く~にゃん雑記帳

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<九州北部豪雨> 災害の爪痕が生々しい朝倉市杷木町の中心部

2017年07月28日 | メモ

【記録的豪雨から3週間、なお道路脇に流木や土砂がうず高く】

 記録的な集中豪雨で大災害を引き起こした〝九州北部豪雨〟から3週間余。これまでに犠牲者は35人に上り、なお6人が行方不明になっている。最も被害が大きかったのは福岡県中東部の朝倉市、東峰村から大分県の日田市にかけて。中でも朝倉市は犠牲者が28人と多く、行方不明者も全員朝倉市在住の方ばかり。日田からバスで久留米方面に向かっていた24日朝、朝倉市杷木町(はきまち)で途中下車した。

 

 杷木町。今回の豪雨災害を伝えるニュースで何度も耳にした地名だ。大分自動車道杷木インターに近く、県道52号八女香春線が東西を貫く。「杷木寒水(はきそうず)地区」。県道北側の河川は橋の鉄パイプが折れ曲がり、コンクリートで固めた法面も崩落、周囲の住宅や田畑は流木や土砂で埋め尽くされていた。県道南側では住宅の壁面に土砂流の跡がくっきり刻まれていた。高さは地面から1m余り。路地が川と化し、大量の土砂が激流となって下っていったのだろう。その突き当たりは筑後川。その堤防上にも黄色い土砂がうず高く積まれていた。改めてすさまじい自然の猛威を実感した。

 

 朝倉市内には筑後川水系の小さな河川が多く、橋に流木などが引っかかって各地で氾濫を引き起こしたらしい。市内には農業用ため池も100カ所以上あり、脆弱なため池が決壊して被害を拡大させたのではないかとも指摘されている。杷木町中心部では水害の直撃を受けた場所と被害がなかった場所がくっきり分かれていた。町並みを見下ろす東側の高台に杷木神社が鎮座する。そこに向かう途中、何人もの住民と擦れ違ったが、全員さわやかに「おはようございます」と声を掛けてくれた。神社で早期の復興を祈願して杷木の町を後にした。29日には夏越祭(輪越し)が行われるという。

 

 翌25日のJR小倉駅前。「西南女学院大学 観光文化学科」と大書したノボリを持つ学生たちが豪雨災害の募金活動を行っていた。6年ほど前に「東峰村応援隊ガールズ」を結成し、農作物・加工品の販売などを通して東峰村の魅力を発信する活動に取り組んできたという。その東峰村が豪雨による土砂崩れなどで一時孤立状態となり犠牲者も出た。応援隊としては居ても立っても居られないということだろう。女学生6人の懸命の呼び掛けに、多くの通行人が快く応えていた。

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