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「ある手紙」(その2)

2011年02月16日 | ムサシ
7 検察官は,被疑者(依頼者)を近く起訴する予定だと言った。そこで私は依頼者が刑務作業をしないで,独房でジッと待っていることの苦しさを伝え,早急な事件処理を要望した。そして起訴後は国選弁護人になる予定であるので,起訴前に私選弁護人を辞任したいこと,起訴される予定が決まったら連絡してほしい旨伝えた。

8 そして依頼者に面会し,検察官の意向を伝えた。すると依頼者は自分から仕掛けた喧嘩ではあるが,自分も殴られて怪我をしているので,相手も起訴される可能性があることや,お互いに悪かったと反省しているので,示談が可能だと思うと言った。

9 その直後検察官に電話して事件の進展状況を聞くと,近く取調べをするという。そこで示談成立の可能性を伝えたところ,示談ができるのであれば,示談書を見てから起訴するかどうかを決めたいということであった。

10 そこで私は色々と考えて示談書案を作成し,依頼者に郵送した。お互いに反省し,謝罪するが,金銭の授受はないという内容であった。その後面会に行くと,依頼者はその内容でよいという。そこで喧嘩の相手方に手紙と示談書案を郵送し,近く面会したいと書き添えた。そのうえで相手方に面会したところ,示談書のとおりでよいという。そこで依頼者が署名押印した示談書2通を送るので,相手方も署名押印して1通を返送してほしいと伝えた。印鑑がないというので,相手方姓の印鑑を購入して送ることを伝え,返信用封筒と一緒に郵送し,まもなく返送を受けた。そして検察官に示談書の写しを届けた。その経過を伝えた段階で,依頼者から予期せぬ寸志が送られてきた。その後まもなく,検察官から近く起訴するとの連絡を受けたので,私選弁護人を辞任した。

11 依頼者は起訴され,私は予定どおり国選弁護人になった。その後間もなく面会した。公訴事実は認めることと,刑務作業をできない毎日の苦しさを訴えていた。私はその苦しさ解消のため,かなり前から読書を勧めていた。判決までにはかなり期間があるので,司馬遼太郎の歴史小説シリーズを差し入れることになり,繋ぎとして私が書いたネットのブログの雑文の中から,比較的面白そうな10点程度をコピーして郵送した。

12 その後差し入れる本を準備していたところ,依頼者から手紙が来て,「もう本の差し入れは希望しません。」と書いてあったので驚いた。理由は私の雑文を読んで,それで充分だというのである。「ある鯉の物語」という,わが夫婦の出会いや苦労話を書いた文中に「諦めなければ夢は必ず実現できるものだ」という一文があり,差し入れた雑文の内容や言葉に納得し満足したので,もう本は読みたくないというのである。

13 公判は予定どおり行われた。示談書もあり判決は心持ち刑が軽かったように感じられ,双方控訴なく確定した。被告人からは感謝され,無事に一件は落着した。私は読書は人生を豊かにするので,今でも本を読めばいいのにと思ってはいるが,刑務作業に復帰し,独房ではなくなっているので,それも無理かと少し残念な思いでいる。(ムサシ)