レイバーネット日本-2016/11/18 西中誠一郎
11日朝9時過ぎ、冷たい雨の中、首相官邸前に「日印原子力協定」締結に反対する人々が集まった。NPT(核拡散防止条約)やCTBT(包括的核実験禁止条約)に非加盟でありながら核兵器保有国であるインドに対して、世界唯一の被爆国で甚大な福島原発事故を起こした日本が、原子力発電の資機材のみならず、プルトニウムを取り出すことができる使用済み核燃料の輸出を可能にする内容の原子力協定の調印が、11日夕方に首相官邸で行われるとあって、日本、インドはじめ世界各地で同日抗議デモが行われた。「日印原子力協定反対!」「核輸出、核拡散反対!」「福島を忘れるな!」
インドへの核輸出を巡る国際社会と日本の動向:
日印原子力協定締結に至る経過を整理してみる。1979年スリーマイル島原発事故や86年チェルノブイリ原発事故など相次ぐ巨大事故や核廃棄物の最終処分問題に世界は直面し、1990年代に入ると新規原発建設の動きは停滞し、冷戦崩壊で核兵器削減の取り組みも活発になった。しかし21世紀に入ると原子力産業の巻き返しが強まり、欧米諸国を中心に「原子力ルネサンス」の動きが活発になった。その最大の輸出先候補がインドだった。
1974年にインドが使用済み核燃料を再処理して核実験を行ったことがきっかけで、78 年に原子力技術機器輸出を管理規制する「原子力供給グループ」(NSG)が発足(現在48カ国)したが、インドは98年にも計5回の軍事用核実験を行った( 98年隣国パキスタンもこれに対抗し2日間、計5回の核実験を行った)。
しかし日米などNSG46カ国(当時)は、2008年にインドが行った自主的な核実験凍結宣言(モラトリアム)を続けることを前提に、NPTやCTBT 未加盟のインドへの核関連物質と技術の移転を例外的に認める方針を決定し、国際原子力機関(IAEA)もこれを追認した。
日本では09年に民主党政権が誕生して以降、新幹線や原発などのインフラを海外輸出する「新成長戦略」が打ち出され、インドへの原発輸出を可能にする原子力協定の締結に向けた外交交渉が始まったが、「インドが再び核実験を行ったら協定を停止する」という核実験停止条項を日本側が示したため、2010年11月以降、表向き交渉は止まっていた。
しかし巨大なインド電力市場を巡るNSG各国の原発売り込み競争は過熱化し、アメリカ、フランス、ロシア、カナダ、韓国、オーストラリアなどの各国政府が次々に原子力協定をインド政府との間に結び、日本企業の技術力を高く評価する米国やフランス企業などからも、日印協定の早期締結を求める圧力が高まっていた。
2011年3月に福島原発事故が起ったにも関わらず、12月には野田首相が訪印し協定締結に向けた交渉を再開した。自民党「アベノミクス」もこの原発輸出政策を引き継いだ。
2015年4月に事業者の有限責任と原発メーカーの賠償責任の免罪を規定する「原子力損害の補完的補償に関する条約」(CSC)発効と同時に日本政府は条約加盟し、インド政府も原発メーカーへの損害賠償制度を定めた「原子力損害に関する民事責任法」(インド原賠法)を改悪して、CSCに加盟した。
そして「核兵器廃絶の障害となりかねない」「NPT体制の空洞化を招きかねない」として「日印原子力協定の中止」を再三求めてきた広島•長崎両市長の要請や、インド政府の弾圧で死傷者を出しながら原発反対の非暴力運動を続けてきたインド各地の住民運動、世界各地の市民運動の抗議を無視して、昨年12月安倍首相は訪印し、モディ•インド首相との間で「原子力協定の原則合意」に署名した。
【参照】
■福永正明さん講演会(2015年5月10日 ノーニュークス・アジアフォーラム通信No.116)
「燃え上がるインドの反原発運動 原発輸出反対は私たちの責務」
http://www.nonukesasiaforum.org/jp/116b.htm
■「インドへの原発輸出 日印原子力協定の問題点」(2016年10月6日「原発ゼロの会」資料)
https://drive.google.com/file/d/0B4sSurkQeTFgdEgwLTBvdFpXMzg/view
11日朝の首相官邸前での緊急抗議行動を呼びかけた国際環境NGO「FoE Japan」の満田夏花さんは以下のように訴えた。「今回の協定締結は、核廃絶を願う世界すべての人々への裏切りです。日本は今まで多くの国と原子力協定を結んできましたが、どの国にも使用済み核燃料の再処理は許していません。今回インドを例外的に容認するなら大問題です」。
国際原子力機関(IAEA)の査察は、インドについては特別な方式が容認され、インド政府の自己申告制で、民生用施設はIAEAの査察を受け、軍事用施設 は受けなくてもよいというものになっている。インド国産ウランや使用済み核燃料の再処理技術でプルトニウムを取り出すことは今回の「日印原子力協定」でも可能だ。
【参照】
■http://www.dianuke.org/インドに原発を輸出しないで-sundaram/
■外務省「日印原子力協定」
http://www.mofa.go.jp/mofaj/s_sa/sw/in/page3_001879.html#section2
満田さんの訴えは続いた。「福島原発事故で、今も多くの人たちが苦しんでいます。インドでも原発周辺や建設予定地の地域住民やNGOが命がけで反対運動を続けています。東電は『原子力損害賠償・廃炉等支援機構』を通して、私たちの電気料金や税金を吸い上げ、賠償、廃炉、除染費用などに回しています。そういう現実を世界の人たちは見ています。原発は自然環境や、人々の暮らしや人権を破壊し、経済的にも割の合わない斜陽産業だということはもはや明らかです。昨日も『ベトナム政府は、日本とロシアの協力で進めている原子力発電所の建設計画について白紙撤回する方針を固めた』という新聞報道がありました。世界のリーダーたちは冷静になって、原発に税金や公的資金をつぎ込むのは絶対にやめるべきです」。
【参照】
■国際環境NGO FoE Japan「日印原子力協定締結に抗議」声明
「核廃絶を願うすべての人々を裏切り、福島現原発事故の被害を無視する行為 」
http://www.foejapan.org/energy/export/161111_2.html
「武器輸出反対ネットワーク」(NAJAT)代表の杉原浩司さんは「日本とインドは昨年安倍首相が訪印した際に『武器輸出協定』を結んでしまった。一昨年、武器輸出禁止三原則を閣議決定だけで撤廃し、防衛装備移転三原則が動き出した案件のひとつとして、『救難飛行艇US2』(「新明和工業」製造)をインドへ売ろうという計画が進んでいる」と指摘し、「原発輸出でも武器輸出でも、安倍首相は一握りの大資本や死の商人ための利益を優先して、核廃絶を願う市民の利益に反することをやり続けています。インドでは日本以上にひどい権力弾圧が行われています。今日も現地で数千人の人が反対の声を上げています。これからも諦めずに、原発輸出、武器輸出をやめさせましょう」と訴えた。
インドに8年間在住し、インドの反原発運動について博士論文を書いているオーストラリア人女性に話を聞いた。「インド各地の住民の反対運動を肌で感じました。命がけで闘って、死者も出ています。日本はお金を地元にバラまいて住民を分断するが、インドの住民弾圧はもっと酷い。インドで一番古い『タラプール原発』(1969年1、2号機稼働)の建設では、土地や財産を奪われた人たちの補償もなければ、いまだに立ち退き先に電気も通っていない。電気がないから病院もない。本当に悲惨な状態です。
インド南端にある『クダンクラム原発』では女性たちが立ち上がっています。2004年の津波で、周辺住民は家屋を失った。原発から500mしか離れていないところに仮設住宅が作られて、そこに住んでいます。津波の時は停止中だった原発もダメージを受けたと思いますが、被害状況は公開されていません。4基のうち2基は今も稼働しています。住民は2011年の福島原発事故の様子をテレビで見て、2004年の津波の記憶が重なり、そこから女性たちが反原発運動に立ち上がりました。
現在インドでは、多くの原発建設が計画されていますが、そのうち『ジャイタプール原発』6基は1000MW級で、柏崎刈羽原発規模の世界最大級の原発です。2008年にインドとアメリカ、フランスが相次いで原子力協定を結び、建設契約はフランスのアレバ社になりました。
アメリカもフランスも、日本製の原子炉格納容器などの資機材が必要なので、建設は止まっている状態です。だから今日の日印原子力協定の締結には世界規模で反対行動が起っています。
インドは長年イギリスの植民地でした。抑圧されてきた歴史や隣国パキスタンとの紛争があるので、国威発揚で原発を作り、核武装しようとする発想が生まれます。電力市場が大きいのでインドは特別扱いされていますが、このような流れを断ち切らないと、脱原発も核拡散防止も遠のくばかりです」と警鐘を鳴らした。
「トランプ氏が核のボタンをもつ大統領になり、世界中が心配しています。一日も早く核廃絶のために全世界の市民が声をあげないといけません。核拡散につながる日印原子力協定に、絶対反対です」とマイクを握り訴えたアメリカ人女性、アンエリス•ルアレンさんに話を聞いた。彼女は日本の大学で反原発運動や、先住民族の権利と持続可能な開発について研究している。
「3.11震災以降、原発がどんなものか改めて考えました。クリーンなエネルギーではないし、核廃棄物処分はアメリカでも失敗続きです。インドでは原発建設で漁民や農民の生活が破壊されていますが、アメリカやカナダ、オーストラリアでも先住民族の土地で、ウラン鉱山の採掘や核廃棄が行われ,深刻な環境破壊や放射能汚染が進んでいます。まさに『環境レイシズム』です。
トランプが大統領選で勝利し、シェールガス採掘と石油会社に投資して、パイプラインをどんどん作ろうとしています。さらに原発輸出政策の推進により、核拡散に歯止めがかからなくなる危険があります。日本はまず福島原発事故の収束や、原発輸出ではなく持続可能な再生可能エネルギーの開発に全力で取り組むべきです」。
「日本は技術とか安全性とか優れていると思っていましたが、福島原発事故を起こし、安全対策がでたらめだということが分かってしまいました。ましてや開発途上国に原発輸出し、相手国の内政事情に任せるのは非常に無責任です。相手国が地域住民と話し合って、納得できるプロセスで安全対策を作らないといけないのに、インドではそういったプロセスは一切ありません。
ベトナム議会が、原発から撤退するという決議をしたのは良いニュースでしたが、トルコやインドなどでは政府による住民弾圧が心配です。民主主義でない国、住民が抗議の声を上げられない国に原発を輸出するのは非常に危険で無責任です」。
「大企業が国家権力と固く結びついている新自由主義的なエネルギーシステム自体を変えていかなければいけません。原子力産業を成立させている構造的なシステムそのものが、住民自治も民主主義社会も破綻させます。だからどこの国でも、私たち市民がもっともっと大きな声を上げて、原子力開発の流れを止めなければいけません。日印間だけの問題ではない。核不拡散条約に加盟していないインドが、日本の援助を受けてどんどん核兵器を作ってしまうことになりかねません」。
日印原子力協定は、来年の通常国会で予算関連の審議が行われた後、4月以降に承認案が提出される見通し。2010年以降、時の与党内でも同協定締結に対し慎重を求める声が上がっていた。しかし「インドとの原子力協定については、技術的な詳細が完成した後に署名されることが確認されている段階であり、現時点でその文言に関する事項についてお答えすることは差し控えたい」(2016年10月25日付。初鹿明博衆議院議員の質問主意書に対する安倍首相の答弁書)という具合で、安倍内閣はまともな答弁をしてこなかった。国会で参考人招致はじめ徹底した審議の上、原子力協定、原発輸出のあり方を根本から変える必要がある。核拡散防止のためにも、目先の経済的利益や外交関係に囚われない、党派を超えた審議と、国際的な「日印原子力協定にNO!」の世論形成が必要だ。
【参照】
■「日印原子力協定」署名に反対する抗議書(「日印原子力協定阻止キャンペーン2016」)
http://www.cnic.jp/7262
http://www.labornetjp.org/news/2016/1111nisinaka