かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

Lee Ritenour & Dave Grusin

2022年09月30日 | Music


今日もブルーノート。
Lee Ritenour と Dave Grusin の共演。
熟練度の高い、勢いも感じさせる演奏だった。



席は、またもやど真ん中の最前席。
申し込みタイミングのおかけか、1人で申し込んでいるおかげか。
前は、申し込み順の自由席だったところが、コロナ以降指定席になって、この様な現象が続いている。
自由席だった頃は、最前列は、会員の独壇場だった。



Lee Ritenour は、5回目ぐらいか。
Daveは、ナベサダとの共演以来2回目。
Daveは、流石に、見た目は歳取った感じだったが、演奏を始めると、歳を感じさせない。
独特のリズム感と、微妙な和音。
自身の曲の、美しいメロディ。
まさに自分の世界を持っている。

Lee も相変わらず多彩なテクで、ファンク、ロックを弾きまくる。
ベースは、初めてだったが、8弦と5弦ベース。
こちらも多彩な奏法で、観客席を引きつける。
ボーカル曲も。

ドラムは、いつもの息子。
今日の様な曲にはぴったりだが、ジャジーな曲だと、どの様な演奏になるのか。

LeeとDaveが共演する様になったのは、セルジオメンデスの公演がきっかけだったとのことで、もう50年以上前?
一体何歳?

リジェンド同士の共演は、見逃せない!
素晴らしかった。
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横浜山手洋館巡り

2022年09月29日 | Yokohama ( Japan )


今日は、久しぶりに横浜山手洋館巡り。
ほとんど曇り空で、気温も快適。
港の見える丘公園から、ガンダムを初めて見た。
まだ動いているのだろうか。
世代が違うので、お金を払ってまで見る気はしない。



最初は、横浜市イギリス館。
1937年の建築。
元々、英国領事館公邸として、建設された。



山手11番館。
1926年に、アメリカ人のラフィン氏の住宅として建てられた。
設計は、あのJ.H.モーガン。
明るいスパニッシュスタイル。



山手資料館。
1909年に建てられた中澤兼吉邸の一部を移設し、様々な資料を展示している。
BLUFF STORYの2冊セットをゲット。
この辺は、かつて、断崖を表すBLUFF+ナンバーを住所に使っていた。



山手234番館。1927年にアパートとして建設された。
昭和50年代まで、実際にアパートとして使われていたという。



エリスマン邸。
元々シーベルヘグナーの横浜支配人格として活躍したエリスマンの邸宅として、1925年~1926年に建てられた。
アントニン・レーモンドの設計だが、その師匠のF.L.ライトの影響も見られる。



べーリックホール。
イギリス人の貿易商だったベリックの邸宅として建てられた。
設計は、J.H.モーガン。
ちょうどバイオリンの演奏会をやっていた。



横浜山手テニス発祥記念館。
日本のテニスの歴史がわかる。
回りには、今もテニスコートが広がる。



私が、最初に買ったラケットも展示されていた。
40年以上前のこと。



山手公園。
日本最初の洋式公園。
この辺は、日本初の洋風文化が多数。
洋館内の家具類も、日本国内で初めて作られた洋式家具が並ぶ。



現在のテニスクラブの入り口。
様々な国籍の方が、テニスを楽しんでいた。
この辺は、本当に国際色豊かだ。



山手イタリア山庭園内にある外交官の家。
1910年に外交官だった内田定槌氏の邸宅として渋谷区に建てられが。ここに移築された。
世界各国の方をもてなせるように立派な造りとなっている。
中に、内田氏の経歴の展示もあるが、その時代、世界各国に駐在した様子がわかり、驚かされる。
小村寿太郎からの任命書もあった。



食堂。
重厚な印象を受ける。



眺めもすばらしい。
APAホテルがでかい。
新市庁舎も見える。
当時は、もっといい眺めだったろう(本住宅は、渋谷から移築されたものだが)。



最後に訪れたのが、ブラフ18番館。
山手町45番地に建てられた外国人邸宅を移築した。
1991年まで使われていたという。
中は、浅緑の明るい印象。



展示されていた、明治時代の関内地区の古地図。
番地まで記されているものは珍しい。



最後に有名な洋館もミニチュアが並んでいた。
ということで、洋館を一通り巡れたが、以前より、よりきれいに整備されたように感じた。
簡単に回れるので、横浜を訪れた際に、是非足を延ばして欲しい。
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シャーロック・ホームズのすべて

2022年09月28日 | Books
今日は、ほぼ1週間振りのオフィス。
ちょっと忙しい。



本書は、本屋でゲット。
子供の頃から大好きなシャーロック・ホームズ。
そのすべてというからには。

一言で言うと、面白い本だった。
と言っても、ホームズの話の本丸というより、その魅力を追った人々、社会現象を、総括した本と言えようか。
先日、アリスの特別展の話はしたが、同じような時期の作品を、今まで、味わい尽くしてきた歴史を様々な分野から説明してくれる。

そもそも作者のコナン・ドイルは、1859年生まれというから、私より、ちょうど100歳上。
無くなったのが、1930年というから、亡父の生まれた歳というイメージ。
その頃のイギリスで書かれた作品ということを、まず念頭に置いた方がいい。

そこから、作品自体も、大きな変貌を遂げたし、様々な分野で、作品をいじり倒している?
まずは、ファンクラブ。
まじめなファンクラブが世界中で、作られ、日本でも、そのファンクラブが軽井沢に像まで作ってしまった。
数年前、ロンドンのベーカーストリートで見た像も立派だったが、それはずっと新しいものだったらしい。

本、劇、アニメ、映画、TVドラマなどでも、繰り返し繰り返しリメイクされた。
特に本の挿絵は、小説には細かく描かれなかったホームズ、ワトソン、モリアーティのイメージを定着させた。
TVドラマでは日本のドラマのことや、竹内さんが、亡くなられたことまで書かれているが、これは原書にも書かれていたのか、翻訳時に加筆されたのか。
名探偵コナンに触れられてはいなかったが。
TVドラマでは、直近のBBCの作品を絶賛。
DVDを持っていて、まだ全部見れていないが、確かによくできている。
一方、その前の作品にはひどいものも多かったそうだ。
ロバート・ダウニーJr.の映画も高く評価されている。
最初に見た時は、ちょっとびっくりしたものだが。

ホームズ関連のコレクション蒐集も盛んのようで、いろんな国々で、大切に保管、公開されている。
蒐集家が亡くなられた時に、20万点もの収集品が寄贈されたケースがあるそうだが、どうやって20万点も集めるのだろうか。
関連本として、ルパン対ホームズにも触れられているが、これも、子供の頃読んだ。
ルパンも、ホームズ同様、よく読んだのを久しぶりに思い出した。
そういった意味では、ルパンよりも、ホームズの方が、繰り返しアップデートされてきたといえる。

ホームズの部屋も世界各地で再現されているそうだし、実際どこの家がモデルだったのかも、諸説あるようだ(実際の住所は存在しない)。
立派なお城まで作ってしまった人がいるという。

ホームズの世界をより楽しみたい人にお勧めできる本。


PS
家に帰ったら、大きなビートルズの記事。
前日アップしたフィルムのニュースだが、使われている場面が、私がピックアップした写真と被っているのが笑える。


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特撮黄金時代

2022年09月27日 | TV Program


今日は、日本縦断?
朝は、博多。
見慣れない九州新幹線の車体がずらり。
中途半端な西九州新幹線で盛り上がっているが、九州新幹線の時も、まず八代から先が出来たというから、同じパターンか。

朝の博多は、土砂降りで、昼大阪に着いたらいい天気。
ところが、夕方の大阪は、土砂降りで、今静岡近辺を走っているが、またいい天気。
雨に、追っかけられている。

とりあえず、博多で、通りもんをゲット。



特撮物の人気は相変わらず高いが、その創成期を担った人達のインタビュー本が出ていたのでゲット。
インタビューアーは、若いが、インタビューされる方々は、かなりの高齢で、この時期に記録に残しておかないと、永遠の謎になる様な貴重な話が多い。
インタビューアーも、映画監督、プロデューサーであり、技術的な具体的な話が多く、それだけ突っ込んだ話も聞けて、興味深かった。
ウルトラQアーカイブシリーズと被る話も多い。

撮影技術について言えば、やはりピアノ線の話は、多い。
CG時代では、全く問題ないのだが。
それと、カメラを逆さまににしたり、回したりすることにより、完成作品が、SF的になる話。
そのノウハウは、2001年や、スターウォーズにつながっていく。

撮影現場の話では、ペスターが多くの人の話から出てくる。
特撮と言っても、今と違って、本物のプール、ナパーム(ガソリン?)、火薬を使った撮影で、もう凄まじかったらしい。
見てる方は、ペスターの造形から、人が2人入っているなどと、ノーテンキに楽しんでいたのだが、命がけの撮影だった。
ゴモラの大阪城も然り。
大きなセットを作るため、かと言ってスタジオの天井は上げられないので、床を掘り下げたりしたという。
とにかく、商売度外視のプロ根性。
職人集団。
撮影機材も、飲食代もツケだらけで、出入り禁止の店が、全国各地にあったという。

その辺が、後の円谷プロの経営難に繋がってしまったのかもしれない。

円谷英二監督が、ゴジラで成功を収めたのは、56歳の時で、それから10年ぐらいで亡くなってしまったから、その短い期間に、特撮のノウハウの発明、DNAを引き継ぐ弟子の育成を成し遂げたのだから、凄い。
人柄は温厚だったが、作品のクォリティには、徹底的にこだわったという。
ウルトラQは、白黒だったが、映画級の35mmフィルムを湯水のように使った。
だから、名作として、また元祖ウルトラとして、今も燦然と輝いたことがわかる。

ちょっと高いが、特撮ファンは、読むべし。
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Wild Life

2022年09月26日 | The Beatles


今日は、有明海。
干潮時で、ムツゴロウがたくさんいた。
海苔の養殖が盛ん。
送電網の弱さが、再生可能エネルギーの増産のネックになっていることを知った。
政府は、やることいっぱいあるのに……
前回の台風が上陸し、薙ぎ倒された稲が目立った。
価値が大きく下がるのだという。
昼は、どんめん。
野菜たっぷりチャンポンの麺を、博多の腰なしうどんに変えた感じ。
凄い量だけど、美味しくて完食。
夜は、福岡の江頭家さんで、海の幸をたくさんいただいた。
カワハギの刺身は、絶品。
クエも、博多ならでは。



本アルバムは、2022年2月に発売になったのを即ゲットした。
リリース50周年記念を銘打っている。
立派なセットを持っているので、今更感もあるのだが。
1971年12月、ポールがソロアルバム2枚出した後、Wingsなる新グループを結成し、ほとんど、即興的に作ったアルバム。
制作は、たったの3日間。
音も粗削り感が強い。



ジャケットもシンプルで、気負い感を出さずに、Wild Lifeのアルバムタイトルにふさわしく、自然にできた風を出したかったのかもしれない。
Bip Bop LINK、 Mumbo Linkは、どういう趣旨なのか。
Reprise的なものなのか。
ベスト盤に収納されるような名曲も少ない。



本アルバムのポイントは、ちょっと流行りのハーフスピードマスタリング。
と言っても、たぶん私の持っているシステムでは、聞き分けできない。
1971年7月23日のマスターテープから最高技術を持って制作されたというぐらいだから、音質は最高なのだろう。



オリジナルアルバムのラベルが、このようなデザインだったかは知らない。
音は、確かにいいのだが、レコードの扱い方を知らなくて、静電気の音らしきものが入る。
これは、どう消したらいいのか。

いずれにしても、マニア向け。
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