語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【TPP】は日本を貧困化させる ~米ウォール街が狙う日本の金融~

2016年06月22日 | 社会
 (1)「金融」はTPPでどのように扱われているか。
 TPPは金融危機の防波堤になりえず、むしろ危機を招く可能性がある。リーマン・ショックの反省から、世界は「行き過ぎた規制緩和」や「ルールの抜け穴探し」を是正する方向にうごいてきた。ところが、TPPの金融ルールでは逆流が起きている。安全・安心への配慮より効率・利益が重視されている。
 どういうことか。
 国境の壁を取り払い、資金の流れを阻害させることなく自由に流動させる金融を目指すというのがTPPだ。しかし、カネを扱う仕事は、野放図にしておくと事故や暴走が起きかねない。業者には厳格なルールを課すのが金融の宿命だ。リーマン・ショックは金融機関の暴走で起こった危機だった。失敗の教訓から米国では、議会が金融機関に誠実な業務を義務づけるさまざまなルールを設けた(「プルーデンシャル(忠実)原則」)。ところが、TPPではこの原則が後退している。

 (2)どの条項か。
 非常にわかりにくい書き方だが、TPPの本質を物語る記述が金融サービスの章にある。
 <締結国はプルーデンシャル理由に基づく措置の採用又は維持を妨げられない。この措置には金融機関又は越境金融サービス提供者が受託義務を負う投資家、預金者、証書保有者を保護するための、又は金融システムの信認性と安全性確保のためのものが含まれる。もし同措置が本協定上の諸規定に合致しない場合、同措置は同諸規定の下で締結国の責務及び義務を回避する手段として用いられてはならない>
 普通の人が読んでも、何のことかサッパリわからない。
 解説すると・・・・
 前段で、加盟国はそれぞれの国の責任でプルーデンシャル原則を金融に取り入れてかまわない、と言っている。預金者保護や金融システムの安全を護るための措置だからだ。
 ところが、後段でこの原則がひっくり返されている。「もし同措置が」で始まる文章を見ると、要するに「各国が設ける金融規制がTPP協定の規定とぶつかる場合」は「加盟国がTPPのルールに従わない手段にしてはならない」としている。つまり、TPP協定は金融の健全性より優先される、ということだ。
 プルーデンシャル原則はあっていい、しかしTPPに沿わない金融ルールはダメ、という規定だ。

 (3)TPPのルールが上位ということだ。
 6,000ページもある協定文書の数行に大事なことが、しかもわかりにく表現で書いてある。それがTPPの流儀だ。
 そもそもTPPの源流である4ヵ国(シンガポール、ブルネイ、ニュージーランド、チリ)の協定に「金融」は入ってなかった。米国が入り、12ヵ国参加型のTPPに改組する過程で、金融は投資と並んで協定項目となったのだ。
 金融資本など多国企業は、どこの国に行っても活動を妨げられることがあってはならない。金融も投資も「内国民待遇」を求めている。国内業者と同等の競争条件を与えることを各国政府は義務づけられた。競争力のある米国の銀行・証券、<例>シティバンクやゴールドマン・サックスなどが存分に力を発揮できるようにするためだ。そして、各国の法体系よりTPP協定を上位に置く。金融の暴走に歯止めを掛ける措置を政府が取ろうとしても、TPPのルールが優先する。外資が政府を訴えることもできる。まさに強者のためのTPPだ。
 なぜそんなことをするのか。
 アジア・太平洋のカネを取り込みたいからだ。米国は国際収支も財政も赤字。国内にカネが足りない。世界から資金を集め、それを運用して儲けるのがウォール街だ。勃興する太平洋地域の貯蓄は米国の銀行や証券会社が吸い上げてメシのタネにする。

 (4)リーマン・ショックはウォール街の金融資本のやり過ぎが原因だった。
 その反省に立ち、米国議会は法律で金融資本の活動を制限した。金融機関に説明責任と透明性を求める金融規制改革法(「ドッド・フランク法」)が2010年に成立した。ウォール街を包囲しようと呼びかける市民運動の高まりが背景にあり、「大きすぎて潰せない」という銀行優遇に終止符を打つ法律とされる。それでも金融資本は低金利政策で息を吹き返してきた。元気になると不自由な金融規制を押し戻そうとする。TPPはそのせめぎ合いの舞台だ。米国では、TPPの金融条項はドッド・フランク法を無力化するものとして問題視されている。大統領予備選挙で民主党のサンダース候補が善戦したのも、反ウォール街の姿勢を鮮明にしたからだ。

 (5)カネは経済に欠かせない燃料であ。しかし、取り扱いを誤ると火事や爆発を起こす。
 金融は一種の危険物だ。各国の金融当局は厳格なルールを設け、その国の金融システムを護り、「焦げ付き」が出ないよう目を光らせている。だから外資金融の荒稼ぎには警戒的だ。
 しかし、この国境を越えるマネーはすばしっこい。儲かると見ればドッと流れ込み、危ないとわかるといっせいに逃げ出す。流入すればバブルが起こるほど活気が出るが、逃げ出すと経済はペシャンコになる。稼いだカネまで持っていくので流入前より資金は減ってしまう。途上国市場は金融資本の草刈り場だ。地域経済の安定とか、投資先への責任という考えは金融資本にはない。貪欲に、いかに儲けるか。それが金融資本の行動原理だ。
 アジア通貨危機(1997年)の混乱がそうだった。
 マレーシアでは、マハティール首相(当時)が固定相場制に切り替え、外資の流出を食い止めた。プルーデンシャル原則に沿った独自の規制だった。
 しかし、今回「TPP優先」の規定が設けられたことで、こうした措置には微妙な問題が生じるだろう。TPP協定に触れる可能性だ。逃がそうとしたカネを止められ、「損をさせられた」と外資が訴えるかもしれない。TPPの規定は曖昧で、解釈の余地を残している。シロかクロかの判定は交渉で決まる。そうなると強いのは米国だ。各国は、独自の規制を設けることに躊躇することになりかねない。

 (6)日本への影響はどうか。
 気がかりなのは、国有企業章の附属文書だ。それぞれの国が民営化を留保(条約の適用を制限、または除外)する団体を指定している。唯一、日本だけが留保がない。米国でさえ連邦住宅金融抵当公庫や連邦住宅抵当公庫などの政府が支援する金融機関を留保に挙げている。同じような機関である(株)ゆうちょ銀行、(株)かんぽ生命、日本政策金融公庫に留保がないことは、民営化や外国資本の傘下になっても構わないと政府が判断したということを意味する。
 ウォール街に狙われる。
 米国は、対日年次改革要望書などで政府の後ろ盾がある金融機関を問題にしてきた。郵貯・簡保の次は共済と言われている。農協が扱うJA共済の資金規模は52兆円ある。在日米国商工会議所は、「共済等と金融庁監督下の保険会社の間に平等な競争環境の確保を」と要望している。つまり、「共済の優遇をやめろ」と言っている。JA共済に限らず県民共済などは庶民の使い勝手がよい小口保険サービスとされてきた。郵貯・簡保を問題にしたのと同じやり方で、共済を攻めてくるだろう。
 それぞれの国にある独自の制度を認めないというか。
 米国は自分に都合の悪い制度を「非課税障壁」と非難する。共済の先には、300兆円超と言われる日本企業の内部留保や日銀の緩和マネーもあると見られる。こうした資金が日本市場から流出すれば、国内の貧困化が進む。難解なTPP協定の条項には、米政府を背後から動かす金融資本の狙いが込められている。

□和田聖仁(弁護士/TPP交渉禁止・違憲訴訟の会副代表)/構成:山田厚史(ジャーナリスト、デモクラTV代表)「米ウォール街が狙う日本の金融 ~デモクラTV共同企画 TPPの闇を斬る 第6回~」(「週刊金曜日」2016年6月10日号)
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 【参考】
【TPP】の闇:遺伝子組み換え食品 ~不安だらけな“食の安全”(2)~
【TPP】の闇:食品添加物 ~不安だらけな“食の安全”~
【TPP】の闇 ~格差を拡大した米韓FTA~