日本裁判官ネットワークブログ

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法律実務家として思うこと(その1)

2009年04月10日 | ムサシ
1 私は裁判官と弁護士の経験を通算すると30年を超えることになるが,その仕事を通じて痛切に感じていることがある。それらを思いつくままに書いてみることにした。その中心的な思いは,一般にどうすれば紛争を未然に防止できるかという工夫がもっとできるのではないかということである。多くの人は大変な事態になってから初めて弁護士に相談されるので,時既に遅しということが多い。そうなってからでは解決は容易ではないし,解決した結果も甚だ不満が強いことになる。大変な事態になる前に,自己に不利となる具体的な行動をする前に,どうしたものかと弁護士に相談することが大切だと思うのである。そうすれば大変なことにならずに,一応満足できる解決が得られることが多い。しかしなぜか早めに弁護士に相談されることは少ないように見受けられる。

2 なぜ早めに弁護士に相談できないかについては,それなりの理由があるに違いない。これまで弁護士のイメ-ジが悪く,気軽に相談できにくかったのだろう。弁護士の報酬も高く,弁護士に相談するには決死の覚悟が必要だったのかも知れない。しかしこのたびの司法改革では,「法化社会の実現」が唱われ,法曹人口を飛躍的に増やして,社会の隅々まで法律の光が照らしている社会の実現が目標とされた。各地の弁護士会が有料・無料の法律相談を行っているし,意を決して弁護士事務所を訪ねる場合にも,いきなり事件として依頼するのではなく,事件の内容を話してより良い方策を検討して貰い,そのうえで,相談だけで済ませるのか,事件として依頼するのか,依頼する場合の費用はどうなるのかを聞いて,どうするかを決めればよいのである。法律相談だけであれば大体1時間1万円程度であるので,余り心配することはない。法律相談を早めに気軽に大いに活用すべきである。病気の場合であれば,どこの病院に行くことにしているとか,掛かり付けの医師が決まっていることも多い。いわゆるホ-ムドクタ-である。それと同じように,困ったことがあれば安心して気軽に相談できる弁護士(ホ-ムロイヤ-)を早く見つけて,日頃から気軽に相談できる体勢を作っておくことが望ましい。

3 最近ある依頼者から相談を受けた。数千万円という結構な金額に関する紛争である。全額その依頼者の権利に属する金銭について,相手方にも多額の権利があると要求する文書が送られて来ていた。相続にからむ事件で,相手方に金銭を支払うべきかどうかの相談を受けたものである。そこで私が,相手方は相続人ではないので権利がないことを説明する内容証明郵便を相手方に送付した。ただ依頼者と相談して,相手方には権利はないが,親族間の問題なので,相手方の感情に配慮して,相当額の金銭を贈与することを提案し,無事円満に解決した。依頼者からは大変感謝された。このケ-スは早めに弁護士に相談することで満足できる解決ができたものである。依頼者が賢明でとても有効に弁護士を活用したという典型的なケ-スであると思う。相手方の要求に応じて過大な金銭を支払った後で,後悔してその返還を求めたいという相談であれば,訴訟をするなど解決は容易ではなかったと思われる。このケ-スのように,多少の金銭(弁護士費用)を惜しまずに,金銭を支払ってしまうという自己に不利な具体的な行動をする前に,「ちょって待てよ。弁護士に相談してみよう。」と考えたことが,紛争を未然に防止できた賢明で望ましい工夫だったと思うのである。(ムサシ)