本書では、もっぱら佐藤優がロシア、宮崎正弘が中国を語る。北朝鮮については、両者とも詳しくない。宮崎は、もっぱら2010年現在の中国の北朝鮮政策(または無策)を語り、佐藤はその人脈から得た情報を披露している。
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(1)中国の北朝鮮政策
北朝鮮と中国とは、利害関係を共有している部分が非常に多い。
もともと両者の関係は、深い。中国では、大幹部になると、最初の外遊先に北朝鮮を選ぶ。江沢民しかり、胡錦濤しかり。次期国家主席の呼び声が高い習近平も行った。ただ、具体的に北朝鮮の中枢に対してどんな楔を打ちこんでいるのかは、不明である。
中国は、北朝鮮の今後の鍵をにぎるが、毛沢東や小平の時代のような北朝鮮に係る明確な方針はない。
中国自身、権力闘争の真っ最中なのだ。誰がほんとうに権力を掌握しているか、わからない。当然、対北朝鮮の方針も読めない。
江沢民は、一応軍を抑えていた。
ところが、胡錦濤はいまだに軍を押さえきれていない。だから、時々軍が暴走する。典型例は、2007年のキラー衛星の実験だ。衛星破壊は成功し、米国に脅威を与えたが、この実験の具体的な日時を胡錦濤は知らなかった。
まだ江沢民一派が富の権力をにぎっている。胡錦濤一派は、ほとんど利権をもっていない。軍は軍で、自分たちの利権を胡錦濤に渡さない。軍の利権とは、対外的には武器輸出だ。これがまた複雑で、どこが何をやっているか、掴みようがない。
軍は、胡錦濤に対する忠誠心はあまりない。陳炳徳・参謀総長に対してはあるが、陳は軍を掌握していない。軍を掌握しているのは、梁光烈・国防部長だ。この二人が争っている。梁は、江沢民派に付いている。2010年1月現在、軍上層部の3分の2は江沢民派だ。
軍をにぎる江沢民派も、外交政策を仕切ることはできない。中国の外交部はまったく力がなく、真に外交を左右するのはバックにいる国務委員たちだ。
要するに、指揮系統が乱れている。権力の所在をめぐって、かなり混乱している。当然、確乎たる北朝鮮政策を打ち出せるような状況にない。
中国は、ただ物資を流すだけだ。食糧の約半分、オイルの9割を中国から輸出している。
もっとも、代わりに、抜け目なく、鉱山開発権を取得している(タングステン、パラジウム)。また、羅先の港まで直線道路を敷いた。港湾施設を近代化した。中国は、長らく懸案事項だった日本海への出口を、数世紀ぶりに確保したのだ(軍事よりも経済が目的)。
中国は、このように経済的に北朝鮮を押さえこんでいる。しかし、政治的に北朝鮮の権力中枢にどこまで入りこんでいるかは見えてこない。
(2)後継者問題
これまでノーマークだった金正雲については、西側は三男の存在さえ把握していなかった。
正雲の母親、高英姫は、大阪で育った在日朝鮮人だ。1960年代の帰国事業で北朝鮮に渡った「喜び組」の一員である(故人)。
佐藤優は、2008年、鈴木琢磨(毎日新聞)と共著をものした(『情報力』)。鈴木は、そこですでに金正雲の名を挙げている。
十数年前、北朝鮮で「オモニム・キャンペーン」が行われた。オモニムは母親のこと。「国母」のような意味が含まれている。本来この言葉が国政レベルで使用されるのは、金日成の夫人、金正淑のことを指すときだけだ。そのオモニムを正雲と正哲の母親、高英姫に対して使い、いくつかキャンペーンが行われた。鈴木は、佐藤に、後継者は正哲か正雲だろう、と予想を述べた。
『情報力』(イースト・プレス、2008)を読めばわかるが、鈴木琢磨は北朝鮮国内の内部文書や小説の読みこみによる文書諜報の手法により、金正日の後継者問題に係る北朝鮮の流れを非常に正確に分析している。鈴木は、2010年8月20日が一つのポイントになる日で、北朝鮮はそのためのシグナルを出している、と言った【注】。さらに、2012年が主体思想100周年に当たるため、その年に後継者を定め、その翌年の101年目に改元する、と。北朝鮮は、そのスケジュールに従って動いている、というのが鈴木の見方だった。
未確認情報だが、金正日の長男および次男の側近が粛正され始めた。
北京に暮らし、マカオで博徒人生を送る長男は問題外だが、次男と三男の後継争いは、側近の動きによって相当変わってくる。
【注】2010年9月27日付け朝鮮中央通信によれば、金正日総書記は10月10日付けで金正雲ら6人に大将を発令した(同年9月28日付け朝日新聞から孫引き).。また、同年9月29日付け朝鮮中央通信によれば、28日に金正雲は党中央委員および新設ポストの党中央軍事委員会副委員長に選出された(同年9月29日付け読売新聞から孫引き).。
□佐藤優『猛毒国家に囲まれた日本 ロシア・中国・北朝鮮 』(海竜社、2010)/共著:宮崎正弘
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【佐藤優】&宮崎正弘 言語・民族・国家 ~グルジアと中国~」
「【佐藤優】&宮崎正弘 猛毒国家、中国 ~中国の権力闘争と将来像~」
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(1)中国の北朝鮮政策
北朝鮮と中国とは、利害関係を共有している部分が非常に多い。
もともと両者の関係は、深い。中国では、大幹部になると、最初の外遊先に北朝鮮を選ぶ。江沢民しかり、胡錦濤しかり。次期国家主席の呼び声が高い習近平も行った。ただ、具体的に北朝鮮の中枢に対してどんな楔を打ちこんでいるのかは、不明である。
中国は、北朝鮮の今後の鍵をにぎるが、毛沢東や小平の時代のような北朝鮮に係る明確な方針はない。
中国自身、権力闘争の真っ最中なのだ。誰がほんとうに権力を掌握しているか、わからない。当然、対北朝鮮の方針も読めない。
江沢民は、一応軍を抑えていた。
ところが、胡錦濤はいまだに軍を押さえきれていない。だから、時々軍が暴走する。典型例は、2007年のキラー衛星の実験だ。衛星破壊は成功し、米国に脅威を与えたが、この実験の具体的な日時を胡錦濤は知らなかった。
まだ江沢民一派が富の権力をにぎっている。胡錦濤一派は、ほとんど利権をもっていない。軍は軍で、自分たちの利権を胡錦濤に渡さない。軍の利権とは、対外的には武器輸出だ。これがまた複雑で、どこが何をやっているか、掴みようがない。
軍は、胡錦濤に対する忠誠心はあまりない。陳炳徳・参謀総長に対してはあるが、陳は軍を掌握していない。軍を掌握しているのは、梁光烈・国防部長だ。この二人が争っている。梁は、江沢民派に付いている。2010年1月現在、軍上層部の3分の2は江沢民派だ。
軍をにぎる江沢民派も、外交政策を仕切ることはできない。中国の外交部はまったく力がなく、真に外交を左右するのはバックにいる国務委員たちだ。
要するに、指揮系統が乱れている。権力の所在をめぐって、かなり混乱している。当然、確乎たる北朝鮮政策を打ち出せるような状況にない。
中国は、ただ物資を流すだけだ。食糧の約半分、オイルの9割を中国から輸出している。
もっとも、代わりに、抜け目なく、鉱山開発権を取得している(タングステン、パラジウム)。また、羅先の港まで直線道路を敷いた。港湾施設を近代化した。中国は、長らく懸案事項だった日本海への出口を、数世紀ぶりに確保したのだ(軍事よりも経済が目的)。
中国は、このように経済的に北朝鮮を押さえこんでいる。しかし、政治的に北朝鮮の権力中枢にどこまで入りこんでいるかは見えてこない。
(2)後継者問題
これまでノーマークだった金正雲については、西側は三男の存在さえ把握していなかった。
正雲の母親、高英姫は、大阪で育った在日朝鮮人だ。1960年代の帰国事業で北朝鮮に渡った「喜び組」の一員である(故人)。
佐藤優は、2008年、鈴木琢磨(毎日新聞)と共著をものした(『情報力』)。鈴木は、そこですでに金正雲の名を挙げている。
十数年前、北朝鮮で「オモニム・キャンペーン」が行われた。オモニムは母親のこと。「国母」のような意味が含まれている。本来この言葉が国政レベルで使用されるのは、金日成の夫人、金正淑のことを指すときだけだ。そのオモニムを正雲と正哲の母親、高英姫に対して使い、いくつかキャンペーンが行われた。鈴木は、佐藤に、後継者は正哲か正雲だろう、と予想を述べた。
『情報力』(イースト・プレス、2008)を読めばわかるが、鈴木琢磨は北朝鮮国内の内部文書や小説の読みこみによる文書諜報の手法により、金正日の後継者問題に係る北朝鮮の流れを非常に正確に分析している。鈴木は、2010年8月20日が一つのポイントになる日で、北朝鮮はそのためのシグナルを出している、と言った【注】。さらに、2012年が主体思想100周年に当たるため、その年に後継者を定め、その翌年の101年目に改元する、と。北朝鮮は、そのスケジュールに従って動いている、というのが鈴木の見方だった。
未確認情報だが、金正日の長男および次男の側近が粛正され始めた。
北京に暮らし、マカオで博徒人生を送る長男は問題外だが、次男と三男の後継争いは、側近の動きによって相当変わってくる。
【注】2010年9月27日付け朝鮮中央通信によれば、金正日総書記は10月10日付けで金正雲ら6人に大将を発令した(同年9月28日付け朝日新聞から孫引き).。また、同年9月29日付け朝鮮中央通信によれば、28日に金正雲は党中央委員および新設ポストの党中央軍事委員会副委員長に選出された(同年9月29日付け読売新聞から孫引き).。
□佐藤優『猛毒国家に囲まれた日本 ロシア・中国・北朝鮮 』(海竜社、2010)/共著:宮崎正弘
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【参考】
「【佐藤優】&宮崎正弘 言語・民族・国家 ~グルジアと中国~」
「【佐藤優】&宮崎正弘 猛毒国家、中国 ~中国の権力闘争と将来像~」