かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

Mia Farrow

2024年04月29日 | The Beatles
今日は、晴れ→曇り。
家で、雑事に専念。
体力消耗。



Mia Farrowのサインをゲット。
神保町の古本屋でゲットしたが、COAはなく、店主を信じるしかない。
もし、絶対偽物という情報があったら、店主に文句言うので、ご連絡賜りたい。

サインは、George さん宛てのもので、緑のサインペンできれいになされている。
写真も、20代前半のものと思われ、ベスト。

正直、そんなにMia Farrowについて、そんなに詳しいわけではないんだが、やはりローズマリーの赤ちゃんののイメージが強い。
まさにこの写真もその頃のものだろう。
監督のロマン・ポランスキーの手腕も大きいと思う。
その後、彼は、1969年8月9日に、妻のシャロンテートを、チャールズ・マンソンに惨殺される。
当時のカルト、麻薬禍を象徴するような事件だった。

フランクシナトラと結婚したり、ウディアレンと事実婚したりしていたが、ウディアレンについては、養子への性的虐待を告発したことにより、別れている。
その後も、女優活動を続けていたが、最近は、あまり消息を聞かない。



9月5日か、5月9日かわからないが、1969年のサインのようだ。

この前後のビートルズとの関係を言うと、1968年2月へのリシュケシュへの瞑想旅行に同行したことが一番。
ローズマリーの赤ちゃんの公開と同年だが、もう撮影は終わっていたのだろうか。
ローズマリーの赤ちゃんの撮影が、あのダコタハウスというのも何かの縁か。
そこで、ジョンに不幸な事件が起こったことも。
ローズマリーの赤ちゃんについては、シャロンテート以外にも、様々不吉な事件が続いた。

そして、ホワイトアルバムの2曲にインスピレーションを与えることになった。
1曲目が、セクシー・セディ。
これは、マハリシ・ヨギが、ミア・ファローを誘惑したのではないかとの噂をジョンが信じたことから生まれた曲。
最近、やはり同行していたマジック・アレックスが、ジョンの関心を自分に戻すためのデマだったということが明らかになっている。

そして、ディア・プルーデンス。
これは、ミア・ファロ―の妹であるプルーデンスが、リシュケシュ滞在中に引きこもってしまったことを題材にジョンが作った曲だ。
外に出て遊ぼうよという訳である。

このサインは、その様々な出来事があった1年後ぐらいになされたもの。
サインがされたタイミングもグー?
コメント
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