ナショナルジオグラフィック2018.01.19
16世紀に大流行した疫病「ココリツリ」、遺骨から病原菌を特定
発掘調査が始まる前の、テポスコルラ・ユクンダー集団墓地の大広場。(PHOTOGRAPH COURTESY OF CHRISTINA WARINNER, TEPOSCOLULA-YUCUNDAA ARCHAEOLOGICAL PROJECT)
現在のメキシコ南部に、かつて栄えたアステカ文明。ヨーロッパ人がやって来て、この地域を支配した直後の1545~1550年、恐ろしい疫病が蔓延し、500万~1500万人のアステカの人々が命を落とした。疫病は地元の人々にココリツリと呼ばれていたが、その正体は500年間謎に包まれていた。(参考記事:「アステカ 解明される王国の謎」)
だが、科学誌『Nature Ecology and Evolution』に発表された最新の研究で、その原因は致死率の高いサルモネラ菌だった可能性が指摘された。
メキシコのテポスコルラ・ユクンダー集団墓地は、ココリツリとの関連がわかっている唯一の墓地である。この墓地で見つかった遺骨の歯を分析したところ、10人の歯からサルモネラ菌(Salmonella enterica)のひとつであるパラチフスC菌のDNAが確認された。
論文の著者でドイツ、マックス・プランク研究所のアーシリ・ウォージン氏によれば、この菌は腸チフスとよく似たパラチフス感染症の一種を引き起こすが、現代では極めてまれな菌であるという。他のサルモネラ菌と同様、汚染された食物や水を摂取することで感染し、死に至る。症状は、発熱、嘔吐、そして発疹などだ。(参考記事:「「黒死病」はネズミのせいではなかった?最新研究」)
古代のDNAを採取
歴史家や考古学者はこれまで、ココリツリが血液の感染症ではないかと考えていた。当時のスペイン人や先住民が描き残した絵には、鼻や口から出血する感染者が描かれている。(参考記事:「シリーズ:エボラ出血熱、被害国の実情ルポ」)
だが、直接的な物的証拠を見つけるのは難しい。「目に見える手掛かりが骨に残らない病のひとつです」とウォージン氏。ほとんどの病気がそのように手掛かりを残さないとも付け加えている。
そこで、病原菌の痕跡を探すため、24人の遺骨の歯に残っていた500年前のDNAを調べることにした。DNAの解析には、MALTと呼ばれる、既知のすべての病原菌に関する情報が保存されたプログラムを用いた。
「仮説を立てる必要がないという点が重要でした」。論文の共著者で、同じくマックス・プランク研究所のアレクサンダー・ハービッグ氏はいう。この解析法であれば、研究者はいくつかの異なる病原菌にしぼって仮説を立てることなく、データベースにある豊富な情報とDNAを照らし合わせるだけですむ。
その結果、24人のサンプルのうち10人から、サルモネラ菌の痕跡が見つかった。この24人は全て、ヨーロッパ人が新大陸に進出してきた後に亡くなった人々だったが、他にもヨーロッパ人上陸前に埋葬された5人のサンプルも調べてみると、いずれもサルモネラ菌のDNAは発見されなかった。
ヨーロッパ人が持ち込んだものか
歴史的記録によれば、ヨーロッパ人は、天然痘やはしかなど、様々な伝染病をアメリカ大陸へ持ち込んだ。その結果、こうした病気に全く免疫を持っていなかった先住民に大打撃を与えた。
ウォージン氏とハービッグ氏も、スペイン人がメキシコにやってきたとき、同じことが起こったと考えている。
2017年2月に公開された研究で、これと同じサルモネラ菌株が1200年に死んだノルウェー人女性のDNAから発見されたことがわかっている。つまり、16世紀にアステカ人の命を奪ったかもしれない菌株が、その300年前に太平洋の反対側に存在していたということだ。
ウォージン氏は、病原菌がそれ以前からメキシコに存在していた可能性も考えられるというが、そのような証拠はまだ見つかっていない。(参考記事:「「人食いバクテリア」とは何か? 対処法は?」)
疫病のルーツ
メキシコの歴史に残るアウトブレイクが本当にサルモネラ菌によるものであるかを確かめるには、他の埋葬地から採取したDNAもさらに調べる必要があるという。
「私の直感ですが、あの疫病には複数の要因が関わっていたと思います」と、米ウィスコンシン大学マディソン校で感染を研究するケイトリン・ペペレル氏はいう。同氏は、今回の研究には関わっていない。
ペペレル氏によると、植民地化の結果「食糧供給路が混乱し、飢饉が起こり、人口密度が変化し、人が移動し」、そこから生まれた様々な要因が働いていたのではないかという。(参考記事:「希少な古代アステカの地図、16世紀メキシコを描く」)
米アリゾナ州立大学進化・社会変化学部のアン・ストーン氏も「はっきりとは言えませんが、先住民には新しい病気で、あそこまで被害が大きくなったことから、恐らくヨーロッパが起源なのだと思います」とコメントした。この説を立証するには、より多くの埋葬地からDNAを採取することだと、ストーン氏はいう。(参考記事:「アステカの犬だけの墓を発見、メキシコ」)
ウォージン氏も、ココリツリ犠牲者の埋葬地が他にも特定されなければ、今回の結果は仮説にとどまるだろうと認めている。その時まで、ハービッグ氏はDNA解析を使って、人類の歴史に影響を与えた重大な病について研究を続けたいとしている。
文=Sarah Gibbens/訳=ルーバー荒井ハンナ
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/011800021/?P=2