日本裁判官ネットワークブログ
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1 先日足利事件の菅谷利和さんが当地に来所され,当地弁護士会主催の「足利事件・菅谷さんと裁判員裁判を考える」というシンポジウムが開催された。足利事件は,平成2年5月に足利市のパチンコ店の駐車場から4歳の女児が行方不明になり,翌朝近くの河川敷で遺体となって発見されたというものである。事件から1年半余り後の平成3年12月に菅谷さんは逮捕された。当時導入されたばかりのDNA鑑定の結果,女児の下着に付着していた体液と菅谷さんのDNA型が一致したとして,菅谷さんが犯人とされたのである。弁護側は鑑定の信頼性に疑問があると主張していた。当時の鑑定の技術では,別人であっても1000分の1・2の確率で,DNAの型が一致する可能性があったということである。

2 逮捕から1年7か月後の平成5年7月宇都宮地裁は無期懲役の判決を言い渡し,平成8年5月東京高裁は控訴を棄却し,平成12年7月最高裁は,弁護人がなした鑑定書を添えたDNAの再鑑定の申し立てを無視して上告を棄却し,無期懲役刑が確定した。同月菅谷さんは千葉刑務所に服役した。

3 平成20年2月宇都宮地裁は再審請求を棄却し,同年12月東京高裁は即時抗告審において,DNA再鑑定を行うことを決定した。逮捕から17年目のことである。弁護側,検察側推薦の各鑑定人の鑑定結果,東京高裁の嘱託鑑定の結果のいずれもが,DNA型の一致を否定した。平成21年6月,東京高検は菅谷さんの刑の執行を停止し,菅谷さんは釈放された。
 平成21年6月,東京高裁が再審開始を決定し,同22年3月26日宇都宮地裁は,再審無罪を言い渡し,宇都宮地検が公訴権を放棄したため,無罪判決が確定した。事件から20年後のことである。1人の無実の人間が殺人事件の犯人と疑われて,18年3か月余の後に疑いが晴れたという,あってはならない恐ろしい事件であった。

4 菅谷さんは犯人ではなかったのに,DNA鑑定の結果を踏まえて逮捕され,厳しい取り調べに耐え切れず,その日の夜犯行を認めている。第一審の途中(第6回公判)から否認に転じたり,また認めたりしているようで(このあたりのことは正確ではないかも知れないが),弁護人さえも菅谷さんが無実であるとの確信を抱くには至らなかったようである。無実の人でも厳しい追及に会うと,その追及を避けたい思いから犯行を認めるというのであるから,恐ろしい話である。まるで江戸時代に,無実の人が膝の上に重い石を乗せられる拷問を受けて,その苦しみから解放されたい思いから,虚偽の自白をしてしまうのと同じである。無実の者が犯行を認めた例は菅谷さんに限らないから,取り調べの現状には改善すべき点があることは明かであろう。(ムサシ)


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