北海道新聞 10/18 11:17
障害の有無にかかわらず、互いを尊重し、自分の潜在力を発揮することができる「共生社会」。東京パラリンピックが掲げた理念で、実効性ある活動が今後求められる。音の出る信号機や点字ブロックなどのバリアフリー化は着実に進む一方、子どもたちが共生社会の意義を理解する教育が欠かせない。多様性を認め合う二つの取り組みを紹介する。
「先に進むと、老人福祉施設の室外機があります。風が当たったら、右に曲がってください」
東京パラリンピック開催中の8月31日、札幌新陽高の生徒5人が、視覚障害を持つ檜山晃さん(41)が映るパソコン画面に向かってオンラインで語り掛けた。
最寄りの地下鉄駅から高校までの道のりを、目印に触れたり、においを感じたりしてたどり着く「感覚マップ」づくりの学習。生徒たちは檜山さんが道に迷わず、事故に遭わないよう、さまざまな場所や状況に思いを巡らせ、それぞれの地図を作成。重ねた対話は2時間を超えた。参加した生徒は「どこまで細かく説明すればいいか悩んだ」「マップづくりで自分の視野が広がった」と振り返った。
同校は2030年までに目指す教育ビジョンに「人物多様性」を挙げる。赤司展子(あかしのぶこ)校長(45)は「人それぞれに違いがあるということを理解できれば、お互いが生きやすくなる。生徒たちは多様な生き方に触れてほしい」と期待する。
感覚マップは、檜山さんがスタッフを務める一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ(東京)が主催する。障害者の目線で日常生活を見つめ直すことが狙いで、オンラインのほか企業や大学、博物館などで体験プログラムも行っている。
東京五輪・パラリンピックを前にした20年には、都内に体験型施設「対話の森」を開設。暗闇の中を声や音を頼りに歩いたり、身ぶり手ぶりだけで意思疎通を図ったりし、参加者が「光」や「音」のない世界を体感している。
プログラムはドイツ発祥で1999年に導入した。欧州などでは教育現場に広がっているが、法人のプログラムを体験した延べ約25万人の大半は企業研修などを目的とした社会人。児童生徒は1割に満たない。
法人は東京パラリンピックが共生社会の実現に向けたレガシー(遺産)となるよう、全国の小中学生5千人に無料の体験学習を行い、その効果を検証する予定。志村季世恵(きよえ)代表は子どもたちが障害者の世界観を学ぶことで「お互いに助け合い、自己肯定感や共感する力につながる」ことを願う。
札幌の医療法人「稲生(とうせい)会」は18年、障害者と健常者が共に学び、経験や視野を広げることができる場「みらいつくり大学校」を開設した。公式ホームページ(https://futurecreating.net)を通じて会員登録すると、アイヌ語や手話、マジックとさまざまな講座を、動画などで無料で受けることができる。
会員約120人のうち、医療支援を必要とする障害者は約4割を占め、オンラインで会員間の交流が進んでいる。同校学びのディレクターの松井翔惟(かい)さん(33)は「障害者の人たちからは、私の方がいろいろと学んでいる」と話す。ドイツの哲学者ハイデガーの著書から「死」を見つめた授業では、重い障害のある会員がつづった感想文に心打たれ、「障害の有無は、ただの偶然にすぎない」との思いに至った。
東京パラリンピックは、障害者スポーツへの理解が進むなど一定の成果はあったが、松井さんは道半ばと感じている。「障害者は『かわいそう』といった固定観念はまだある。対話をし、共に学ぶことができる場が大切」と訴えている。
■スポーツ庁も推進
スポーツ庁は2015年度の発足以降、東京五輪・パラリンピックが掲げた理念を学校教育に生かすため、共生社会の実現を含む「オリパラ教育」を推進している。20年度から順次実施している新学習指導要領には、保健体育の学習内容にパラリンピックに関する指導が初めて盛り込まれた。
オリパラ教育は地方の小中高や幼稚園などが対象。同庁は15年度から、「共生社会」「スポーツの価値」「国際・異文化」を三つの柱に支援事業を行っている。共生社会では、保健体育や道徳、総合学習の時間にパラリンピック選手との交流や重度障害者向けの球技「ボッチャ」の体験などが行われてきた。
パラリンピックに関しては、これまでの保健体育の学習指導要領の中で「オリンピックや国際的なスポーツ大会」などと記述が省かれていた。新しい指導要領ではオリンピックとパラリンピックが併記。教員向けには授業例として障害者スポーツの体験を挙げ、「障害の程度、特性にかかわらず、全ての生徒が実施可能な体験となるよう留意すること」などと求めた。
オリパラ教育の支援は東京大会の閉幕に伴い、本年度限りとなるが、同庁は今後も障害者スポーツの参加率向上などに取り組む考え。室伏広治長官は「オリパラが開催される4年ごとではなく、持続的な取り組みが大切」と強調している。(大能伸悟)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/601162
障害の有無にかかわらず、互いを尊重し、自分の潜在力を発揮することができる「共生社会」。東京パラリンピックが掲げた理念で、実効性ある活動が今後求められる。音の出る信号機や点字ブロックなどのバリアフリー化は着実に進む一方、子どもたちが共生社会の意義を理解する教育が欠かせない。多様性を認め合う二つの取り組みを紹介する。
「先に進むと、老人福祉施設の室外機があります。風が当たったら、右に曲がってください」
東京パラリンピック開催中の8月31日、札幌新陽高の生徒5人が、視覚障害を持つ檜山晃さん(41)が映るパソコン画面に向かってオンラインで語り掛けた。
最寄りの地下鉄駅から高校までの道のりを、目印に触れたり、においを感じたりしてたどり着く「感覚マップ」づくりの学習。生徒たちは檜山さんが道に迷わず、事故に遭わないよう、さまざまな場所や状況に思いを巡らせ、それぞれの地図を作成。重ねた対話は2時間を超えた。参加した生徒は「どこまで細かく説明すればいいか悩んだ」「マップづくりで自分の視野が広がった」と振り返った。
同校は2030年までに目指す教育ビジョンに「人物多様性」を挙げる。赤司展子(あかしのぶこ)校長(45)は「人それぞれに違いがあるということを理解できれば、お互いが生きやすくなる。生徒たちは多様な生き方に触れてほしい」と期待する。
感覚マップは、檜山さんがスタッフを務める一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ(東京)が主催する。障害者の目線で日常生活を見つめ直すことが狙いで、オンラインのほか企業や大学、博物館などで体験プログラムも行っている。
東京五輪・パラリンピックを前にした20年には、都内に体験型施設「対話の森」を開設。暗闇の中を声や音を頼りに歩いたり、身ぶり手ぶりだけで意思疎通を図ったりし、参加者が「光」や「音」のない世界を体感している。
プログラムはドイツ発祥で1999年に導入した。欧州などでは教育現場に広がっているが、法人のプログラムを体験した延べ約25万人の大半は企業研修などを目的とした社会人。児童生徒は1割に満たない。
法人は東京パラリンピックが共生社会の実現に向けたレガシー(遺産)となるよう、全国の小中学生5千人に無料の体験学習を行い、その効果を検証する予定。志村季世恵(きよえ)代表は子どもたちが障害者の世界観を学ぶことで「お互いに助け合い、自己肯定感や共感する力につながる」ことを願う。
札幌の医療法人「稲生(とうせい)会」は18年、障害者と健常者が共に学び、経験や視野を広げることができる場「みらいつくり大学校」を開設した。公式ホームページ(https://futurecreating.net)を通じて会員登録すると、アイヌ語や手話、マジックとさまざまな講座を、動画などで無料で受けることができる。
会員約120人のうち、医療支援を必要とする障害者は約4割を占め、オンラインで会員間の交流が進んでいる。同校学びのディレクターの松井翔惟(かい)さん(33)は「障害者の人たちからは、私の方がいろいろと学んでいる」と話す。ドイツの哲学者ハイデガーの著書から「死」を見つめた授業では、重い障害のある会員がつづった感想文に心打たれ、「障害の有無は、ただの偶然にすぎない」との思いに至った。
東京パラリンピックは、障害者スポーツへの理解が進むなど一定の成果はあったが、松井さんは道半ばと感じている。「障害者は『かわいそう』といった固定観念はまだある。対話をし、共に学ぶことができる場が大切」と訴えている。
■スポーツ庁も推進
スポーツ庁は2015年度の発足以降、東京五輪・パラリンピックが掲げた理念を学校教育に生かすため、共生社会の実現を含む「オリパラ教育」を推進している。20年度から順次実施している新学習指導要領には、保健体育の学習内容にパラリンピックに関する指導が初めて盛り込まれた。
オリパラ教育は地方の小中高や幼稚園などが対象。同庁は15年度から、「共生社会」「スポーツの価値」「国際・異文化」を三つの柱に支援事業を行っている。共生社会では、保健体育や道徳、総合学習の時間にパラリンピック選手との交流や重度障害者向けの球技「ボッチャ」の体験などが行われてきた。
パラリンピックに関しては、これまでの保健体育の学習指導要領の中で「オリンピックや国際的なスポーツ大会」などと記述が省かれていた。新しい指導要領ではオリンピックとパラリンピックが併記。教員向けには授業例として障害者スポーツの体験を挙げ、「障害の程度、特性にかかわらず、全ての生徒が実施可能な体験となるよう留意すること」などと求めた。
オリパラ教育の支援は東京大会の閉幕に伴い、本年度限りとなるが、同庁は今後も障害者スポーツの参加率向上などに取り組む考え。室伏広治長官は「オリパラが開催される4年ごとではなく、持続的な取り組みが大切」と強調している。(大能伸悟)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/601162