語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【片山善博】【舛添】都知事問題は自治システム改善の教材

2016年06月12日 | ●片山善博
 (1)舛添要一・東京都知事をめぐるいくつかの疑念は拡散するばかりで、一向におさまらない。
   ・海外高額出張
   ・公用車での週末湯河原別荘通い
   ・政治資金による絵画購入
   ・etc.
 当初は居直りとも受け取れる強気に出ていた舛添知事も、その後の記者会見などではひたすら低姿勢に転じていた。ただ、いくら低姿勢でも、自身に関わる事実関係についての説明すら拒むようでは、都民の納得はまず得られないだろう。

 (2)2016年5月20日の知事定例記者会見では、実質的なことは一切答えず、「公平な第三者の目」で調べてもらった上で見解を述べたい旨の発言に終始した。自分のことは第三者を通さずとも答えられるはずで、結局説明できないことだらけだから時間稼ぎをしていると、多くの人が勘繰ったり、疑ったりしたはずだ。
 舛添氏のいわゆる「公平な第三者の目」とは弁護士のことで、その費用は自分が出すという。自分が雇った弁護士が世間に対して「公平な第三者の目」と受け止められると思ったら、勘違いも甚だしい。
 弁護士は依頼主に最善の結論を導こうとする人士である以上、世間にとって公正に映るはずがない。間違っても雇い主に「とどめの一撃」を加えるはずがない。仮にそれに該当する事実があったとしても。もし、そんなことをしたら、それは弁護士の自己否定につながる。
 ということで、この「公平な第三者の目」が調査結果を出しても、それを素直に受け取る人は多くない。むしろ、事実を捻じ曲げているのではないか、白を黒と言いくるめようとしているのではないかと、こんどはその調査結果の内容に「鵜の目鷹の目」が集まり、そこからまたぞろ「ボロ」が出てくることだって考えられる。「公平な第三者の目」がアダとなり、やぶ蛇に終わる可能性は否定できない。

 (3)どうしてこんなことになったのか。
   公私を混同している
   税の使い方がルーズだ
   災害があった時に指揮をとらなければならない知事としての自覚が欠如している
など、いまのところもっぱら舛添知事だけの責任が問われている。身から出た錆だ。舛添氏本人の責任は重大で、否定できない。
 ただ、現行の地方自治制度には、仮に知事や市町村長に公私混同が見られたり、税の乱費があったり、職責に対する自覚が足りなかったりしても、それが大事に至る前に自治体の中でいさめたり、構成させたりする仕組みが講じられている。東京都でも、そういう仕組みが円滑に作動していれば、舛添氏もこんな醜態を演じるには至らなかった。

 (4)まず議会。(3)でいう仕組みの一つが議会だ。
 議会は、立法機関として条例を制定したり、予算を決定したり、決算を認定したりする権限を有している。二元代表の下で、首長をトップとする執行機関を厳しくチェックする役割も担っている。
 東京都議会がその職責を果たしていたら、舛添知事が今世間から批判されている問題のうちのいくつかは、それを週刊誌から華々しく指摘される前に、都議会における議案の審議や質疑を通じてある程度明かされ、議会の権限行使によって知事の非道を早めに正すことができていたはずだ。
 <例>高額の海外出張費。
 都議会は、少なくとも舛添氏が知事に就任した年度に使った経費について、決算審査において既にチェックしたことになっている。一部の報道では、知事就任直後に訪れたロシアのソチで高級リゾートホテルに2泊し、その料金は1泊15万円を超えていたという。
 議会はこれをどう捉えたのか。もし、これをすんなり了としていたとすれば、舛添知事のみならず都議会も、公金の使い方に関する良識や分別を厳しくとわれなければなるまい。
 都の決算は膨大なので、議会としてはその詳細まではチェックしていないというのであれば、それは議会として明らかに怠慢だ。
 税の使い道を点検するのは、議会のもっとも重大な任務のはずだ。たしかに、東京都の決算の内容は膨大だ。しかし、それに見合って、都議会には120人を超える、これまた膨大な数の議員がいる。しかも、各議員には他の自治体に比べてとても高額の政務活動費が支給されている。みんなで手分けしてでも、都民の代表として税のゆくえを真面目にチェックするぐらいのことはしてもらいたい。
 舛添問題は、実は都議会および都議会議員の問題でもある。

 (5)ついで独立行政委員会。議会と並んでそのあり方が問われるのは、都の独立行政委員会だ。
 独立行政委員会は、知事や市町村長に権限が集中するのを排除するため、行政の中立性を担保するためなどの目的で儲けられている地方自治法上の機関で、その代表例は教育委員会や公安委員会だ。
 このたび取り上げられるべきは、都の人事委員会だ。
 東京都知事が海外出張する際、宿泊費は条例で1泊42,000円と規定されているが、「特別な事情」がある場合には増額が可能で、それに該当するかどうか、いくらまで増額するかは人事委員会と協議して決める。
 舛添知事の度重なる出張旅費についても、それぞれ「特別な事情」がある場合に該当するとして人事委員会に協議し、その上で高額宿泊費も決められたという。
 ということは、それらの協議を受けた人事委員会の3人の委員は、その宿泊費の額を審議した上で、やはりこれを了としているはずだ。
 パリでの1泊198,000円のスイートルームを始めとする高額宿泊費の妥当性について、これまで舛添知事本人だけがマスコミから追求されてきたが、額にお墨付きを与えた人事委員会にも見解や見識があるはずだから、マスコミは人事委員たちにもそれを質してみる必要がある。

 (6)そして、監査委員。講学上、独立委員会に分類されている監査委員にも問題がある。
 先の都議会と同じく、少なくともソチの出張費は監査の対象になっていたはずだ。監査委員がその額の高さに違和感を持たなかったとすれば、監査委員のその甘い認識は、納税者の常識からかけ離れていると言わざるを得ない。
 知事の公用車使用のルーズさにしても、税の無駄遣い防止を主要な任務とする鑑査委員であれば、当然関心を持ってしかるべきだ。
 公用車に限らず、都庁ではかねて知事の公私の乱れを指摘する声があり、時折外部にも漏れ出ていた。外に聞こえるくらいだから、その声が鑑査委員ないし事務局に伝わっていてもおかしくはない。
 一般に、自治体の監査委員の無力、非力が指摘される。委員に任命してくれた首長の顔色ばかり窺って、厳しさや主体性に欠けるというものだ。その欠陥を是正するために外部監査制度も導入されたのだが、だからといって本体の監査委員制度がうまく機能するようになったということはない。
 監査委員の主体性や独立性を担保する上で、効果的な改革案がある。首長選挙において、次点で落選した候補者が選挙後に希望すれば監査委員に自動的に任命される仕組みにするのだ。阿部泰隆・神戸大学名誉教授/弁護士がかねてから主張している案で、卓見だ。
 いわば政敵が監査を司るのだから、現職の知事や市町村長は嫌がるだろうが、本当は自分たちにも益すると捉えるべきだ。もしこの制度が既に採用されていて、舛添知事の公私混同などがまだ芽のうちに監査委員から指摘されていたとすれば、そのとき多少ばつの悪い思いはしただろうが、今日のような深刻な事態は免れていたはずだ。

 (7)舛添問題は、現行の地方自治システムについて、あれこれとヒントを与えてくれる貴重な教材でもある。

□片山善博(慶應義塾大学教授)「舛添都知事問題は自治システム改善の教材 ~日本を診る第80回~」(「世界」2016年7月号)
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