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法律実務家として思うこと(その3)

2009年04月24日 | ムサシ
8 今度はほんの少しだけ専門的な話である。この話は私が弁護士として相談された案件ではないが,身近な所で起きたひどい話であり,よくありそうな内容である。
ある孝行息子が親孝行のために,生命保険会社の外交員の勧誘もあって,息子が保険契約者となって,父が死亡した場合には母が,母が死亡した場合には父が,それぞれ生命保険金を受け取ることができるように,二つの生命保険契約を締結した。その後母が病死し,ある程度多額の生命保険金が父に支払われたが,税務署は息子から父への贈与とみなされるとして,支払われた生命保険金の半額近くの贈与税が課税されたのである。これは実話である。まさか大手の生命保険会社がこのようなお粗末なミスをするのかという信じられないケ-スである。

9 ではどうすればよかったのか。実際の保険料は孝行息子が出すが,契約書では保険契約者は父及び母とし,それぞれ配偶者を生命保険金の受取人と指定しておけば,贈与税ではなく相続税の対象となり,相続税の基礎控除により非課税処理されたケ-スである。このケ-スで孝行息子に税金に関する判断などできる筈がない。当然に生命保険会社が贈与税が課税されないように,適切な対処をすべきであった。生命保険の外交員ないし保険会社が無知であったということで済む問題ではない。こんなことがあるから,大会社であろうと誰であろうと,余り人を信用してはならないというサンプルのような事例である。

10 このような愚かな生命保険契約を締結させた生命保険会社は,ひたすら会社には責任がないという態度に終始したそうである。この件では孝行息子が生命保険会社に乗り込んで苦情を言ったが,受け付けられず,そこで諦めて引き下がったままになった。しかしこんなことで納得できる筈がない。この件ではその状態で思考が停止したのは失敗であったと思われる。生命保険会社が責任を回避しようとした時点で,更に諦めずに弁護士に相談して,損害賠償訴訟を提起すれば,勝訴できたのではないかと思われる。

11 このケ-スのように多少高度な法的知識ないし判断を要する場合には,法的な素人が契約段階で有効な対策を取るのは困難であろう。おそらく誰でも生命保険会社を全面的に信頼して契約を締結するだろうから,まさかそのような悲惨な結果になると疑うのは無理だろう。しかし現実には信頼できていい筈の大手の会社などが関与した契約でも,結構ひどい内容の契約が締結されることもないではないから,何事も全面的に信用するのは危険であるということになる。全く困ったことである。では何かよい方法はないものだろうか。

12 自分のことは自分で守るべきことはこれまで書いてきたとおりであるが,とりあえず,何事も余り人を信用してしまうのではなく,自分の頭の中に,「大丈夫かな」とチェックするシステム(思考回路)を作り,必ずチェックしてみることを人生の基本とするのである。本件では保険外交員に「税金などで問題を生じることはないでしょうか。」と念を押してみるのもよい方法であったと思われるが,なかなかそこまで頭を回転させることはできないであろう。更に自分で勝手に「マイホ-ムロイヤ-」だと思っている弁護士がいる人の場合には,何か心配なことがある場合には一応ロイヤ-に相談してみてはどうであろうか。人生にそう何度もないような契約などの「大事」をなす場合には,法律実務家に相談してチェックしてもらうことにしておくことは無駄ではないように思われる。(ムサシ)