語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【TPP】の闇:食品添加物 ~不安だらけな“食の安全”~

2016年06月17日 | 社会
 (1)TPPは、食の安全にどう関係するのか。
 これまでの自由貿易と自由貿易と根本的に違い、関税がゼロになるまで交渉を続けることになる。食の安全などを守る規則を、輸出する側の都合で撤廃することを目指しているのだ。これからも協議は続き、究極的には関税と規制が“ゼロ”になる。

 (2)食品の規制緩和は、どの分野で行われるのか。
 TPPと並行して行われた日米二国間協議で、「衛生植物検疫措置(SPS)」と呼ばれる食品安全緩和が話し合われた。収穫後の農薬、食品添加物、牛海綿状脳症(BSE/「狂牛病」)関連の牛肉などで日本は「誠意ある結論を出す」ことで「合意を見た」と覚書に書かれた。
 具体的には、防カビ剤などだ。
 米国は、船で運ぶ間に傷まないようにと防カビ剤など農薬をたっぷりふりかける。収穫後の農薬は日本では禁止されている。米国は「認めろ」とかねてから迫っていて、政府は「保存用の添加物」として認めてきた。「合意を見た」とは、農薬として使えるようにする、という意味だ。米国の農薬残留基準は日本に比べて、
   小麦は50倍
   チェリーは100倍
だから、認めれば米国の基準を日本がのまされ、国内の農薬もこの基準に引き上げられることになる。

 (3)食品添加物も広がるのか。
 米国では、大量の食品添加物が認められている。厚労省の調査で、
   日本は約600品目
   米国は約1,600品目
ある。日本は、この差1,000品目を埋めなければならない。いま、国際的に使われながら、日本で認められていない100品目が審査中だ。どんどん広がるだろう。「誠意ある結論を出す」という約束は「要求をのんで従います」ということだ。

 (4)BSEの牛も緩くなった。
 BSEが発生した米国産牛肉は、
   ①輸入禁止→②生後20ヵ月以下は輸入可→③30ヵ月以下は輸入可
と輸入拡大を認めた。③はTPP協議参加直前に米国の要求に従ったのだ。
 世界的にBSEはまだ収まっていない。米国にはヘタリ牛という歩けなくなった牛がいるが、BSEではないとされている。検査率1%の現状では不安だ。1億頭もの牛を抱える米国は、海外への売り込みに必死だ。

 (5)ホルモン剤使用も問題だ。
 成長が早まり、肉が柔らかくなるので米国と豪州で使われている。ヒトのホルモンバランスを崩す恐れがあり、日本で絵は禁止されているが、輸入肉でチェックされていない。日本癌治療学会の調査では、米国産牛は国産に比べてエストロゲン(女性ホルモン)の含有が赤身で600倍、脂肪で140倍もあった。輸入が本格化してから、乳癌、子宮癌などホルモン系の癌が増えていることが明らかにされた。

 (6)遺伝子組み換え(GM)食品はどうか。
 「モダンバイオテクノロジーによる生産品の貿易」という新たな条項がTPPに盛られた。
 GM食品の貿易ルートを定めよう、ということだ。安全面から規制するのではなく、促進・規制緩和の視点からするルール作りだ。
 <例>微量混入を認めることで、GM食材が混じっても微量なら問題にしない。
 しかし、どこまで微量なのか、決まっていない。米国が決めるのではないか。迅速で透明な審査と称して、審査期間を短くし、米国企業を審査に参加させるということだ。

□安田節子(食政策センター・ビジョン21代表)/構成:山田厚史(ジャーナリスト、デモクラTV代表)「“食の安全”は不安だらけ! ~デモクラTV共同企画 TPPの闇を斬る 第5回~」(「週刊金曜日」2016年6月3日号)
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 【参考】
【TPP】の闇 ~格差を拡大した米韓FTA~


【佐高信】舛添を支援した自公と連合東京の責任

2016年06月16日 | 社会
 (1)醜悪な舛添要一の前任者の猪瀬直樹は、都知事に当選した時、連合東京に対して、
 「連合さん、ありがとう」
と言ったそうだ。自民党と公明党に加えて、連合東京が有力な支援団体だったからだ。
 それらがカネの面倒もみてくれたので、徳州会から借りた5,000万円は使う必要がなくなった、という意味のいいわけを、当時、猪瀬はしていた。
 このとき、自公はもとより、堕落した幹部に従って猪瀬への支援を許した連合東京の組合員も猛省すべきであった。
 ところが、自公と連合東京は、そのまま舛添支援に雪崩れ込んでしまった。

 (2)参議院自民党のドンだった青木幹雄に取り入って、参議院自民党の政審会長となった舛添は、第一次安倍晋三内閣政権当時、言いたい放題だった。
 <例>2007年の参院選では、
 「“安倍首相と一緒に頑張ります”なんて言ったらダメ」
と放言し、惨敗したにもかかわらず、安倍が続投を宣言すると、
 「自民党はショック死状態」
と断罪した。
 にもかかわらず、その安倍によって厚生労働大臣に起用されるや、掌を返して批判を止め、“福祉の専門家”みたいな顔をすることになる。
 
 (3)要するに、無節操を絵に描いたような男が桝添要一だ。だから、自民党が野党に転落すると、
 「自民党の歴史的使命は終わった」
と言って飛び出し、新党改革をつくったのだ。それで除名されたが、除名した舛添をまもなく自民党は都知事に推すのだから、自民党も舛添も厚顔無恥と呼ばざるをえない。ただし、この形容は自民党だけでなく、公明党と、さらに連合東京にも適用しないと不公平だ。

 (4)「噂の眞相」1990年5月号で、佐高信は舛添を「筆刀両断」した。
 <舛添は『ビッグマン』の1989年の10月号で朝日新聞の下村満子と対談し、女性は感情的で政治に向かないと決めつけたうえで、「人殺しがうまいのも実は女の方なんですよ。例えば、中国の動乱で、今の状況で3千人殺せば片づくといったら、鄧小平は弾圧を3千人でとどめるわけ。もし、女が指揮者だったら、カッとなってもっと多くの人民を殺していたかもしれない」と阿呆なことを言う。さらには、「セックスの場合も、男がリードする。雄の方が攻撃的なわけで、雌はフェロモンか何かを出して雄を誘惑するだけ。体の形からみても受動的な女に政治は向かないわけですよ」と、まことに貧しい女性観を披露している。(中略)女も相当に権謀術数に長けているとし、「あなたがいちばん好きよ」とか言って抱かれて、次の日に他の男と平気で寝たりすると発言して、下村に、「やられたの。いまのは個人的体験の恨みが出ていたわね」と笑われている。
 また、舛添は「女の許せないところは、すぐ女をだして議論するところ」と言い、消費税に台所感覚で反対するのも、「オッパイみせて僕を誘惑するのと同じレベル。女を武器にしているんだから」と、それこそ感情的に反発して、下村に、「舛添さんはオッパイを見せられる程度で誘惑されちゃうの」と簡単に切り返されている>
 こういう男を自公と連合東京は支援したわけだ。そのツケが
   ・豪奢で高額な海外視察
   ・毎週末の公用車におる湯河原の別荘通い
   ・私的な家族旅行への政治資金流用疑惑
   ・etc.
であった。

□佐高信「舛添を支援した自公と連合東京の責任 ~新政経外科~」(「週刊金曜日」2016年6月10日号)
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【佐藤優】沖縄の全基地閉鎖要求・・・・を待ち望む中央官僚の策謀

2016年06月16日 | ●佐藤優
 (1)沖縄と日本の乖離がかつてなく広がっている。直接のきっかけは、米軍属による「殺人」女性遺棄事件だ。沖縄県うるま市の女性会社員(20歳)が4月末から行方不明になっていた事件で、沖縄県警は5月19日、沖縄県内に住む米軍軍属の男(32歳)を死体遺棄容疑で逮捕した。同日、軍属の男の供述に基づき、沖縄県恩納村の山中で、女性会社員の遺体が発見された。
 日本の報道では、死体遺棄事件とされているが、容疑者の米軍軍属は、殺害をほめのかす供述をし、関連する報道を総合的に判断すると、本件は「殺人」事件だ。
 さらに、米軍属が死体となる前に女性を遺棄した可能性があるので、死体遺棄と断定するのは時期尚早だ。
 したがって、ここでは事柄の本質がよくわかるように「殺人」女性遺棄事件とする。

 (2)まず、日米両国のエリートがこの「殺人」女性遺棄事件を矮小化しようとしていることに対して、沖縄の世論は激怒している。日本政府が「徹底的な再発防止などを米側に求め」ても、再び殺人事件や強姦事件、暴行事件が繰り返されるという現実を沖縄は冷静に認識している。
 日本の陸地面積の0.6%を占めるに過ぎない沖縄県に在日米軍基地の73.8%が所在しているという不平等な状況が、今回の「殺人」女性遺棄事件が発生した構造的要因だ。米軍基地を抜本的に縮小する以外に、沖縄を納得させる方策はない。

 (3)この事件によって、辺野古新基地建設強行に対する沖縄の反発は、飛躍的に高まった。今回の事件を起こした米軍属は、米空軍嘉手納基地に所属する元海兵隊員だ。
 沖縄の民意は、辺野古新基地建設阻止、普天間飛行場の閉鎖・返還にとどまらず、沖縄からの全米軍基地撤去に傾きつつある。
 米国は、容疑者が現役の軍人ではなく軍属であるという理由で、責任を回避しようとしている。その姿勢も、沖縄の住民感情を著しく刺激している。
 1995年の沖縄における少女暴行事件を上回る米軍に対する反感が、沖縄で高まっている。沖縄では自己決定権の確立と行使を求める声が急速に高まっていく。

 (4)5月23日、首相官邸で翁長雄志・沖縄県知事が安倍晋三・首相と会見した。
 <翁長氏は「今回の事件は絶対に許されるものではない。綱紀粛正や再発防止などのと(ママ)はこの数十年間、何百回も聞かされた。しかし、現状は何も変わらない」と述べ、日米両政府の責任で日米地位協定の見直しを含め実効性のある抜本的な対策を講じるよう求めた。また、自身がオバマ氏に直接話す機会を設けるようにも要求した>【注1】
 翁長知事が、安倍首相に、オバマ米大統領に直接話す機会を設けるように要請したのは、日本の中央政府経由では沖縄の民意が正確に米国に伝わらないという強い危機意識からだ。
 しかし、翁長知事の要請を菅義偉・官房長官は、外交は政府の専管事項であるという紋切り型の対応で一蹴した。
 首相官邸が外務省に対して「沖縄県知事とオバマ大統領が面会する時間を20分作れ」と指示すれば外務省は米国側と調整して時間を捻出することは可能だ。つまり、首相官邸も外務省も沖縄の民意を翁長知事が米大統領に伝えることを妨害した。
 中央政府は、沖縄の底力を軽視している。このような沖縄に対する侮辱的で冷淡な対応に対して、中央政府は相応のツケを払わせられることになる。

 (5)沖縄に対する認識がずれているのは、安倍政権中枢だけではない。主観的には沖縄に「寄り添う」報道をしているつもりであろう「朝日新聞」の報道が酷い。
 <例>6月5日に投開票が行われた沖縄県議会選挙(定数48)関する6月2日の報道。
 <(自民党は)今回の県議選では現在の13議席から伸ばそうと19人を公認した。党本部も地方選としては異例の支援をした。
 そのさなかに起きた事件。逮捕後、県連幹部が集まり、事件への抗議を決める一方、「事件と選挙は別」と確認した。各陣営からは「県議選は地縁血縁」「影響はない」との声が多いが、県連幹部は「基地は嫌だという感情は、簡単に政府、自民党への批判につながる」と懸念する>【注2】

 (6)選挙戦について、自民党にはそれなりの立場があるだろう。
 問題は、<各陣営からは「県議選は地縁血縁」「影響はない」との声が多い>という内容を「朝日新聞」の記者が客観報道として報じていることだ。
 保守であろうと革新であろうと、沖縄人が今回の「殺人」女性遺棄事件について、「県議選は地縁血縁」「影響はない」と認識していると、この記事を書いた記者はほんとうにそう思っているのだろうか。そうだとすると、この記者はかなり鈍感だ。沖縄人の心理がわかっていない。
 選挙は戦いだ。自陣営に対してフリになるようなことは、マスメディアに対して言わない。しかし、20歳の沖縄人女性の命が奪われたのだ。「殺人」は他のいかなる事件とも位相を異にする。殺された人の人生は二度と戻ってこないのだ。このことから衝撃を受けていない沖縄人は1人もいない。これは保守とか革新とかいった政治的立場とは関係のない沖縄人の名誉と尊厳、アイデンティティの問題なのだ。

 (7)選挙結果は、翁長知事を支持する県政与党が現有の24から27に議席を伸ばした。
 <翁長雄志知事は5日の沖縄県議選で県政与党が過半数を占めたことを受けて「24(議席)でほっとする、25で勝利宣言、26(議席)以上は大勝利と考えていた。1年半の県政運営にご理解いただけたかと思う」と述べた>【注3】

 (8)翁長知事の権力基盤が強化されたことは好ましいとして、懸念される事項がある。
 首相官邸、外務官僚、防衛官僚は、翁長知事が「沖縄の全基地閉鎖を要求する」と主張することを心待ちにしている。
 沖縄から正式に全米軍基地閉鎖要求が出てくれば、「そんなことは非現実的だ。日本の国益のために沖縄を力で押さえる」という政策を取ることが可能になると考えている。そうした場合、保守系の世論は、中央政府を断固支持し、大多数の日本国民は「面倒なことに関わりたくない」と消極的に支持するだろう。
 米軍属による「殺人」女性遺棄事件と沖縄県議会選挙の結果によって、辺野古新基地移設の強行は難しくなったと外務官僚も防衛官僚も考えている。
 ここで沖縄から全米軍基地閉鎖要求が出てくれば、日本世論の後押しを背景に徹底した強硬策を取るという選択肢が生まれ、辺野古新基地も建設できるというのが、外務官僚、防衛官僚の論理だ。
 この現実を客観的に分析した上で、翁長知事は日本との外交交渉に臨まねばならない。
 米軍基地があるかぎり、この種の事件が繰り返される。最終的には沖縄から全ての米軍基地を出ていかせる道筋を現実的にどうつけるか。これについては、種々の政治的、外交的駆け引きが必要とされる。

 【注1】記事「安倍首相が翁長知事と会談 「オバマ大統領に厳正対処求める」 翁長知事は大統領との直接対話を要求」(産経ニュース 2016年5月23日)
 【注2】記事「元米兵事件、沖縄県議選に影 「反基地」世論にらむ」(朝日新聞デジタル 2016年6月2日)
 【注3】「琉球新報」電子版、2016年6月6日

□佐藤優「沖縄の全基地閉鎖要求を待ち望む中央官僚の策謀 ~飛耳長目 第120回~」(「週刊金曜日」2016年6月10日号)
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 【参考】
【佐藤優】ナチスドイツ・ロシア・中国・北朝鮮 ~世界の独裁者~
【佐藤優】急進展する日露関係 ~安倍首相が取り組むべき宿題~
【佐藤優】日露首脳会談をめぐる外務省内の暗闘 ~北方領土返還の可能性~
【佐藤優】殺しあいを生む「格差」と「貧困」 ~「殺しあう」世界の読み方~
【佐藤優】一時中止は沖縄側の勝利だが ~辺野古新基地建設~
【佐藤優】情報のプロならどうするか ~「私用メール」問題~
【佐藤優】テロリズムに対する統一戦線構築 ~カトリックとロシア正教~
【佐藤優】北方領土「出口論」を安倍首相は訪露で訴えよ
【佐藤優】ラブロフ露外相の真意 ~日本政府が怒った「強硬発言」~
【佐藤優】プーチンが彼を「殺した」のか? ~英報告書の波紋~
【佐藤優】北朝鮮による核実験と辺野古基地問題
【佐藤優】サウジとイランと「国交断絶」の引き金になった男 ~ニムル師~

【佐藤優】矛盾したことを平気で言う「植民地担当相」 ~島尻安伊子~

【スウェーデン】の実験 ~1日6時間労働 six-hour workday~

2016年06月15日 | 社会
 (1)先進的なフレックスタイムや育児休暇制で世界をリードしてきたスウェーデン。
 1日8時間労働から6時間労働(six-hour workday)へ移行する実験を始めたことで、ふたたび世界から注目を集めている。
 この実験について、欧米のマスコミは次のように伝えている。
   「効率向上、離職率低下」【2015年秋、英紙「ガーディアン」】
   「労働時間短縮で大きな成果」【2016年春、米有力紙「ニューヨーク・タイムズ」】
 ここから想像できるポイントは、「6時間労働=生産性アップ」だ。

 (2)実験の主舞台となったのは、スウェーデン第二の都市イエーテボリの公営老人ホーム(nursing home)「スバルテダーレンス」だ。2015年2月、同老人ホームの介護職員は週30時間労働(six-hour workweek)を義務づけられ、1日6時間の勤務体系で働いている。従来の給与水準を維持したまま。
 狙いは、身体的・精神的・社会的に良好な状態を意味するウェルビーイング(wellbeing)の向上だ。
 これまでのところ、「スバルテダーレンス」では職員が活力を取り戻す一方で、入居者が介護サービスの向上に喜ぶなど、大きな成果が確認されている、とのこと。
 アン・カルロッテ・ダールボム・ラーソン・「スバルテダーレンス」責任者は、「ガーディアン」紙上で、「1990年代以降、仕事が増えているというのに、人が減っている。こんな状態は続けられない」と語り、ワークライフバランスの改善が何よりも重要だと指摘している。
 <過労のため介護職員のストレスが高まり、病欠が頻発するようになりました。ワークライフバランスが崩れると誰も得しません>

 (3)「スバルテダーレンス」の実験に刺激され、スウェーデンでは6時間労働を採用する職場が相次いでいる。
 <例>病院としては欧州最大級の「サルグレンスカ大学病院」。整形外科所属の医師や看護師を対象に、6時間労働を取り入れた。
 新興IT(情報技術)企業などの間でも6時間労働の人気が高い。

 (4)6時間労働の有効性を示す研究も出ている。
 ジョン・ペンカベル・米「スタンフォード大学」教授が2014年にまとめた研究では、
   <労働時間を減らすと生産性が高まる>
という結果が明らかになった。逆に言えば、長時間労働は欠勤や離職につながって生産性低下を招くというわけだ。

 (5)実は、6時間労働のパイオニアとして知られるスウェーデン企業は、イエーテボリでトヨタ車の販売やメインテナンスを手がける「トヨタ・サービス・センター」だ。十数年前に、6時間労働へ移行している。「ガーディアン」紙でも「ニューヨーク・タイムズ」紙でも成功例として取り上げられている。
 「過労死(karoshi)という言葉が英語として定着していることが象徴するように、海外では長時間労働の国として知られる日本。かつては「エコノミックアニマル」として恐れられた。
 その日本で生まれたトヨタ車を扱うディーラーが、6時間労働のパイオニアというのは、何かの巡り合わせだろうか。

□牧野洋(ジャーナリスト兼翻訳家)「six-hour workday/1日6時間労働 ~Key Wordで世界を読む No.96~」(「週刊ダイヤモンド」2016年6月11日号)
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 【参考】
【米国】保育危機 child care crisis ~保育費が大学授業料を超える~
【米国】トランポノミクス ~ドナルド・トランプの経済政策~
【IT】米IBMはもはや「コンピューターの巨人」ではない ~Medium Blue~


【佐藤優】ねこはすごい、アゼルバイジャン、クンデラの官僚を描く小説

2016年06月14日 | ●佐藤優
   
 ①山根昭弘『ねこはすごい』(朝日新書 760円)
 ②廣瀬陽子『アゼルバイジャン 文明が交錯する「火の国」』(群像社 900円)
 ③ミラン・クンデラ(西永良成・訳)『小説の作法』(岩波文庫 780円)

 (1)①は、猫研究の第一人者である著者にしか書けない、学術的知見に裏づけられた猫の魅力に関する作品だ。
 <ねこと一緒に暮らすことによって、またノラねこのいる街に住むことによって、わたしたち人間は、知らず知らずのうちに、ねこから多くのものを受け取っています。それは、癒やしであったり、明日への活力であったり、さらには、生き方さえも教えてもらっているのかもしれません>
 ねこから創作に向けた意欲をもらう人もいる。

 (2)②は、この国についてよくまとめたられた研究書だ。2016年4月2日に発生したアゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ自治州における民族衝突について、次のような見方を示す。
 <アゼルバイジャンは、2014年以降の石油価格下落で経済状況が悪化しつつあり、国民の不満が高まっているという現実に直面している。ここで、アルメニア側と戦争をすれば、かつてヘイダル・アリエフが戦争を国民統合に利用したように(前述の「戦時権威主義」)、国民の不満をアルメニア側に振り向け、国家の安定を維持できるという利点はあるかもしれない。今回の衝突の結果、アゼルバイジャンは実質的に領土を若干ながら奪還したと報じられており、アゼルバイジャン国民はナショナリズムを高揚させて、多くの人々が参戦の意欲を示しているという>
 アゼルバイジャン政府がアルメニアを「敵のイメージ」に定め、権力基盤の強化を図っているとの見方は正しい。

 (3)③は、当時、社会主義体制だったチェコスロバキアからフランスに亡命したこの作家の内面世界を見事に表現している。クンデラはカフカについて、次のように述べる。
 <官僚的世界の中に認めることができた幻想的なもののおかげで、カフカは彼以前には考えられないと思われていたこと、すなわち根本的に反詩的な素材、つまり極端に官僚化された社会という素材を小説的な偉大なポエジーに変え、極端に平凡な話、つまり約束された職場を得ることができない男の話(これがじっさい『城』の話だ)を神話、叙事詩、前代未聞の美に変えることができたのだ。
 役所という背景を一つの世界という巨大な次元に拡大してみせたあと、カフカはそうと気づくことさえないまま、じぶんがけっして知ることがなかった現在のプラハの人々の社会との類似によって私たちを魅惑するイメージに到達したのだ>
 共産党の文学官僚だったクンデラも、官僚化した社会から生まれ出てきた小説家なのだ。

□佐藤優「猫たちからもらう創作意欲 ~知を磨く読書 第153回~」(「週刊ダイヤモンド」2016年6月18日号)
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 【参考】
【佐藤優】外交官の論理力、安倍政権と共産党、研究不正が起きるシステム
【佐藤優】遅読家のための読書術、電気の構造、本屋大賞
【佐藤優】外山滋比古/思考の整理学
【佐藤優】何が個性で、何が障害か
【佐藤優】大宅壮一ノンフィクション賞選評 ~『原爆供養塔』ほか~
【佐藤優】英才教育という神話
【佐藤優】資本主義の内在的論理
【佐藤優】米国の戦略策定、『資本論』をめぐる知的格闘、格差・貧困問題の起源
【佐藤優】偉くない「私」が一番自由、備中高梁の新島襄、コーヒーの科学
【佐藤優】フードバンク活動、内外情勢分析、正真正銘の「地方創生」
佐藤優】日本の政治エリートと「天佑」、宇宙の生命体、10代が読むべき本
【佐藤優】組織成功の鍵となる人事、ユダヤ人の歴史、リーダーシップ論
【佐藤優】第三次世界大戦の可能性、現代東欧文学、世界連鎖暴落
【佐藤優】司馬遼太郎の語られざる本音、深層対話、米政府による暗殺
【佐藤優】著名神学者のもう一つの顔 ~パウル・ティリヒ~
【佐藤優】総理が靖国参拝する理由、NPO活動の哲学やノウハウ、テロ対策の必読書
【佐藤優】今後、起こりうる財政破綻 ~対応策を学ぶ~
【佐藤優】社会の価値観、退行する社会
【佐藤優】夫婦の微妙な関係、安倍政権の内在的論理、警察捜査の正体
【佐藤優】情緒ではなく合理と実証で ~社会の再構築~
【佐藤優】中曽根康弘、21世紀の資本主義分析、北樺太の石油開発
【佐藤優】日本人の思考の鋳型、死刑問題、キリスト教と政治
【佐藤優】中国株式市場の怪しさ、イノベーションの障害、ホラー映画の心理学
【佐藤優】普天間基地移設問題の本質、外務省犯罪黒書、老後に快走!
【佐藤優】シリア難民が日本へ ~ハナ・アーレント『全体主義の起源』~

【片山善博】らの鼎談 違法性がなくても知事の適性がない ~舛添は日本の恥(2)~

2016年06月13日 | ●片山善博
 (承前)

(4)政治資金は「バブル状態」
 政治資金規制法は、「ザル法」と言われる。ほかの点を挙げれば、金の入口の規定は「外国人はダメ」「補助金などの公的資金を受けている企業はダメ」「個人献金の上限はいくら」などと事細かに法律で定められているのに対し、お金の出口、「支出」の対象範囲については厳格な規定がない。理屈をこねれば、あらゆることが政治活動になり得るわけだ。一つひとつについて違法ではないかを検討するのは極めて難しい。【片山】
 本来、知事や国会議員という公職にある人間が問われるべきは、「違法性」ではないはずだ。法律違反をしてはいけないのは当然であって、むしろ知事としての「適格性」や、本当に国民、都民のためのお金の使い方になっているかの「妥当性」が問われるべきだ。【増田】
 「政治資金オンブズマン」は、これまで多くの政治家の収支報告書を調査、追求してきたが、疑わしいものが実に沢山あった。なぜそのようなことが起きるかと考えてみると、次のような問題がある。【上脇】
  (a)使途が制限されないという法制度上の問題。
  (b)政党交付金があるため、政治資金が潤沢すぎるという問題。
 政党交付金は、年間320億円が議席数などに応じて各政党に分配される。2015年度分でいうと、自民党が一番多く、170億円だった。
 しかし、この320億円という金額は、1980年代後半のバブル時に大企業などを中心に集めていた政治資金の額が前提となっている。当時「政治改革」の美名のもとで、癒着や賄賂を防ぐため、企業・団体献金を国民の税金に振り替えようと導入された経緯がある。バブル崩壊後の1995年から正式に政党助成制度が施行された。あれから20年以上が経過し、景気は悪化し、国の財政もどんどん逼迫している。それなのに結局、企業献金は禁止されず、政党交付金との「二重取り」が続いている。つまり、政治資金は実は「バブル状態」で、豊富な資金が黙っていても転がり込んでくる“国営政党”になっている。政治資金に余裕があるため、違法または不適切な支出がなされてしまう。政治資金の入口を改革しないと、出口は杜撰なままだろう。【上脇】
 企業・団体献金は厳しく制限していくはずだったが、結局上限などは設けたものの、今も残っている。【片山】
 時代や国家財政の状況によって見直していくべきだ。【増田】
 ただ、政治資金報告書は、総務省のホームページや、各都道府県のホームページでも過去3年分は公表される環境が整い、メディアはもちろん、一般の方もいつでも誰でも見られるし、情報公開請求で、更に詳細な使途を示す領収書も見られるようになっている。つまり多くの人の目にさらされるようになっているわけだ。舛添知事の問題も、すべてこうした公開情報が端緒になっていることを考えると、政治資金規制法が法改正によって改良された効果があったとも言える。それによって刑事告発も可能だし、もし罪に問われなくても、こんなおかしなお金の使い方をする政治家は見識がない、と広まれば、次の選挙の当落や政治家の進退に影響を及ぼし得る。【片山】
 ただ、政界では、使途を全く明かさず、政治資金規制法の網をくぐり抜ける方法が未だに温存されている。「組織対策費」名目で、巨額の政治資金を政治家個人に流し、その先をブラックボックスにする方法だ。舛添知事も新党改革時代の2012、2013年に「組織対策費」として計1,050万円を受け取っている。【上脇】
 公金を受け取る政治家の政党支部や政治団体が、悪質な虚偽記載などをした場合、「間違ったので訂正しました」、「すぐ返金します」で済ませるのではなく、例えば該当額の10倍を翌年の政党交付金から削減する等、なならかのペナルティを科さないと、虚偽記載や不記載はなくならないのではないか。【上脇】

(5)保育所や介護施設の視察はゼロ
 舛添知事は、2001年に政治家に転身する前は国際政治学者として長らくテレビで活躍していた。その経験がそうさせるのか、記者会見もどこかテレビタレント的だ。テレビでは、限られた時間内でタイミングを見計らい、CMに入る間際で相手をやり込めるとか、話が切り替わるときに意表を突くようなことを言うなど、独特のテクニックを使う人がいるが、舛添知事もそれに頼っているように見えるところがある。【片山】
 一連の会見でも、自分の公私混同や公金意識の欠如が問題になっているのに、論点をずらし、本質の議論を棚にあげて記者をやり込めようとしているかのような姿は、情けない。【片山】
 舛添知事が第一次安倍政権や福田政権で厚生労働大臣だったが、官僚の話ではすごく頭がいいので、一度聞くとパッとポイントを理解する。政策の説明などがすごく楽だと言われていた。ただ、厚生労働大臣の担当する分野は数ある省庁のなかで最も多岐にわたるが、舛添大臣(当時)は医療問題に特に関心が深い一方、他の分野はそうでもないようで、興味を持って取り組むテーマが偏っているとも官僚は言っていた。【増田】
 いま、都庁の役人も同じような評価を下している。【片山】
 本来、保育園不足や福祉など、都政には課題が沢山あるはずなのに、2015年春からこの4月までの1年間で、視察の7割超が美術館や博物館だった。保育所や介護施設の視察はゼロだった。【上脇】
 知事は、その自治体のあらゆることに責任を持つわけで、ある意味、国会議員や大臣の時以上に「自己規律」が求められる。特に日本の首都である東京都の知事なのだから、自己規律をさらに厳正に働かせて、従来の自分の趣味や流儀もすべて変えて都民のために尽くさなくてはならない。そういう思想が舛添知事には欠けているのではないか。【増田】

(6)都議会は学芸会
 6月1日から都議会が始まった。石原都政のときも高額な海外視察が問題になったが、当時、議会のチェック機能は働かなかった。【上脇】
 一連の舛添疑惑は、都議会がきちんと追求するのがあるべき姿だ。増田氏も知事時代に海外視察に行ったときなど、帰国後の議会でその成果を詳しく聞かれた。都議会ともなれば、都議たちも海外視察に相当行っている。だから知事への追求を厳しくし過ぎると、自らにブーメランのように跳ね返ってくるのを恐れて何も言えないのではないか。【増田】
 今夏、都議たちは五輪開催地のブラジルに、視察目的で大挙して行くだろうし。【片山】
 本来、地方自治体の統治機構は「二元代表制」で、国政の議員内閣制とは根本的に異なる。この二元代表制のもとでは与党、野党などという概念はなく、「議会」対「知事」という構図で論戦すべきなのであって、自公の与党がまとまって知事を支えるという現在の都議会の在り方は本来おかしい。ただ、これは日本のほとんどの自治体にいえる問題で、どこも与党で多数会派が形成されて、多数会派と首長との一種のなれ合いで自治体が運営されている。【片山】
 東京都の議会運営など、ほとんど「学芸会」だ。学芸会と言ったら、歌舞伎と言ってくれ、という人もいた。セリフも決まっていて、終了時刻まで寸分たがわずと言ってよいほどシナリオどおりなのだ。【片山】
 都の職員によると、議員の質問ですら役所が作ってあげている場合が少なくない。こんな状態では、議会による緊張感のあるチェックなど望むべくもない。だから、今回の舛添問題は、都議会の怠慢ゆえの産物とも言える。【片山】
 また、議会以外にも、知事の暴走を制御する術はある。例えば、東京都人事委員会が、あまりに高額のスイートルームなどの出費をすんなりと了としてきたわけだ。本来はチェックしなければならなかったのに、人事委員会も実質的に機能していなかった。この点も再点検されねばならない。【片山】
 一連の疑惑について、舛添知事は「第三者の厳しい目で見てもらう」として、元検事の弁護士2人を雇った。ただ、その第三者の弁護士名も明かさず、いつまでに調査結果を公表するかを明言しなかった。【上脇】
 この対応は論外だ。これは沈静化をねらった時間稼ぎだし、その間はだんまりを決め込む作戦だとしか見えない。【片山】
 何もわざわざポケットマネーで高い弁護士費用を払わなくても、かなり厳しい第三者である多くの記者が熱心に聞いてくれるのだから、それに真摯に回答すれば、無料で済む。【片山】
 「元検事」というと厳しいチェックをするような印象を与えるが、弁護士は依頼人の利益が最優先だ。もし記者に質問されて解らないことがあっても、次の会見までに調査して答えればよい。本人の言葉で説明した結果を都民がどう思うかだ。【増田】
 舛添知事には政治家としての説明責任があるのに、なぜ弁護士に丸投げするのか。参議院選挙などにマスコミと都民の関心が移り、注目されなくなることを期待して先延ばしにしているのではないか。【増田】

(7)TOKYOのプレゼンス
 舛添知事は、4年後の五輪で世界中の注目を集める東京の顔だ。ところが、その説明に89%の人が「納得できない」と答えている【JNN調査】。77%の人が辞任すべきと考えている【毎日新聞世論調査】。弁護士の調査結果が出たところで、都民の多くが納得するとは思われない数値だ。【上脇】
 事ここに至っては潔くお辞めになったほうが余程スッキリする【片山氏、増田氏】。
 行政のトップである知事は、都民、県民の信頼があてこそ仕事ができる。都民の9割に「あなたは信用できない」と言われていて、知事をやっている意味がない。【片山】
 しかし、本人が、直ちに違法とは言えないとして、強弁してでもしがみついたほうがいいという価値観なのであれば、仕方ない。都議会が百条委員会で追い込むとか、不信任を突きつけるとか、果ては都民およそ146万人の署名によってリコールを請求するなど、次の局面に移っていき、ますます泥沼化するだろう。それは都民にとっても本人にとっても不幸なことだ。【片山】
 東京五輪は、エンブレムや国立競技場の問題に始まって、招致の際に2億3,000万円のコンサル料を払っていた疑惑など、さまざまな問題が噴出しているが、都知事が疑惑を抱えたまま居座ることで、さらにイメージが悪化していく。【増田】
 今年はブラジルで五輪が開催されるが、彼の地のルセフ大統領は、国会会計を不正操作して粉飾した疑惑による弾劾裁判中だ。8月5日に開幕するリオ五輪では代行のテメル暫定大統領が各国を迎えるという異例の事態になりそうで、世界中が心配している。【増田】
 東京都は、これまでただでさえ問題が続いたのだから、東京五輪に支障がないようにしなければならない。そのためにも、舛添知事は、早急に疑惑にケリをつけるべきだ。【増田】
 本来五輪は都市の祭典だ。東京都が主体的になって、五輪の準備を進めなければならないときに、トップがらみの騒動が長引くほど、都政は停滞し、TOKYOのプレゼンスは低くなってしまう。東京都が中心的役割を堂々と発揮できるようにしてもらいたい。【片山】

□鼎談:片山善博(慶應義塾大学教授)、増田寛也(東京大学公共政策大学院客員教授)、上脇博之(神戸学院大学教授/市民団体「政治資金オンブズマン」共同代表)「舛添知事は日本の恥だ ~汚れた「TOKYOの顔」への退場勧告~」(「文藝春秋」2016年7月号)
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 【参考】
【片山善博】&増田寛也&上脇博之 舛添知事は日本の恥だ ~辞任勧告~
【片山善博】【舛添】都知事問題は自治システム改善の教材


【片山善博】&増田寛也&上脇博之 舛添知事は日本の恥だ ~辞任勧告~

2016年06月13日 | ●片山善博
 この4月から、舛添知事の
   ・豪奢で高額な海外視察
   ・毎週末の公用車におる湯河原の別荘通い
   ・私的な家族旅行への政治資金流用疑惑
   ・etc.
都知事としての適格性が疑われる問題が続々と発覚している。

(1)豪奢で高額な海外視察
 舛添知事は、2014年2月の就任から2015年末まで、計8回、海外出張をしているが、その経費は総額2億1,300万円に上る。2015年秋の5泊7日のパリ、ロンドン視察では5,000万円超。飛行機はファーストクラスで266万円(知事1人分・往復)。宿泊費は一流ホテルのスイートルームで1泊19万8,000円(知事1人分)。【上脇】
 都の条例によれば、知事の宿泊費の上限は4万200円だが、舛添知事はその上限の5倍近い豪華な部屋を使っている。尋常ではない。舛添知事は、「急な要人との面会に備えて」などと記者会見で説明したが、ほとんど絵空事だ。海外出張中、VIPが突然、知事が寝泊まりしているホテルの部屋を訪れることなど、あり得ない。また、通常海外出張では、事前に綿密な訪問スケジュールを組んでおり、こちらから出向くのが基本ルールだ。【片山】
 片山善博・前鳥取県知事も増田寛也・前岩手県知事も、一度もそんな高級な部屋に泊まったことはない。【片山、増田】
 舛添知事は、会見で、その点を突っ込んだ香港の記者に「香港のトップが二流のビジネスホテルに泊まりますか。恥ずかしいでしょう!」と怒っていたが、論点をすり替えている。あまりにもおかしな回答だ。
 加えて、同行人数が多すぎる。去年のパリ、ロンドン視察や2014年のベルリン、ロンドン視察の同行者はそれぞれ19人。まるで参勤交代のような「大名旅行」で驚愕するばかり。これだけ人数が多いと移動も大変だ。知事の海外視察は必要最小限の人数でコンパクトに行って、帰ってきたらすぐ仕事に戻れるようにするべきだ。【増田】
 舛添知事の海外視察費用を子細に見てみると、都知事に就任して最初の5回分の海外出張費はそれほど極端に高額ではない。最高額はソチ視察の3,000万円で、ほかはだいたい1,000万円程度に納まっている。これらは前知事時代から決まっていた視察だったのかもしれない。経費の使い方が明らかに変わったのは、2014年秋のベルリン、ロンドン出張で、7,000万円かかっている。このあたりから舛添知事の意向が強く反映しているのではないか。一般的に知事の海外視察はどのように決まるか。【上脇】
 知事の海外視察は、職員の方から、県庁の仕事として知事にぜひ行ってもらいたいという要請もあるにはある。ただ、件数としてはあまり多くはない。逆に、もし知事が「ここに行きたい」と希望すれば、たいていは通るだろう。「止めたほうがいい」と直言する勇気のある職員は、どこの役所でもそう多くはいないから。【片山】

(2)毎週末の公用車におる湯河原の別荘通い
 舛添知事が毎週末、東京を離れ、公用車で神奈川県湯河原町の別荘に行っていたことも問題視されている。「週刊文春」5月5・12日号のスクープがきっかけだったが、同誌によれば、この1年間で合計49回も公用車で「別荘通い」をしていた。【上脇】
 危機管理上、大問題だ。舛添知事は、股関節術後のリハビリのために「週に一度くらいは広い風呂で足を伸ばしたい」と説明したが、知事が毎週自らの自治体を離れるなど断じてあってはならない。知事は、災害が起きた際、災害対策本部長を担う。つまり、1分でも早く県庁に駆けつけて情報を収集し、対策を講ずるのが仕事だ。だから、いつでも都庁に駆けつけられる場所にいるのが本来、都知事のあるべき姿だ。
 増田氏も、知事時代、何かあればすぐ県庁に駆けつけられるよう、常に気をつけていた。台風の予報がある時はなおさら注意する。しかし、地震は予測できない。例えば、夜中、飲酒しているときに地震が起こり、真っ赤な顔で駆けつける自体に陥るのは避けたいと思ったら、自然に酒量が減り、そのうちにほとんど飲まなくなった。【増田】
 災害時に知事権限で判断しなければならないことは実に沢山ある。人命救助を最優先しなければならない時に、まず知事を探したり、隣県から知事を連れ戻したりするのにエネルギーを費やすなんて、誰が考えてもおかしい。任期中ぐらいは自分のやりたいこともぐっと我慢して、組織に迷惑をかけないように行動するのもトップの大事な務めだ。【片山】
 例えるなら、増田氏が知事時代に隣の宮城県に毎週行っていたとか、片山氏が知事時代に岡山県に毎週行っていた、というのと同じだ。さらに敷衍すれば、安倍首相が毎週隣国の韓国へ行っているのと同じようなものだ。あり得ない。東京から神奈川というと、毎日その間を通勤している人も多いから、何となく見過ごしがちだが、極めて異様な事態なのだ。【片山】
 国会議員時代なら毎週湯河原に行ってもいいだろう。しかし、地方自治体を預かる知事は、よほどの事態がない限り県外に出るようなことは避けるべきだ。もちろん不自由だが、知事になるとは、そうした不自由さを職務として担うということのはずだ。【片山】

(3)美術品購入は「業務上横領」の疑い
 「公用車での別荘通い」は、危機管理上はもちろん、税金の無駄遣いの観点からも批判を免れない。ハイヤーで都庁から湯河原までの往復は8万円かかるそうだから、年49回で単純計算するとざっと400万円。海外視察の事例と合わせて、今後、都民から返金を求める住民監査請求がなされ、住民訴訟になる可能性がある。【上脇】
 一連の報道を見ていると、舛添知事が知事になる前の政治資金の使途も、公私混同の誹りを免れない。【増田】
 <例>2013年、2014年の正月に、家族旅行で「龍宮城スパホテル三日月」に宿泊し、合計37万円を「会議費用」として政治資金で支払った疑惑。【増田】
 国会議員時代に染みついた政治資金のルーズな使い方が、都知事になってからもずっと続いてしまったように見受けられる。【増田】
 舛添知事は、家族と宿泊した部屋で政治に関する会議をやったのだと強弁していたが、結局「誤解を招いた」として返金する意向を示した。返すということは、やはりやましいお金の使い方をしていて、会議などしていなかったのだろうと思われて当然だ。舛添知事の夫人は、「舛添誠司経済研究所」の代表取締役のようだから、「妻と、ひと月後に迫っていた知事選に出馬するかどうか会議をしていました」と言いたかったのかもしれないが、子ども連れでプールで遊んでいたのでは、誰も納得しないだろう。【片山】
 会見での弁明を見ていると、相談できる仲間、信頼できるブレーンがいない人だとわかる。会議の出席者の名前や人数を聞かれて、「政治の機微にかかわる」と答えなかった。名前はともなく、参加していた人数までが「政治の機微にかかわる」なんて、誰も思わない。【増田】
 「政治資金オンブズマン」は、「龍宮城スパホテル三日月」の費用を「会議費」としているのは政治資金規正法違反(虚偽記載)にあたるとして東京地検に刑事告発している。【片山】
 舛添知事は、「龍宮城スパホテル三日月」の費用を「会議費用」、自宅近くの天ぷら料理屋やイタリアンレストラン等の飲食代7万円を「食事代」、美術品・絵画・骨董品等の購入費580万円を「資料代」として政治資金から支出していた。これらはすべて私的なもので、政治活動とは言えず、虚偽記載の疑いがあり、告発の対象となった。【上脇】
 問題は、それだけにとどまらない。舛添知事が都知事になる前から、「政治資金オンブズマン」では舛添の政治資金の使途を分析し、疑惑に警鐘を鳴らしていた。当時は今ほど注目を集めなかったが、例えば、
  (a)参議院議員だった2009年から、舛添の政党支部や資金管理団体が、「舛添誠司経済研究所」に、事務所費として毎月44万円を支払い、6年間で合計3,000万円が流れている。今回、このことも改めて注目され、批判を浴びている。政治団体の事務所としての使用実態があったとしても、地元の不動産相場よりも、明らかに高額な値段設定ではないか。
  (b)通常「資料代」とは、国会で質問するなどの政治活動に使う資料の購入費が該当する。美術品の購入費を「資料代」と書いておけば「セーフ」にできると考えたのかもしれないが、記者に質問されて「国際交流のためだ」と弁明したのは、後知恵だろう。政治資金規正法では、使途に関する明確な制限がない。そこに付け込んだ狡賢いやり方だ。そもそも、美術品を政治活動のための「資料」として購入するなど、あり得るのか。【上脇】
 舛添知事は、「海外の方と交流する際に、書や浮世絵の版画などをツールとして活用している」と弁明していた。増田氏は知事を12年、総務大臣を1年務めたが、そのようなケースは聞いたことがない。自身の趣味のためではないか、と疑われても仕方ない。【増田】
 百歩譲って好意的に考えれば、海外の姉妹都市との交流事業などに際し、知事としてお土産を準備することはあり得る。例えば、地元にちょっとした書家がいる場合、その方を顕彰する意味も含めてその書を購入し、先方にお贈りするようなことはあり得る。ただ、毎月のように「世界堂」(画材・額縁の専門店)で買い物しえいる事実からは、とてもそうは思えない。購入した美術品などが自分の趣味や資産形成のためのものではないと世間に納得してもらうには、何を買い、どのような場所で誰に手渡し、どう政治に役立てたのかを説明する責任がある。【片山】
 「政治資金オンブズマン」は、美術品などの購入に関しては、政治資金規正法はもちろん、刑法上の業務上横領にもあたるのではないかと刑事告発している。【増田】
 舛添知事は、国民1人年間250円の血税である政党交付金を受け取る政党、すなわち「新党改革」時代にそのお金で美術品、580万円を購入している。ところが、舛添知事は都知事選出馬時に離党して「無所属」になっており、彼の政党支部だった新党改革比例区第4支部も、個人の資金管理団体だった「グローバルネットワーク研究会」も、すべて解散している。つまり、美術品はどこにも返還されず、舛添知事の思うがままに処理され、個人資産になってしまっている可能性が高い。これは会社解散時に残っていた絵画などを持ち逃げしたに等しい。「業務上横領」に該当すると「政治資金オンブズマン」はみて、同罪で刑事告発することになった。【上脇】
 「政治資金オンブズマン」はこれまで何人もの政治家を「政治資金規制法違反」の疑いで告発したが、業務上横領で告発したことはない。【上脇】
 政治資金規制法では、政党支部や資金管理団体が解散したときの金や資産についての処理方法が一切書かれていないから、後処理をする団体の良識に委ねられている。ひどいケースになると、スタッフで山分けしたと囁かれることもある。今後、政党や政治団体の解散時の処理について法整備が必要だ。【上脇】

□鼎談:片山善博(慶應義塾大学教授)、増田寛也(東京大学公共政策大学院客員教授)、上脇博之(神戸学院大学教授/市民団体「政治資金オンブズマン」共同代表)「舛添知事は日本の恥だ ~汚れた「TOKYOの顔」への退場勧告~」(「文藝春秋」2016年7月号)
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 【参考】
【片山善博】【舛添】都知事問題は自治システム改善の教材


【片山善博】【舛添】都知事問題は自治システム改善の教材

2016年06月12日 | ●片山善博
 (1)舛添要一・東京都知事をめぐるいくつかの疑念は拡散するばかりで、一向におさまらない。
   ・海外高額出張
   ・公用車での週末湯河原別荘通い
   ・政治資金による絵画購入
   ・etc.
 当初は居直りとも受け取れる強気に出ていた舛添知事も、その後の記者会見などではひたすら低姿勢に転じていた。ただ、いくら低姿勢でも、自身に関わる事実関係についての説明すら拒むようでは、都民の納得はまず得られないだろう。

 (2)2016年5月20日の知事定例記者会見では、実質的なことは一切答えず、「公平な第三者の目」で調べてもらった上で見解を述べたい旨の発言に終始した。自分のことは第三者を通さずとも答えられるはずで、結局説明できないことだらけだから時間稼ぎをしていると、多くの人が勘繰ったり、疑ったりしたはずだ。
 舛添氏のいわゆる「公平な第三者の目」とは弁護士のことで、その費用は自分が出すという。自分が雇った弁護士が世間に対して「公平な第三者の目」と受け止められると思ったら、勘違いも甚だしい。
 弁護士は依頼主に最善の結論を導こうとする人士である以上、世間にとって公正に映るはずがない。間違っても雇い主に「とどめの一撃」を加えるはずがない。仮にそれに該当する事実があったとしても。もし、そんなことをしたら、それは弁護士の自己否定につながる。
 ということで、この「公平な第三者の目」が調査結果を出しても、それを素直に受け取る人は多くない。むしろ、事実を捻じ曲げているのではないか、白を黒と言いくるめようとしているのではないかと、こんどはその調査結果の内容に「鵜の目鷹の目」が集まり、そこからまたぞろ「ボロ」が出てくることだって考えられる。「公平な第三者の目」がアダとなり、やぶ蛇に終わる可能性は否定できない。

 (3)どうしてこんなことになったのか。
   公私を混同している
   税の使い方がルーズだ
   災害があった時に指揮をとらなければならない知事としての自覚が欠如している
など、いまのところもっぱら舛添知事だけの責任が問われている。身から出た錆だ。舛添氏本人の責任は重大で、否定できない。
 ただ、現行の地方自治制度には、仮に知事や市町村長に公私混同が見られたり、税の乱費があったり、職責に対する自覚が足りなかったりしても、それが大事に至る前に自治体の中でいさめたり、構成させたりする仕組みが講じられている。東京都でも、そういう仕組みが円滑に作動していれば、舛添氏もこんな醜態を演じるには至らなかった。

 (4)まず議会。(3)でいう仕組みの一つが議会だ。
 議会は、立法機関として条例を制定したり、予算を決定したり、決算を認定したりする権限を有している。二元代表の下で、首長をトップとする執行機関を厳しくチェックする役割も担っている。
 東京都議会がその職責を果たしていたら、舛添知事が今世間から批判されている問題のうちのいくつかは、それを週刊誌から華々しく指摘される前に、都議会における議案の審議や質疑を通じてある程度明かされ、議会の権限行使によって知事の非道を早めに正すことができていたはずだ。
 <例>高額の海外出張費。
 都議会は、少なくとも舛添氏が知事に就任した年度に使った経費について、決算審査において既にチェックしたことになっている。一部の報道では、知事就任直後に訪れたロシアのソチで高級リゾートホテルに2泊し、その料金は1泊15万円を超えていたという。
 議会はこれをどう捉えたのか。もし、これをすんなり了としていたとすれば、舛添知事のみならず都議会も、公金の使い方に関する良識や分別を厳しくとわれなければなるまい。
 都の決算は膨大なので、議会としてはその詳細まではチェックしていないというのであれば、それは議会として明らかに怠慢だ。
 税の使い道を点検するのは、議会のもっとも重大な任務のはずだ。たしかに、東京都の決算の内容は膨大だ。しかし、それに見合って、都議会には120人を超える、これまた膨大な数の議員がいる。しかも、各議員には他の自治体に比べてとても高額の政務活動費が支給されている。みんなで手分けしてでも、都民の代表として税のゆくえを真面目にチェックするぐらいのことはしてもらいたい。
 舛添問題は、実は都議会および都議会議員の問題でもある。

 (5)ついで独立行政委員会。議会と並んでそのあり方が問われるのは、都の独立行政委員会だ。
 独立行政委員会は、知事や市町村長に権限が集中するのを排除するため、行政の中立性を担保するためなどの目的で儲けられている地方自治法上の機関で、その代表例は教育委員会や公安委員会だ。
 このたび取り上げられるべきは、都の人事委員会だ。
 東京都知事が海外出張する際、宿泊費は条例で1泊42,000円と規定されているが、「特別な事情」がある場合には増額が可能で、それに該当するかどうか、いくらまで増額するかは人事委員会と協議して決める。
 舛添知事の度重なる出張旅費についても、それぞれ「特別な事情」がある場合に該当するとして人事委員会に協議し、その上で高額宿泊費も決められたという。
 ということは、それらの協議を受けた人事委員会の3人の委員は、その宿泊費の額を審議した上で、やはりこれを了としているはずだ。
 パリでの1泊198,000円のスイートルームを始めとする高額宿泊費の妥当性について、これまで舛添知事本人だけがマスコミから追求されてきたが、額にお墨付きを与えた人事委員会にも見解や見識があるはずだから、マスコミは人事委員たちにもそれを質してみる必要がある。

 (6)そして、監査委員。講学上、独立委員会に分類されている監査委員にも問題がある。
 先の都議会と同じく、少なくともソチの出張費は監査の対象になっていたはずだ。監査委員がその額の高さに違和感を持たなかったとすれば、監査委員のその甘い認識は、納税者の常識からかけ離れていると言わざるを得ない。
 知事の公用車使用のルーズさにしても、税の無駄遣い防止を主要な任務とする鑑査委員であれば、当然関心を持ってしかるべきだ。
 公用車に限らず、都庁ではかねて知事の公私の乱れを指摘する声があり、時折外部にも漏れ出ていた。外に聞こえるくらいだから、その声が鑑査委員ないし事務局に伝わっていてもおかしくはない。
 一般に、自治体の監査委員の無力、非力が指摘される。委員に任命してくれた首長の顔色ばかり窺って、厳しさや主体性に欠けるというものだ。その欠陥を是正するために外部監査制度も導入されたのだが、だからといって本体の監査委員制度がうまく機能するようになったということはない。
 監査委員の主体性や独立性を担保する上で、効果的な改革案がある。首長選挙において、次点で落選した候補者が選挙後に希望すれば監査委員に自動的に任命される仕組みにするのだ。阿部泰隆・神戸大学名誉教授/弁護士がかねてから主張している案で、卓見だ。
 いわば政敵が監査を司るのだから、現職の知事や市町村長は嫌がるだろうが、本当は自分たちにも益すると捉えるべきだ。もしこの制度が既に採用されていて、舛添知事の公私混同などがまだ芽のうちに監査委員から指摘されていたとすれば、そのとき多少ばつの悪い思いはしただろうが、今日のような深刻な事態は免れていたはずだ。

 (7)舛添問題は、現行の地方自治システムについて、あれこれとヒントを与えてくれる貴重な教材でもある。

□片山善博(慶應義塾大学教授)「舛添都知事問題は自治システム改善の教材 ~日本を診る第80回~」(「世界」2016年7月号)
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 【参考】
【社会】防災体制の点検、真剣に ~平素の備えが大切~
【片山善博】口利き政治の弊害と政治家本来の役割
【片山善博】選挙権年齢引下げと主権者教育のあり方
【片山善博】TPPから見える日本政治の悪弊 ~説明責任の欠如~
【片山善博】政権与党内の議論のまやかし ~消費税軽減税率論議~
【経済】今導入すると格差が拡大する ~外形課税=赤字法人課税~
【片山善博】【沖縄】辺野古審査請求から見えてくる国のモラルハザード
【片山善博】川内原発再稼働への知事の「同意」を診る
【片山善博】違憲と不信で立ち枯れ ~安保法案~
【片山善博】【五輪】新国立競技場をめぐるドタバタ ~舛添知事にも落とし穴~
【片山善博】「ベトナム反中国暴動」報道への違和感
【片山善博】文部科学省の愚と憲法違反 ~竹富町教科書問題~
【片山善博】都知事選に見る政党の無責任 ~候補者の「品質管理」~
【片山善博】JR北海道の安全管理と道州制特区
【政治】地方議会における口利き政治の弊害 ~民主主義の空洞化(3)~
【政治】住民の声を聞こうとしない地方議会 ~民主主義の空洞化(2)~
【政治】福島県民を愚弄する国会 ~民主主義の空洞化(1)~
【社会】教育委員は何をなすべきか ~民意を汲みとる~
【社会】教育委員会は壊すより立て直す方が賢明
【社会】「教員駆け込み退職」と地方自治の不具合
【政治】何事も学ばず、何事も忘れない自民党 ~公共事業~





【佐藤優】外交官の論理力、安倍政権と共産党、研究不正が起きるシステム

2016年06月11日 | ●佐藤優
   
 ①薮中三十二『世界に負けない日本国家と日本人が今なすべきこと』(PHP新書 780円)
 ②産経新聞政治部『日本共産党研究 絶対に誤りを認めない政党』(産経新聞出版 1,300円)
 ③黒木登志夫『研究不正』(中公新書 880円)

 (1)①は、元外務事務次官による優れた指南書だ。
 <ロジックというのは、世界共通語のようなものである。異なる文化、異なる社会の人々が話し合う時、共通の理解に達するためには世界共通語が必要であり、ここでいうロジックは、ものの考え方としての共通語である。「自分が、なぜ、このことを主張するかといえば、それは、かくかくしかじかの理由があるからだ」ということを説明しなくてはいけない>
 外交官のロジックの力を鍛えることが、日本の外交力強化に直結する。

 (2)②を読めば、安倍政権が共産党を警戒する理由がよく分かる。
 <公安当局は共産党の主張が気に入らないから監視しているのでえはない。破防法の調査対象団体という明確な法的根拠が存在するからだ。政府は、めったにこの事実を公表してこなかったが、安倍内閣は2016年3月22日、共産党について「現在においても破壊発動防止法に基づく調査対象団体である」とする閣議決定を行った。
 1952年の破防法施行以来、共産党は一貫して対象だったとはいえ、閣議決定で明示するのは、政府関係者が「聞いたことがない」というほど異例の対応だった。
 無所属の衆院議員、鈴木貴子の質問主意書に答えた形の答弁書では、共産党について《警察庁としては、「いわゆる敵の出方論」に立った「暴力革命の方針」に変更はないものと認識している》と明記したのだ。「敵の出方論」とは、共産党が唱えている「権力側の出方によっては非平和的手段に訴える」との理念を指す>
 公安調査庁や警察庁の主張は、史実に照らして説得力がある。

 (3)③は、研究不正の事例研究と構造分析について踏み込んだ優れた作品だ。
 <不正の定義に「悪意」「意図的」などの概念を加えると、法的に争うのが困難になる。説明責任は訴える方にあるため、「悪意」を証明できないと、裁判で負けてしまうことになる。理研がSTAP細胞事件の解明に及び腰だった理由の一つは、法律的に「悪意」を証明することの難しさがあったのではなかろうか。(中略)ねつ造、改ざん、盗用のような重大な研究不正は、無条件に研究不正として取り扱うことが基本である>
 と著者は記すが、その通りだ。
 大学や研究機関の事なかれ主義により、悪質な研究不正を行ったものに対して相応のペナルティーが加えられないような状態が続けば、今後も研究不正が起きる。
 研究不正が起きるシステムを脱構築するために、研究者、政府関係者、科学記者たちの職業的良心に従った行動が要請される。

□佐藤優「研究不正が起きるシステム ~知を磨く読書 第152回~」(「週刊ダイヤモンド」2016年6月11日号)
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 【参考】

【佐藤優】遅読家のための読書術、電気の構造、本屋大賞
【佐藤優】外山滋比古/思考の整理学
【佐藤優】何が個性で、何が障害か
【佐藤優】大宅壮一ノンフィクション賞選評 ~『原爆供養塔』ほか~
【佐藤優】英才教育という神話
【佐藤優】資本主義の内在的論理
【佐藤優】米国の戦略策定、『資本論』をめぐる知的格闘、格差・貧困問題の起源
【佐藤優】偉くない「私」が一番自由、備中高梁の新島襄、コーヒーの科学
【佐藤優】フードバンク活動、内外情勢分析、正真正銘の「地方創生」
佐藤優】日本の政治エリートと「天佑」、宇宙の生命体、10代が読むべき本
【佐藤優】組織成功の鍵となる人事、ユダヤ人の歴史、リーダーシップ論
【佐藤優】第三次世界大戦の可能性、現代東欧文学、世界連鎖暴落
【佐藤優】司馬遼太郎の語られざる本音、深層対話、米政府による暗殺
【佐藤優】著名神学者のもう一つの顔 ~パウル・ティリヒ~
【佐藤優】総理が靖国参拝する理由、NPO活動の哲学やノウハウ、テロ対策の必読書
【佐藤優】今後、起こりうる財政破綻 ~対応策を学ぶ~
【佐藤優】社会の価値観、退行する社会
【佐藤優】夫婦の微妙な関係、安倍政権の内在的論理、警察捜査の正体
【佐藤優】情緒ではなく合理と実証で ~社会の再構築~
【佐藤優】中曽根康弘、21世紀の資本主義分析、北樺太の石油開発
【佐藤優】日本人の思考の鋳型、死刑問題、キリスト教と政治
【佐藤優】中国株式市場の怪しさ、イノベーションの障害、ホラー映画の心理学
【佐藤優】普天間基地移設問題の本質、外務省犯罪黒書、老後に快走!
【佐藤優】シリア難民が日本へ ~ハナ・アーレント『全体主義の起源』~



【佐藤優】遅読家のための読書術、電気の構造、本屋大賞

2016年06月10日 | ●佐藤優
   
 ①印南敦史『遅読家のための読書術 情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社 1,400円)
 ②森本雅之『交流のしくみ 三相交流からパワーエレクトロニクスまで』(講談社ブルーバックス 900円)
 ③宮下奈都『羊と鋼の森』(文藝春秋 1,500円)

 (1)①は、ビジネスパーソンを想定した優れた読書の指南書だ。「遅読」とは、逆説的な表現で、基本となる本をゆっくり精読することで、多読が可能になり、読書の技法をストックからフローに転換することができる。
 印南氏は、紙媒体とウェブ媒体の書評は本質的に異なると考え、次のように指摘する。
 <紙媒体に掲載される書評の場合、そこには評者の主観や主張が入り込むことが前提となります。評者がその書籍から感じたことを伝え、読者が「この本、読んでみたいな」と感じる。それが、紙媒体における書評の基本的な価値です。
 一方、ウェブメディアの場合、その“あり方”自体が違っている。極論をいえば、ウェブ上のニュースメディアに掲載されるブックレビューに読者が求めるものは、評者の主観ではなく「情報・ニュース」です。つまり、「その記事(書評)を読んで、どれだけ得をしたか」ということがもっとも重要な価値基準なのです>
 その通り。
 ウェブ媒体の書評に引用が多いのは、読者のニーズに応えているからだ。

 (2)電気には直流と交流がある。乾電池は直流で、家庭のコンセントから流れる電気は交流だ。
 ②は、電気の構造に関する基礎知識を得るための好著だ。著者は、電気を理解するコツについて、次のように指摘する。
 <電気が見えているかのように理解することである。電気を見るというのは、実際には見えない電圧や電流のイメージを作るのである。式が出てくると、そのイメージが「どのように変化するのか」というように考える。どうも抽象画の世界を頭の中に描いていたようだ。数学に強い人は、複雑な数式が出てきても頭の中では同じことをやっていると聞く>
 見えない事柄を可視化するという手法は、政治や人間の心理などの分析にも応用できる。

 (3)2016年の本屋大賞は、ピアノ調律師の世界を描いた③だった。
 調律師などの職人の世界では、努力によってある域までは到達できるが、その先は才能になる。
 <努力していると思ってする努力は、元をとろうとするから小さく収まってしまう。自分の頭で考えられる範囲内で回収しようとするから、努力は努力のままなのだ。それを努力と思わずにできるから、想像を超えて可能性が広がっていくんだと思う>
 ロシア語通訳や作家、学者、政治家などを見ていても、才能のある人は、努力をしていると思わずに、自然に、あるいは楽しみながら、継続的に努力をしている。人間には努力を楽しむことができるという才能が備わった人が一部にはいるようだ。

□佐藤優「努力を楽しむ才能がある人 ~知を磨く読書 第151回~」(「週刊ダイヤモンド」2016年6月4日号)
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 【参考】
【佐藤優】外山滋比古/思考の整理学
【佐藤優】何が個性で、何が障害か
【佐藤優】大宅壮一ノンフィクション賞選評 ~『原爆供養塔』ほか~
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【佐藤優】偉くない「私」が一番自由、備中高梁の新島襄、コーヒーの科学
【佐藤優】フードバンク活動、内外情勢分析、正真正銘の「地方創生」
佐藤優】日本の政治エリートと「天佑」、宇宙の生命体、10代が読むべき本
【佐藤優】組織成功の鍵となる人事、ユダヤ人の歴史、リーダーシップ論
【佐藤優】第三次世界大戦の可能性、現代東欧文学、世界連鎖暴落
【佐藤優】司馬遼太郎の語られざる本音、深層対話、米政府による暗殺
【佐藤優】著名神学者のもう一つの顔 ~パウル・ティリヒ~
【佐藤優】総理が靖国参拝する理由、NPO活動の哲学やノウハウ、テロ対策の必読書
【佐藤優】今後、起こりうる財政破綻 ~対応策を学ぶ~
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【佐藤優】夫婦の微妙な関係、安倍政権の内在的論理、警察捜査の正体
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【佐藤優】中曽根康弘、21世紀の資本主義分析、北樺太の石油開発
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【佐藤優】普天間基地移設問題の本質、外務省犯罪黒書、老後に快走!
【佐藤優】シリア難民が日本へ ~ハナ・アーレント『全体主義の起源』~


【アラン】情熱や情熱の危機への対策

2016年06月09日 | ●アランの言葉
 <情熱や情熱の危機は、冷静な吟味によって幾分は調節されるが、又同時に年齢の加減でも冷めるものだ>

 *

 今日、若い友人のS君が「目標」という考えを持ち出していたが、「目標」とは幾分ちがうにしても、20代のころ市民生活のモデルの一つとしていたのがアランだ。アランは、モンテーニュやデカルトなど10人ほどの哲学者や作家を徹底的に読みこなし、併せて自分の日常の観察から哲学した。
 きだみのるはアランが好きで、よく読んでいたそうだが、アランというモラリスト的哲学者とフランス社会学に学んだきだみのるには、共通するものがあるのは確かだ。

□アラン(小林秀雄訳)『精神と情熱とに関する八十一章』(創元ライブラリ、1997)の「序言」
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 【参考】
【アラン】ここにいる、どこにでもいる、分割できない全体だ ~デカルト賛~

 


【佐藤優】&宮崎正弘 言語・民族・国家 ~グルジアと中国~

2016年06月09日 | ●佐藤優
(1)不思議の国、グルジア【佐藤優】
 グルジア人には国家意識が余りない。西部のメグレリア痴呆と、かつてイベリア王国を名乗っていた中央部は、言葉も違う。さらにアバハジアがあり、グルジア人だがイスラム教徒の、アジャール人もいる。オセアチア人も抱えている。
 国歌として確乎たる統一感がない。にもかかわらず、スターリンの出身地という関係で、軍産複合体などの工業を強化した。それが完全に裏目に出た。
 裏目に出た結果、いまは国民の8割が農業に従事している。世界的にみても農業化が急速に発展した珍しい事例となっている。そういう形で土地との結びつきが強いから、ディアスポラ(離散)がない。みんなで自給自足経済のような生活をして、結構うまくやっている。
 グルジアで最高にユニークなのは言語だ。世界のほとんどの言語には主語と述語があり、それによって主格と対格が決まる。しかし、世界にはごく少数だけ、主格・対格構造をとらない言語がある。能格・絶対格構造というが、グルジア語もその一つだ。バスク語もそうだ。動詞のパラダイムが作れない。
 グルジア語では、「行く」「食べる」という動詞は、15,00通りぐらい変化する。グルジア語の仲間のアディゲー語では、一つの動詞が20億通りぐらい変化する。なぜそうなったのか。現在唱えられている仮説によれば、かつて原人類のようなものがいて、彼らはバスク地方やコーカサス地方の山中に追われていった。そこに閉じこもって独自の暮らしを続けた。ために、かつての言語体系を残している・・・・ということだ。
 ヴィトゲンシュタインいわく、言語の相違は思想の相違につながる。15,00通りぐらい動詞が変化する人々の感覚は、そうでない我々の感覚と絶対に違うはずだ。
 チェチェン語も、このカテゴリーの言語だ。だから、彼らの物事の受け止め方、発想は、たぶん違う。
 では、グルジア人は何を自分たちのナショナル・アイデンティティにしているのか。領土的には、イラクリ3世がいまの版図に近いところまで拡大した。そのときのイメージで、辛うじて持っている。あとは、グルジア文字という独特な文字を含めて、やはり言語だろう。
 普通に農業をやれている分には、民族などについて余り考えないですむ。自分たちの村がうまくいっていればいい、という発想だ。ただし、そこへ遅れてきた民族主義を植えつけようとする人たちが、時々出てくる。その一人がいまのサアカシビリ大統領だ。グルジアの土地は純粋にグルジア人だけで統治するべきだ、他の連中から参政権も経済的な利権も全部奪ってよい・・・・これがサアカシビリの基本的な発想だ。この発想は、シュワルナゼの前のガムサフルディアと一緒だ。

(2)言語の統一は思想の共通化へ【宮崎正弘】
 中国の言語空間は、中国語だけでも4つの巨大な体系がある。北京語、福建語、上海語、広東語だ。それぞれ地方の方言がある。テレビが普及するまで、中国人同士、出身地が違うと会話が成立しなかった。ましてや、漢族以外の民族の言葉は、漢族にわかるはずはない。ウィグル語はトルコ系だ。チベット語の源流は梵語。モンゴル語も漢語とはまったく体系が異なる。文字は、モンゴルとチベットは酷似していて、アラブ文字とペルシア文字の差ぐらいしかない。
 それを北京語で統一した。強引ともいえる漢族同化政策だ。教育現場を漢族が独占して支配した。ラジオ、テレビを完全に管轄下に置いたからなし得た。
 湖南省北部にトン族という独自の言葉をもつ少数民族は、若者は伝統的な自分たち部族の言葉が喋れない。08年に湖南省を一周したときのガイドは、トン族の若者で、完璧な北京語だった。村の長老しかトン族の言葉はわからなくなっている、と嘆いていた。
 雲南省のトンパ族も、文字は観光資源の展示用のみ。いまでは、トンパ文字を読み解ける学者は、ロンドン大英博物館の研究員と日本のトンパ文字研究家のみだ。
 満州人は、中国全土に1千万人分散しているが、満州語に至っては、旧満州ですら数十人も喋れない。
 だから、ウィトゲンシュタインの言うように「言語の相違は思想の相違につながる」のであるとすれば、北京語による言語の統一は、中華思想の普遍化につながる。中国の狂信的中華思想の普遍化は、北京語の統一によって半ば成し遂げられたことになる。

□佐藤優『猛毒国家に囲まれた日本 ロシア・中国・北朝鮮 』(海竜社、2010)/共著:宮崎正弘
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 【参考】
【佐藤優】&宮崎正弘 猛毒国家、北朝鮮
【佐藤優】&宮崎正弘 猛毒国家、中国 ~中国の権力闘争と将来像~


【佐藤優】&宮崎正弘 猛毒国家、北朝鮮

2016年06月09日 | ●佐藤優
 本書では、もっぱら佐藤優がロシア、宮崎正弘が中国を語る。北朝鮮については、両者とも詳しくない。宮崎は、もっぱら2010年現在の中国の北朝鮮政策(または無策)を語り、佐藤はその人脈から得た情報を披露している。

 *

(1)中国の北朝鮮政策
 北朝鮮と中国とは、利害関係を共有している部分が非常に多い。
 もともと両者の関係は、深い。中国では、大幹部になると、最初の外遊先に北朝鮮を選ぶ。江沢民しかり、胡錦濤しかり。次期国家主席の呼び声が高い習近平も行った。ただ、具体的に北朝鮮の中枢に対してどんな楔を打ちこんでいるのかは、不明である。

 中国は、北朝鮮の今後の鍵をにぎるが、毛沢東や小平の時代のような北朝鮮に係る明確な方針はない。
 中国自身、権力闘争の真っ最中なのだ。誰がほんとうに権力を掌握しているか、わからない。当然、対北朝鮮の方針も読めない。

 江沢民は、一応軍を抑えていた。
 ところが、胡錦濤はいまだに軍を押さえきれていない。だから、時々軍が暴走する。典型例は、2007年のキラー衛星の実験だ。衛星破壊は成功し、米国に脅威を与えたが、この実験の具体的な日時を胡錦濤は知らなかった。
 まだ江沢民一派が富の権力をにぎっている。胡錦濤一派は、ほとんど利権をもっていない。軍は軍で、自分たちの利権を胡錦濤に渡さない。軍の利権とは、対外的には武器輸出だ。これがまた複雑で、どこが何をやっているか、掴みようがない。
 軍は、胡錦濤に対する忠誠心はあまりない。陳炳徳・参謀総長に対してはあるが、陳は軍を掌握していない。軍を掌握しているのは、梁光烈・国防部長だ。この二人が争っている。梁は、江沢民派に付いている。2010年1月現在、軍上層部の3分の2は江沢民派だ。
 軍をにぎる江沢民派も、外交政策を仕切ることはできない。中国の外交部はまったく力がなく、真に外交を左右するのはバックにいる国務委員たちだ。
 要するに、指揮系統が乱れている。権力の所在をめぐって、かなり混乱している。当然、確乎たる北朝鮮政策を打ち出せるような状況にない。

 中国は、ただ物資を流すだけだ。食糧の約半分、オイルの9割を中国から輸出している。
 もっとも、代わりに、抜け目なく、鉱山開発権を取得している(タングステン、パラジウム)。また、羅先の港まで直線道路を敷いた。港湾施設を近代化した。中国は、長らく懸案事項だった日本海への出口を、数世紀ぶりに確保したのだ(軍事よりも経済が目的)。
 中国は、このように経済的に北朝鮮を押さえこんでいる。しかし、政治的に北朝鮮の権力中枢にどこまで入りこんでいるかは見えてこない。

(2)後継者問題
 これまでノーマークだった金正雲については、西側は三男の存在さえ把握していなかった。
 正雲の母親、高英姫は、大阪で育った在日朝鮮人だ。1960年代の帰国事業で北朝鮮に渡った「喜び組」の一員である(故人)。
 佐藤優は、2008年、鈴木琢磨(毎日新聞)と共著をものした(『情報力』)。鈴木は、そこですでに金正雲の名を挙げている。
 十数年前、北朝鮮で「オモニム・キャンペーン」が行われた。オモニムは母親のこと。「国母」のような意味が含まれている。本来この言葉が国政レベルで使用されるのは、金日成の夫人、金正淑のことを指すときだけだ。そのオモニムを正雲と正哲の母親、高英姫に対して使い、いくつかキャンペーンが行われた。鈴木は、佐藤に、後継者は正哲か正雲だろう、と予想を述べた。
 『情報力』(イースト・プレス、2008)を読めばわかるが、鈴木琢磨は北朝鮮国内の内部文書や小説の読みこみによる文書諜報の手法により、金正日の後継者問題に係る北朝鮮の流れを非常に正確に分析している。鈴木は、2010年8月20日が一つのポイントになる日で、北朝鮮はそのためのシグナルを出している、と言った【注】。さらに、2012年が主体思想100周年に当たるため、その年に後継者を定め、その翌年の101年目に改元する、と。北朝鮮は、そのスケジュールに従って動いている、というのが鈴木の見方だった。

 未確認情報だが、金正日の長男および次男の側近が粛正され始めた。
 北京に暮らし、マカオで博徒人生を送る長男は問題外だが、次男と三男の後継争いは、側近の動きによって相当変わってくる。

 【注】2010年9月27日付け朝鮮中央通信によれば、金正日総書記は10月10日付けで金正雲ら6人に大将を発令した(同年9月28日付け朝日新聞から孫引き).。また、同年9月29日付け朝鮮中央通信によれば、28日に金正雲は党中央委員および新設ポストの党中央軍事委員会副委員長に選出された(同年9月29日付け読売新聞から孫引き).。

□佐藤優『猛毒国家に囲まれた日本 ロシア・中国・北朝鮮 』(海竜社、2010)/共著:宮崎正弘
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 【参考】
【佐藤優】&宮崎正弘 言語・民族・国家 ~グルジアと中国~
【佐藤優】&宮崎正弘 猛毒国家、中国 ~中国の権力闘争と将来像~



【佐藤優】&宮崎正弘 猛毒国家、中国 ~中国の権力闘争と将来像~

2016年06月09日 | ●佐藤優
 もっぱら佐藤優がロシア、宮崎正弘が中国を語る。2010年現在の中国の権力闘争について、その多くを宮崎正弘が伝える。

   *

 毛沢東は、大学を出ていない。幼い頃、村の寺子屋で学んだが、学齢らしい学歴はない。
 毛を継いだ小平も、ほとんど学歴はない。彼はフランスで労働者をしていた。ただ、は毛を目の前に見ていたから、権力の掌握のしかたや独裁気引力の中における処世術を非常によく知っていた。
 江沢民になって、初めて大学のエリートが出てきた。江は、上海交通大学出身である。ちなみに、中国の4大エリート校は、北京大学、清華大学、上海復旦大学、上海交通大学である。
 江は、上海市の党書記だったが、小平により総書記に抜擢された。最初は形だけの権力だったが、小平を上手に利用して、体制を固めていった。江に従わない陳希同、北京を牛耳っていた政治局員は、冤罪事件をでっちあげてて逮捕、禁固16年とし、20年目の今も内蒙古自治区の刑務所に幽閉している。
 江は、陳を排除した結果、執行部の半分の主導権を握った。しかし、軍が従わない。江には軍歴がない。そこで、江は大将の辞令を乱発し、13年間に64名の「上将」(大将)を任命した。この人事によって、最後に江は軍を掌握することができた。

 権力者には、権威、権力、財力の3つが揃っていなければならない。日本の場合、権威は天皇、権力は政治家か朝日新聞かよくわからないが、財力は財界にあり、「三権分立」である。
 江は、上海からいきなり北京に入ったので、仲間がいない。有力な同志もいない。
 幸運にも、産業革命の波に遭遇した。それまでは、国家予算を握る者がリベートを得る利権を持っていた。その守旧派を代表したのが李鵬だった。ところが、IT革命が起きた。携帯電話やパソコンを製造するメーカーは、江の地元である上海にあった。その次に金融革命が起きたが、銀行と保険は上海派の利権だった。かくして、江は急激に財力を手に入れることができた。

 江沢民の次に登場したのが、胡錦濤である。彼は、清華大学と党学校を出たエリートで、党学校と清華大学のOBを連れてきた。従来であれば、それで一気に権力を握れるはずだが、利権が入ってこないため、まず軍が従わなかった。軍の利権の半分以上を、まだ江沢民派が握っていた。
 胡は、立ち往生したのだが、まず副省長クラスや次長クラスのポストを取る作戦をとった。省長クラスは、まだ半分しか抑えていないが、副省長クラスはほぼ胡錦濤派に塗り代わった。共産党中央委員会は、まだ江の上海派の天下だが、胡錦濤派は江蘇省、浙江省、広東省、河南省、河北省といった中原を抑えた。
 胡は、徐々に権力基盤を固めていき、2009年から本格的な権力掌握が始まった。広東閥の締め上げに着手した。いま、胡錦濤の直系が広東省長に就いている。重慶に行っている薄煕来は胡と距離があるが、従来からの地元幹部を次々に失脚させ、地域的権力を掌握しつつある。
 2012年に次の国家主席と交代するから、時間がもう限られているが、それまでにもう一度か二度はドタバタ劇があるだろう。

 中国の知識人は、ほとんどがニューヨークに逃げてしまった。
 一部エリートだけが残っている。このイデオローグたちは、中国でもまじめな部類に属する人たちで、毛沢東理論の再復活をねらっている。彼らは、利権のおこぼれにあずかれず、長屋のようなボロ・アパートに住んでいる。大学の同級生たちは皆スポーツカーを乗りまわし、愛人を2人ぐらいもって愉しくやっている。なんで俺だけこんなに貧乏なのだろう、というルサンチマンが渦巻いている。そこで毛沢東理論の復活しようというわけだ。これは別な意味で危険な動きだ。

 今後の中国は、結局いままでの歴史のくり返しになるだろう。
 現在の共産党王朝がどこで終わるかというと、巨大な近く変動が起きたときだろう。
 シナリオの第一は、国内の分裂だ。北京政権、これに刃向かう上海メガロポリスの利権屋、広東。この3つは昔から民族が違うし、分裂しても不思議ではない。
 さらに、そのときの権力集中の度合いによっては、チベット、新疆ウイグル、南モンゴルが独立に動く可能性もある。そこに、ロシアや外国勢力が入ってくる余地が生まれる。新疆ウイグルは、特に分裂の可能性が高い。中共治下ではコーランを禁止されているから、より原理主義的になっている。
 
 もう一つの不安要因は、対外膨張のし過ぎだ。2兆4千億ドル近くの外貨準備高(2010年1月現在)があって、米国の国債を買うものもよいが、なぜ自分たちの国の中に投資しないのか不思議だ。
 資源国に対する援助は、中南米のベネズエラから、アフリカのコンゴやアンゴラ、イラン・イラクのガス油田、リビアの油田、スーダンなど、250億ドルぐらいを投資している。いったい何をしようとしているのかがわからない。
 石油は乱高下が激しい商品なのだが、向こう10年、20年、右肩上がりで原油代金が上がり続けるという前提で中国は投資している。危ない。まさにバブルだが、そもそも中国人は目の前の利権ばかり追いかけている。それは、不動産投資熱をみても明らかだ。

□佐藤優『猛毒国家に囲まれた日本 ロシア・中国・北朝鮮 』(海竜社、2010)/共著:宮崎正弘
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 【参考】
【佐藤優】&宮崎正弘 言語・民族・国家 ~グルジアと中国~
【佐藤優】&宮崎正弘 猛毒国家、北朝鮮

【米国】大統領予備選に見る戦後体制の終り ~米軍、東アジアから撤退~

2016年06月09日 | 社会
 (1)米国大統領予備選挙から、近い将来、世界秩序に重大な変化が起こり得ることが明らかに感じられる。むろん、米国では4年に1回大統領選挙が行われるのだが、今回は話が異なるのだ。
 最も顕著な変化は、共和党vs.民主党という米国二大政党制が崩壊しつつあることだ。両党内でエリート層と草の根の支持者たちの間に大きな隔たりが見られる。
  (a)共和党・・・・草の根運動の擁護者がドナルド・トランプだ。ライバルを次々と打ち負かし、今や大統領候補者選びで指名獲得を確実にしたが、党のエリートのほとんどがトランプ氏を軽蔑視している。
  (b)民主党・・・・党幹部が推すヒラリー・クリントンが進歩主義のライバル、バーニー・サンダースに僅差でかろうじて勝利するであろう【注】。だが、1年前には、クリントン氏を予備選で追い詰めるライバル候補の存在を予想したアナリストはほとんどいなかったはずだ。

 (2)米国社会の亀裂が露呈している。1980年代から富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなった。今では中間層でさえ「働く貧困層」の仲間入りをしつつある。
 トランプ氏は、その原因が移民と外国との同盟にある、と糾弾する一方、サンダース氏は富裕層とウォール街を非難している。
 クリントン氏はと言えば、自身が既存の体制の一部であるために、明確なメッセージを打ち出せずにいる。
 民衆の怒りのマグマは上昇する一方だ。

 (3)もしも11月にトランプ氏が米国大統領に選ばれたら、戦後期が終焉を迎える、と言っても過言ではない。将来、歴史学者は、1945年から2016年までを戦後期と記すだろう。
 戦後期とは、良く言えば、米国が世界で支配的な権力を持ち、その外交政策が超党派による国際主義への深い関与によって導かれた時代と定義されよう。
 米国の世界展開の土台となっていたのが、西欧や日本との同盟だ。
  (a)トランプ氏は、これらの同盟を抜本的に「再交渉」すると明言し、欧州と日本に対して米国経済に直接現金で貢献するよう脅しをかけている。短期的にはともなく、遅かれ早かれ同盟が崩壊することは間違いない。トランプ氏の外交政策は、「敵」「味方」にかかわらず、本質的に同じだ。米国との同盟は無意味なものとなるだろう。
  (b)クリントン氏が大統領選を制すれば、戦後期はもう少し長引くはずだ。クリントン氏は、従来の外交政策を踏襲するつもりだ。バラク・オバマ大統領と同様に、日本にはほとんど目もくれないだろう。
 
 (4)(3)-(b)であっても、クリントン氏は依然として米国民の強い怒りと反既存体制感情に直面するに違いない。
 しかも、クリントン氏は元来、オバマ大統領よりも相当タカ派だ。シリア、イラク、アフガニスタンに米地上軍を派遣する可能性が高い。つまり、氏の外交政策は、巨額の戦費を注ぎ込んだジョージ・W・ブッシュ大統領の字出会いに逆戻りと言えるかもしれない。すると、次回2020年の大統領選挙では、左派でも右派でも怒れる大衆主義者が勝利を収め、結局は戦後体制が終焉を迎える、と予想される。

 (5)戦後体制の終焉は、進歩主義者もリベラル派も含め、日本にとって何を意味するのか。
 今後数年間に米軍が実際に東アジアから撤退する可能性を今こそ考慮すべきだ。
 その場合、日本の外交・国防政策はどうあるべきなのか?

 【注】6月7日に指名を確実にした。【記事「クリントン氏、勝利宣言へ 米民主党、代議員過半数に」(朝日新聞デジタル 2016年6月8日)】

□マイケル・ペン「米国大統領予備選に見る戦後期の黄昏 ~ペンと剣~」(「週刊金曜日」2016年6月3日号)
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