫の1人は、咄嗟の判断で逃げた。

そいつの脇を辛うじて擦り抜け、部屋の外に飛び出したのだ。


そこで巡回の警官に出会い、事情を話した。

警官と共に、おっかなびっくり屋敷に戻る。


……が、そこにはもう、何の気配も残って居なかった。


水夫の相棒が死体になってた以外は……


彼は最上階の窓の下の鉄柵に、体がぼろぼろに裂かれて引っ掛っていた。


その表情から、とてつもない恐怖が滲み出ていたという。


幽霊の正体は、現代でも解っていない。

ただ、色々な説が並べられているだけだ。


メイヤー氏の怨霊が棲み付いて離れないのだとか。

かつて此処の住人の1人だったデュプレ氏なる人物が、狂暴な兄を部屋に閉じ込めていたとか。

一連の殺人はこの兄がしたもので、それを隠蔽する為に、デュプレ氏が幽霊の噂を立てたのだとか。


しかし実は、1939年に某古書店が、この屋敷跡にオープンしている。

店は今も営業中で、そこの店員曰く、「もう何十年も、何も起きてない」との事だ。


噂はあくまで『噂』だったのか?


あの屋根裏部屋で、また誰かが夜を過してみない限り、真相は闇の中だろう……。



…今夜の話はこれでお終い。


さぁ…それでは3本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…


……有難う……また次の夜の訪問を、楽しみにしているよ。

道中気を付けて帰ってくれ給え。


いいかい?……くれぐれも……


……後ろは振り返らないようにね…。



『ワールド・ミステリー・ツアー13 ①ロンドン篇(第2章 友成純一、著 同朋舎、刊)』より、主に記事抜粋。
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