石井伸之の国立市議会議員日記 自由民主党会派所属

東京都国立市の若手?市議会議員(6期目)による日記です。国立市議会議員として国立市政の最新情報を伝えて行きます。

2月28日本日は後援会活動をしておりました

2007年02月28日 | Weblog
 こんにちは石井伸之です。本日は水曜日ということで、朝の市政報告を谷保駅で行い、3月議会の内容についてご報告させていただきました。

 その後、学生インターンの方には、郵送を予定している市議会通信49号、50号、51号と3月25日午後3時より予定している石井伸之後援会事務所開きについての案内を封入して、のり付けをしていただき、その間、私は青柳地域を中心に後援会の挨拶回りを行っておりました。

 午前中の2時間限りだったので、僅かな件数でしたが、これも積み重ねと思い、一軒一軒を大切に回りました。

 午後からは、学生インターンの方が午前中に市議会通信49号等の封入をお願いしており、これが終了したので、郵便局へ持って行きました。

 帰宅すると、長女がまとわりついて来て、「遊べ、遊べ」と言わんばかりに私の太ももにしがみついてきました。昼間家内と二人でいる時はおとなしく一人遊びしているそうですが、私が帰宅すると、いきなりワガママ娘に変わるそうです。


 午後3時ごろに、三田都議より連絡があり、議会についての様々な打合せを行い、私が自民党国立総支部の広報宣伝委員長ということで、今後作成する自民党国立総支部のチラシについて下打合せを行いました。なんだかんだで、午後9時まで市役所で第六小学校用地取得に関するチラシの下書きをしておりました。

 また明日からは、会派代表質問と一般質問が行われますので、忙しい議会が始まりますが、頑張っていきます。
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2月27日本日は3月議会の初日を迎えました

2007年02月27日 | Weblog
 こんにちは石井伸之です。本日は、3月議会の初日を迎え、丸一ヶ月の長い長い議会に入ることとなります。正直なところ、4月15日告示で4月22日投票の市議会議員選挙が控えておりますので、どうしても心は選挙に向けての準備に移りがちですが、平成19年度予算を審議する予算特別委員会もありますので、気を引き締めて頑張ります。

 10時開会で始まった3月議会は、上原市長の施政方針演説ではなく、思想方針演説といった内容で、参議院選挙を考えているかのような、国レベルの内容に前半は費やされておりました。

 ここは国立市ですから、イラク戦争や平和都市宣言といった内容よりも、子育て支援の充実に向けての内容をもっと訴えて欲しかったところです。

 その後の審議は順調に進みましたが、第24号議案については即決の案件で、委員会に付託されず初日の本会議で可否の判断する為に、予想通り3時間余りの時間を費やしてしまいました。

 ちなみに国立市議会の流れを簡単に説明すると、まずは初日の本会議に、「様々なこれこれこういう議案があります」といった形で提案説明がされ、本会議の中で国立市議会に設置されている3つの常任委員会(総務文教委員会、建設環境委員会、福祉保険委員会)のどこに付託するのかふさわしいのか事前に議会運営委員会で決定している通りに付託されます。

 その後、各常任委員会の中で審議され可決か否決の判断をして、再びその結果を最終本会議にかけて審議され最終的な可否の判断をされるというのが、簡単な議会の流れです。

 24号議案というのは、第六小学校の用地を東京都から購入するというものなのですが、この用地というのが昭和40年代に青柳南団地と矢川北団地が建設され、児童数の増加に伴い、急遽小学校が必要となって、東京都が先に土地を購入して第六小学校が建設されました。

 その後、東京都から土地を国立市が購入するという約束だったのですが、いつの間にかその交渉が中断し、長い間そのまま放置されてしまいました。

 何故、ココになって土地を購入する話になったかというと、平成17年に第六小学校の耐震補強工事を行う際に、文部科学省の補助金を頂くために、土地所有者の了解が必要ということで、東京都に了解を頂に行ったところ、東京都の不明瞭な土地は整理するという方針が出されているところであった為に、第六小学校用地の経過が明るみに出ました。

 そこで、国立市としても土地を購入するために様々な努力をしていたのですが、20数億円という土地価格の半額というのが基本ラインなのですが、これだけのお金が出せない国立市は、三田としや都議会議員に相談をし、以前は8割減額をされていたので、今回も8割減額で交渉がまとまりました。

 およそ、4億4千万円という価格が出たのですが、12月議会になって4億4千万円の支払方法についての中身が不明確であったために否決となりました。

 否決となってから、三田都議と関議長が再び東京都に働きかけていただいた結果、東京都の総合交付金などをいただくということが出され、さらに良い条件を出していただきました。

 しかし、それでも、もう少し良い条件を提示させるべきだという意見や買うべきではないという意見等もあり、様々な議員から質疑されました。

 結果的には、4億2千万円に減額され、その中でも総合交付金などの特別な配慮もしていただいたという東京都との信義もありますので、賛成多数で可決という決断がされました。

 その後も、意外と時間がかかり、午後6時前にようやく終了となりました。それからは、急いで帰宅して消防の訓練があるのでそちらに行き、午後10時頃帰宅して本日の日程が終了しました。

 これから長い長い3月議会の合間を縫って、後援会活動を行いますので忙しい3月になると思いますが、是非とも石井伸之の議員日記を見ていただければと思います。
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2月26日本日は後援会活動をしておりました

2007年02月26日 | Weblog
 こんにちは石井伸之です。本日は月曜日ですので、朝の市政報告を矢川駅で行いましたが、スピーカーの電源をオンにしてもピクリとも動かず、電池切れが判明しました。石塚議員のスピーカーで市政報告を行いましたので、事なきを得ましたが、事前の準備が大切であると思い知りました。これが、もしも選挙事務所開きの時だったとしたら、洒落にならないところでした。

 さて、その後はしまづ隆文市長候補予定者と共に、後援会活動に歩き回りました。2時間かかっても、僅かな件数しか回れませんでしたが、その中でクンストフェアライン21美術館を経営されている方からは、国立市の芸術文化については、名も無き若い芸術家を育てるためにも、様々な作品を発表していく場所を国立市としても提供する努力をして欲しいとのことです。

 午後になってからは、3月25日午後3時に行う石井伸之後援会事務所開きに向けての来賓のご挨拶をいただく方へお願いに回りました。

 この頃の長女は、自分のお腹を指差しては「赤ちゃん、赤ちゃん、おとうと、おとうと」と叫んでおり、街中で叫ばれると恥ずかしいと家内が言っておりました。特に、長女は口が達者でぺらぺらと、独り言を口走っております。

 夕方散歩に出掛けると、今度は「コレなあに、コレなあに」の連発で、ひたすら答を求められました。

 でも、こうやって物事を知ろうとする好奇心が旺盛であることは、親としては微笑ましいところです。決してうっとおしい顔をせずに、できるだけ丁寧に答えることを心がけているところです。
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2月25日本日は消防団の神戸視察から帰ってきました

2007年02月25日 | Weblog
 こんにちは石井伸之です。本日は、一泊二日の神戸視察が終わり、帰宅することとなっておりましたが、飛行機の故障があった関係で、出発時間が1時間以上遅れることとなってしまいました。

 そこで、最近腰が疲れ気味なので、神戸空港内にあるマッサージ店でリフレッシュすることとしました。

 忙しくて、なかなかマッサージに行けなかったので、今回は最高で腰の深いところにあった重くて鈍い痛みが軽くなりました。選挙前になると、どうしてもお辞儀をする回数が増えますので、その分腰にも負担がかかります。

 帰宅してから、少しすると家内と長女も帰ってきました。てっきり「パパ、パパ」といつものように駆け寄ってくるかと思いきや、どうも長女の様子がよそよそしいので、どうも二日間居なかったのでふてくされていたのと、家内の実家で遊んでいたのがよっぽど楽しかったようです。

 また明日からは3月議会に向けての様々な準備と選挙に向けての準備というように、忙しい日々が続きますが、体調管理だけはしっかりして頑張っていきたく思います。
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2月24日本日は消防団第一分団で阪神淡路大震災の件について視察に行きました

2007年02月24日 | Weblog
 こんにちは消防団第一分団の石井伸之です。本日は第一分団で阪神淡路大震災後の神戸へ視察へ行きました。

 天候は良いのですが、どうも風が強く体感温度は真冬並みでした。羽田空港から神戸空港に到着しても、さらに風が冷たく3月間近でも寒い陽気です。

 中華街でランチの後に、早速防災未来館へ向かい、内部の見学に入ると、まずは震災直後の様子が映像で映し出される部屋に入り、大画面で地面が割れ、建物が倒壊するショッキングな映像が飛び込んできました。

 震度7という激しい揺れが、どれだけのとてつもないエネルギーの放出だったか僅か7分間の映像からでも実感できました。

 次に、震災直後の様子を現したジオラマセットを通過してみると、民家が傾き、電柱が折れ曲がり内部の鉄筋が露出していたり、落下物によって動けなくなった車などが再現されておりました。

 そして、次は小さな映画館風のところで、13分の震災からその後の様子を描かれた短編ドキュメンタリー映画を見たのですが、今はずいぶんと綺麗に復興しておりますが、震災直後に瓦礫の中から救出される方や逆に倒壊した建物から救い出すことができずに、炎に包まれる被災者の方について書かれておりました。

 震災直後に役立ったのは、車のタイヤを交換するときに使われるジャッキで、他には電気ノコギリやスチールカッターが被災者の救出に役に立ったそうです。

 それにしても、被災者同士の助け合いの精神というのは、見習うべきものであって、地域コミュニティの強さが伺えます。地域のつながりがしっかりしてなければ、これだけの方々が地震直後に地域の人々の手によって救い出されなかったと言われておりました。

 さらに、当時の体験を聞く映像のコーナーもあり、我々と同じ消防団の方が、被災直後にどれだけ厳しい救助活動であったのか、切々と感じされられました。

 その中でも、情報の大切さとして、FM796フェニックスという地域ラジオ放送局が被災直後に立ち上がり、被災者情報や救援情報の伝達に役立ったとのことです。今回の3月議会に一般質問として「ラジオ放送局国立FMの立ち上げについて」という項目を入れておりますが、大災害時における地域の生きた細やかな情報を伝えていくことがいかに重要であるか実感しました。

 是非とも、国立市でも多摩地域で7番目のコミュニティラジオ放送局開設に向けて民間企業の皆様と連携して協力していくことが重要であると実感しました。

 およそ3時間あまりの見学後、旅の疲れを癒すために近くの「なぎさ温泉」に入り、あらゆる温泉を堪能して、その後チェックインし、夜は懇親を深める意味でのささやかな宴席で盛り上がり、長い一日が終了しました。

 
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2月23日本日は土地開発公社評議員会がありました

2007年02月23日 | Weblog
 こんにちは石井伸之です。本日は金曜日ということで朝の市政報告を国立駅南口を行いました。実を言うと、昨日の天気予報では朝から雨が降るということで、油断しておりました。しかし、起床してみると雨は止んでおり、国立駅南口へ向かいました。

 予想通り、7時半前には雨が降り出し、仕方なく庇の下に隠れながら朝の市政報告を行っておりました。

 どうしても雨の具合が気になるのと、傘に埋もれてしまい朝の市政報告をしている私たちの姿も隠れ気味でした。8時過ぎには終了し、小雨の中を自転車で帰宅すると、体が冷え切ってしまい、風邪を引かないか少々心配でした。

 それでも、本日は午前10時より土地開発公社評議員会があり、JRが国立駅南口駐車場の一部を工事ヤードとして借りたいということが、議題の中に入っておりました。

 JRからの要望はわかりますが、国立駅北側から南側へ来る方々は東側ガード下の狭い道路を通ってきますので、国立駅の通り抜けについて松嶋議員が要望しておりました。是非とも、市民の皆様の利便性向上に向けて、国立駅の通り抜けができるようにすべきであると思いました。

 その後、市議会通信51号の印刷をして、帰宅してからは早速郵送に向けての作業に取り掛かりました。

 今後とも、よりよい情報公開に向けて、こまめに市議会の情報をお伝えさせていただきます。
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2月22日本日は議会運営委員会がありました

2007年02月22日 | Weblog
 こんにちは石井伸之です。本日は午前10時より議会運営委員会があり、3月議会に向けて議案の登載場所などが確認されました。

 会派の部屋に入ると、松嶋議員が学生インターンの方に土地開発公社についての説明をしておりました。さすがに、野球部の主将を務めていただけあって、その説明は丁寧で、後輩への指導というものをわき目で見させていただきました。後輩を育てるという意味で、松嶋議員の姿勢を見習いたく思いました。

 議運の最後に、議長が9期36年勤められた議員が引退されるということで、3月議会の最後に、市長・議長の挨拶があるのでその後に挨拶をしていただくということが確認されました。

 それから、一般質問について様々な打合せを行いました。建設部主幹とは甲州街道の歩道拡幅と、国立駅西口の件を打ち合わせを行い、西口については国立駅南口駐車場を高度利用して建物を建てたときに、高架化されたホームと同じ床の高さにすることによって、建物から直接ホームに入れる西口を建設すべきであるということを話させていただきました。

 昼食後に、さすがに髪の毛がうっとおしくなってきたので床屋へ行き、さっぱりしてから市議会通信51号の作成に取り掛かりました。すでに半分は作り終わっておりましたので、残り半分は青木議員の代表質問をする時間や、石塚議員、松嶋議員、私の一般質問時間を記入して、私の一般質問内容の目玉部分について、説明する文章を入れて、夕方にようやく終了しました。

 夜は、消防フェアに向けて、私達消防団第一分団が消防操法を披露するということに決定したので、訓練を週3日行っておりますので、その訓練に行きました。

 帰って来ると、あっという間に10時を回り、慌しい一日が終わります。パソコンに向かっている脇では、床暖房の効いている床に突っ伏したまま長女が寝ております。起きているときは、あれだけ騒がしい長女ですが、寝てしまうと可愛い寝息を立てており、静かな夜のひと時が戻ってきます。

 明日は、雨が降らなければ国立駅南口で、朝の市政報告を行いますので、早めに休むこととします。
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2月21日本日はパンフレットの手直しを始めました

2007年02月21日 | Weblog
 こんにちは石井伸之です。本日は水曜日ということで、朝の市政報告を谷保駅で行いました。3月が近くなってきたということで、駅に向うときはまだまだ寒くとも、市政報告が終了してお日様が出てくると暖かくなってきます。

 市政報告終了後に市役所に寄り、「国立市のお知り合いをご紹介ください」というチラシを印刷してから一旦帰宅しました。

 帰宅してからインターンの学生さんと事務仕事をこなした後に、遊説関係の打合せをご支援いただいている方と行いました。選挙というのは、皆様一人一人のお力をお借りして成り立っているもので、私一人の力ではどうしようもならない部分が多々あります。特に、選挙における遊説運行の調整というのは、非常に困難で頭を悩ませる部分が多々あります。

 選挙に入ると、候補者である私は演説して、挨拶して、頭を下げて、また別の場所に移動するという繰り返しです。ほとんど機械のように動き回るので、指示を出していただける方の存在は大変ありがたく思うところです。

 その後、市役所で予算特別委員会に提出する資料についての打合せを行い、昼食を食べてから再び自宅に戻り、本日のメインである作業に入りました。

 つい数日前にもお話したように、パンフレットの郵便番号が186-0013であるところを186-0003でしたので、どのように直すか様々な検討した結果、テプラの4ミリシールで0のところを隠し、その上から1を書くという方法に決定しました。

 およそ4時間で学生インターンのかたお二人に手伝っていただいた結果、1500部の手直しをすることができました。

 夜にも一件会合があり、忙しい一日がようやく終了しました。

 さて、昨日嘔吐した長女の様子ですが、病院に行ったところ風邪だということで診断をしていただきました。特に薬をいただくこともなく、風邪の嘔吐は一日で収まるということなので、水分補給をこまめにすれば大丈夫ということでした。便秘気味の長女に向って先生曰く、「この風邪は嘔吐と下痢はセットなんだから、便秘解消のためにも下痢をすれば良かったのに」と言われてしまいました。

 確かにしつこい便秘の長女にとっては、宿便解消のためにも下った方が良いというのは分かるのですが、下痢は下痢で辛いと思いますので、あまり簡単に言うのもどうかと思いました。

 とにもかくにも、速やかに風邪が治って、いつもの元気ななつ坊に復活してほしいものです。
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2月20日本日は3月議会の議案説明を受けました

2007年02月20日 | Weblog
 こんにちは石井伸之です。本日は午前10時より国立市役所にて議案説明を受けましたした。

 3月議会は2月27日より開催されますので、事前に主な議案についての説明を受けております。主な議案としては、国立市の副市長定数を決める条例案が出されており、定数を1とすることが予定されております。

 現在、上原市長の下には助役と言う役職が空席のままという事態が継続しており、副市長と言う役職に名称が変更されても、どういった方の名前が上がるか微妙なところです。

 その他に、国立市嘱託員の設置に関する条例の一部を改正する条例案として、嘱託員には1号から4号までの種別があり、1号は高度な経験知識を有する者で、2号は指揮監督のできる者といった区分けがされております。

 特に、1号2号と言った優秀な人材を今まで国立市は7年までしか勤めることができないようになっておりました。優秀な人材もあり、7年の退職は惜しまれる声もありましたので、12議会の一般質問において1号2号嘱託の雇用継続を訴えておりましたので、これが実現する形となり、人事課長を先頭として総務部の方々が努力をしていただいたおかげであると認識しております。

 子育て支援関係としては、子供医療費の助成ということで、中学生卒業までの子供に関する医療費について、自己負担3割のうち1割を助成して、2割の自己負担とするものです。

 これは、国立市独自の政策ではなく東京都全体のものとなっております。そこのところを考えると、乳幼児医療費は各自治体独自の政策となっており、国立市では3歳未満まで所得制限無く医療費が免除されておりますが、自治体間の格差が大きく23区では所得制限無く、中学生卒業まで医療費を全額助成しているところがあります。

 本来であれば東京都全体で、小学生就学前までの医療費助成を所得制限無く実施していただくことを強く要望していきたいところです。

 その後、昼食を市役所で食べた後には、本日提出した一般質問についての打合せを各担当の課長さんを行ってから帰宅しました。

 自宅では本日もインターンの学生さんに来ていただいており、事務仕事をしていただいておりました。

 本日の長女は、具合が悪かったらしく早朝ミルクを飲んだ後に、突然の嘔吐。一度戻した後、夜になって夕飯を食べた後には、再び大量の嘔吐。大量の洗濯物と、床に敷いてある敷物に、嘔吐のしみが残ってしまいました。

 まだ2歳半だけあって、こうやって戻してしまうとさすがに心配ですが、今はスヤスヤと夢の中です。

 公私混同かもしれませんが、いつこうやって病気になるか分からない子供のためにも、乳幼児医療費助成は、所得制限無く小学生就学までの延長に向けて行くべきであると強く感じました。
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2月19日本日は保健センター運営審議会がありました

2007年02月19日 | Weblog
 こんにちは国立市保健センター運営審議会会長の石井伸之です。会長とはいっても、審議会に入る議員が会長になるということが申し合わせで決まっているために選ばれました。

 本日は月曜日ということで、朝の市政報告を松嶋議員、山本博康さん、私の三名と矢川駅で行い、今日も朝早くからしまづ隆文さんも見えておりました。さらに、学生インターンの方も手伝いに駆けつけてくれました。

 午後からは、表題の保健センター運営審議会があり、平成19年度予算についての説明と質疑がありました。説明の中で、マタニティマークのキーホルダーを妊娠3ヶ月~4ヶ月の方へ、母子手帳をお渡しするときに一緒に渡すそうです。 

 さらに、産後うつの方へ3~4ヶ月検診の時に相談員を配置して、様々な悩みや相談に乗るようにしていくそうです。

 子供体験授業として、平成18年度ではカードで様々な料理を選んで、バランスが良い食事かどうか栄養士の方が指導するというものでしたが、平成19年度では実際にバランスの良い食事を作るそうです。

 審議会終了後、市役所で様々な事務仕事を行い、銀行へ振り込みに行き、自由民主党国立総支部のホームページ作成についての打合せを行い、夕方に帰宅しました。

 選挙前になると、様々な事務仕事があり忙しい思いをしておりますが、こういった慌しい様子もお伝えできるように、毎日の更新に向けて努力していきます。

 
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2月18日本日は松本洋平衆議院議員の国政報告会がありました

2007年02月18日 | Weblog
 こんにちは石井伸之です。本日は谷保天満宮社務所にて松本洋平衆議院議員の国政報告会がありました。

 2階の大広間が満席の状態で、自民党関係以外の方も大勢来ていたように思います。松本代議士は、30歳のときに初めて立候補したのですが、最初は満足に演説も出来なかったのですが、今日の話は聞きやすく、分かりやすい内容で、こちらとしても大変勉強になりました。

 特に教育問題については、教師の質を高めるためにも、教員免許の更新制度を導入していくべきだという話や、教育委員会のあり方についての話がありました。地方に行くと、教育委員会の委員が単なる飾りでしかなく、機能していないという話しもあります。

 ただし、国立市の教育委員の方は、私が教育委員会の審議を聞いていても、大変熱心でレベルの高い議論をしていると思います。

 国政報告終了後は、市議会通信50号の片面を印刷するために市役所へ行き、ようやく終了することができました。あとは、チラシ配布業者の方にお願いするのみです。

 
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2月17日パンフレットが完成しましたが・・・・・

2007年02月17日 | Weblog
 こんにちは石井伸之です。本日は午前11時に自由民主党青年部・青年局合同定期大会が永田町の党本部で行われ、インターンに来ていただいている学生さん3人と共に出席しました。

 さすがにこの時期は出席率が悪いと思われましたが、7階の大きな会議室がほぼ満席になるだけの方が出席しておりました。

 定期大会の後は、懇親会となり私が司会を務めることとなっておりましたが、一刻も早く終了させ、速やかに地元へ帰りたいという方々が多かったために、挨拶もそこそこに乾杯となり、一通り立候補予定者の挨拶を終えると、蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの地元へ帰ることとなりました。

 その後、小中学校教育研究会の会合へ行くと、様々な話を聞く事が出来ました。小学校では防災頭巾というものを椅子の背もたれ部分に付けておりましたが、防災頭巾を見ると戦時中を思い起こすという時代錯誤な意見が数名の保護者からあったそうです。

 災害時に頭を守るものとして必要なものを、個人的な印象だけで反対するのはいかがなものでしょうか?

 4時過ぎに終了してから、市役所で市議会通信50号を印刷しておりましたが、どうも輪転機の調子が悪く、500枚印刷しても100枚が白紙で出てくる状態でした。こんなそんなで、随分と時間がかかってしまいました。

 帰宅してみると、注文していたパンフレットが5000部届いておりました。自分で言うのも何ですが、カラー16ページに石井伸之が行ってきた今までの取り組みの中で実現できた事、継続的に取り組む事、夢や希望を語る部分、これを見ていただければ石井伸之が今後何を目指して努力していくか一目で分かるようにしております。

 そんなこんなで、一通り見ていると最終ページに愕然とする出来事が待っておりました。青柳地域の郵便番号は186-0013なのですが、印刷されている郵便番号は186-0003!

 やってしまいました。10分程度ひとしきり悔しがった後に、どうすれば一番簡単に手直しできるか考えると、テプラではお金がかかりすぎるので、タックシールでその部分を貼り直す事にしました。

 負け惜しみではありませんが、この程度のことで良かったと感じました。
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2月16日本日は家内と長女はサンリオピューロランドに行きました

2007年02月16日 | Weblog
 こんにちは石井伸之です。本日は金曜日と言うことで、朝の市政報告を国立駅南口で、石塚議員、松嶋議員、新人市議候補の山本博康さん、東一良さんと共に行いました。

 朝7時半頃までは、国立駅南口改札前は日陰になっておりますので、凍える寒さの中でお辞儀をしていると、背骨がみしみし言う様な感じがします。

 それでも、7時半を過ぎるとお日様がビルの間から顔を出しますので、暖かくなってきますので助かります。冬至から2ヶ月が過ぎようとしておりますが、随分と日が長くなったと感じるところです。

 その後、一旦帰宅してみると、家内と長女は近所のお友達とサンリオピューロランドに行くと言うことで、すっかり身支度を整えておりました。いつもですと、長女はようやく起きたかどうかという時間ですが、今日はすっかり目を覚まして、「ママとピューロ行く、つん子はいないけど、ばつまるは居る」などと、説明されてしまいました。

 程なく、一緒に行く方が見え、見送った後に、障害者手帳の再発行手続きをしていた方へ手帳をお渡しして、市役所に向かいました。

 市役所では、議会運営協議会があり、地方自治法の改正と言うことで、会派代表者会議で議運の方にも説明をしたほうが良いと言うことで、本日の協議会が開かれることになりました。

 主な改正点としては、任期途中に補欠選挙で議員が誕生した際に、議会の閉会中でも速やかに常任委員会に入れるようになったことと、各常任委員会で議案を提出することができるというものです。しかし、委員会の賛成多数なのか、全会一致なのかという部分は、今後の運用によると言うことです。

 ちなみに、議員が幾つもの常任委員会にまたがって所属すると言う話は、まだまだ議論が必要と言うことで、今回の改正には盛り込まれませんでした。

 その後、午後からは議員研修ということで府中の森芸術ホールへ行き、様々な方の挨拶があったそうですが、すっかり眠ってしまい、朝の市政報告の疲れを癒すことが出来ました。

 それから浅井信雄さんの講演があり、「激変の世界と日本・東京の対応」という題目でした。いろいろと考えさせられることがあり、特に物事にレッテルを貼ることなく、ここは良いけど、ここは悪いといったように、単なる二者択一ではなく、あらゆる想像性を働かせて物事を考えることが必要だと言っておりました。

 さらにテレビが全ての情報なのかという事については、テレビだけを盲信することの危険性も指摘され、故フセイン元大統領が悪の権化であるかのような見方ではなく、イラクの問題点、アメリカの問題点を相互に見合わせて、考えるべきだと言っておりました。

 つまり、アメリカ軍がイラクを空爆して、不幸にして親類・知人・友人が亡くなった住民は怒りの矛先をアメリカに向けた時に、これは決してアメリカにとって国益にならないという想像力も働かせるべきであると考えさせられました。

 それともう一つ、北朝鮮問題についてノドンが日本に飛んでくるケースとして考えられるのは2点で、一つは人為的なミスで、もう一つは追い詰められた北朝鮮が自暴自棄になったときだそうです。

 ノドンが飛んでくるという最悪のケースを避けるためには、追い詰めすぎないということも大切ですが、拉致問題の件を考えると、徐々に圧力をかけるという必要があるとも考えられます。

 それにしても、北朝鮮という国は計画経済の下に発展をしようと努力をしてきましたが、それがことごとく失敗に終わっているということを考えると、社会主義国家の限界が見えているように感じます。

 いずれにしても、平和な日本を築き上げるためには、世界各国の対話が重要であると思わせる今日の講演でした。 

 
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2月15日本日は中山恭子首相補佐官より拉致問題についても講演を聞きました

2007年02月15日 | Weblog
 こんにちは消防団第一分団所属の石井伸之です。
 本日は、午前9時消防小屋集合で消火訓練が市役所で行われ、国立市役所から火の手が上がると言う想定で、各分団や立川消防署隊が放水するのですが、市役所南側の駐車場から放水すると予想通り北風にあおられてしまいます。

 幸いにも出初式ほどではなかったので助かりましたが、自分で放水した水をかぶるのは余り気持ちの良いものではないですね。

 その後、午後0時半より自由民主党国立総支部役員会があり、国立市長選挙、国立市議会議員選挙、国立総支部のホームページ作成については広報宣伝委員長である私のほうから説明をすると、インターネットの世界には出遅れ気味の自民党がここまできたことを喜んでいただきました。3月中旬にはアップできるように努力したいと思います。

 一旦帰宅して、ちょっとだけ市議会通信51号の原稿作成をしていると、あっという間に午後3時となり、今度は立川グランドホテルで行われる、自民党三多摩議員連絡協議会の総会に向かいました。

 総会が無事に終了すると、今度は研修会に入り、講師としては中山恭子拉致担当首相補佐官で、拉致問題に対していつもの優しい口調でありながら、力強い講演を聞かせていただきました。

 時はさかのぼって、拉致被害者5人の方と初めて会ったときに、日本語で「こんにちは」というと、五人の方も同様に日本語で「こんにちは」という言葉を聞いたときに、この方々は日本人の誇りを失っていないと感じたそうです。そして、被害者の方は日本と連絡を取ろうにも、北朝鮮の監視下に置かれ、親に自分の存在を伝えられずに心配をかけてしまったことが、申し訳ないという気持ちで一杯だったそうです。

 拉致をして連れてきた日本人に対する監視の目は大変厳しく、自由と言うものが一切ない状態での暮らしを考えると、そう簡単に自殺や事故が起こるはずもなく、中山補佐官は必ずや拉致被害者の方々は生存していると確信したそうです。

 そして、今まで拉致を専門に扱う部署がなかったのですが、安倍総理になってようやく、「拉致問題対策本部」が平成18年9月に作られ、日本政府は総合して拉致問題を取り扱うことを決定いたしました。

 一番大切なのは、日本政府が日本人の安全を第一に考え、何があっても救い出す最大限の努力を行い、国民の安全に対しては妥協をしないことであると力説されておりました。

 一刻も早い拉致問題の全面解決に向けて、自民党では様々な努力をしていくことが頼もしく、誇らしく思えました。

 
 その後、懇親会に席を移し、立川市長の青木市長からは挨拶の中で、中央線複々線会に向けて、ようやくJRが重い腰を上げて前向きに努力していくことが決定したそうです。青木市長は実現する頃には、自分がこの世に存在しないと言っておりましたが、こういった大きな事業には本当に長い時間がかかるものです。

 
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2月14日本日は自由民主党国立総支部青年部の総会がありました

2007年02月14日 | Weblog
 こんにちは自民党国立総支部青年部の副部長をしている石井伸之です。本日は水曜日ということで、谷保駅で朝の市政報告を行いましたが、午前6時40分頃に家を出るときには、曇天ながらも雨は降っておらず、いつものように出掛けると市役所周辺でポツポツと降り始め、どうにか市政報告をしている間は、僅かな小雨で済みましたが、午前8時が近くなってくると突然降りが激しくなり、本降りの一歩手前程度の雨となり、見事に濡れてしまいました。

 午前中に二人、午後から一人という形で学生インターンの方が来ていただき、市議会通信50号の三つ折や封筒の印刷、ご紹介をいただくときの用紙を作っていただいたりという形で、様々なお手伝いをしていただきました。

 午後5時半からは、表題の青年部総会の準備を行い、午後7時からは無事に総会が行われ無事に終了しました。地元の代議士であり、伊吹派に所属する松本洋平衆議院議員や青木議員がご挨拶に来ていただきました。

 私は、総会における議長を務めたのですが、朝の市政報告のようにはいかず、噛み噛みでつっかえつっかえの進行となってしまい、恥ずかしい思いをしてしまいました。

 人前で挨拶をするのは苦ではないのですが、議事に沿って進行するというのは、意外と緊張するようです。

  
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