【公家、武士、僧侶の日記や肖像、墨蹟、社寺縁起など50点余】
大和文華館(奈良市学園南)で特別企画展「中世の人と美術」(~10月4日)が開かれている。院政期~戦国時代に活躍した公家や武士、僧侶たちの日記や消息、肖像、墨蹟、祖師絵伝、社寺縁起など、参考出陳も含め50点余りを展示中。その中には佐竹本三十六歌仙絵断簡「小大君(こだいのきみ)像」や「誉田宗庿(こんだそうびょう)縁起絵巻 下巻」、「石山寺縁起絵巻 巻第五」、可翁筆「竹雀図」など重要文化財11点が含まれる。
「小大君像」(右は一部拡大)の絵は人物の細密描写絵「似絵(にせえ)」の名手といわれた鎌倉時代前~中期の画人・歌人の藤原信実、書は後京極流の祖、九条良経の筆と伝わる。小大君は三条天皇の東宮時代に女官の女蔵人(にょくろうど)として仕えたといわれ、藤原公任によって三十六歌仙の1人に選ばれた。この歌仙絵は36人が描かれた上下2巻の巻物として下鴨神社から秋田藩佐竹家に伝わっていたが、1919年に佐竹家を離れる際に分断されたという。
「誉田宗庿縁起絵巻」は大阪・誉田八幡宮の草創や霊験譚を描いた巻物3巻。1433年(永享5年)に室町幕府6代将軍の足利義教によって奉納されたことが下巻(展示中)巻末の奥書に記されている。その絵師は同時に特別出陳されている「石山寺縁起絵巻 巻第五」を描いた絵師と同じ人物とみられているそうだ。いずれの絵巻も色彩鮮やかで、巻物の長さは約17~18mに及ぶ。
「足利尊氏自筆御神号」は「八幡大菩薩」という5文字の墨書で、花押の形態から1336年(建武3年)頃に書かれたとみられる。清和源氏の流れをくむ尊氏は源氏の守護神、八幡神を崇敬していた。上部に孫の3代将軍義満の黒印「天山」が押されており、足利家に代々伝わっていたらしい。秋月等観筆「寿老人図」の構図は寿老人が竹杖を手に白鹿を伴って歩む。等観は室町時代の画僧で、周防国(山口)に雪舟を訪ねて絵を学んでおり、数少ない雪舟の後継者の1人といわれる。南北朝時代の公卿、中院通冬の自筆日記「中院一品記(なかのいんいっぽんき)」(東京大学史料編纂所蔵)も展示中。
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