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「伝説となった国・東ドイツ」平野洋著

2011-04-05 23:01:06 | Book
映画『グッバイ、レーニン!』は、私の中ではなかなかポイントの高い作品だ。
物語は、1898年の崩壊直前の東ベルリンが舞台、建国40周年を祝う式典の夜、学生のアレックスは改革を推進するデモに参加する。ところが、生粋のコミュニストにて生粋の愛国主義者のママが、その姿を目撃して心臓発作を起こして昏睡状態に陥ってしまった。奇跡的にママが意識を取り戻したのは8ヶ月後のことだったが、大変!その間にベルリンの壁は崩壊して、東西は統一して社会主義体制の東ドイツは消滅しつつある。東ドイツがずっと続いていくと信じているママのために、必死に消えつつある東ドイツの製品を買い求めたり、偽のニュースを製作したりと奔走するアレックス。東西ドイツ統一の時代の波に翻弄される人々の姿をユーモラスにちょっぴり感傷的に描いた2003年製作のドイツ映画は、本国では大ヒットしたそうだ。そう、確かに今となっては「伝説となった国・東ドイツ」が主役だったから、盛り上がったのだろう。

本書は、88年から93年まで、東ドイツ時代のライプチヒと統一後の旧東ベルリンで留学生活を送った著書による、主に東ドイツ人の”その後”の暮らしぶりや変遷を追ったルポタージュである。生まれた時から民主主義が当たり前の国に育った者から見れば、旧東ドイツは国全体が監視社会の監獄にいるようなもの、とぞっとしていた。表紙の写真こそ、美しい歴史的建築物が残る中でも無愛想で無味乾燥な装いをした悪名高き元国家保安省(シュタージ)である。(シュタージについては、別の映画『善き人のためのソナタ』がお薦め)計画経済の旗印のもとに個人の選択や自由は制限され、画一的で西に比べたら物資も乏しく貧しい東ドイツ。ベルリンの壁が崩壊した時、ドイツ人とともに喜んだ遠い国の人々も、東西の都合によって分割されていた国の統一を祝福するだけでなく、東ドイツの体制が崩壊することをも同時に喜んでいたと考えられる。彼らにとって、政治、経済、社会の大転換は大変だろうが、これでよかった・・・と、本当に。しかし、コトはそんなに単純ではなかった。


「東はそこまでひどくなかった」
ハンガリーの大学に留学して頃、当時、禁止されていた西ドイツの友人とこっそり旅行したらシュタージに密告されて危うく退学になりかけた経験のある男性が、東独政権の度量の狭さを嘆く一方、東にとどまったのは、そんな東ドイツにもよいところがあったからだそうだ。『グッバイ、レーニン!』でアレックス君が、ママのために偽装東ドイツに奔走しながら、反対デモをしていたにも関わらず、不図、ある種のノスタルジーを東ドイツに感じる場面がある。彼はまだ若い学生だから懐かしい感傷で美しくおわるが、おとなたちは愛憎なかばする複雑さを抱えている。東ドイツ時代の女性は、基本的に男女差別がないので専業主婦は少なく、女性も働き責任のある高い地位につくのも当たり前、経済的に自立できるので離婚も怖くない。もっとも、楽しみと言えば恋愛とSEXしかなかったという説もあるが。失業もなく社会保障も整っていた。余談だが、FKK(裸体主義)も裸になれば身分の差がなしということで、コミュニストの幹部からも気に入られる。アレックスのママが特別な愛国主義者ではなく、東ドイツ人の本音の一面を代表していることを本書で気がついた。

東ドイツ人の複雑さも、西ドイツ人による偏見、意識が高く能力の高い女性の失業、託児所の閉鎖などの不安や不満を知れば理解できなくもなく、一方、東への援助に不満をもつ西ドイツ人もいる。同じドイツ人でも完全に融和するのは困難がともなう。しかし、統一後20年の歳月がたち、現在のアンゲラ・メルケル首相はコールのお嬢さんと言われた東ドイツ出身の科学者である。多くの軋みもゆがみも乗り越えて、本当の統合にはそれなりの時間が必要である、もしくは必要だったということだろう。いみじくも、著者が言うように、結局、ドイツ人とは何かという根源的な問題につきる。本書の東ドイツ人の本音炸裂トークは、日本人でも同調する部分もあるのだが、やはりここは次の一文に集約したい。

誰よりの民衆を愛した君は 誰よりも民衆を軽蔑した君だ。(芥川龍之介)
だから『グッバイ、レーニン!』


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