かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

悠久のエジプトその36 カイロ④エジプト考古学博物館①

2024年04月14日 | Europe・Middle East・Africa


今日は、絶好のゴルフ日和。
これ、駐車場の桜。



まだ至る所で桜が満開。



散々叩いたホールのグリーンの桜。
トータルスコアは、平凡。



エジプト旅行の最後の最後に訪れたのが、エジプト考古学博物館。
新しい博物館が建設中で、その引っ越し時期に重ならないかと心配したが、全くの杞憂。
新博物館は、まだ開館の目途が立っていなかった。
コロナもあるが、建築費の高騰も背景にあるのだろう。
ということで、憧れのエジプト考古学博物館についに訪れることができた。

思えば、小1の時、親に連れられ、東京国立博物館にツタンカーメン王のマスクを見に行った。
ほとんど記憶はないのだが、その時から憧れ続けていた黄金のマスクとやっと再会できるのだ。

1863年に作られたブーラーク博物館を前身とするというから、ツタンカーメンのマスクが発見される前のことだ。
1902年に現在の地に移転したというから、それからでも、ゆうに100年は超えている。
いかにも、博物館らしい博物館だ。



中は、広く、小部屋も多く、最初ざっと説明してもらったのだが、自由時間に再訪しようと思っても、なかなかたどり着けない。
所蔵品が18万点以上というから、それでも、ほんの一部しか展示されていない。
だからこそ、新博物館が建設されている。

これは、一番最初の展示で、ナルメル・パレットという。
紀元前3,000年の第一王朝の頃のものというから、まさに元祖エジプト時代ということになる。

手前にレプリカが飾ってあり、奥に本物が展示されている。
これは、奥の本物の方の写真。
こちらが表で、上にナルメル王のヒエログリフ、そして、王の偉業が記されている。
中央に、4地域の旗を持つ人が、更新しており、その右に、首をはねられた遺体が10体並んでいる。
そして、その下には、首の長い獣が首をからませている。
一番下は、雄牛が敵の要塞を破壊している。
雄牛は、ナルメルを表している。



裏は、中央に、ナルメル王が描かれている。
その左に、小さなサンダル持ち。
右の6本のパピルスは、6,000人の捕虜を表している。
一番下には、逃げ惑う人。



中央の吹き抜けのフロア。
2階建てで、この空間の回りに、多くの展示室が広がっている。



とにかく広くて、結構時間はあったのだが、とても見切れない。



石棺とミイラ館がセットで展示されているコーナーも。



そこそこに王達の像が立ち並ぶ。



お墓の壁画がそのまま展示されているところも。



ジョセル王の像。
第3王朝、紀元前2650年。
背景は、ジョセル王が建造した階段ピラミッドの内部装飾で、青釉(せいゆう)タイルで葦を織った壁布を模している。



ギザの第2ピラミッドの建造者であるカフラー王の像。
アブ・シンベル近郊で発掘されたという。
硬い閃緑岩で作られている。
石でけずり、砂で磨いたという。
紀元前2530年頃の第4王朝のものというから驚きだ。



ホルス神が翼を広げて王の頭を抱えているが、王権のアンコウを約束する祝福のポーズと言われる。



王族たちの像が並ぶ。



上エジプトの白冠をかぶるメンカウラー王の像。
ハトフル女神とノモの女神(ディオポリス・パルバ州の女神)を伴っている。
これも、第4王朝、紀元前2500年のもの。
大ピラミッドを作った最後の王になった。



この小さな像が、クフ王の像。
高さ7.5cm。
あの最大のピラミッドを建造した王の像が、これだけというのも不思議な話だ。
第4王朝、紀元前2675年。
コメント
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