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インカの天然色は病も癒やす

2016-11-15 | 先住民族関連
毎日新聞-2016年11月14日
鷺森ゆう子 / メディカル・ハーバリスト
藤原幸一 / 生物ジャーナリスト/NATURE's PLANET代表
ペルー・クスコ郊外:インカの染料を受け継ぐ村にて
 薬草の森に現れた天空都市、マチュピチュからクスコに帰ってきた。今度は近くの村で、インカの植物から染料を作っている村があると聞き、「薬草もあるのでは」と思い、バスで行ってみることにした。
 朝早く、バスは北西へ向かって出発した。標高が高く酸素が薄いせいなのか、バスはエンジンが不完全燃焼していて真っ黒な排ガスをまき散らしながら、インカ時代の石畳の道をゴトゴトと音を立てながら走った。川沿いを猛スピードで下って田舎道に入ると、今度は土ぼこりをもうもうと上げながら、くねくねとした坂道を上り始めた。バスの揺れで眠くなり、しばらくウトウトしていたら急に視界が開け、乾燥した山々の間に、インカの遺跡が残る小さな村が現れた。そこでは、先住民族の女性や少女たちが、さまざまな植物を使って糸を染めていた。
「インカシャンプー」は自然からの贈り物
 バスの停留所から5分ほど歩いた民家を訪ねてみた。日焼けした小柄で、ふっくらしたアジア人を思わせる顔つきの先住民の女性が、出迎えてくれた。家に入るなり女性は「これはサクタという植物の根です。ベビーアルパカやシープウールを洗う時に使います。彼らは生まれてから一度もシャワーを浴びたことがありませんからね。『インカシャンプー』です」と、ジョークを交えながら、その場にあった植物の根をナイフで削って陶器の器に張った水に入れた。かき混ぜるとブクブクと泡が立ち始めた。そこへ汚れた毛糸を入れて、手でもみ洗いをする。「わたしたちの服も全て洗うことができますよ。自然環境を汚さない、天然の洗剤です」。泡の中から出てきた毛糸は真っ白になっていた。
インカの赤は寄生虫から作られる
 女性は次に「これは植物ではありません」と言って、小さな白いかたまりを手にした。「ウチワサボテンに寄生しているコチニラ(和名:エンジムシ)という虫です。染色に使います」。両手をすり合わせ、「ほら、見てください」とこちらに手を向けると、手のひらが赤く染まっていた。コチニラの体内に蓄積されている色素だという。
 「これはインカよりも古い時代の染料なのです。メスのコチニラを2~3カ月乾燥させたものを、染料として使います。ここへライムを垂らすと……ほら! オレンジへ色が変わります」。寄生虫といわれると少々ギョッとするが、人々の知恵には感心させられる。
寄生虫で巨額の富
 16世紀にスペイン軍が侵略する前、インカ帝国ではコチニラを大量に養殖していた。そこでインカ征服を成し遂げたスペイン人は、そのコチニラをヨーロッパに持ち帰り、巨額の富を築いたとされる。この色素はコチニール色素と呼び、現在は、食品添加物(天然着色料)としても使われている。コチニラの体内に蓄積されている色素化合物を水かエタノールで抽出して色素にしたものだ。ただし、コチニール色素を使った食品や化粧品の使用で、アレルギーを起こす人もいるため、日本では2012年、消費者庁が注意喚起をしている
カラフルなサボテンの実は不老長寿の薬
 そのウチワサボテンの実は「トゥナ」と呼ばれ、市場や道端でも売られていた。地元の若い人たちもファストフード感覚で買って食べている。早速、試してみると、少し硬くてほんのり甘いメロンのような味がした。先住民の人たちは、「トゥナは体にとてもいいんだ。不老長寿の薬だよ」といって、いくつも口に運んでいた。トゥナにはカルシウムやリン、カリウムなどが豊富に含まれている。緑、赤、紫などさまざまな色の種類があり、赤や紫のトゥナにはベタレイン色素が多く含まれている。人間は空気から酸素を体内の血液にとり入れ、体に必要なエネルギーを作っている。その際に、酸素の一部が活性酸素になる。活性酸素が増えすぎると正常な細胞を傷つけてしまい、病気を誘発し老化現象を早める原因となっている。ベタレイン色素には、その活性酸素を抑える抗酸化作用があるという。
染料にも薬にも増粘剤にもなるタラ
 「これはタラという木の種です」。そういって女性は、乾燥して硬くなったオレンジ色の大きな種を指さした。「この煮汁で糸を染めると青色になります。インカ時代だけでなく、タラのように植物によってはインカの前の時代から、私たちの祖先も使ってきたんですよ」。見せてくれた毛糸は淡く、上品な色合いの青だった。「それから、種からとった液体は革を加工するときに使うと、革が柔らかくなり明るい色になります」
 「薬としては使っていますか?」と尋ねてみた。女性はにっこり笑って「はい、もちろんですよ。のどが痛い時にタラの煮汁でうがいをすると、痛みが和らぎます。ただし胃には刺激が強いので、飲み込まないように。それから、タラの汁をシャワーで浴びると、肌がきれいになりますよ」と答えてくれた。調べてみると、へんとう炎や傷の洗浄、発熱の治療にも使われているようだ。薄めた煮汁は腹痛にいいという。現在、ペルーでタラは有用作物として栽培されていて、種から抽出したガム(粘液、のり)が、アイスクリームやヨーグルト、パン、肉製品などの増粘剤や安定剤としても使われている。
インカの時代から受け継がれた染料の糸を紡ぐ
 この村で紹介された染料植物は、他にもたくさんあった。この連載の「インカ文明が生んだ世界のスーパーフード」の回で紹介した、紫サラ(とうもろこし)で染めた糸や、ボディーソープにもなるというキンサクチュなど多くの植物を染料として使っていた。先住民の女性は家々で、インカ植物で染め上げられた糸を掛け合わせ、インカ模様の布地を織っていた。自然のかもしだす柔らかな色合いが、アンデスの大地に溶け込むようだった。
 ペルー滞在中にいくつもの遺跡や田舎を訪れた。そこで先住民族の人たちと話をしていると、まるでインカの時代にタイムスリップしたかと錯覚しそうだった。インカ時代にも使われていた薬草や染料植物、野菜、穀物を、今もなお暮らしの中に取り入れている力強い姿がここにはあった。
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鷺森ゆう子
メディカル・ハーバリスト
さぎもり・ゆうこ 神奈川県生まれ。動物専門学校看護科卒。日本大学英文学科卒。1994年より動物病院で獣医助手として勤務する傍ら、環境保護のNGOに携わる。海洋環境保護イベントの開催や、中米ベリーズ・エコツアーに参加し、マヤ人の智恵を生かしたナチュラルメディスンに触れ、自然の薬により関心を持つ。このような体験を会報誌へ執筆する。95年から1年間、東アフリカのケニアにて動物孤児院や、マサイ族の村でツェツェフライコントロールプロジェクトのボランティアに参加する。帰国後は再び環境NGOなどに関わりながら、国内での環境教育レクチャーや、中米グァテマラの動物孤児院にてボランティア活動を行うなど、野生生物と人との共生について探求する。06年からフリーで野生生物の生きる環境や、世界の自然医療の現場を巡る。
藤原幸一
生物ジャーナリスト/NATURE's PLANET代表
ふじわら・こういち 秋田県生まれ。日本とオーストラリアの大学・大学院で生物学を学ぶ。現在は、世界中の野生生物の生態や環境問題、さらに各地域の伝統医学に視点をおいて取材を続けている。ガラパゴス自然保護基金(GCFJ)代表。学習院女子大学非常勤講師。日本テレビ「天才!志村どうぶつ園」監修や「動物惑星」ナビゲーター、「世界一受けたい授業」生物先生。NHK「視点論点」「アーカイブス」、TBS「情熱大陸」、テレビ朝日「素敵な宇宙船地球号」などに出演。著書は「きせきのお花畑」(アリス館)、「こわれる森 ハチドリのねがい」「森の声がきこえますか」(PHP研究所)、「マダガスカルがこわれる」(第29回厚生労働省児童福祉文化財、ポプラ社)、「ヒートアイランドの虫たち」(第47回夏休みの本、あかね書房)、「ちいさな鳥の地球たび」(第45回夏休みの本)「ガラパゴスに木を植える」(第26回読書感想画中央コンクール指定図書、岩崎書店)、「オーストラリアの花100」(共著、CCCメディアハウス)など多数。
http://mainichi.jp/premier/health/articles/20161111/med/00m/010/021000c

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