やあ、いらっしゃい。
8月も終盤だね。
私事だが、この週末に近所で大きな夏祭りが催される予定でね。
7月からこっち、町中至る所で踊りの練習が行われている。
威勢の良い祭囃子は、聴いてるだけでも楽しくなるもの。
今夜は愉快な悪戯好き妖精のお話を聞かせよう。
妖精の名前は『ヘッドリー・コウ』…ボギー・ビーストと呼ばれる種類で、イギリスのヘッドリー村に出没した事から、そう呼ばれているそうだ。
ヘッドリー村近くに、或る小さな貧しい老婆が住んでいた。
この老婆はひもじくなったり寒くなったりすると、近所の人達の走り使いとか、人の嫌がる仕事を代りにやっては生計を立てていて、貧しいながらも何時も明るく楽しく、毎日を歌って過していた。
或る午後の事、近所の人の為に買物を済ませた老婆は、すたすたと帰りを急いでいた。
その時、道の横の溝に、鉄のポットが落ちているのが目に入った。
「あれまぁ、こんな良い鉄のポットを、一体誰がこんな所に置いとくんだろうね。」
ポットの口に花でも挿して、花瓶代りに出来るかもしれないってのに…。
老婆は、そのポットの持主が近くに居るだろうかと思って、ぐるりと辺りを見回した。
誰も居ないのが判ると、そのポットを家に持ち帰ろうと思い、持上げてみたが、とても重かった。
蓋を取って中を覗いてみる。
――なんと口元までいっぱいに、金貨が入っていた!
「わぁ、たまげた!
こんな運の良い事なんて、滅多に私にゃ起きないね!
だけどこれは本当だわ。
まったく私は運が良いね。
これを家に持って帰りゃ、これから一生、女王様みたいに暮せるよ。」
鉄のポットは重くて持上らないので、取っ手の所にショールを結び、引き摺って道を歩いた。
歩きながら、このお金でどんな贅沢をしようかと、老婆はうきうきした気分で考えていた。
暫くして息が切れたので、老婆は立止って休んだ。
気持ちを奮い立たせる為に、身を屈めて宝物を眺める。
――そして、目を疑った。
鉄のポットや蓋、中身の金貨も、皆消えてしまい、その代りに大きな銀の棒が輝いていたのだった。
「銀だよ!
まぁ、金よりも銀の方が安全かもしれないね。
もし私が金貨を使っているのが解って御覧。
御近所の連中は目を白黒させちまうよ。
泥棒には四六時中うろうろされちまうだろうし…嫌だ嫌だ。
そうさ、銀の棒を持ち帰って、シリングや6ペンスの小銭に換えといた方が、いざという時に具合が良いよ。」
老婆はショールを銀の棒に巻付けると、それを引き摺って歩き続けた。
段々銀の棒が上手い具合に引っ張れなくなって来たので、老婆は後ろを振り向いて見た。
――と、そこに有ったのは、大きくギザギザして錆びた鉄の塊だった。
驚いた老婆は、身を屈めて触ってみた。
「おやまぁ!
おかしいね、私の目がどうかしてたんだろうか?
確かにピカピカ眩しく光ってた銀だと思ったのに…錆びた鉄の塊だったって訳かい?
まぁでもこの方がずっと良いよ…何より安全さ。」
老婆はこう独り言を呟いた。
「銀を買ったなんて誰かに見付けられて、訳を訊ねられたりしたら、困っちまうからね。
この古くて大きな鉄の塊だって、かなりの良い値で売れて、ペニー銅貨がたんまり貰えると思うね。
そうだ、私は本当に運が良いんだ。
これまでだって、ずっと運が良かったけどね。」
こう言うと、老婆はまたスタスタと歩き続けた。
家近くの小道まで来て、老婆が角を曲ろうとして振り向いて見ると――
――ショールの端に縛り付けて有った物が、今度は大きな滑々した石に変っていた。
「あれあれ、たまげたね!
結局はただの石だったなんて!
でもね、この石は丁度私が欲しかった形と大きさだよ。
庭の門がバタンと閉まらない様、後ろの所に置くのにぴったりだ。
本当に、まったく私は運が良いわ。」
こう言うと老婆は歩き出し、庭の門を押し開けて、運んで来た石を中に入れ、ショールの結び目を解こうとして身を屈めた。
すると突然、その石が震えて動き出したかと思うと、下から4本のひょろ長い足が出て、片方の端から長くて細い尻尾が飛び出し、もう片方の端からは頭が飛び出し、そこから長い耳を2つ生やした。
そうして、老婆の周りを踊る様に飛跳ね、騒いだ。
老婆は暫くその様子を呆然と眺めていたが、急におかしくなり、一緒になって笑い出してしまった。
「おやまぁ、こんな年んなってヘッドリー・コウに会えて、しかもこんなに思い切ったお付合いが出来たなんて。
まったく、今日の私は運が良いよ、間違い無くね!
本当に凄いわ、得意な気分になっちゃうよ!」
こう言うと老婆は、まるで女王様の様に誇らし気に、自分の住む小屋へと帰って行った。
…逆『わらしべ長者』と言ったところか。
私はむしろ、この老婆が空恐ろしい。
何が起きても楽観主義というのは、底が知れない分、恐ろしく感じるものだ。
今夜の話はこれでお終い。
…それでは16本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…
……有難う……それでは今夜も気を付けて帰ってくれ給え。
いいかい?……くれぐれも……
……床に就くまで後ろは絶対に振り返らないようにね…。
『妖精Who,s Who(キャサリン・ブリッグズ、著 井村君江、訳 筑摩書房、刊)』より。
8月も終盤だね。
私事だが、この週末に近所で大きな夏祭りが催される予定でね。
7月からこっち、町中至る所で踊りの練習が行われている。
威勢の良い祭囃子は、聴いてるだけでも楽しくなるもの。
今夜は愉快な悪戯好き妖精のお話を聞かせよう。
妖精の名前は『ヘッドリー・コウ』…ボギー・ビーストと呼ばれる種類で、イギリスのヘッドリー村に出没した事から、そう呼ばれているそうだ。
ヘッドリー村近くに、或る小さな貧しい老婆が住んでいた。
この老婆はひもじくなったり寒くなったりすると、近所の人達の走り使いとか、人の嫌がる仕事を代りにやっては生計を立てていて、貧しいながらも何時も明るく楽しく、毎日を歌って過していた。
或る午後の事、近所の人の為に買物を済ませた老婆は、すたすたと帰りを急いでいた。
その時、道の横の溝に、鉄のポットが落ちているのが目に入った。
「あれまぁ、こんな良い鉄のポットを、一体誰がこんな所に置いとくんだろうね。」
ポットの口に花でも挿して、花瓶代りに出来るかもしれないってのに…。
老婆は、そのポットの持主が近くに居るだろうかと思って、ぐるりと辺りを見回した。
誰も居ないのが判ると、そのポットを家に持ち帰ろうと思い、持上げてみたが、とても重かった。
蓋を取って中を覗いてみる。
――なんと口元までいっぱいに、金貨が入っていた!
「わぁ、たまげた!
こんな運の良い事なんて、滅多に私にゃ起きないね!
だけどこれは本当だわ。
まったく私は運が良いね。
これを家に持って帰りゃ、これから一生、女王様みたいに暮せるよ。」
鉄のポットは重くて持上らないので、取っ手の所にショールを結び、引き摺って道を歩いた。
歩きながら、このお金でどんな贅沢をしようかと、老婆はうきうきした気分で考えていた。
暫くして息が切れたので、老婆は立止って休んだ。
気持ちを奮い立たせる為に、身を屈めて宝物を眺める。
――そして、目を疑った。
鉄のポットや蓋、中身の金貨も、皆消えてしまい、その代りに大きな銀の棒が輝いていたのだった。
「銀だよ!
まぁ、金よりも銀の方が安全かもしれないね。
もし私が金貨を使っているのが解って御覧。
御近所の連中は目を白黒させちまうよ。
泥棒には四六時中うろうろされちまうだろうし…嫌だ嫌だ。
そうさ、銀の棒を持ち帰って、シリングや6ペンスの小銭に換えといた方が、いざという時に具合が良いよ。」
老婆はショールを銀の棒に巻付けると、それを引き摺って歩き続けた。
段々銀の棒が上手い具合に引っ張れなくなって来たので、老婆は後ろを振り向いて見た。
――と、そこに有ったのは、大きくギザギザして錆びた鉄の塊だった。
驚いた老婆は、身を屈めて触ってみた。
「おやまぁ!
おかしいね、私の目がどうかしてたんだろうか?
確かにピカピカ眩しく光ってた銀だと思ったのに…錆びた鉄の塊だったって訳かい?
まぁでもこの方がずっと良いよ…何より安全さ。」
老婆はこう独り言を呟いた。
「銀を買ったなんて誰かに見付けられて、訳を訊ねられたりしたら、困っちまうからね。
この古くて大きな鉄の塊だって、かなりの良い値で売れて、ペニー銅貨がたんまり貰えると思うね。
そうだ、私は本当に運が良いんだ。
これまでだって、ずっと運が良かったけどね。」
こう言うと、老婆はまたスタスタと歩き続けた。
家近くの小道まで来て、老婆が角を曲ろうとして振り向いて見ると――
――ショールの端に縛り付けて有った物が、今度は大きな滑々した石に変っていた。
「あれあれ、たまげたね!
結局はただの石だったなんて!
でもね、この石は丁度私が欲しかった形と大きさだよ。
庭の門がバタンと閉まらない様、後ろの所に置くのにぴったりだ。
本当に、まったく私は運が良いわ。」
こう言うと老婆は歩き出し、庭の門を押し開けて、運んで来た石を中に入れ、ショールの結び目を解こうとして身を屈めた。
すると突然、その石が震えて動き出したかと思うと、下から4本のひょろ長い足が出て、片方の端から長くて細い尻尾が飛び出し、もう片方の端からは頭が飛び出し、そこから長い耳を2つ生やした。
そうして、老婆の周りを踊る様に飛跳ね、騒いだ。
老婆は暫くその様子を呆然と眺めていたが、急におかしくなり、一緒になって笑い出してしまった。
「おやまぁ、こんな年んなってヘッドリー・コウに会えて、しかもこんなに思い切ったお付合いが出来たなんて。
まったく、今日の私は運が良いよ、間違い無くね!
本当に凄いわ、得意な気分になっちゃうよ!」
こう言うと老婆は、まるで女王様の様に誇らし気に、自分の住む小屋へと帰って行った。
…逆『わらしべ長者』と言ったところか。
私はむしろ、この老婆が空恐ろしい。
何が起きても楽観主義というのは、底が知れない分、恐ろしく感じるものだ。
今夜の話はこれでお終い。
…それでは16本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…
……有難う……それでは今夜も気を付けて帰ってくれ給え。
いいかい?……くれぐれも……
……床に就くまで後ろは絶対に振り返らないようにね…。
『妖精Who,s Who(キャサリン・ブリッグズ、著 井村君江、訳 筑摩書房、刊)』より。