ゆきてかえりしひび――in the JUNeK-yard――

読書、英語、etc. jesterの気ままなおしゃべりです。(映画は「JUNeK-CINEMA」に引っ越しました。)

『「愛」という言葉を口に出来なかった二人のために』 沢木耕太郎

2007-06-21 | 読書
前書いた記事で妹尾河童さんを「私の旅のおっしょはんの一人」と書きましたが、沢木耕太郎さんは、「旅の大師匠」なんです・・・

「愛」という言葉を口にできなかった二人のためにもちろん、あの不朽の名作「深夜特急」のシリーズを青春のひと時に読んでのことなんですが、そのことはまたいつか語るとして、最近出た沢木耕太郎さんの映画レビューの本、「「愛」という言葉を口にできなかった二人のために」について書こうと思います。

この本の中で、映画評論家の淀川長治さんが、沢木耕太郎さんとの対談のなかで

「大概ならペダンチックに書いたり、オレは知ってるぞというように書くのに、あなたは非常に清潔にお書きになる。」P284
   (jester註;「ペダンチック」=学者ぶるさま。衒学的。)
 
と沢木さんの映画のレビューについていわれた、と書いてありましたが、本当にこの一言に尽きます。

映画のレビューだけでなく、彼の書くものはすべて「清潔」だと私も感じます。
物事を見る目に曇りがない、というか・・・ 

「しかし、旅は人を賢くさせるのだろうか。
もし、その人が旅において何も見ようとせず、だから何も学ぼうとしないのなら、旅はただ無用な知識を与えるだけかも知れないのだ。
無用な知識、それはただ知っているということを誇るだけのために存在するような知識のことだ」
p228

と、彼は『モーターサイクル・ダイアリーズ』のレビューで書いています。
長く旅を続けた彼が書くと、さらに重みが増す一文です。
しかし、彼の書くものに『無用な知識、ただ知っているということを誇るだけのために存在するような知識』はありません。


自分の方向性をきっちりと持った上で、
「私はこう思ったけれど、どうだろうか」
というように静かに語り掛けてきてくれて、たとえそれが自分とは違う感受性であったとしても、豊かな語りの時間を持つことができる気がします。


『硫黄島からの手紙』 『ヒストリー・オブ・バイオレンス』 『ブロークバック・マウンテン』といった比較的最近の映画から、 『シャイン』 『モーターサイクル・ダイアリーズ』 『フィールド・オブ・ドリームズ』 といった過去の傑作、またあまり知られていない 『旅する女』 『エマ(デンマーク映画のほう』などの佳作についてのレビューもあります。

もう見てしまった映画は心を新たに、まだ見たことのない作品は、傍らにこの本を置いて鑑賞し、終わった後、自分の感想と比べながら一つ一つ読んでみると、映画と彼の文章がゆっくりと胸にしみてきます。

映画のレビューって、単に映画の感想をだけを書いていても、結局その人の感性や生活の様子が透けて見えるな、と思うことがあるのですが、この本を読んでいると、文章を通して読み取れる彼自身の生き方にもうたれます。

梅雨で降り込められた休日の午後、暖かい紅茶を片手に、何枚かのDVDとこの本と共に過ごすのも、豊かな気分になれそうです。


これは長く『暮らしの手帳』に連載されていたものをまとめた本の2冊目です。

何号か前の『暮らしの手帳』にこの連載の最終回が載っていて、「このままずっと続けると思っていたのに、これが最後というのは非常に残念だ」と沢木さんは書かれていました。
それは、毎回楽しみにしていた読者としても同じ気持ちでした。

『暮らしの手帳』のような、企業の思惑などにはばりなく発言出来る場で、沢木さんのような自由な心を持つ人が、私の大好きな映画について書いてくださるのをとても楽しみにしていました。

また、どこかで、彼の映画レビューが再開されることを祈っています。


世界は「使われなかった人生」であふれてる
彼が「暮らしの手帳」に書いた映画レビューをまとめた本の1冊目はこれ。

自分の「使われなかった人生」ってなんだろう、って考えてしまいました。

まだ使えるのかな、その人生は。