長男がPKO要員として派遣されている南スーダンの様子を記した「Peace Keeper」という家族向け広報誌の最新号が届いた。冒頭の文章を、そのまま転載する。記事欄には、「毎日50度超」とのコメントがついた写真があり、笑顔の長男が写っていた。灼熱の地で、笑顔で頑張っている姿に、親ばかながら涙した。以下、いささか長文だが、現地の様子を知っていただきたく全文転載する。
雨音の気配すら感じさせない暑さで派遣隊を迎え入れたジュバ(南スーダン首都)も、4月に入ると途端に大粒の雨を降らせるようになった。
灼熱の暑さと一桁台の湿度に乾燥し切った大地。時折吹く風が砂ぼこりを舞上げ視界を遮り、ここは砂漠かと思えたのも3月まで。月が変わるとそれまで想像もしなかったスコールが連日のように降っている。日本のようなしとしとと長雨が続き、肌寒さまで感じる梅雨の特徴とはまったく違い、降る時間は1~2時間、時間帯は夕方から夜が多く、夜間の雨には必ずと言うほど暴風が吹き荒れる。そして、日中の気温と日射しは相変わらずのアフリカらしい厳しさを維持している。
砂漠を思わせるような暑さと乾燥に包まれていたジュバにとって、この雨の到来は恵みの雨かというと、そうでもない。
政治を司る施設が集まるジュバの一角は、コンクリート製の建物が立ち並び、道路もしっかりアスファルト舗装されている。しかし、その道路を挟んだ向かいには土壁と茅葺きの屋根で出来た4畳程の広さと思われる家が立ち並んでいる。ジュバ市に居住する多くの住民は、暴風雨を防ぐにはとても十分とは思えない家に住み、舗装もされていない道路で生活を営んでいる。もちろん、これらの家に上下水道やトイレは存在しない。
そのため、一度降った雨は生活の場全体を水浸しにし、一帯の衛生環境を悪化させる。同時に、舗装などの整備がされていない道路は泥沼のようになり、車はもちろん人の通行ですらままならない状況となる。
遠く日本から来た男たちに任される仕事が、こうした地域の道路整備などである。上下水道を整備するにも、生活環境を整えるにも、雨が降るたびに通行が困難になるような道路では事が進まない。道路整備という彼らの仕事が、この国にとてどれだけ重要なのかがここにある。
特に国連から与えられた最初の任務は、ジュバ市内を流れるジュベル川の給水点と舗装された幹線道を繋ぐ未舗装道路を整備するというもの。水道のないジュバ市やその周辺では、この川の水を給水点と呼ばれる場所でタンク車に汲み上げ、各家庭などに配送している。そして、この配られた水が生活用水や飲料水として利用され市民生活を支えている。このため、市民にとっては、給水点と幹線道を結ぶ道が市民生活の生命線と呼べるほど重要なものとなっている。
先遣隊派遣から3ケ月、まだ整備した道路は1キロにも満たないが、すでに道行く車や人々からは隊員に「good job」などと賛辞が送られ、自衛隊の仕事を興味深そうに見守る子供たちは「ジャパン、ジャパン」と声を掛けてくる。
国連のワッペンを着けているとは言え、見慣れぬ東洋人が何をしに来たのかと遠巻きに見ていた住民が隊員に笑顔を見せたり、言葉をかけたりするようになったことは、厳しい環境の中で活動する隊員が僅かながら成果を感じられる瞬間である。
これがやがて大きな成果に結びつくことを信じて、隊員たちは灼熱の日射しに耐えながらひた向きに道路を整備する。
そんな彼らの周りには、今日も子供たちが集まる。
雨音の気配すら感じさせない暑さで派遣隊を迎え入れたジュバ(南スーダン首都)も、4月に入ると途端に大粒の雨を降らせるようになった。
灼熱の暑さと一桁台の湿度に乾燥し切った大地。時折吹く風が砂ぼこりを舞上げ視界を遮り、ここは砂漠かと思えたのも3月まで。月が変わるとそれまで想像もしなかったスコールが連日のように降っている。日本のようなしとしとと長雨が続き、肌寒さまで感じる梅雨の特徴とはまったく違い、降る時間は1~2時間、時間帯は夕方から夜が多く、夜間の雨には必ずと言うほど暴風が吹き荒れる。そして、日中の気温と日射しは相変わらずのアフリカらしい厳しさを維持している。
砂漠を思わせるような暑さと乾燥に包まれていたジュバにとって、この雨の到来は恵みの雨かというと、そうでもない。
政治を司る施設が集まるジュバの一角は、コンクリート製の建物が立ち並び、道路もしっかりアスファルト舗装されている。しかし、その道路を挟んだ向かいには土壁と茅葺きの屋根で出来た4畳程の広さと思われる家が立ち並んでいる。ジュバ市に居住する多くの住民は、暴風雨を防ぐにはとても十分とは思えない家に住み、舗装もされていない道路で生活を営んでいる。もちろん、これらの家に上下水道やトイレは存在しない。
そのため、一度降った雨は生活の場全体を水浸しにし、一帯の衛生環境を悪化させる。同時に、舗装などの整備がされていない道路は泥沼のようになり、車はもちろん人の通行ですらままならない状況となる。
遠く日本から来た男たちに任される仕事が、こうした地域の道路整備などである。上下水道を整備するにも、生活環境を整えるにも、雨が降るたびに通行が困難になるような道路では事が進まない。道路整備という彼らの仕事が、この国にとてどれだけ重要なのかがここにある。
特に国連から与えられた最初の任務は、ジュバ市内を流れるジュベル川の給水点と舗装された幹線道を繋ぐ未舗装道路を整備するというもの。水道のないジュバ市やその周辺では、この川の水を給水点と呼ばれる場所でタンク車に汲み上げ、各家庭などに配送している。そして、この配られた水が生活用水や飲料水として利用され市民生活を支えている。このため、市民にとっては、給水点と幹線道を結ぶ道が市民生活の生命線と呼べるほど重要なものとなっている。
先遣隊派遣から3ケ月、まだ整備した道路は1キロにも満たないが、すでに道行く車や人々からは隊員に「good job」などと賛辞が送られ、自衛隊の仕事を興味深そうに見守る子供たちは「ジャパン、ジャパン」と声を掛けてくる。
国連のワッペンを着けているとは言え、見慣れぬ東洋人が何をしに来たのかと遠巻きに見ていた住民が隊員に笑顔を見せたり、言葉をかけたりするようになったことは、厳しい環境の中で活動する隊員が僅かながら成果を感じられる瞬間である。
これがやがて大きな成果に結びつくことを信じて、隊員たちは灼熱の日射しに耐えながらひた向きに道路を整備する。
そんな彼らの周りには、今日も子供たちが集まる。