チャコちゃん先生のつれづれ日記

きものエッセイスト 中谷比佐子の私的日記

断捨離

2020年07月15日 17時11分02秒 | 日記

この断捨離という言葉はとても使いたくない言葉だ

自粛の間に各御家庭の持ち物が整理されたくさんの捨て物が巷にあふれた

「お片付け」というジャンルのビジネスが大きく伸びた

広さ半分の部屋に移行するので整理する箪笥やその他の物を持って行ってもらうのに見積をみて仰天!

昔から「引っ越し貧乏」と言われているけどなるほどと変に感心する

 

今は皆さん物を持っていらっしゃるので「差し上げる」といってもうれしくない

日本は富んだ国になった

 

今から35年前はじめてワシントンDCの友人宅に行ったとき、大きな広場に家具や什器などが並べられているので冷やかしていたが、そのすべてが個人のお宅から出たもので、それぞれ好きな値段をつけていて購入する人が値段交渉をしていた。みると、どっしりとしたマホガニー家具や、中世の手の込んだ家具、ガラス製品、勲章まで売っていて、その中から奇麗な彩色が施されている踏み台を購入した(今でも使っている)

 

友人宅に持って帰ると

「確かに日本にはそういう踏み台はないわね、だけどトランクに入るの?」

「大きいトランクに買い替えるわ」

「じゃあその小さいのを明日その広場で売ってきたら?」

「いいの?そんなことできるの?」

「大丈夫よ」

というわけで翌日広場に行き、開催者に会費を払いトランクを出して売ってきた

 

のんびりとした時代で、ブロ-クン英語がよかったらしくすぐ売れたので、そのお金で夏のつば広お帽子を購入し、お散歩に重宝した

アメリカは富んでいる国だから物が余ってくるのだろうなあ、おうちもマンションが多くなり、その近代的なお部屋に置くのには、こういう味のある家具は似合わないのだろうなあと思いながら、その広場を徘徊してアメリカの中流階級?の人たちの物調べに集中した3日間だった

ローマに長く住む友人宅に伺ったときは、物を大切に使うヨーロッパの人たちの生活を垣間見ていたので、成長する若い国の消費力のすごさに国の経済力の違いや歴史観のとらえかたを大いに勉強できた

 

そのころの日本はまだみんながモノを欲しがっていた時代で消費力がぐんぐん上がっていた

そして現代はモノを持ちすぎて捨てる時代

そういう時代だからこそいいモノづくりを継承し、捨てないで幾世代にも繋いでいけるものを使っていきたい。江戸時代の日本人が出来ていたことだもの、きっとできる。コロナ以降はそういう社会になりそうだ

 

それにしてもあの見積もりは0が一つ多いよな

 


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