ナショナルジオグラフィック2019.10.02
保護区に違法な侵入者が続々、高まる脅威、広がる不安と動揺、ブラジル

ロンドニア州のルーズベルト先住民区域で、違法な採鉱作業に使われたブルドーザーを解体する、ブラジルの環境保護機関「IBAMA」から派遣された特別査察グループ。ジャイール・ボルソナロ大統領は、ブラジルアマゾン全域の先住民地区における鉱物の採掘を合法化すると公約しており、広範囲に及ぶ環境破壊と地元コミュニティの分断が懸念されている。(PHOTOGRAPH BY FELIPE FITTIPALDI, NATIONAL GEOGRAPHIC)
ブラジル西端部に暮らす孤立部族の保護に取り組む先住民保護活動家が殺害され、アマゾンの先住民や、その保護に携わる人々の間に不安が広がっている。
マクシエル・ペレイラ・ドス・サントス氏は9月6日、ジャヴァリ谷先住民区域近くの街タバティンガの大通りで、バイクの後ろの席に乗った何者かに射殺された。ジャヴァリ谷は、孤立部族が世界で最も多く暮らしている地域だ。(参考記事:「動画公開はアマゾンの未接触部族を救えるか」)
サントス氏は12年間にわたり、ブラジルの国立先住民保護財団「FUNAI」の職員として働いてきた。推定5000人ほどの先住民が暮らす、広さ約8万5000平方キロメートルの保護区に流れ込む2本の川沿いに設置された前哨拠点が、彼の職場だった。現在にわかに増加しつつある、野生動物や木材を狙う侵入者たちから、ジャヴァリ谷の豊かな生物多様性を守っているのは、この拠点に配置されたわずかな人数の職員だけだ。
今年に入ってから、拠点は武器を持った暴漢による襲撃を5回受けた。4度目は7月中旬で、その数日後には、FUNAIの職員と護衛の兵士たちが、絶滅危惧種のカメ300匹とその卵4万個を保護区から盗み出そうとする密猟者たちを現行犯で捕えている。
ブラジルアマゾンの全域で、野生動物の密猟者、違法な金の採掘者、土地を狙う開拓者、麻薬の密売人など、ありとあらゆる種類の犯罪者が、先住民族の土地に違法に入り込んでいる。ブラジル国立宇宙研究所によると、8月末の時点で、150カ所近い先住民区域内で3500件にのぼる火災が発生していたという。そのうち少なくとも13カ所に孤立部族がいた。
「これらすべての要因によって、孤立部族は危険にさらされ、悪人の手から常に逃げ回る生活を強いられています」。ロンドニア州ポルト・ヴェーリョの大司教で、カトリック教会による人権保護団体「先住民宣教師協議会」の代表を務めるホッキ・パロスキ氏はそう語る。同団体が先日発表したところによると、保護区で発生した侵入事例は、2018年の1年間では76カ所111件だったが、今年は年初からの8カ月だけで、153カ所160件まで増加しているという。(参考記事:「アマゾン森林火災、実態は「伐採規制前への逆行」」)
評論家らが根本的な原因として指摘するのは、ブラジルの大統領ジャイール・ボルソナロ氏による、著しく反環境保護的な姿勢と、先住民の露骨な軽視だ。そうした態度が、犯罪者の間に何をしても罪に問われないという意識を生み出し、邪魔者を暴力で排除する行為を加速させているという。
「大統領は暴力をふるってもいいとは言いません」と、先住民保護活動家のベト・マルボ氏は言う。「それでも彼の話しぶりは、暴力を認めているのと同じです」
ジャヴァリの先住民から親しみを込めてマクシと呼ばれていたサントス氏は、高い職業倫理を持つすばらしい友人で、危険を前にしても怯まなかったと、マルボ氏は言う。職場の同僚や先住民のリーダーたちは、サントス氏の殺害は、彼が先住民の土地とそこに暮らす人々の保護に熱心だったことによる「暗殺」だと考えている。
「この事件によって、人々の間に動揺が広がっています。もし先住民の権利、環境、人権の保護に関わる仕事をすれば、自分の身にも同じことが起こるのではないかと、誰もが不安に思っているのです」
急増する違法な伐採と採掘
「状況は危機的です」。元FUNAIの職員で、アマゾン東部で違法な木材伐採者と戦うグアジャジャラ族のボランティアグループ「森林ガーディアンズ」のアドバイザーを務めるカルロス・トラバソス氏はそう語る。
グアジャジャラ族のほか、推定60〜80人の孤立部族アワ族が暮らすアラリボイア先住民区域では、ここ数カ月の間に、違法な木の伐採が急増している。
例年とは異なり、違法伐採者たちは今回、乾期を待つことなく、11月から6月までの雨期にも木の伐採を続けていた。森林ガーディアンズのメンバーはその間ずっと、伐採にも、殺害の脅しにも、山火事にも、自分たちだけで対処してきた。法執行の責任者である政府関連機関からの支援は、一度も来ることはなかった。
伐採者たちは今では保護区の奥まで入り込み、 繊細な生態系を支えている貴重な硬材の採れる木を盗み出している。「彼らは、孤立したアワ族が暮らしている、まさにその場所からとれる木材を狙っているのです」と、トラバソス氏は言う。
一方、今年急増したアマゾンの火災に本腰を入れて取り組もうとしないことに諸外国から非難の声が上がったことへの対応として、ボルソナロ大統領は8月末、軍隊と警官隊を現場に送り込み、遅まきながら被害を食い止める作業に着手した。これにより、保護区における違法な伐採や開墾、採鉱の防止活動に従事する人々の安全は、ある程度は守られるようになった。
それでも8月30日には、ブラジルの環境保護機関「ブラジル環境・再生可能天然資源院(IBAMA)」の職員と護衛の警察官が、パラー州のイトゥナ=イタタ先住民区域付近で違法な採掘作業所を解体している最中に、待ち伏せ攻撃を受けた。
親ボルソナロ派の政治家たちはこの機を捉えて、現場で発見された重機をIBAMAが破壊したことを強く非難した。彼らは大統領に対し、先住民の土地での採鉱を合法化するという公約を守り、重機の破壊を禁じるようにと迫った。
ブラジル全体の中でも、外部からの侵入が特に激しいのはおそらく、北のベネズエラとの国境沿いに位置するヤノマミ先住民区域だろう。
「フトゥカラ・ヤノマミ協会」によると、ヤノマミ区域内では現在、2万人もの人々が違法に金を採掘しているという。FUNAIによる推定はこれより少なく、採掘者の数は7000人程度としている。(参考記事:「アマゾンのヤノマミ族、希少な村に迫る「魔の手」」)
9月上旬に、ある採掘場を軍が強襲したところ、600人が暮らす小さな街があり、家屋、店舗のほか、売春組織までが存在したという。先住民区域内には、約2万5000人のヤノマミ族が、あちらこちらに村を作って暮らしている。外の世界とほとんど接触を持たない彼らには、侵入を食い止める力はない。
2016年に「オズワルド・クルス財団」が行った調査では、採掘現場近くに住むヤノマミ族の体から、危険なほど大量の水銀が検出された。水銀は金の抽出に使われている。
FUNAIが3年前に公表した情報によると、違法な金の採掘者の中にひとり、未接触のヤノマミ族が暮らす場所から徒歩で数日という距離で作業をしている者が存在し、ヤノマミ族が病気や暴力によって一掃される恐れが高まっているという。非常に限られた予算と人手不足のせいで、FUNAIはこうした事態に対処できずにいる。
一方、西部のロンドニア州では、ウルエウワウワウ族から、自分たちの土地が外部の人間に荒らされているとの声が上がっている。数十年にわたり、彼らは近隣の先住民以外とは友好的な関係を保ってきたが、それはもう過去の話だ。
部族の若手リーダーのひとり、アワピー・ウルエウワウワウ氏は最近、近隣の街の住民から「お前たちは広い土地を持ってるじゃないか。そんなにはいらないだろう」と言われたという。これはボルソナロ大統領にならった表現だ。「彼らは以前、われわれの友人でした。今では敵です」とアワピー氏は言う。
ブラジル人の大多数は保護に賛成
このまま政府の介入がなければ、ウルエウワウワウの保護区は増え続ける開拓者の波に数年以内に飲み込まれてしまうだろうと、先住民の権利保護に携わる人々は考えている。保護区の奥地で移動しながら暮らしている孤立部族は、外の世界の人々が気づきもしないうちに消滅することもあり得ると、人権団体「サバイバル・インターナショナル」のフィオナ・ワトソン氏は言う。
あるウルエウワワウ族からワトソン氏が聞いた話によると、開拓者たちはその彼に向かって、森の中で孤立部族を見かけたと話し、開拓民のひとりは「今度奴らを見かけたら、俺たちが殺してやる」と自慢げに話したそうだ。
それでも、明るい話がないわけではない。ヤノマミ地区にある違法な金の採掘場への物資供給の流れを制御するために、FUNAIは今年中に拠点を1カ所再開する予定だ。また9月中旬には、FUNAI、IBAMA、連邦警察の連合部隊によって、ジャヴァリ地区の東端を流れるジュタイ川で活動していた違法な採金船が60隻近く破壊された。
ワトソン氏は、当局が時折介入して採掘・伐採組織を解体するだけでは不十分だと語る。「違反者を裁判にかけ、刑罰を受けさせるべきです」
タバティンガで起こったマクシエル・ペレイラ・ドス・サントス氏の殺害は、FUNAI職員たちの恐怖を煽った。彼らは今年3月からずっと、高まる脅威にさらされている現場職員の安全を確保するために、本部が指揮をとってほしいと訴え続けてきた。今のところ、その願いが聞き届けられた様子はない。
先住民の権利保護団体「インスティテュート・ソシオアンビエンタル」が9月24日に発表した新たな調査によれば、ブラジル人の大多数は、孤立部族が暮らす森を守ることに賛成している。
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/100100565/