先日問屋を経営していた社長がある大学の教授と学生をお連れになった
その学生が着物の流通を卒論に書きたいということで調べているという。その前に着物の知識を知っていたいということでいらした
着物は着たことがないが経営学を学んでいるので着物の流通に目を付けたそうだ
まず着物の素材のことから、産地のこと、着物の色や柄についての考察、日本の冠婚葬祭における着物、私が着物の仕事を始めたころの流通と、昭和の流通、そして平成、更にコロナ以降の流通についてーー4時間の特急セミナーだった!
今でも現金買取をしている小売り屋、問屋取引の小売や、チェーン店、古着屋などをさらにご紹介することにして、その場でそれぞれの社長さんに連絡を取り伺う日を決めたフーー
問屋の紹介は元問屋社長にお任せ、しかし総合問屋、小物問屋とこれまた問屋の種類も多く、着物の流通というのは複雑なのだなあと今更ながら驚く
そして分かったことは桑の木から養蚕、製糸、機織り、染織,買継問屋、卸問屋、小売店などのことを詳しく取り上げていた「業界紙」は着物に従事する人達にとってありがたい新聞や雑誌だったのだろう。本来ならそこの記者に聞くのがいいのだが、今はない。チャ子ちゃん先生はこういいう業界紙の記者たちとも懇意だったので、取材の時はいろいろとお世話になった。もちろん記事連載も引き受けていた
「私は着る立場から着物の考察をしているのです!」と常に「着る側、消費者は神様」みたいな態度でこれらの流通のすべてに顔を突っ込み、偉そうに生きてきたのだなあと、学生さんに話をしながらわが傲慢不遜の態度をいまさら恥じている始末(いまさら反省しても遅いんだけどね)
学生たちに解説をしながら「着物を通してみた日本」という宝をたくさん着物からいただいたと今更ながら感謝をする。こういう立ち位置に立たせてくれた大いなるものの存在を身に感じた。村上先生がおっしゃるサムシンググレートなのだが私はストレートに「神の存在」という
頂いた使命を全うしないとあちらに帰れない
豊かな老後を送りましょうなんて言葉はチャ子ちゃん先生にはない
学生たちと話をしていて「死ぬまで現場」だと痛感した。教わった日本人の知恵や文化はきちんとつないでおかねばならない。こんな尊い国ないもの!突然現れた学生たちは天使だった!ありがとう
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