1 昨年夏ころ,当番で回ってきた刑事の裁判員裁判事件の国選弁護事件で,2件続けて自白事件を担当した。いずれも私が主任弁護人となり,1件は妻と,1件はわが事務所の若い弁護士と組んで2人で担当した。裁判所の担当部は別であった。
2 裁判員裁判でない刑事事件では,検察官が証拠である書証を大量に提出し,事実を認めている被告人の供述調書が何通も提出され,弁護人は原則としてそれらの書証などを全て証拠とすることに同意し,検察官がその要旨を法廷で述べた後,先に弁護人から被告人質問がなされることになる。
3 そのため被告人質問が開始される段階では,検察官の立証は既に終わっており,被告人が行なった犯行の内容は,既に詳細に証拠となっているのであるから,弁護人は,事実関係に関して被告人に確認しておきたい事実,被告人に有利な事実や事情を取り上げて,要点を絞って質問すれば足るのである。
4 ところが,裁判員裁判事件では,原則として証拠は全て法廷で口頭で述べることが要請され,後で裁判員が汗を流して書類を読む必要がないように配慮されている。そうすると,犯行を認めている被告人の詳細で大量の供述調書は証拠として提出されないことになり,被告人に対する法廷での口頭による質疑応答を裁判員が直接耳で聞いて判断することになるのである。
5 これまでの裁判では,被告人に対する質問は,被告人の味方である弁護人からなされることが当然のこととされてきた。それは甚だ当然のことであった。その前提としては,被告人が犯行を認めている何通もの被告人の供述調書が証拠として採用され,裁判所に提出されているということである。
6 ところが裁判員裁判においては,検察官は,被告人の供述調書を裁判員が読むのは事実上不可能であるので,証拠として提出せず,簡単に要約した報告書を提出するだけで,詳細は法廷での被告人に対する質疑応答を,裁判員が直接法廷で聞いて,心証を形成するという方式になっている。
7 そして被告人に対する質問を,犯罪事実(罪体)と情状(刑の重さ)に関する部分に分けて,それぞれを弁護人,検察官という順序で質問することになっている。
8 私が担当した事件は2件とも,そのような順序で質問がなされ,事件は結審し,判決がなされた。
9 その後,裁判所の一方の部からの要請があり,今後の参考にしたいということで,審理のあり方その他について,意見を聞きたいということであった。
10 そこで私は,罪体に関する被告人質問を弁護人からすると,被告人が有罪であることの立証を,検察官でなく弁護人がすることになって甚だやりにくいので,罪体に関する被告人質問は,先に検察官にやって貰いたいと強く要望した。裁判長は「なるほどそうですね。」ということではあったが,そうすることにはならなかった。
11 ところがつい先日,当地の弁護士会の刑事研究会で,裁判員裁判について議論した際に,私が前記のような発言をすると,2つある刑事部のうち,私が前記の意見を主張した部では,罪体に関する被告人質問は当然の如く検察官からなされることになっており,別の部では,弁護人が何も言わないと,弁護人からの被告人質問が行なわれることになるが,弁護人から「罪体に関する被告人質問は検察官から行なって欲しい。」と主張すると,そのようになされているということであった。
12 昨年夏ごろ,私と妻が強く主張した結果そのようになったものかどうかについては明らかではないが,私はその話を聞いて,何となく嬉しく思ったという次第である。(ムサシ)
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