瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第13話―

2006年08月19日 20時55分54秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。

今夜も酷く蒸すね。

百物語をするのには相応しい…。


さて、今夜は長年に渡って誰も解けない謎をお話ししよう。

ミステリー好きで推理力に自信の有る方は、是非挑戦して頂きたい…。



大西洋のど真ん中に横たわるフラナン諸島。

事件はその内の最北最大の島、『アイリーン・モア島』で起きた。


1895年、北英燈台委員会は、この付近で難破事故が続発していた事から、島に燈台を建設する計画を発表した。

工事は困難を極め、予定は大幅にずれ込んだが、1899年12月、どうにか燈台に初めて灯火を入れられた。


しかし……1900年、クリスマスの11日前、その光が何故か忽然と消えてしまったのだ。


報告を受けて、北英燈台委員会は調査に向う事にした。

生憎の悪天候続きで、調査の船『ヘスペラス号』は、クリスマスの翌日、好天が戻ってから船を出した。

燈台へ行く為の船着場は、島の西側と東側の2ヵ所に造ってある。

好天が戻ったとは言え、波は未だ高く、『ヘスペラス号』は3回接岸を試みて、漸く東側の突堤に船を繋いだ。


『ヘスペラス号』の船長、『ジョセフ・ムーア』が信号を出す。


しかし、燈台からは何の反応も無い。


規則では旗が振られる筈なのに。


ムーア船長は不審に感じた。


アイリーン・モア島に居た燈台守は、3人。

ジェームズ・デュカット、ドナルド・マッカーサー、トマス・マーシャル…

…まさか3人同時に病気になったなんて事は無いだろう。


返事が無いので燈台に向ってみる。

ムーア船長が最初に燈台の入口に着いた。

入口は閉じたままだった。

口に手を当てて大声で叫んだ。

それから通路の急な坂を駆け上がった。

燈台正面の扉も閉じたままだった。

再び、船長は大声で3人の名前を呼んだ。


……しかし、何の反応も無い。


1階の大部屋に入った。


もぬけの殻だ。


暖炉に残っている灰に手を触れてみた。


……冷たい。


嫌な予感がした船長は、後から2人の船員が来るのを待って、一緒に上階の就寝用区画に登った。

ベッドは何れもきちんと作られていた。

整頓され、室内に乱れた様子は一切無い。


燈台長だったジェームズ・デュカットの日記を発見した。

最後の記入は12/15の午前9時。


燈台の灯火が消えた日だ…。


これは後日の調査から確認した事実なのだが……

15日の夜、『アーチャー号』と言う名の船が、アイリーン・モア島の極近くを通った。

その時、「燈台に灯火は入ってなかった」との事だった。


しかし、灯火用のオイルは、無くなってはいない。

灯心も切って揃えてある。

何時でも灯が入れられる状態にしてあった。


残された物全てが、整然と保たれている。

日記から、3人の燈台守が、その日まで基本的な仕事を、秩序良くこなしていた事が確認出来た。


しかし、その日の夕刻――島には燈台に灯を入れる人間が、1人も残っていなかった。


それ以外に考えようが無い状況だったのだ。


結局『ヘスペラス号』は、3人の燈台守へのクリスマスプレゼントを積んだまま、空しくルイス島へ戻った。


2日後、本格的な調査隊が、アイリーン・モア島に上陸した。


一体此処で何が起きたのか?


最初は、状況は極めて単純だと考えられた。

西側の突堤には、暴風雨の痕跡が歴然としていた。

海面から約20mの高さの場所にクレーンが有るが、これにロープが幾本も絡み付いていた。

また、海面から約14mの高さの岩の割れ目に、道具箱が常備してあった筈だが、これが見当らなかった。

恐らく、30mもの高波が大西洋から此処に砕けて、道具箱と共に3人の男を引っ攫ったのだ。

デュカットとマーシャルのオイルスキン(上下揃いの油布製の衣服)が見えないという事実も、この考え方の有力な根拠となった。

このオイルスキンは、突堤へ行く時にだけ、身に着ける物だ。


調査後、隊は以下の結論に達した。


2人はクレーンが暴風雨でやられるのではと懸念した。

その為、オイルスキンを身に着け、突堤へと向った。

そこに巨大な高波が横殴りに襲った…


……しかし、その場合、第3の男『ドナルド・マッカーサー』はどうなったのだろう?


彼のオイルスキンは燈台に残されていた。

先に出た2人を助けようと飛び出し、自分も波に攫われたのか?


しかし、以上の推理は何れも成立しない事が直ちに判った。


誰かが、12/15は穏やかな1日だったと指摘したのだ。

暴風雨になったのは翌日からだった。


燈台長デュカットが、日記の日付を付け間違えたのではないかとの指摘も有った。


しかし、この考えもあっさり否定された。

前述した通り『アーチャー号』が、「15日の夜には灯が消えていた」と確認していたからだ。


以下の推理が出た。


穏やかな朝、3人は突堤へ向った。

その内に、1人が足を滑らせ、海面に落ちてしまった。

助ける為に、残る2人も海へ飛び込み、3人そのまま溺れ死んでしまった。


…しかし、突堤にはロープもライフベルト(救命浮)も有った。

海に飛び込まなくても、ライフベルトを投げれば、解決した筈だろう。


こんな推理も出た。


最初に足を滑らせて海面に落ちた男が、気を失ってライフベルトを掴む事が出来なかった。

…この場合も、2人の内1人だけが飛び込み、もう1人はロープの一端を握って突堤に残ろうとするのが自然ではないか?


更に、こんな推理も出た。


3人の内の1人が発狂してしまい、2人の仲間を殺してしまった。

その後、自分自身も海に身を投げた。


…しかし日記を読む限り、その可能性を仄めかす証拠は、一片たりとも無かった。


当時放送キャスターだったヴァレンタイン・ダイオールが、1947年にスコットランドの新聞記者イアン・キャンベルがアイリーン・モア島へ行った時の経験を引き合いに出し、著書『未解決の謎』の中で次の様な説明を試みている。


キャンベルが、穏やかな日に西側の突堤に立って、海を眺めていた時だ。

ふいに海面が盛上り、みるみる内に20mを越す高波となって、突堤に覆い被さって来た。

そして1分後、元の穏やかな海面に戻った。

あっという間の出来事だったそうだ。

潮の気紛れか?

或いは、海底で起きた地震の影響か?

理由は解らないが、まともに被っていたら、確実に海に引き摺り込まれていただろう…

キャンベルはそう確信して、背筋を凍らせたと言う。


海面の突然の理解を超えた『盛上り』は、それ程珍しい現象ではなく、これまでにも数人の人間が犠牲になっているそうだ。


3人の燈台守も、この人知を超えた『盛上り』に襲われ、姿を消したのではないかと、ヴァレンタインは推理したのだ。


しかし……この現象を認めても、未だ納得いかない点が残されていた。


マッカーサーはオイルスキンを身に着けていなかった。

という事は、仮に現象が起きたとしても、事件発生時点で、彼は灯台の中に居た。

……そう考えた方が自然なのだ。


仲間2人が高波に攫われたとして…それを知り、自分も一目散に突堤まで突進し、着の身着のまま海に身を投げる程、マッカーサーはとんまな人物だったのか?


こうして、多くのミステリーマニアが推理に挑戦し、現代まで尚解けない謎が残された。


――1900年、クリスマス間近の或る穏やかな日、アイリーン・モア島に居た3人の燈台守が、跡形も無く消失した……


高波に攫われたか、或いは異界に飛ばされたか……


さぁ…貴殿には、この謎が解けるだろうか…?



…今夜の話はこれでお終い。


それでは、13本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…


……有難う……また次の御訪問を、お待ちしているよ。


いいかい?


くれぐれも……


……帰る途中で、後ろを振り返らないようにね…。



『世界不思議百科(コリン・ウィルソン&ダモン・ウィルソン、著 関口篤、訳 青工社、刊)』より。
コメント
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